【小説】『華の守護者 ～妖物語「猫又」～』 第１話 月夜の怪
【AI朗読】「月夜の河川敷で異形のモノが争っている」
Web小説『華の守護者』妖物語 ～猫又～ ＃１
第１話「月夜の怪異」（一）
（音声「VOICEVOX：WhiteCUL／白上虎太郎／剣崎雌雄」）
ここ数日はうららかな日が続いている。
日中は冬の厳しさが弱まり、蕾が膨らんで春の訪れを感じるようになった。しかし日が暮れるとまだ寒く、春月の河川敷にひんやりとした風が流れている。
昼は子どもたちの声でにぎわうが、夜の帳とともに様相が変わる。人の姿はなくなり、川音に枝葉を揺する風音など自然の音に包まれる。身を潜めていた虫たちが活動を始めると捕食者も目を覚ます。
捕食者は音もなく獲物に近づいて一瞬で捕らえた。捕まったものは声をあげることもなく生涯を終える。夜の河川敷では弱肉強食の世界が静かに繰り広げられている。
ところが今宵は何やら騒がしい。争う声がしている。
「どいてくれないか」
「この先にある橋はワシのものだ。橋は通させないぞ」
「別の橋でも同じことを言っていたぞ」
「おまえが通ろうとする橋はみんなワシのものだ。
使わせる橋はない。とっとと消えろ」
川沿いにある緑地で、橋を渡ろうとするものと、邪魔するものの声がしている。それに草木がこすれる音に混ざって、チッチッと甲高い奇妙な音も鳴っているようだ。
（くそっ、嫌なやつに出くわした。
川さえ越えれば２３区へ行けるのに、どうしても通す気はないのか！）
橋を渡ろうとすると先回りされて遮られ、そのたびに因縁をつけられる。別の橋へ移動しても同じようなことが繰り返されている。争いを避けるため次の橋へ移動してきたが、ついに橋へ着く前に進路をふさがれてしまった。
橋を通りたいものは、ぎりっと食いしばったため鼻筋にしわが寄った。悔しがる顔を認めたもう片方は、口をゆがませて楽しそうに笑った。
これまで我慢してきたが、橋を通りたいものは目に鋭い光を宿すと相手に向かって走り出した。
「キイィ―――ッ！！」
高い声が響くと影が動いた。
がさがさとかき分ける音があちこちから鳴る。音は次第に増えていき、無数の影がわいてきた。
影はキィキィと耳障りな音を発しながらすばやく動く。雑草から影が一つ飛び出した。隠れるものがない地面に現れたのはネズミだ。
走るネズミの姿は大きく、体長２０センチほどのドブネズミだ。本来なら夜に街中をうろついて残飯をあさるのに、なぜか食料が乏しそうな河川敷に集まってきている。
ネズミはみんな同じ所へ向かっており、先頭を走っていたネズミがいきおいをつけると飛び上がった。
飛んだ先にいたのは一匹のネコだ。先陣を切ったネズミを皮切りに、ネズミたちは次々とネコへ襲いかかっていった。
走っていたネコはネズミの歯が体に食いこむと、顔をゆがめて足を止めた。体には複数のネズミが咬みついている。しかし血は出ていない。
月夜の河川敷にいるネコは明らかに普通ではない。大型犬ほどのサイズがあり、体はうっすらと発光している。
二つに分かれた長い尾を振ると、ネコの妖は体にへばりつくネズミを憎々しげににらんだ。途端に全身の光が強くなり、食いついていたネズミの歯がはじかれて宙に浮いた。
ネコはすぐさま前足を振り抜いた。空間を裂く音のあと、ぼとぼとと地面に塊が落ちた。周辺に赤が飛び散っており、血のニオイが広がる。
仲間の体がばらばらに崩れたのを見て、ネズミたちの足が止まった。視線はネコに釘づけで、突き出された前足の爪には赤い雫がしたたり、月の光を冷たく反射していた。
【AI朗読】「ネズミのアヤカシはずる賢い。猫又は勝てるのか」
Web小説『華の守護者』妖物語 ～猫又～ ＃２
第１話「月夜の怪異」（二）
（音声「VOICEVOX：四国めたん／麒ヶ島宗麟」）
月夜の河川敷は緊迫した空気に包まれている。
ドブネズミの襲撃にあっていたネコは妖力をもち、古から「猫又」と呼ばれている妖だ。怒りから本性が現れ、鋭い眼光で群がるネズミをにらみつける。
闘争心をむき出しにした妖から冷酷な妖気が放たれ、殺気を帯びた目でにらまれたネズミたちは恐怖ですくむ。
