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なぜエリンギはエリンギなどという、ふざけた名前をしているのか?


皆さんはエリンギは好きだろうか。エリンギがエリンギとして定着する前、舶来品だったエリンギのために、和風の名前をつけて普及させようとする動きがあった。歴史が示している通り、エリンギはエリンギとして定着し、和風の名前は定着しなかった。今日はその理由について皆さんと一緒に考えてみたいと思う。

一つの可能性として、和風の名前のインパクトが弱かったという理由が考えられる。具体的に以下に見ていこう。

1 ライバルとなり得た名前の候補が弱すぎた

1-1 じょうねんぼう

個人的には、この名前が一番ポテンシャルがあるように思う。皆さんは「常念坊」をご存知だろうか。

長野県の飛騨山脈に常念岳がある。その山肌に、いわゆる雪形が形成される。雪形は山の地形やそこに降る雪の形から、何か特定のものを見出すことをいう。月にウサギが住んでいると私たちが月にできる陰影から想像したように、山並みに降る雪の形から、特定の形象を見出したのだ。

常念坊は、岩肌が徳利を持ったお坊さんに見える雪形だ。


日本料理「草創案」ブログ2013年5月8日「常念坊」の雪形 北アに出現しました」 より引用
http://www.asama-sousouan.com/?p=239

エリンギを本格的に日本人に売り出す際、一つの拠点になったのが長野県だった。常念坊、よく見るとエリンギみたいにも見える。地域の人が長年見出し、物語ってきた常念坊という雪形を、新しいきのこの名前に援用した。情緒があって個人的には大好きだ。

ただし若干パンチが弱い。由緒は良さそうだが、知名度や語感の強さには若干の見劣りがあるのは否めない。


1-2 かおりひらたけ

この辺りから怪しくなってくる。確かにヒラタケは美味い。あの受領の藤原陳忠が奇しくも長野県と岐阜県の険峻な谷間に落ちた際に集めまくった故事もある。

ところが、ヒラタケとエリンギは、あんまり似ていない。それに、ヒラタケ自体にそんなに「すげえ!」となるインセンティブが少ない。そりゃあ谷底に落ちた先にヒラタケがたくさんあったら取ってくるよ。でも、マツタケとかに比べて「すげえ!」ってならんでしょ。ヒラタケには悪いけどさぁ。

さらに、エリンギは香り推しではない。確かに良い匂いが若干するが、別にそれはしいたけや舞茸でも良い。

ということで、エリンギをかおりひらたけで販売しようとしても、ヒラタケも香りもパンチとして弱すぎると思うのは、私だけであろうか。


1-3 みやましめじ

うーむ。「みやま」とは「深山」と書く。ミヤマクワガタの「みやま」だ。ミヤマクワガタは主に山の中にいるからな。

エリンギ〜〜〜〜〜〜〜っ! どうしたぁ〜〜〜〜〜〜! お前はミヤマクワガタと違って、フランスとかイタリアの地中海性気候の海外から来たんだろ! 長野の山ん中から来たわけじゃないだろ!

「しめじ」も大問題的呼称だ。しめじは結構広い意味で使われる。キノコ全体を指すくらいの言葉だ。だからここではほとんど特定の意味を持たず、「きのこだよ」というニュアンスくらいしかない。

その結果、「みやましめじ」はエリンギの特徴をほとんど示していない空転した呼称になってしまっている。


1-4 白あわび茸

大問題児と言わざるを得ない。まず、中国原産のキノコをあわび茸って呼んで日本に導入しようとしていたのだが、そのあわび茸自体があまり日本に浸透していない。いわんや白あわび茸をや。

そして、あわびもちょっと限界がある。あわびに食感が似ているからあわび茸としたのだろう。ところが、エリンギはあわびじゃねー。確かに食感はいい。ところが、あわびじゃないんだ。

きのこを貝にたとえるんじゃない。似た味だからって、より高級だからって、別の食べ物にイメージを仮託して、どうしてその食物が自立し日本に浸透するだろうか。

白あわび茸のような「あわび」に依存した名前ではなく、きのこみたいにすっくりと自らで立つ、自立した名前にするべきではないか。


2 エリンギの定着

2-1 桑田佳祐

桑田佳祐はエリンギが大好きで、歌番組でわざわざポケットから取り出し紹介したという。ミュージシャンは時代を作り出す。一流の者ならなおさらだ。ファンのとっても多いミュージシャンにより、エリンギはついにエリンギとして紹介され始める。

2-2 「きのこのこのこ げんきのこ」の名パンチラインに導かれて

エリンギの知名度を一気に上げたのが下記のホクトのCMだろう。

これは現在のCMだが、当時からある「きのこのこのこ げんきのこ」という名パンチラインをご記憶の方も多いだろう。

舐達麻の名パンチライン「たかだか大麻 ガタガタぬかすな」に匹敵しうる印象的なフレーズの後に、エリンギ・まいたけ・ぶなしめじ(現在はぶなぶなぴー)が続く。

CMではまいたけ先輩とぶなしめじ先輩にケツを持ってもらって、エリンギがきのこの筆頭で闊歩している。ここに、エリンギがエリンギとして確固とした地歩を得たことを確認することができるだろう。

おわりに

エリンギには、わかりやすい和風の名前がつく可能性があった。ところが、それはいずれもパンチに弱く、新顔きのこを華々しく紹介するには力が及ばなかった。

そんなエリンギは、かっこいいミュージシャンやかっこいいCMにて紹介された。そうしてエリンギは、たしかにエリンギとして私たちにとって当たり前の食べ物になっていった。

一つの理由はエリンギの異様な風体にあるのかもしれない。茎がぶっとい! 傘が小さい! 不思議なきのこだ。おいしいけど。不思議な形をしているから、不思議な語感でも受け入れられたのかもしれない。

俺はエリンギの味も言葉も好きだ。たかだか20年前に、新顔としてやってきたきのこを愛している。

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