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短いお話。

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オラ。

オラ。

 江ノ島からの冷たい風に煽られ歩いていると、急に背中に重みとぬくもりを感じた。

 「?」振り返るとオラウータンがいた。僕が笑うとそいつも笑う。「まぁ、いいや」しばらく行くと、そいつの母親だと言うタイの女性に会った。 「オラはいい子なんだけど、米兵との子供なんで、鳥インフルエンザなのよ」瞳が黒く大きい。僕は、その米兵とタイの女性の間に生まれた、鳥インフルエンザのオラウータンのオラを背負い家に戻っ

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ライブハウス。

「客席の間も空け、予約制で人数限って、消毒液、個包装マスク、フェイスガード・・・もちろん体温チェックも厳しく、ライブ中はお喋り禁止!完璧じゃない?えっ、演者Aがキャンセル?どうしてまた?」
「なんか、ひきこもりから抜け出せなくてモチベーションがないんだって・・・」
「ったく、あんなにやりたがって配信までしてたくせに。まぁいいわ、今日は私がやるわ!
「えっ、なに?演者Bも来ないの?なんでよー?」

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『メール』

『メール』

「根性なし(笑)」

俺のメアドで届いてはいるが、送り主のメールはgメール。
cccなる名前になっている。

「根性なし?!」

その時、俺の中で何かが弾けた。

「俺は、根性なしなんかではない!」

「断然、違う!」

怒りが沸いてきて、パソコンを床に叩きつける。

シャワーを浴び、久し振りにスーツを着込む。
アタッシュケースには、履歴書。

俺は、マンションを飛び出すと、
わき目もふらず駅に向

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『隣のお姉さん』

 中学校に行く時、大学生らしきお姉さんに声をかけられた。

 「歌、うまいのね」

 「ん?」純情少年だった僕は頬を赤らめ、
その日ずっと妄想に耽ってた訳だが…。

 当時、僕は吉田拓郎に凝っていた。
サッカー部のない日は、ギターに夢中になっていた。
しかし、フォークというのは、歌ってこそである。
だから晴れの日は、裏の崖から夕日に向かって歌ってた。信じられないが、その頃の僕はまだ歌が少しはうまか

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『落ちない大学』

『落ちない大学』

 「ええ、東京からは少し離れておりますが、静かで環境がいいんですよ。
海も山もありますし、大学生活には最高です。いいえ!それが、そんなに難しくないんですよ。
基本的には体力や気力を鍛えるカリキュラムが中心になりますが、
専門分野においては日本一の講師陣を揃え、また実験材料や設備も日本一!
さらに驚きの就職率100%!なんですよ!今なら特待生として入学料、無料ですよ」

 「しかも、入学試

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「天使の輪」

「天使の輪」

新中学生かな。
乗ってきた少年は真っ白なワイシャツと折り目の入ったズボンに身を包み、
天使の輪を頭に乗っけていた。
お母さんがしきりに手を振って笑顔で送っている。

・・・そうか。少し知能障がいのある子なんだな。
少年は少し身体を傾けながら、お年寄りや障がい者用の座席に座った。
今年の5月はなんだか明るい。
バスに差し込む日差しに照らされて名前も知らない小さな虫が踊っている。

お爺さんは70歳は

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「痴漢はいかん」

「…ちょっと、あんた!」
「は、はい」
「何、痴漢してるのよ!」
「そ、そんな僕は」
「ってか、まだ手の甲が私のおしりにはさまりっぱなしだし」
「あぁ。ごめんごめん。これ、義手なんだ」
「ぎしゅ?何よ、それ」
「ほら。合成樹脂のオモチャ。手の代わりだよ」
「あ。わたし、あの…知らないでゴメンなさい」
「いや、いいんだよ。しかし、この義手、いい思いしたなぁ。
こんな素敵な女性のおしり触わるなんて」

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「守ってあげたい」

「守ってあげたい」

「うわっ、また余震かよ」
「ったく、自然て手抜かないよなぁ。あぁパソコン倒れる…」
「…ウチ、マンションの一番上だから余震でもメチャクチャだぜ」
「帰るか?彼女、ひとりでいるんだろ?」
「あぁ、またパニクってんだろうなぁ。悪いけど先帰るわ」
「おうっ。お疲れ様!」

「…ただいまー。
怖かったかミチ?よしよし!おいで」

(こいつをさぁ、こいつを守ってあげられんの俺だけなんだよなぁ。
 同性愛だ、

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『ギター女子』

いったいこの娘は、なんだ?
ギターを抱えた高校生くらいの女子が、
浜辺でギターを抱え大声で歌っている。
いや、いい。
浜辺で女子高校生がギター抱えて歌うなんて、
とっても、素晴らしいシーンじゃないか。
・・・ただ。この真夏日に、ギターが可哀想じゃないか?
「フランシーヌの場合はあまりにもお馬鹿さん・・・」
って、歌も古いし。
「あの」
ギター女子が怪訝そうな顔で振り向いた。
「はい?」
しかも、可

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「父親の記憶」

「父親の記憶」

最近、亡き父親の服を着ている。
昨日も夏の寝巻きがボロボロになったので、甚平を借りる。
と、ある記憶が・・・

あれはぼくが小2くらいの時かな。
兄貴と父親、3人で伊豆大島に旅行した時。

宿は当時、売れていた大きなホテルだったが、
神経質なぼくは12時になっても眠れなくて、
泣きじゃくっていた。

激しい風、雨による雨戸の音、
隣からは酒を呑みながら麻雀をするサラリーマンの怒声

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『女優』

『女優』

彼女は、
いつもくったくのない笑顔をしいた。

女優だった母を交通事故で亡くし、
病気の父親の看病をし、
それでも、笑顔で生きた。

初恋の彼は銀行員の息子。
甘く愚れていた。

彼女は、高校を卒業し、銀行に勤めた。

一生懸命、仕事をし、総合職へ。
今も、独り身で、頑張っているらしい。

ところで、彼女は彼に告白したのだろうか?

否。もうどうでもいいのかも知れない。

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