「何をしている！ たかがネコ一匹だ！
ワシらのほうが数が多い！！」
怒鳴り声が響いてネズミたちはびくりとなる。声のした方向へ一斉に向くと異形のものがいた。
ブタくらいの図体をした大きなネズミが猫又のいる位置から距離をおいた草むらであぐらをかいている。獣臭さに、残飯が足された悪臭を放っており、しゃべる息も臭くて鼻をつまみたくなるほどだ。
目を引くのは頭部で、巨大なネズミの体に老人の顔が乗っている。みんなから注目されたことに気を良くし、頬から出てる長いひげをぴくぴくと動かすと黄色く伸びた前歯を見せて笑った。
ヒトの顔をもつこのネズミの妖が橋を渡ろうとする猫又を邪魔しており、ドブネズミを呼び寄せている。妖力で操り、群れを指揮しているが自分は安全圏にいて戦闘には加わっていない。
ネズミの妖は数で圧倒すれば簡単に猫又を倒せると考えていた。ところが猫又は思っていたより妖力があり、ネズミたちがひるんでいるのでいら立つ。
「ぼうっとするな！ 猫又を殺せっ！」
ネズミたちは再び操られ、闘志を宿して猫又へ向き直ると走り出した。猫又は二つの尾をゆらりと振って身がまえた。
猫又は襲ってくるネズミを爪で引き裂く。
鋭い爪で次々と裂いていくが、倒れた仲間を見ても操られているネズミたちは恐怖心が麻痺している。数で勝るネズミの進撃は止まらず、わき出るように数が増えて猫又をぐるりと囲んだ。
激しく動いていたネズミの群れと猫又の動きが止まった。一定の距離を保ってにらみ合う。
ネズミたちは一斉に飛びかかって猫又を仕留めるつもりだ。逃げ場を奪ったことに勝利を確信して、馬鹿にするようにキィキィと鳴き始めた。
囲まれた猫又はことのほか冷静だ。ネズミたちを見据えていたが、四つ足から体を起こして後ろ足で立った。曲げた前足をゆっくりと胸の前に上げ、地面にいるネズミの大群を見やる。
ネズミたちは敵が戦闘態勢を変えたことに驚いて攻撃に備えた。いつでも飛びかかれる状態で待ちかまえるが、猫又は二本足で立ったまま動く気配がない。
攻撃を仕掛けてこないことから、ネズミたちは怖じ気づいて戦意を喪失したと解釈した。
一匹が「キィ――ッ！！」と発した声を合図に膠着状態が破られ、四方八方から猫又に襲いかかった。
襲ってきたネズミに反応して、猫又の体がゆらりと動いた。
下から飛びかかってきたネズミに対し、猫又はすくい上げるように前足を斜めに振ると、抵抗なくネズミは切れた。そのまま反動を生かして体を回し、宙を飛んでいたネズミをまとめて引き裂くと、屈んでネズミの攻撃をかわした。
猫又は動きを止めない。攻撃をかわすと後ろ足で跳躍し、持ち前の柔軟さを発揮して体のバランスを取ると、上空でネズミを切り裂いた。
河川敷では裂ける音が響き、やわらかい物が地に落ちる音が続いている。飛び散る赤の量が増えて面積が徐々に広がっていく。風に乗る血のニオイが濃くなってきた。
【AI朗読】「戦いに負けた猫又は消えかけていても人のことを気にしている」
Web小説『華の守護者』妖物語 ～猫又～ ＃３
第１話「月夜の怪異」（三）
（音声「VOICEVOX：No.7／玄野武宏／もち子（cv 明日葉よもぎ）／青山龍星」）
夜の河川敷に黒い塊が走る。
黒い塊はあちこちから現れるが目指している場所は一緒だ。ばらばらだった塊は合流し、うごめきから黒い水が流れているように見える。向かう先には耳と尾をもつ獣の影が舞っており、空中で身を回しては地に降り立つ。
大きな獣の影はネコの妖だ。猫又は後ろ足で立ち、華麗にジャンプして両の前足を振り抜き、体をひねることをくり返している。
猫又が前足を振るたび塊がばらけて落下していく。地面には小さな塊が積もっていて、よく見ればドブネズミの残骸だ。ネズミは群れで攻撃しており、戦闘は数時間にも及んでいる。
単独で戦う猫又は疲れが見えて、飛び上がる高さは最初の頃より低くなり、息づかいも荒いものに変わっている。飛んだ瞬間にぐらりと体勢が傾いた。
ネズミの妖は好機を逃さなかった。これまで静観していたが猫又が隙を見せた瞬間、猫又へ向かっていくと後ろ足に深く咬みついた。
