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【小説】『華の守護者 ~妖物語「猫又」~』 第3話 めぐる魂(後編)


【AI朗読】「猫又は大切な人と過ごした日々を夢見ている」

Web小説『華の守護者』妖物語 ~猫又~ #6
第3話「めぐる魂(後編)」(一)
(音声「VOICEVOX:あいえるたん/琴詠ニア」)


 人間は相変わらずオレの世話をする。
 新鮮な水と食べ物を用意し、トイレも掃除した。

 なぜオレの世話をするのか……。

 話さない人間の心境はわからず、オレは体力を回復させるため好意に甘えた。


 この日、食事以外に干渉しなかった人間が珍しく話しかけてきた。

「そばにいてやれないけど、水と食べ物は置いておくから」

 それだけ言うと部屋から出て行った。

 ほとんど部屋にいた人間がいなくなり室内は静かだ。
 オレは箱から出て探検を始めた。部屋には物がほとんどない。ドアの外からほかの人間の声や物音が聞こえていたけど今はしない。

 のびのびできることに安心したけど寂しさを感じた。人間がいた机に近づいて毎日見ていた姿を思い浮かべる。

 助けてくれた人間は小柄で整った顔立ちをしている。
 見た目は弱々しそうだが、オレの攻撃に動じない肝が据わったところがある。干渉せず、言葉も少ないから意図が読めない。でも不思議と居心地がいい。

 会ったばかりというのに安心する。助けてもらったからだろうか。

 誰もいないことを確認してから人間がいつも座っている椅子に飛び乗った。椅子から残り香がして、ほっとする。
 ゆっくりと体を寝かせて布地に頭をすり寄せてみる。より近くに感じられて気持ちが落ちつく。心地良い香りに包まれ、いつしか眠っていた。

 この人間は必要以上に接触してこない。敵意もないから大丈夫だ――。

 観察して安全だと確信した。それからは人間がいても部屋を歩くようになった。人間はオレを見ると微笑むだけで、あとは放っておいてくれる。

 日中、部屋から姿を消すようになった人間は、出かける前に水と食べ物を用意する。帰ってくると、また水と食べ物を置いてくれた。食べることで体力が戻り、捻挫ねんざした足も順調に回復してきている。


 数日が過ぎた。

 食事を済ませ、くつろごうとしたら出窓が目に入った。足の具合を確認しようとジャンプした。
 うまく飛べて前足の痛みはもうない。身体からだの調子も良くて外へ行きたい。ちらっと人間を見たら目が合った。どうやら見ていたらしい。

「もう大丈夫だね」

 にこりと笑うと机に視線を戻した。

 ここに来て初めて外の景色を見た。どうやら高い位置にいるらしい。夜空にぼんやりと月が浮かび、下は明かりが輝いている。

 オレがいた場所も光のどこかにあるんだろう。
 急に焦燥感がわき、帰りたいという思いがこみ上げてきた。



 ずっと室内で世話をしていたが、オレがジャンプできるまで回復したことを知って決意したようだ。

 夜。
 オレが食事を終えて1時間もしないうちに、人間がプラスチックの箱を持ってきてオレの前に置いた。扉が開いていて、中にはタオルが敷かれている。

 人間を見ると黙ってオレを見ている。狭い箱に入れられて、どこかへ連れて行かれるとわかったけど不思議と怖くはなく、自分から箱に入った。

「少しだけ我慢して」

 扉を閉めると心苦しそうに言ったので黙ってうなずいた。

 人間はゆっくりと箱を持ち上げて歩き始める。部屋から出て狭い道を通り、大きな扉の前に着く。大きな扉が開かれると外気が流れ込んできた。

 ひさしぶりに外の空気を吸った。生活臭や機械などのくささが混じった街のにおい。お世辞にもいいにおいとは言えないが「自由」の香りだ。

 外で過ごしていた頃を思い出して胸が高鳴る。箱から飛び出して走り回りたいが我慢して待つ。

 人間は建物から出ると外を歩き始めた。
 できるだけ揺らさないようにしているのが振動の少なさでわかる。住宅地を進んで道路を渡ったりと人間は歩き続ける。

 どれだけ歩いたのだろう。
 いつしか見たことがある場所にいることに気づいた。

 あの家と家の隙間はオレがよく通る近道だ。
 電気がついてる家は一人暮らしのばあさんがいて、たまに食べ物を投げてよこした。
 犬のにおいがする。相変わらずくさい。

 オレは扉に顔をくっつけて戻ってきた縄張りの景色を見ていた。

 人気ひとけのない公園に着くと箱が地面に置かれた。
 この公園もオレの縄張りだ。見ていたらカチリと音がして扉が開いた。

 扉は開いたままだ。
 唾をのんで、ゆっくりと箱の外へ向かう。

 箱から出ると少し離れたところに人間が立っていた。厚手のコートを着て手袋もしていたが、むき出しの顔は少し赤くなっていて寒そうにしている。

 オレが見ていると白い息をはきながら「気をつけろよ」と言った。

 あっけにとられた。

 人間の世話になったとき、また部屋に閉じこめられると覚悟を決めていたからだ。

 何度も転生しているオレには前世の記憶がある。前に人間に捕まったとき、「三毛猫の雄は珍しい」と言っていた。それだけで自由を奪われた。

 飼われた日々は食べ物や寝床に困ることはなかった。だが自由はなかった。囚われたまま死んだオレは、次は自由に生きたいと願った。願いがかない、今世で三毛猫の雄の姿で誕生し、ノラネコの「生」をスタートした。

