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【知られざるアーティストの記憶】第65話 ツインレイ

Illustration by 宮﨑英麻

*彼は何も遺さずにひっそりとこの世を去った。
知られざるアーティストが最後の1年2ヶ月で
マリに遺した記憶の物語*

全編収録マガジン
前回

第9章 再発

 第65話 ツインレイ

丸く大きな月が明るく夜空を照らす夜には、マリは彼と共にその月を見上げたいと願った。それはかつて彼の入院中にマリが寝室の窓から見上げ、そのおもてを通じて彼と交信しているつもりになっていたのと同じ月だったから。しかし、月の明かりが優しく家々の上を降り注ぐほどどっぷりと日の暮れた時刻には彼はもう寝静まっているので、その願いは一度も叶うことはなかった。そんな日にはマリは決まって家事が一段落すると、ふらふらと外へ歩みだし、寝静まった彼の家の壁にぴたっと体を寄せて月を眺めるのだった。

≪ツインレイの話ってわかるかな?≫
中医足つぼ師のメイが抗がん剤を使わないがん治療のS医院の情報を伝えてくれた2021年12月2日のLINEやり取りの中で、このマリにとって聞き慣れないワードを投げ掛けてきたのは唐突なことだった。なんでも、「ツインレイ」の研究をしているという淡路島に住むメイの友人が、今月の中頃にはるばるT山に登りに来るので、マリも一緒に登らないかという誘いであった。

メイとマリは古くからの友人というわけではなかった。2020年の2月にダージャの気功の講習会を共に受けたことから互いを認識し始め、その年の年末あたりにマリが週一度のペースでT山に登っているのを知ったメイから
「その足をぜひ、足つぼさせてもらいたい。」
とオファーを受けたことをきっかけにして、2021年の1月より、月2回のペースでモニターとして足つぼの施術を受けるようになっていた。そのため、人づきあいにあまり積極的ではないマリにとっては、この時期、もっとも高頻度で顔を合わせる友人となった。

メイがなぜそこまで自分の足に興味を抱いてくれたのかはわからなかったが、メイはそういう直感力や、人と人を出会わせる能力に秀でたところがあった。自分の体を顧みないマリにとって、モニター価格で定期的に足つぼの施術を受けられることはありがたくもあった。メイのほうが徹底しているとはいえ、食べ物や医療の選択において自然派志向であることも共通していたし、子どもたちの年齢も近かったので、子どもぐるみで一緒に遊ぶ機会も自然に増えた。中医学の分類する体質ではマリと同じ「気血両虚」であるということが信じられないほど、メイは交友の幅も広く活動的であった。あるときからはマリの夫も、メイの足つぼを一緒に受けるようになった。


©Yukimi 彼のスケッチブックより 落書き、色見本


≪ツインレイ、知らない。なになに?≫
というマリの問い返しに対して、メイは、気になるならYoutubeなどで調べて観てみろと言う。いつもならこちらが頼まなくてもお勧め動画を送りつけてくるはずなのに、といぶかしがりながらも、マリが多少のめんどくささを乗り越えて「ツインレイ」と検索してみたのは、そのやり取りから3日も経った、足つぼを受ける日の前夜だった。そのまま行き過ぎなかったのは、
≪もし観られたら、必要な情報なんだと思う。≫
というメイが最後に付け加えた言葉がどこかに引っかかったためであろう。

≪メイちゃん、ツインレイ、必要な情報だった!やばいよ。≫
≪マリちゃん、そうだったの?パパとだった?≫
≪夫ではないかも。これ、打ち明けるとヘビーになるけど、あとでちょっと話そう。≫

ツインレイとは、前世において二つに分かたれた魂の片割れのことだと言われる。一生のうちでその相手と出会えることのほうが稀であるが、出会えば特別に惹かれ合う。例えば相手に自分との共通点を多く見つけたり、会った瞬間に懐かしさを感じるなど、これまでに出会った異性(恋愛対象)へのものとは全く次元の異なる愛の感情を体験する。しかし、片方または双方が既婚者であったり、大きな年の差があったりと、社会的な制約に阻まれて結ばれがたいことが多い。ツインレイはサイレント期間を含む難しい愛の関係を経て、エゴを乗り越え互いの魂を大きく成長させることで、二つに分かれていた魂の統合を果たすことができれば、互いをエネルギー的に満たし合う穏やかで安定的な愛で結ばれ、それぞれが自分の力を最大限に宇宙に還元するような生き方を始める。(註1)

(註1)ツインレイについての記述は、マリによる大まかな意訳。マリの解釈と経年の記憶を通したものになる。記事を書くにあたり改めてネット記事などの参照を行わなかった。面倒であることにもよるが、より深く正確な解釈というものはあっても、これが正解というものがない概念であると思うから。太字はツインレイ特有のキーワード。


©Yukimi 『LAGRANGE POINT JMN-003』P・15


ネットでツインレイに関する2、3の動画を視聴するうちにこれらのキーワードを拾い集めたマリが、居ても立ってもいられないほどに興奮したことは想像に難くないであろう。しかしマリは元々、スピリチュアルな話は自分の取り扱える範囲の外にあると思っていたし、恋愛と運命を合わせて論じることに対しても冷めた心情を持つ者であった。さらに、飽きもせずに観続けた動画で語られるツインレイというものは、この世にそういう関係が確かにあるとマリに信じ込ませるだけの説得力には欠け、ふわふわと乙女心をいたずらにくすぐるだけの幻想のように一方では感じられた。にもかかわらず、動画を観た直後にマリがメイに送信したメッセージは先述のようなものであった。
≪必要な情報だった。≫
思考で判断する前に魂がYesと言ってしまったようなものである。それは、マリの脳内では、
(もしツインレイというものが本当にあるのだとしたら、私にとっては彼じゃない?)
という言葉にさしあたり変換されていた。

つづく

★この物語は著者の体験したノンフィクションですが、登場人物の名前はすべて仮名です。

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