巨体からすばやい動きはできないと思っていた猫又は、不意を突かれて防御できなかった。ネズミの妖は反撃される前に離れた。
（しまった！ 足をやられた！）
ネズミの妖の一撃は深刻で、傷の具合を確かめたいが容赦なくネズミの大群が襲いかかる。飛べなくなった猫又は後ろ足をかばいながら地上で戦う。
（妖に咬まれたところは治りが遅くなる！
これでは捌ききれない！！）
前足を振って鋭い爪で切り裂き、咬み砕いて殺しても、ネズミはわいてきて猫又の体を覆っていく。
ネズミは一匹だと力は弱いが数で対抗する。猫又の攻撃をかわしたネズミは体に歯を立てて、少しずつ妖力を削っていく。
「ずいぶんと動きが鈍くなったなあ。そろそろ限界だろう」
猫又の攻撃が届かない安全な所でネズミの妖は寝転び、肘をついて頭を乗せ、鼻をほじりながら戦闘を見ている。
「早くくたばれ。
おまえを食らってワシの妖力の足しにしてやる」
妖は少しの食事で存在を維持できる。しかし妖力を上げるには大量に食わねばならない。食の対象は選ぶことができるが手っ取り早く妖力を上げるために他者を食う妖は多い。
ネズミの妖は来るべき世界のために妖力を上げることの虜となっている。自分のテリトリーに妖が入りこむと捕らえて食らい、妖力の糧にしてきている。
「おぅおぅ。だいぶ体が透けてきてるぞ。
妖力が落ちてきてるな。もう抵抗はやめておけ。おとなしく食われろ」
「腰抜けめ！ 直接向かってこい！」
「ふん。妖のくせに人になつくようなモノの相手などするか」
ネズミの妖はまだ妖力が弱く、直接対決だと猫又に勝てる見込みはなかった。そこで街の至る所にいるドブネズミを操り、猫又と戦わせている。１対１だと勝つ自信がある猫又は悔しくてにらみつける。
（私にはやるべきことがある！ ここで負けるわけにはいかない！）
猫又の体はかなり透けて消えてしまいそうだ。しかし容赦なくネズミは襲ってくる。飛びつくと咬みつき、ぎちぎちと音を立てて歯が食いこんでいく。
猫又は痛みをこらえ、震える体で前足を振るい牙を立てて抵抗するが、ついに四肢に力が入らなくなる。飛びかかってきたネズミの勢いに押され、体が傾くと倒れた。
猫又が倒れるとネズミが次々に飛びかかっていき、やがて黒い山ができた。
姿が見えなくなっても、ぎちぎちと不気味な音がうごめく山の中から聞こえている。時々、山が崩れるがすぐさまネズミが加わって形が戻る。何度か山の形は変わったが、しばらく経つと大きな動きはなくなった。
「まったく、面倒なやつだった」
河川敷にはキィキィと鳴くドブネズミが無数にいて、中心には横たわる猫又の姿がある。
猫又が動けなくなったのを確認してから、ようやくネズミの妖は体を起こした。尻をかきながら倒れている猫又へ近づいていく。
「人間のニオイが染みついた妖だから、はじめは異能者がもつ『式神』と思ったが違う。
食うわけでもないのに、人に憑くとは変な妖よ」
蔑むように言うと猫又を蹴り始めた。周りを囲むネズミたちは、キッキッと声を上げて勝利を喜ぶ。
河川敷には無数のネズミの骸が散らばり、地面は赤で染まっている。赤の海に倒れている猫又は薄れゆく意識に抵抗して、前足を伸ばして立ち上がろうとする。
（嫌だ。まだ消えたくない！
私があの人にできることは少ない。でも今なら、妖がうろつくようになった現世なら私にできることがある。
役に立ちたい！ 恩義を返したい！ まだ消えたくない――）
猫又はついに目を開けていられなくなって意識を失った。
動かなくなってもネズミの妖は猫又を蹴り続けていた。疲れがでたことと、満足したことでようやく足を止めた。
今にも消えそうな猫又を見て、ネズミの妖は舌なめずりした。踏みつけていた足を戻すと、薄ら笑いを浮かべて横たわる猫又に手を伸ばす。
「ワケありみたいだな。
ネズミ、臭い手を引っこめて、とっとと消えろ」
背後から男の低い声がした。
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▽ あらすじ ▽
2023/12/06
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