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千葉奈穂子 父の家 My Father’s Houseギャラリートーク 第1回 (前半)

 展示「千葉奈穂子 父の家 My Father’s House」に合わせて開催したギャラリートークの記録です。
 千葉奈穂子が制作の経緯、写真を始めたきっかけ、過去作品や展示中の新作などについて、お客様からの質問も交え、3回にわたってお話ししました。


<ギャラリートーク第1回>

【トーク(前半)】*テキストのみ
・写真を始めるきっかけになった経験
・展示構成と二つの表現手法のこと

【トーク(後半)】
*Cyg art galleryのYouTubeチャンネルから動画をご覧いただけます。

https://youtu.be/eCR97v5U760

01:43 – 「父の家」より春の作品のエピソード
12:02 –  みなさまからのご質問

聞き手: 佐藤拓実(Cyg art gallery キュレーター )
 

Cyg art gallery 企画展 千葉奈穂子「父の家 My Father’s House」展示風景
(会場撮影:千葉奈穂子)



写真を始めるきっかけになった経験


(佐藤)簡単にご説明しますと、千葉さんは1972年、岩手県のお生まれで、岩手大学で勉強された後、前橋のICPA現代アート研究所で、さらに深く制作を学ばれました。そのころに写真と出会って。
 それまでは絵画を専攻されていた、ということですね。
 写真を始められたきっかけになった経験があったかと思うんですけども、聞かせていただけますか。

(千葉)はい。最初に、今日はみなさま、お集まりいただきまして、本当にありがとうございます。
 写真を撮るきっかけになったのは、大学で絵画を専攻した後、群馬県前橋市にあった現代アート研究所で制作をしていたときに、幼い頃の経験を思い出したことです。
 私が小学生の頃、日光写真というものがあって、イチョウの葉っぱを印画紙の上に置いて形をとるという、フォトグラムを試したことがありました。雑誌の付録についてきた日光写真でしたので、像が定着しないものでした。写っては消えてしまう。イチョウの葉っぱの形は、一度現れたあと、徐々にうすくなって消えてしまいました。その経験は、私にとって、とても強い印象として残りました。
 どうして像が消えてしまったのだろう、と思いながら何年も経ちました。大学を卒業して群馬に住んでいた頃に、また思い出して、もう一度あの像を定着させたいという気持ちが強くなりました。そして調べていくうちに、サイアノタイプに出会いました。

(佐藤) はい。

Cyg art gallery 企画展 千葉奈穂子「父の家 My Father’s House」展示風景
(会場撮影:千葉奈穂子)


(千葉)ほかにもきっかけがありました。この話はまだしたことがなかったのですが、従兄弟のお兄さんが、星の写真が撮れると言って、私に古いカメラをくれたので、私は小学校の高学年から中学生の頃は、星の写真を撮っていました。
 星の撮影は長時間露光をするので、三脚が必要でした。私は三脚がほしいなぁと思っていたら、父がある日買ってきてくれたのです。その三脚は、今も使っています。

(佐藤)あぁ、そうなのですね。

(千葉)その三脚は、かなり重たいもので、今思うと、良いものを買ってもらったんだなぁと思います。

(佐藤)それもどこかで今の制作につながっている経験なのですね。原点というか。

(千葉)そうですね。夜暗くなってくると、夕ご飯を食べたあと、近くの友達を呼びに行って、星を撮りながら暗い道端にたたずんで、二人でおしゃべりするのが楽しかったです。シャッターを押したあと、2~3時間あるので。でも、途中で車が通ると、もう次のフィルムに。

(佐藤)あぁ、光が入っちゃうからその時撮影していたフィルムがダメになってしまうのですね。なるほど。そういう経験もあったのですね。

(千葉)はい。

Cyg art gallery 企画展 千葉奈穂子「父の家 My Father’s House」展示風景
(会場撮影:千葉奈穂子)


展示構成と二つの表現手法のこと


(佐藤)そういう経験もあって、日光写真に出会って、それを本格的に制作の中心にしていくのですね。
 技法としては、サイアノタイプという名前のプリント技術ですよね。

(千葉)はい。

(佐藤)その作品が、今回の展示だと、こちらの我々から見て、お客様の左側の青い像の写真ですね。そちらのほうにも1点あります。
 全体の展示構成のお話をすると、最初の序文やエッセイが展示してあるギャラリーの入口から見ていただくと、全部で17点のうち13点は白黒のプリントです。方法としてはゼラチン・シルバー・プリントですね。
 構成としては白黒のゼラチン・シルバー・プリントの作品を中心に今までのサイアノタイプの作品も並べられているということですね。

(千葉)はい、そうです。

(佐藤)はい。千葉さんの分も全部一人でしゃべってしまいました(笑)

(千葉)いいえ、ありがとうございます。

(佐藤)そういう構成にしていて。
 それはもちろん千葉さんが、このようにしたい、ということであった訳ですけれども。
 今まで千葉さんの作品を、いろんなところでご覧になった方も多いと思います。もちろん岩手県や、全国的にも活躍されているし、やっぱりサイアノタイプの作品のイメージが結構強いかなと思うんです。もちろん事実、そういう作品をたくさん制作されてきたんですけれども。
 今回このような白黒のゼラチン・シルバー・プリント中心の展示をしたというのは何か理由がありますか。

