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憧れの東京ライフを送れなかった2016年の私と、「いつ恋」と

冬の北海道に並々ならぬ憧れを持っている。その理由のひとつに2016年放送のドラマ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」がある。

何度も繰り返し見るほど好きなドラマ「いつ恋」は、キュンとする冬の王道ラブストーリーというわけではない。わりと暗いし、生きることの厳しさに苦しくなることもたびたびある。しかし、その中でゆっくりと、確実に温かくなっていく、些細な幸せに心を奪われるから好きだ。

ただ、それだけではなく、思い出補正を少なからず影響しているようにも思える。

2016年の私といえば、社会人2年目。生命保険の営業職員として、趣味で手書きの新聞(コラムのようなもの)を書いて、そこに小さなお菓子をつけて、お客様先で配っていたころだ。

ノルマはありませんと言われるものの、毎月末に目標を超えられないと上長に「このお客さんは今月無理なの?」「お友達で加入したい人いないの?」と呼び出しを食らう。それが嫌で、私は必死に毎月前倒しで目標をクリアしていたのだが、自分がクリアしようともチームの先輩と同期がクリアしていない場合「助けてあげてよ」と言われ、呼び出しを食らうこともあった。

「自分が嫌なことをしないために目標を達成しようと先回りして動いているのに、なぜ人にそれを譲らなくてはならないのか」社会の理不尽さにモヤつきながら、高井戸にある1K6畳のアパートへと帰る。今、写真で見返すと「なぜこんなに片付けができなかったのか」不思議でたまらないくらい部屋をきれいにすることに気がまわっていなかった部屋。

そんな状態だから、食に気が回るはずもなく、夜ご飯は飲みにいくか、駅前にあるスーパーの惣菜を食べることが多かった。帰宅すると、半額シールが貼られたからあげと納豆巻きをローテーブルよ上に置き、それとほぼ同じ高さにある20インチくらいのテレビをつけるのが日課だった。

その日、2016年1月18日も、同じようにしていた。何を見ようか、チャンネルを回しているとやっていたのが「いつ恋」だった。

第一話、実の両親がおらず「誰のおかげで、ここまで生きているんだ」と弱みに漬け込まれ、家政婦のように育ての父母を支える音。目の前で起きていることがすべてで、ここにしか世界はないと思い込んでいて、辛くてもここで生きていくしかない音の諦めに息苦しくなったのを覚えている。

そして1話のラストは、引っ越し屋さんこと練の運転でたどり着いた東京を背景に「引っ越し屋さん、どこにいますか? 2011年1月、私は今、東京で生きています」というモノローグが流れ終わった。

それから毎週月曜21時は、いつ恋のために家にいることが多かったのだが、ある日の月曜20時台、北海道で単身赴任している父から電話がかかってきた。他愛のない話だったと思う。当時の私はというと、親との電話がすごく苦手で、恥ずかしながら悪態をついてしまいがちだった。例えるなら「引っ越し屋さん、なに?」と冷たくあしらう音のよう。その時、何を話したかは覚えていないのだが「そろそろ見たいテレビがあるから切りたい」と親に告げたこと、父が「月9か!?」と返答したことだけははっきりと覚えている。

そこから、少しだけいつ恋の話をした。学生時代から、かなりのテレビっ子だった私。その一方で「そんな時間があるなら勉強しなさい」と注意されるのを恐れ、中学生くらいからはテレビの話を親とすることを避けていた。

そうだとすると、親と自分の好きなことについて話せたのは、いつぶりだっただろう。誰かとこの話ができるのが嬉しくて「音と練も好きだし、朝陽もよいが私は晴太が好きで」と、親相手に早口で話すと「あの男は、大変だろ」と笑いながら返された。

そして「父さんは、音を見ていると、お前が東京であーいう暮らしをしているんじゃないかと重ねてしまう」と父。それに対して私は「なにそれ!もう少し楽しんでるよ、快適だよ!」と明るめの声で返したが、今振り返ると6畳一間、家賃とお客様へのプレゼント代に給料のほとんどが消え、小さなテレビにかじりつく私は音とそこまで変わらなかったようにも思える。

それから7年経った今も定期的にこのドラマを見返すのだが、1話ラストの「東京で生きている」というモノローグは、この当時の私をフラッシュバックさせるものがある。

思い描いていた東京ライフとはかけ離れた生活を送っていた2016年の自分。そして、今私はあたり一面真っ白で、夜になるとすぐに真っ暗になる北海道にいる。

街灯がない、暗がりのなかにぽつんと佇む大きなお店を見るたびに、音と練が再会したファミリーレストランを思い出す。

東京でも北海道でも、この街を歩いたら、2人がいるかもしれない。そう思わせてくれる「いつ恋」が何年経っても大好きだ。

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