【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第30話-春、修学旅行1日目〜裕②

「お兄ちゃんの運命の人は二人いるようだね。そしてすでに、二人共出会った後みたい」
 占い師が貴志の手相を見ながら告げる。
 すでに出会った…二人?
 一人は間違いなく坂木紗霧だろう。だとすると、もう一人というのは、やはり瑞穂のことか。それはこの場にいる中で、裕だけがたどり着いている結論だった。
 貴志も、理美も「意外と近くにいる」の言葉だけを考えていた。紗霧が近くにいる。その可能性だけを。

「運命の人、二人共にもう出会ってしまってるから、お兄ちゃん大変だよ。今いる運命の人を逃がしたら、一生このまま一人だよ」
 中学3年生で診てもらった占いとしては、かなり驚愕の結果だった。
 貴志自身は両親が中学校で出会い、付き合い、結婚した家庭に生まれている。紗霧とだって、そのつもりだった。だから運命の人と言われても「まだ中学生だろ?」と斜めに構えるつもりもなかったのだが…。二人目?それも今回を逃したら一生を左右する?
 まさか福原が?そこでようやく貴志も裕の思っているであろう結論にたどり着いた。

 裕は考えにふけっている。いつもは尋常じゃない回転の速さで、瞬間的な判断をしている脳みそが、まったく役に立たない。本来熟考するタイプではない裕が、思考の袋小路に迷い込んでいた。
 もしも貴志に訪れた最後の運命の人が、瑞穂だとしたら?もし裕と瑞穂が付き合うことになれば、貴志はどうなってしまうのだろう。
 貴志との協定を捨ててでも、ここは告白を避けるべきだろうか?告白の覚悟が揺らぎ始めていた。

 占いを終えて、一同はその場を後にした。
 それから少しだけの間を置いて、坂木紗霧が同じ占い師の元を訪れる。
 占い師は、紗霧の顔を見るなりため息をついた。彼女には見えてしまったのだ。運命の人同士がすれ違う瞬間が。

「なあ、裕…。ホテルで夜食を食べたくないか?」
 一同が市場通の前まで来たところで、貴志が突如立ち止まる。その言葉の意味を誰もが理解できずにいた。全員がはち切れんばかりに満腹だったのだ。
 最初にその意図に気がついたのは理美だった。
「そうね…。小籠包とかまだ食べてないよね、瑞穂ちゃん!」
 瑞穂の同意は得られなかった。それでもこの後の展開を予想すると、理美にとっては都合がいい。
 裕はまだ上の空だった。
 普段の裕ならば、このアシストだけで瑞穂を誘って買い出しに出ただろうに。占い師の言葉に気を取られてしまっていた。

「ちょっと隼人と夜食買いに行ってくる」
 親友の態度にため息をついて、貴志は隼人に顎で合図する。そこでようやく裕も気がついたようだ。ハッとして貴志に目を向ける。
 裕の態度に眉をひそめて、貴志が耳打ちする。
「お前、協定忘れてないだろうな…。
 俺に気を使って、占いを気にして…。それで言えなくなるような気持ちなら捨ててしまえ」
 貴志の親友は、顔をみると、「迷ってます」と書いてあるのが見えそうなほど、目が泳いでいた。
「お前に言ったよな。俺は、お前には幸せでいてほしいって」
 貴志が前髪越しに裕を睨みつける。不思議と隠れていても表情が伝わってくる。
「好きなのはお前の気持ち。応えるのは福原だ。だったら俺に遠慮するのは違うだろ」
 そう言って、貴志は裕に背を向ける。
「どこに買いに行くんだ?」
 隼人が尋ねると、貴志は遠くを指さしながら歩き始めた。
「私も行くよ。瑞穂ちゃん、美味しい小籠包選んでくるね!」
 理美が瑞穂に牽制して、小走りで男子二人についていく。
 買い出しは面白そうだったが、瑞穂はあまりにも満腹で気乗りしなかった。理美の勢いにも押され、置いていかれてしまう。瑞穂はその場で裕と目を合わせた。
「理美ちゃんまで行っちゃったね。みんな凄いね〜あんないっぱい食べたのに」
 お腹をさする瑞穂。裕ですら満腹なのだ。理美が夜食を欲しがるはずがない。
「やっぱり…あれかな?」
 瑞穂が何かに気がついたように、手を叩く。
 周りが気を利かせてくれたことがバレたのか…。裕が身構えると、
「理美ちゃんも、北村くんのそばに居たいんだね。
 北村くんの、運命の人…って、理美ちゃんのことなのかな?」
 それは壮大な勘違いだった。そう言えば瑞穂だけは、坂木紗霧の存在を知らないのだ。まして二人目と聞いて、裕が瑞穂を候補として考えるなど、想像もしていなかった。
 裕の口元がゆるんで、苦笑いする。これで少しは気楽になった。ため息とともに切り出した。
「とりあえず、待つのもアレだから、どっか遊びに行こうか?」
 まだ空は日が傾いた程度。自由行動の終わりまでは、まだ時間があった。
 確か近くにゲームセンターがあったはず。
 裕が声をかけると、瑞穂はパッと明るい表情になる。
「いいじゃん!もやもやするから、ゲーセンでガンシューティングしよう!」
 瑞穂が軽い足取りで駆け出した。
 「瑞穂さん、方向が逆ですよ〜」
 裕はひとまず考えることを止めた。今は瑞穂との時間を楽しむことにする。今みたいに二人でいられる時間は、これが最後かも知れないから。

