【小説】『華の守護者 ~妖物語「猫又」~』 第2話 めぐる魂(前編)
【AI朗読】「敗れた猫又は消えゆく意識の中でネコだった頃を思い出す」
Web小説『華の守護者』妖物語~猫又【動画】#4
第2話「めぐる魂(前編)」(一)
(音声「VOICEVOX:後鬼/白上虎太郎/†聖騎士 紅桜†」)
河川敷に横たわる猫又の視界には、無数のネズミの骸と赤の海がぼんやりと見えている。ネズミの妖に蹴られても痛みは感じられず、まぶたがゆっくりと落ちていく。
眠りへ誘われ、猫又がネコだった頃の記憶が思い出されていく――
『ネコは複数の魂をもっている』
信じがたい話だが半分は事実だ。すべてではないが、死んでも生き返ったり転生したりするネコはいる。
伝承が本当という根拠は、オレに前世の記憶があるからだ。
何度も転生しているが古い記憶は死の間際しか覚えていない。
「……腹が減った……」
たったそれだけの記憶が少なくとも3回分はあり、空腹で動けないまま生命は閉じた。
少し長くなった記憶は火の中を走っていたものだ。
家屋が崩れて人の死体が転がり、四方から火が迫る中を逃げ回っていた。熱された地面で足の裏は焼け、嫌なニオイがしてくる。痛くて立ち止まったところ、背中に衝撃を受けて目の前が真っ暗になった。
次は完全に記憶が残っていて人間に飼われる一生を送った。
オレは自然豊かな田舎で生まれた。独り立ちしたら人間の近くで生活を始めた。ある日、村に来た行商がしかけた罠にかかり、籠に押しこめられ売り物となった。
故郷から遠く離れた町の市で、ほかの動物たちと一緒に陳列される日が続く。捕まえた男が「三毛猫の雄だよ、縁起物だよ」と毎日やかましくわめく。幾度も脱出を試みたがうまくいかない。町に着いて数日後、通りかかった男と目が合うとオレを買った。
男はその日のうちに女にオレを与えた。女は籠から出すとすぐに紐でつなぎとめた。紐をちぎって逃げようとしたが、あと少しのところで新しい紐になってうまくいかない。
理不尽な境遇にはじめは怒り、敵意を向けていたが女はオレをかわいがる。食べ物を持ってきてくれるし寝床を用意してくれる。数か月過ごしてみて、殺される心配はないとわかって逃げることはやめた。
これまでは飢えに怪我や病気への不安があり、外敵から身を守るなど、常に気を張っていた。ところがここでは食って寝て、気が向けば飼い主と戯れるだけの穏やかな暮らしだ。
平和で恵まれていた。それなのに死の間際で後悔した。
オレは「自由」がどんなものか知っている。
行きたい場所へ行けて好きなことができる反面、庇護のない厳しい環境だけど自分で選べる世界は変化があって己を成長させる。
与えられた物で過ごし、狭い室内で死を迎えたオレは、自由が欲しかったと思い残して死んだ。
再び転生して、自由に生きると決めて実行した。
新しい「生」はノラネコだ。飼われずに生きる道は過酷なものになる。幸いにも街中で生まれたから運があった。
東京は人間が多い。食べ物が見つけやすく、ごみの中にあったり時には人間が与えてくれるから、小動物を追って狩りをする手間が省ける。しかしライバルは多く、縄張りを守らなければならない。
戦って怪我を負ったり、運悪く食べ物にありつけなかったりと苦労もあるけど、オレは自由に動けるノラネコという生き方に誇りをもっていた。
ノラネコは体調管理が大事だ。食べ物が得られないことは死を意味する。だからオレは病気と怪我には用心していた。わかっていたのに失敗したことがあった。
【AI朗読】「猫又がまだネコだった頃に大切な出会いがあった」
Web小説『華の守護者』妖物語~猫又【動画】#5
第2話「めぐる魂(前編)」(二)
(音声「VOICEVOX:白上虎太郎/春日部つむぎ」)
冬のある日、公園のベンチで昼寝をしていたら人間の声がして騒がしくなってきた。面倒を避けるため、退散しようとした矢先に幼い子どもに見つかってしまった。
子どもは猛スピードでオレに向かってくる。関わるとろくなことはないから、すぐに反対方向へ走り、花壇の陰から飛びだしたところで自転車にぶつかった。
タイヤに前足を踏まれて体が前輪にぶつかると、はじかれて地面に転がった。ものすごい痛みを感じたけど人間に捕まるわけにはいかない。すぐに立ち上がって走り去った。
自転車とぶつかったが幸いなことに大きな怪我はなかった。でもあちこち打撲していて動くたびに痛みが走る。心配なのは踏まれた前足で、痛みがひどくて体重をかけられない。
弱っている姿をほかのノラネコに見せるのは危険だ。チャンスとばかりに縄張りを奪いやってくる。体調が万全でないときの戦いは怪我のもとになるので身を隠した。
隠れ家から出ず傷がいえるのを待っていたが一日や二日で治るものではなかった。体を動かさなくても喉は渇くし腹も減る。仕方なくほかのノラネコがあまり出歩かない時間に食べ物を探しに出かけた。
天気が悪く、ずいぶん冷えこむと思っていたら雪が降り始めた。寒さは大敵だ。早く食べ物を探さないと雪が積もるかもしれない。痛みに耐えて餌場へ向かった。
商店街のごみ置き場に、ネコ用の餌が置かれている家を回ったが、今日に限って何も得ることはできなかった。
歩き回ったせいで足の痛みが増し、ずきんずきんと響く。そろそろ戻ろうと考えていたら嫌なやつに出くわした。オレと縄張り争いしているノラネコだ。
トラネコはオレを見つけると毛を逆立てながら向かってきた。怪我をしている現状ではあいつに勝てる見込みはない。これ以上怪我するわけにはいかないので痛みを我慢して全速力で逃げた。
危機を回避できたけど最悪だ。
足が痛くて歩けなくなり、少し休むだけの軽い気持ちで体を横にしたら立てなくなった。
寒い……。
体からどんどん熱が逃げていく。
手足の感覚がまひしていて体を動かせない。
眠たい……。
ここで眠ってしまってはだめだ。でも体が動かない。
オレはここで死ぬのか?
