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美人な母親

 最近、親が筋トレにハマっている。
 母親と会うたびに若返っているのがわかる。内側からハリのある肌、ほんのり血色のよい頬、しなやかな手足。母はいつだって、今がいちばん美しい。

 いや、そうではなかった。わたしが小学生の頃、シングルマザーの母は国家資格を取るために日々勉強に追われていた。わたしはあまりかまってもらえないことを寂しく思いながら、周りの荷花ちゃんのためにお母さんがんばってるね、応援してあげてね、の声に応えていた。もちろん本心からとても尊敬もしていた。

 もともと母はきっと、もっと自由奔放で、子供を持って母親の型にハマるような性格ではなかったんだと思う。だけど、わたしに向ける愛情は本物だった。生まれ変わってもまた母の元に生まれてきたいと思えるほど、母はわたしをほんとうに惜しみなく愛してくれている。

 それは、なぜなんだろうと思う。産めば、母親になる。それは事実で、だけどそれだけでこんなにも自分自身よりも大切におもってもらえるもんなんだろうか。
 わたしは父親のことを何も知らないし、それに対して特に不満もない。それほど大切に育ててもらった自覚があるし、いろいろあったとはいえ周りの人全てに恵まれていたことは真実でしかない。わたしが、自己肯定感低いと思ったことがないのはきっとそこが大きく影響している。もちろん、言われたことも記憶にはない。

 そんな母がかなり老けてみえた期間があった。わたしが中学生の頃だ。もちろん、同世代の母親たちに比べたら格段に若くて綺麗ではあった。あったけれども、なんとなくくすんだ印象を受けた。それはそれである種の美しさがあったのだけれど、娘としては心配になった。年をとるということはそういうことなんだろう、そう思ったりもした。

 けれど今、わたしと離れて、二十代の彼氏と二人で暮らす母は本当に若い。人生を楽しんでいるオーラがある。それがわたしはとても嬉しい。わたしのために、とがんばって働いてくれていた頃のパサついた髪や、くぼんできはじめた二重瞼の、それを見るたびに心がすこし苦しくなるようなわたしの感覚、それらすべてが今は取っ払われている。

 ひといきに、若い彼氏の影響だ、なんて言えない。
 ただ、自分の人生を生きているということなんだろう。それこそが人を輝かせるのだろう。
 そういうことを、考えたりした。



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