 それからしばらくして、横浜中華街のゲームセンターに、おびただしい見物客が押し寄せる事態が発生するのだった。
 中学生カップルがガンシューティングゲームをプレイしている姿が、大注目になったのだ。ネットで拡散され、プレイが終わるまでに異例の集客効果を発揮したらしい。
「裕、右!」
「任せろ!そっち上の方隠れてるぞ!」
 二人共とんでもない反射神経で、敵を殲滅していく。あまりの反応…体と指が別の生き物のように銃が踊り、コンマ数秒のスキも生まれない。絶妙なコンビネーションにより、二人共ノーミスのまま次々にステージをクリアしていった。
 そして今、最終ボスと戦っている。
 言うまでもない。裕と瑞穂である。お互いの死角と反応速度を、完璧に把握した同士。大勢の見物客も気にせず、完全に二人の世界に入っていた。歓声すら耳に入らない。
 完全な一体感の元、ついに…。
「うおお!本当にノーミスクリアしたぞ!すげぇ!」
 ゲームセンター内の客が裕と瑞穂を中心に、ひとつにまとまった。
 建物の外まで漏れてしまうほどの大歓声。
 二人同時に銃を定位置に戻す。両手ピースで歓声に応えるのも、少しのズレもなく同時だった。
 ゲームセンター中の観客全てが、二人を見て同じ感想を抱く。
 あの可愛いカップルが末永く幸せでありますように。
 ごく一部には「ゲーセンでいちゃいちゃしてんじゃねえ!」と呟く者もいたが、そういう輩には「ゲーセンでひがむオタク乙」とコメントが入って、余計に惨めな未来が待っているのだった。

 それから二人は、観客だった人たちから声をかけられつつ、ゲームセンター内を遊び歩いた。二人協力プレイが可能なゲームならば、どのゲームも負け無しで終わる。そして二人が対戦すると、最後まで気の抜けない、まったく互角の対決となった。
 クレーンゲームで欲しいぬいぐるみを見つけた瑞穂が、裕に目で訴える。
 どうやら反射神経でどうにもならないゲームは苦手なようだった。
「うるうる…お願いしま〜す」
 瑞穂が目をうるませて頼み込むのだ。裕に起こせない奇跡など…。起こせない奇跡など…。あった。
 裕もクレーンゲームは得意ではないらしい。貴志がいたらなあ…。そんな考えが頭をよぎった。いや、瑞穂にあげるプレゼントをライバルに頼ってどうする?
 乾坤一擲。120%集中するぞ!
 裕の必死の操作が伝わったのか、コロンと音を立てて、ぬいぐるみが取り出し口に転げて落ちた。
 ガンシューティング完全クリアの時のお調子者はすっかり鳴りを潜めて、裕が膝から崩れ落ちた。よほどホッとしたらしい。
 ぬいぐるみを抱えてゲームセンターを出る間も、彼らを見送る拍手の音が聞こえ続けた。
「いいぞー中学生カップル!」
 だから、付き合ってないんだってば。心の中で突っ込むものの、まんざらではない裕だった。

 集中力を限界まで高め続けていたおかげで、裕は雑念が取り払われている事に気がついた。
 貴志に言われるまでもなかった。瑞穂を好きなのは自分の気持ち。そしてそれにどう応えるのか…それは瑞穂の気持ち。この関係の中に貴志の存在は考える必要がないのだ。
 ゲームセンターを離れるにつれ、裕たち二人に声をかける人は減っていった。
 拡散されたとは言え、後ろ姿のみ。ゲームを終えた二人は、もはや有名人ではなくなっていた。
 裕が抱えていたぬいぐるみを、瑞穂に差し出す。
 そして静かに息を大きく吸い込んだ。
「あのさ、これからも…こんな風に一緒に遊んだりしないか?」
 ぬいぐるみを受け取る瑞穂の指が、裕の指先に触れる。緊張で肩ががちがちに固まった。
「いいよ。今度はみんなで遊ぼう」
 み・ん・な・で…。裕の頭を鈍器で殴りつけたような衝撃が襲う。
「楽しかったよ。裕と一緒なら何でもできそうな気がするね」
 そう言って瑞穂は満面の笑みを裕に向けた。太陽のような温かい笑顔を。
 口に手を当てているのに、手のひらからはみ出した口が見える。明るくて、温かい笑顔だった。
 ん?もしかしてまだ終わりじゃない?普通に遊びに誘ったと思われているのか?
 裕の陰った心にも日が差した。
 そうだ。陰っていた裕と貴志の心を照らしてくれる太陽のような笑顔。だからオレは、瑞穂が好きになったんだ。
 貴志、ごめん…。オレは、この気持ちだけは遠慮できないわ。
「違くて…二人で…。そう、二人で遊びに行かないか?
 それも違うな」
 上手く言葉にならない。何だよ!普段はあんなにおしゃべりなのに、肝心な言葉はこれかよ!
「オレ、瑞穂が好きだよ。
 付き合って欲しいんだ。二人で遊びに行くような、関係になりたい」
 言ってしまった。もう、後戻りはできない。

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