(千葉)はい、そうですね、今回の展示は、向こうの入口から入ってこちらの出口へ、という流れにしました。
 入口側の13点のゼラチン・シルバー・プリントは、2020年と2021年に撮ったものです。
 出口側の作品は、1998年から2010年の間に撮影した写真で、20年以上前に撮影したものもあります。プリントは今年しました。
 今回は、最近撮った写真から、以前撮った写真へ、遡って見ることができるようになっています。

(佐藤)はい。

(千葉)作品「父の家」シリーズなどの、サイアノタイプの作品制作では、過去の時間を含むように撮影して、記憶の中のイメージを和紙に焼き付けるようにプリントしていく、ということを大事にしてきました。
 作品制作では、フィルムを使って撮影していて、暗室でフィルム現像をして、一度ゼラチン・シルバー・プリントを作り、それからサイアノタイプ用のネガや印画紙を作って、サイアノタイプの青いプリントを作っていくのですが、ここ数年は、暗室でフィルム現像をしたあとゼラチン・シルバー・プリントの大きなプリントを作ることも増えました。東日本大震災のあと、いろいろな経験があって考えて、2017年頃から表現手法にも変化があったのです。
 震災の後は、縁があって、福島県の会津地方や南相馬市に通って撮影を続けています。福島県南相馬市で撮影している写真とエッセイを「Seaside Town 浜辺のまち」という作品にまとめて、その後、2021年にこの小さな本『Seaside Town 浜辺のまち』を作りました。福島での撮影のとき、浜辺の大きく変わってしまった風景を前にして、記憶の中のことだけではなくて、目の前の風景をもっと撮ってプリントしたい、と強く思いました。


千葉奈穂子 『Seaside Town 浜辺のまち』

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 サイアノタイプのプリントでも、ゼラチン・シルバー・プリントでも、撮るときは同じフィルムを使いますが、プリントの方法が違います。記憶の曖昧さをも表すサイアノタイプ・プリントを続けながら、ゼラチン・シルバー・プリントの作品も増えたのは、現在に近い時間や、目の前の風景をストレートに表現したい、と思ったからです。
 今回の「父の家」の作品もそうです。父の家は、岩手県の過疎の集落にあって、人が減って、父の家だけでなく集落の家々も空き家になって何十年も経っています。その風景の一つ一つを、大全紙というサイズの印画紙にプリントしました。
 プリントしたあとは、撮影の時に見ていた風景と違って、写真を見て初めて後から何か気づくことや教わることもあります。目の前の風景や、撮った写真を、謙虚な気持ちで見ることの大切さを感じます。


Cyg art gallery 企画展 千葉奈穂子「父の家 My Father’s House」展示風景
(会場撮影:千葉奈穂子)


(佐藤)今回の展示のタイトルにもなっている「父の家」というのが、サイアノタイプ・プリントを始めたときからのずっと継続したテーマだったと思うんです。それを、震災以後の変わってしまった浜辺の風景とか、そういう現実に直面したときに、何か過去を含んだようなサイアノタイプのプリントで表現していいのかどうか?、という疑問があったのでしょうか。

(千葉)そうですね。2017年にプリントする段階で、いま何を表したらいいか、もう一度考えました。プリントの手法が変わったりすることは、これからもあるかもしれない。
 私は写真を通して、過去と現在を揺れ動きながら生きていると思います。思い出すことや、今を見ること、これからのことを考えること、いろんな時間が私の中にあります。父の家のある風景を見て、行くたびに何か教わることや気づくこともあります。
 サイアノタイプを使った制作も続きますが、制作の過程の中で、手法も問い直しながら、続けていくと思います。


(佐藤)そういうプリント方法であったりとか、制作する中で現在の風景を表現するときに、ゼラチン・シルバー・プリントだとしっくりくるような感じだったので今回の展示の中心にした、ということでしょうか。

(千葉)はい、そうです。私はいま、父の家や集落の風景の変化を、鮮明に写しとりたいと思っています。風景や物の細部に見えるものも含めて、目の前の風景を写していきたいです。
 今回エッセイを7点展示していて、エッセイと写真がやわらかくリンクしています。エッセイは、私が写真を撮りながら気づいたことや、家に帰って父に話したこと、父が私に話してくれたことなど、そういうやりとりの中で感じたことを書きました。それから、集落に住んでいる方々からも、いろいろな話を伺って書きました。

(佐藤)そのような、被写体にしている父方の代々耕してきた場所や家を訪れて、それにまつわる話やお父様のことを訊いて書かれたエッセイも、一つの作品というか、重大な要素として、今日も展示しているのですね。

(千葉) はい、そうです。
(佐藤) ありがとうございます。


後半へ続く……


☆ ギャラリートーク第1回後半はこちらのCyg公式YouTubeチャンネルからご覧いただけます!


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Cyg art gallery 企画展
「千葉奈穂子 父の家 My Father’s House」
Webサイト:https://cyg-morioka.com/archives/1552

会期: 2022年4月27日-5月15日
会場:Cyg art gallery
 
ギャラリートーク日時:
第1回 2022年4月29日
第2回 2022年5月5日
第3回 2022年5月14日
助成:公益財団法人 小笠原敏晶記念財団



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