 日々を生き抜くのは厳しいが、自由でいられることが何よりも嬉しい。ノラネコを謳歌おうかしていたら怪我をしてしまった。

 怪我は死につながりやすい。腹をかせて雪の日に行き倒れたオレは死を覚悟した。直前に救ってくれたのがこの人間だ。
 見返りを求めず看病して食べ物と寝床を与え、オレがノラネコへ戻るのを見守っている。

 動けずにいたら人間は微笑んで言った。

「おまえらしく生きろよ」

 そうだ、オレはノラネコだ!
 自分の好きなように行動して世界を生き抜く――。

 選んだ道を思い出して、ふり向かずに歩き出した。
 背後では人間が見つめているのがわかる。温かい手がやさしく背中を押してくれた気がした。


【AI朗読】「ネコだった頃の大切な出会いが猫又の生き方を変えた」

Web小説『華の守護者』妖物語 ~猫又~ #7
第3話「めぐる魂(後編)」(二)
(音声「VOICEVOX:冥鳴ひまり/小夜/SAYO」)


 ノラネコは日々忙しい。

 不在にしていた間に縄張りが侵略されていた。取り戻すために戦い、水や食べ物の確保に毎日奔走する。

 すべて自分でやらないといけないからノラネコはハードだ。たまにくじけそうになるけど、うまくいったときの喜びは大きい。

 以前より縄張りが広がり、力がついて余裕がでてきた。その頃にオレを助けた人間と再会した。

 人間は引っ越してきたようで縄張り内にある建物に出入りする。
 パトロールで人間が住む建物の近くを通るから人間もオレに気づいた。

 目が合うとにこりと笑う。でも以前のように食べ物を与えることはない。この適度な距離が心地いい。
 暇になると、あの人間は何をしているのだろうと気になり、様子を見に行くようになった。


 冬。オレは病気になっていた。
 秋から体調が悪いと感じていた。外傷ではないから体の内部のものだろう。自力で治せるものではないと気づいてて、体が動くうちにやりたいことをしておいた。

 数日間、まともな食事をしていないのに空腹を感じない。
 いよいよ死期が迫っていることがわかり、最後の仕事に取りかかる。

 自分の死体をさらしたくない――。

 夜が更けて外へ出た。
 人目ひとめにつかない狭い路地を目指すが雪がちらちらと舞っている。このまま降り続けると積もるかもしれない。急がないと。

 体に力が入らず時おりふらつく。
 歩いては休みをくり返し、ゆっくりと足を進める。

 雪の夜だとネコは外出を避けるから安心だ。あとは人に捕まらないように用心するだけ。

 いつもなら駆けて行って5分もかからない距離がやけに遠く感じられた。

 やっとで目的地の路地に着いて横になった。

 体を横にしたら動けなくなった。

 冷たいはずの地面の温度を感じない。
 外気も凍るような寒さなのに何も感じない……。

 まだ開いている目で空を見る。
 夜空から小さな雪が舞ってきてオレの体に落ちる。次第に数が増えてきて体の熱を奪っていくけど、とても美しい。

 オレは―― ここで死ぬ。

 もう目を開けていられなくて、まぶたを閉じた。



「見つけた」

 人の声がした。
 近づく足音が聞こえているけど、もう、いい。このまま眠ってしまいたい……。

 まどろんでいると温かいものが触れてきた。体がふわりと浮かび、やわらかいもので全身が包まれたら、やさしく抱きしめてきた。
 いだことのある香りがして、手放しそうになる意識を戻して目を開いた。

 目の前には雪の日にオレを助けた人間がいて、コートを開いて抱いている。マフラーにくるまれたオレを素手で触れて熱を与えてくる。体温が伝わり、少しずつ体がほぐれていく。

 人間は何度も手を替えて温めることをくり返す。
 顔が赤くなっていて帽子や肩には雪が乗っている。寒いだろうに建物へは行かず路地で立ったままだ。やさしい表情をしたまま無言でオレを抱いている。

 死にざまを見られたくなかったから人目にふれない所へわざと来た。独りで死ぬと決めていた。

 でも…… 独りは怖かったんだ。寂しかったんだ!

 見守ってくれる者がいることが嬉しい。
 死の恐怖が薄れて、これまでの生きざまが浮かんでくる。

 行きたい所へ行った、おいしい物も食べた。いいネコにも会って恋をした。

 望みどおり自由に生き抜いた。
 後悔はないと思えるのも、あんたが雪の日にオレを助けてくれたからだ。

 あんたが背中を押してくれたんだ。
 オレはちゃんと生きた。望んでいたとおりに生き抜いた。

「おまえ、カッコよかったよ」

 ふいにかけられた言葉で、心の隅に残っていた悲しみや悔しさ、恐怖が全部消えて充足感だけが広がる。

 褒められたかったからノラネコになったんじゃない、認められたかったわけでもない。でもオレの一生が無駄じゃなかったという言葉は欲しかったんだ。

 「ありがとう」と伝えたいけど人間の言葉は話せない。
 でもどうか――伝わってくれ!
 オレは精いっぱい力をこめて声を出した。


 粉雪が舞う東京。
 路地で抱かれた三毛猫は、小さく「ニャ…ア……ァ……」と鳴くと動かなくなった。




▽ あらすじ ▽


2023/12/08
【AI朗読】動画を追加しました。

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