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経営学グッドフェローズ⑥:パンツを脱いだ全身経営学者


東京都立大学大学院 経営学研究科
高橋勅徳准教授

1. 制度派組織論のもうひとりの立役者
 現代の先端的な経営学の論文を読む上で、無視することが出来ないのが制度派組織論です。欧米では1990年代に主流となった経営学の新たなフォーマットですが、日本では2004年に佐藤郁哉先生と山田真茂留先生が発表された『制度と文化:組織を動かす見えない力』を皮切りにして、2013年に武石彰先生、青島矢一先生、軽部大先生が発表された『イノベーションの理由:資源動員の創造的正当化』を経て導入が進み、2015年に大著『制度的企業家』が出版され、経営学の新たなフォーマットとしての受容が決定づけられたと言って良いと思います。

 経営学グッドフェローズ⑤で紹介した松嶋先生とならび、この『制度的企業家』の編者を努めたのが、高橋勅徳先生です。

 この10年くらい、組織論関連の学術誌を読んでいる時に、松嶋先生と共著で論文を発表していたりしてよく見るひとだな、という印象でした。正直、僕も「カルト・マネジメント」を今年のゴールデンウィーに書き始め、『制度的企業家』をちゃんと読み直しても、その程度の認識しかありませんでした。

 
 しかし、「カルト・マネジメント」のために文献を読み漁っていく過程で、認識を改めました。

 経営学グッドフェローズシリーズでは、中堅世代のイカした経営学者を、愛をもって紹介していく企画でしたが、この人は「イカしている」を通り越して、「イカれている」経営学者です。褒め言葉ですよ。ちょっと高橋先生の私生活が心配になるくらい、イカれた姿勢で経営学に取り組んでいる研究者です。


2. 英雄として演技する企業家への注目
 制度派組織論の立役者の一人である高橋先生の専門は、ベンチャー研究です。2009年に日本ベンチャー学会を受賞し、2018年には木村隆之先生と石黒督朗先生の共著で『ソーシャルイノベーションを理論化する:切り開かれる社会企業家の新たな実践』を発表され、2019年に日本NPO学会賞を受賞するなど、この研究分野では高い評価を得ている研究者であると思います。


『制度的企業家』と『ソーシャル・イノベーションを理論化する』で展開された、高橋先生の議論は、まさに、現代経営学の潮流に基づいた議論です。
 
 企業家は、シュムペーターの『経済発展の理論』を出発点として、イノベーションを個人の行動に帰着させて分析していくために、研究者が構成した概念である!
 
 同時に、企業家はイノベーションを担う英雄として自明視されているがゆえに、人々は企業家として演技していくことで、企業や社会を変えていく権力を獲得し得る!

 ベンチャー研究は企業家を名乗り、変革を思考する人々の演技によって成立する現象を分析していく研究領域であり、研究者は彼らを正統化していくことで、イノベーションに加担する役割を担っている!

 理論を不滅の真理として探求していくのではなく、社会を編成する道具として認識を改め、現場と研究者の関係を再構築していくことを志向する制度派組織論のフォーマットに基づき、企業家を観察対象ではなく、研究者自身が加担する現象として捉えようとする。実は、ここまで紹介してきたグッドフェローズな先生たちに共通する認識前提を高橋先生も共有しています。

3. パンツを脱いだ全身経営学者
 ただ、これだけなら高橋先生は、今の中堅世代らしい研究者であっても「イカした」研究者にはちょっと届かない。
 僕が高橋先生を「イカした」を通り過ぎて「イカれた」研究者だと表現したのは、「研究者の現場への関わり」を意識した、徹底した方法論へのこだわりです。
 例えば、高橋先生が2009年に発表された「企業家語りに潜むビッグ・ストーリー:方法としてのナラティブ・アプローチ」をとりあげましょう。


 インタビューで調査をする時、僕たちは自分の仮説を証明するためにデータを集めようとします。だから、意識的・無意識的に誘導尋問のような質問をしてしまう。だから、そうならないように、インタビューガイドラインは用意していても、相手に自由に語ってもらうことを重視する、半構造化インタビューという方式をとります。
 でも、ベンチャー企業の経営者は、目の前にいる研究者の前で典型的な企業家として演技してしまうことは避けられない。だったらどうするか?
高橋先生は、誘導尋問と演技で成立するインタビュー調査は、研究者の信仰告白でしかない、と断言した上で、企業家との対話の中から自分の信仰=既存の理論が否定される瞬間に注目し、自身の反省と理論的発展の材料に使っていくさまを、論文として記述していきます。

 論文を書く時、僕たちはその内容が「真理である」という姿勢を崩しません。いや、崩せないといっても良い。そういう確信がないと、論文を書いて、世に問うなんてできません。
 その確信を、高橋先生は手放す。手放した先にしか、理論の発展は無いと言い切る。理論をデータで覆すための最後の一線である、「データは現実を反映した事実だ!」という担保すら、インタビュイーが企業家として演技しているところを、「あ、今演技しているよ!」と見抜いていることを書いて、捨て去ってしまう。
 おそらくは、ここまでストイックにならないと、インタビューという方法を用いて、理論を発展させることは出来ないということなのでしょう。

 そのストイックさの先に、高橋先生は独特な形で、社会に介入する影響力を持ちつつあります。
 それが、今年の3月から4月にかけて、SNSでバズった論文「増大するあなたの価値、無力化される私:婚活パーティーにおけるフィールドワークを通じて」です。

 J-STAGEという日本国内の学術論文を検索・ダウンロードできるサイトがあるのですが、2021年3月でダウンロード数1位になった論文です。日本中の、すべての研究者の発表する論文の中で、1位です。

 それだけでも凄いのに、中身は恐ろしいです。
 自分自身が婚活パーティーに参加し、婚活パーティーの業者や女性から自分の価値が評価され、比較され、最後は無残にも振られて途方に暮れるのか、自分の感情の動き(それこそ自分の黒い部分まで)事細かに、高橋先生は書きます。その記述から、婚活パーティーという場がいかに産業として成立し、同時にこの国の未婚化・晩婚化を促進してしまう逆機能を生み出していくのかを分析していきます。

 発表直後に研究者の間で静かに話題になったこの論文は、SNSを通じて広まり、男性は「あるある」といった共感や、「婚活市場以外で相手を探すべきなのでは」とつぶやき、女性(OLから女子高生まで!)は自分の結婚や婚活を再考するつぶやきをしていく、という広がりが生まれています。

 論文がweb公開されるのが当たり前になり、今や研究者じゃなくても、学術論文を必要に応じて読む時代になりました。研究者自身が、身を切り血を流して書いた論文は、現実の生活を送る人たちのココロに響く。それが、社会を変える力になるなら、人前でパンツを脱ぐことさえ厭わない。言葉が届くなら、マッドサイエンティストであっても構わない、という覚悟が高橋先生にはあると思います。

 そんな全身経営学者の高橋先生の精神状態が心配になるのと同時に、もはや高橋先生のストーカーになっちゃった僕は、次にどんな「イカれた」論文を書いてくれるのか楽しみでなりません。

※今年に入って、高橋先生は「新興市場でのオートエスノグラフィー:婚活市場において商品化される私」を発表されています。おそらく、「増大するあなたの価値、無力化される私:婚活パーティーにおけるフィールドワークを通じて」の第二弾だと思うのですが、残念ながらまだダウンロードできない状態です。ダウンロードできる日を楽しみにしています。


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