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037.自然環境が生む特有の美意識と変化への感性

日本のものづくりの特徴として、細部の仕上げに注がれる神経とともに、現場で継続して進められている改善の例がよくあげられます。日本では現場で日常的に改善が繰り返されるために、現場の姿は絶えず変化しています。こんなに変化する現場は世界でもまれでしょう。
変化を好まない保守的な人が多いと言われる日本ですが、私たちの生活環境では、小さな変化は日常的に起こっています。
日本人にとって1年は、ほぼ均等に分けられた四つの季節で成り立っています。
春の桜と桃、夏の照葉樹林の濃い緑と蝉の声、秋の鮮やかな紅葉と虫の音、そして落葉、冬の雪景色と春の到来を告げる梅……。三か月ごとに春夏秋冬がやってきて、折々にそれぞれ特徴のある花が咲き、景色が展開されます。
3月の末から4月初めにかけて、桜の開花日を今日か明日かと気にしながら、わずか2週間ほどの間に、つぼみから開花して絢爛たる光景を見せながら葉桜となって散っていきます。その変化の激しさは、季節の変化の少ない国の人から見ると、早送りの動画を見るようではないかと思います。
日々生まれる小さな変化が積み重なって季節の移り変わりが生まれ、年々同じようで、決して同じではない光景がグラデーションのように変化していきます。日本人には当たり前のことですが、世界的にみれば、こうした国は多くありません。
わたしたちが持っている美意識の源泉として、こうした季節ごとに移ろう自然環境の変化があります。日本の工芸には、梅や桜の春景色、錦秋など一瞬の美しさが切り取られて細やかな神経でちりばめられていますが、自然が多くの芸術にも扱われているのが日本の工芸の特徴でもあります。

「万葉集は世界の古典の中で一番多くの植物名が登場する作品だ」(⑦『花と木の文化史』岩波新書)
 
というのは元大阪府立大学教授の中尾佐助です。
中国の『唐詩選』にも植物は登場するのですが、種類は貧弱で、しかも「花」「木」「植物」として概念的に扱われているにすぎません。それに対して、万葉集の中で歌われた植物は圧倒的に多く、しかもほとんどが日本原産植物で、ハギ、ウメ、マツ、サクラ……と具体的な植物名が登場する、と中尾は紹介しています。
しかも、単に、花が咲いているというのではなく、どんな植物の、どんな花が、どんなふうに咲いているのかが関心事になっていて、花の咲き方、あるいは花が置かれている環境、花を見る状況、切り取った一瞬によって印象が大きく変わり、その心象風景が日本人にとって重要な詩の主題になっているというのです。
そして、季節から季節へ、あたかもエッシャーのだまし絵のように毎日少しずつ移りゆく変化もまた、私たちには日常生活の中での大切な楽しみの一つになっています。
多田道太郎は自身の「多田道太郎著作集」4(『日本人の美意識』筑摩書房)のなかで、
 
「植物の色を四季に応じて移すことで、(日本人に)変化への適応力を身につけさせている」(⑧「多田道太郎著作集」4(「本人の美意識』筑摩書房」)
 
と書いています。
保守的に思われがちな日本人が、これほどものづくりの現場でせっせと改良・改善に取り組んでいるのも、こうした自然の移り変わりの中に身を置いて、変化への適応力を身に着けてきたためでしょうか。毎日の小さな変化を受け入れる代わりに、逆に大きな変化を生み出せないという弊害も、私たちの課題なのかもしれませんが。

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