まだ死にたくない……
誰か……
だれ……か……
寒かったけど今は感じない。
体が軽くなって心地いい。このまま睡魔に身を任せたい……
途切れそうな意識の中、温かいものが触れてきた。
人間の手だ!
いやだ! 捕まりたくない!
意識は戻ったけど体が動かない。せめて威嚇しようとしたが、冷え切っていて声すら出せない。無力さから不安と恐怖がわいて体が震えだす。
人間はオレをなで始めた。
なでる手はとてもやさしく、敵意はないようだ。ほっとして体の緊張をゆるめた。
しばらくなでていたが動きを止めると、とんとんとやさしくたたいた。なんだろうと思っていたら体の下へゆっくりと手を滑りこませてくる。再び恐怖がわいた。
逃げ出したいけど動けない。
手が完全に体の下に入り、これからどうなるのかと怯えていたら、しっかりと支えてやさしく持ち上げた。体が浮いた感覚のあと、全身が何かにくるまれた。風や冷たさが遮断され、くるまれた物を通して人間の体温が伝わってくる。
少し経つと寒さでこわばっていた体がほぐれてきたので見上げた。かすむ視界に、のぞきこむ人間のシルエットが映った。
オレを抱いた人間はやさしく、それでもしっかりと支えていて不安を感じさせない。体を預けて目を閉じた。
ざりっざりっという音に合わせて体が揺れる。人間から心地良い香りがして安心する。まどろみながら、雪の上を歩いている……と思っていたら意識を手放した。
やさしく触れてくる……。
えっ!?
何が触れているんだ!?
飛び起きて背を見れば人間の手がある。とっさに引っかくと肌が切れて血が流れた。手はゆっくりと離れていった。
人間に捕まった! オレはどうなる!?
ばくばくと鼓動が速く打っている。身を低くして威嚇しながら手の主をにらむと、整った顔の者と目が合った。
「よかった。元気になったね」
それだけ言って微笑むと、オレがいる場所から離れていく気配がした。
人間が遠くへ行ったことで体の震えがおさまる。聞き耳を立てて様子を探ると、人間は離れた所にいるようだ。
状況を見ると1メートルほどの段ボール箱の中にいる。高さが十分あって圧迫感はない。天井は閉じていて正面部分だけ開いている。箱の外には水と食べ物があり、うまそうな匂いがしている。腹は減っているが水にも食べ物にも口をつけなかった。
時間が経つと人間は二つとも下げて新しい物に替えた。それ以上は干渉せず、離れた場所で何かしている。敵意はないようだが油断はできない。箱の中から出ず、何かあればすぐに攻撃できるように用心していた。
翌日になっても人間の様子は変わらなかった。一日に三回、水と食べ物を置くと机に戻って何かしていた。
脱出を考えたが人間は干渉しないくせに部屋から出入りするときは用心深い。オレの動きを気にしていて、すぐにドアを閉じてしまう。
まだ自転車に踏まれた前足がずきずきと痛む。現状では逃げることはできないと判断し、体力を回復させることにした。
人間が水と食べ物を置いた。十分に離れたのを確認してから箱から出て食べ始めた。ひさしぶりの食事はおいしくて完食した。
また食事の時間になり人間がやって来た。器が空になっているのを見ると、うれしそうに笑って器をさげ、新鮮な水と新しい食事が入った器を置いた。長居はせず、机に戻ると何かに没頭し始める。オレは用心しながら箱から出て、今度はゆっくりと味わって食べた。
食べると生理現象が起きる。我慢していたけどもう限界だ。用を足したい。
寝床から少し離れたところに別の箱がある。初日の深夜に部屋中を調べ、箱の中もチェックした。箱には砂が入っていてトイレだとわかった。場所は確認済みなので、人間が寝ている間にすばやく用を足して寝床に戻った。
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▽ あらすじ ▽
2023/12/07
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