【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第25話-春、修学旅行1日目〜理美①

「福原、バスの席、替わってくれないか?」
 貴志の言葉に瑞穂が頷いて、裕と瑞穂が並んで座る。裕は両肩が耳に引っ付きそうなくらいに、いかり肩になって硬直している。
 別に気を利かせたわけではない。貴志は理美と話がしたかっただけなのだ。

 バスが小さく振動し、出発する。ここから約40分の短い旅が始まる。要件を伝えるには十分な時間だった。
 自然と理美の表情が固くなる。
「二人で話したいとは言ったけど、周りに人がいない時がいいなあ」
 貴志を軽く牽制してみる。貴志は軽く頷いて黙っている。どうやら、別件らしい。それともまさか隣に座りたかったから?
 まだオカピの興奮が取れていないのか、理美の想像が膨らんでいる。顔がほんの少し赤い。
「ちょっとだけ手を繋いでみる?」
 貴志の耳元に口を近づけて、静かに囁いてみる。理美が窓側にいるため、周りの誰からも死角になっている。貴志がジト目で振り返る。前髪に隠れているはずなのに、なぜかジト目なのはよくわかった。
「瑞穂ちゃんの言ってたこと、少しだけ分かる気がするなあ」
 いくら顔が隠れていても、奥にある感情が滲み出ることがある。理美すら、貴志がこんなにも感情豊かだという事を忘れていた。
 元々感情が豊かだったからこそ、閉ざされた心なのに。それすら忘れて、気付かず、それなのに貴志に好きだと伝えた。自分の浅はかさに涙が出そうだった。
 手を繋ぐ。耳を近づける。こんな攻撃も貴志は何事もないように受け流している。照れるのではなく、嫌そうなのが伝わってくるのが辛い。
 私が坂木さんより劣っているところは何だろう。時々そう考えなくもない。坂木紗霧の事は知っている。確かにキレイな女子だった。確かに周りの女子より大人びていたし、貴志の隣がよく似合う人だった。それが…腹立たしかった。
 あの時、受験の時に、もう少しちゃんと勉強して1組に入れていたら。坂木さんではなくて、自分が貴志くんの隣の席だったら。
 そこで首を振る。逆の立場の時に、きっと坂木さんはこんな風に考えたりしない。最初から彼女とは器が違ったのだ。
 もし自分が貴志くんと付き合えていたとして、彼女ほど想われる事はなかっただろう。
 今の貴志の態度で分かってしまった。あんなに顔を近づけても、動揺する素振りが全く無かったのだ。きっと二人は手を繋ぐのはもちろん、その先の色々な事も経験しているのだと。
 今日、決着をつける。この気持ちに、ちゃんと。理美は目を閉じて首を横に振った。
「ごめんね」
 つぶやいたのは、誰に対しての言葉だったのだろう。
 バスが左折して大きく揺れた。

「この後の自由行動なんだけど」
 貴志の声に俯いていた理美が顔を上げた。そうだった。元々話をするために席を替えているのだった。
「裕と福原を二人にする時間が欲しいんだ」
 そういう事か。今朝から山村裕の様子がおかしかったのは。
「なるほど…人生の一大イベントだね」
 なるべく明るく返そうと試みる。今の返事に違和感はなかっただろうか。自分だって、その一大イベントを行い、散っている。そしてこれから、二度目のイベントを行おうとしているのだ。裕の緊張が顔を見なくても伝わってくるようだった。
「自由行動の時に、俺が駄々をこねて行くことになったお店があるだろ?あそこで俺は一旦離脱するから、中華街に着いたら矢嶋を自由にしてやって欲しい。
 その方が二人を誘導しやすいと思うんだ」
 貴志からのお願いである以上は、理美に断る理由がない。確かに矢嶋がいると話がややこしいので、早めに退散してもらおう。貴志の提案だと矢嶋が反発してしまう可能性がある。きっと貴志はそのために班から離脱しようとしているのだろう。
 理美が首を縦に振ると、貴志はホッとしたような顔を向けてくるのだった。
 その顔も前髪に隠れて見えない。
「ありがとう。そのせいで、高島さんとの話ができるタイミングが取れないかもしれない。
 ごめん…必ず二人で話せる時間作るから」
 いつの間にか1年生の頃と同じ口調で、貴志が話している。もう嫌われるための仮面は、理美には必要ないと感じているのか。
 それは信頼の証だろうか。理美にはわからなかった。口調が昔に戻っても、彼は顔を見せてはくれない。
 ただあの頃に比べて、貴志は人に頼ることを覚えたらしい。林間学校の班長会議で顔を合わせていた頃は、周りに頼らずに、何でも自分で片付けようとしていたのに。
 あの裕にすら、頼ろうとしていなかったのに。頼ることを覚えたのは、誰のおかげだろう。理美はその答えを知っているのだった。
「いいよ、私の話は。
 修学旅行の間に出来たら、それで良いの」
 貴志が頼ってくれている。それが嬉しい。そして自分はその信頼を叩き壊そうとしている。
 でも昔の貴志には似合わなかった信頼。それを向けてもらう以上は、この気持ちだけは黙ってはいられなかった。自分は貴志の信頼に足る人間ではないのだから。
 カーブに差し掛かり、またバスが揺れた。
 目的地である自由行動の始まりの地、みなとみらいまでもう少し時間があるらしい。
 少しの沈黙の後、理美は意を決したように切り出した。

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