辻村深月さんの小説『傲慢と善良』で心を抉られた話。
小説を読んで、平手打ちされたような気持ちになったのは初めてだ。
辻村深月さんの『傲慢と善良』という小説は毒のような薬だと思う。
私も含め、多くの現代人が悩むであろう「結婚」という話題がフォーカスされている。
結婚や婚活という響きを聞くと私は萎えてしまう。
私も小説の登場人物に近い年齢であり、独身のアラサーなのだ。とても他人事とは思えない。
実際に私はマッチングアプリや婚活パーティーに参加したことがある。それらの黒歴史がフラッシュバックして心が抉られた。
物語の主人公、西澤架は婚活に成功し坂庭真実という女性と婚約することになるのだが大きな事件が起こる。結婚式も間近に迫った時、真実がストーカーと鉢合わせた後、行方不明になってしまうのだ!
作品の序盤は真実の行方を追う、ミステリー小説だ。名探偵コナンにハマっている私は開始早々、自らも推理をスタートさせた(笑)
探偵役である架の人物と、真実と結婚に至った流れが分かるようになっている。
作品の中盤では真実の周辺にいる人物によって、真実の人物像が明らかにされる。心が抉られる心理描写、私がどこかで見た居心地の悪い光景がそのまま再現されていて凍えた。
作品の後半でほろ苦い恋愛小説へと変貌してしまう。
だからこの作品のジャンルはなんですか?と問われると私は「ミステリーで現代風刺の恋愛小説」と訳の分からない返答をしてしまうと思う。
この作品は読み進めていくとコロコロとその姿を変えてしまうのだ。そこが読んでいて面白い。だけどちゃんと最後は作品タイトルの『傲慢と善良』に戻ってくる。
婚活をしていた時に感じた閉塞感、何故かしっくりこない、どうして私は結婚できないの?というような疑問が一気に解決される。残酷な真実を知るかどうかはあなた次第!(笑)
私が特に印象に残った台詞があるのでご紹介したい。
119ページの11行目~14行目。
真実の行方を追うため、群馬の結婚相談所を経営する小野里が放った言葉だ。
この言葉を聞いた瞬間に「ああ、私って傲慢で善良な人間だったんだ」と納得することができた。もしかして現代の日本には「傲慢で善良」な人が多いのかもしれない。
物語の中では、架が「傲慢」、真実が「善良」の象徴として描かれているが、話を読み進めていくうちにその象徴が逆転していく。逆転していく流れが鮮やかで、読んでいて気持ちが良い。
身分制度が存在した時代の傲慢さの根源は「家柄」だったが、現代では「自分の価値観」に入れ替わっているなんて思いもしなかった。これでは余計に他者からは批判、指摘されにくいし自分でも気がつかない。しかも善良さに隠されているとしたら厄介だ。
「自分の価値観」というと聞こえはいいが要は凝り固まった固定概念のようなものだ。下手をすると身分差別とそう変わらない存在に進化してしまうのかもしれない。
では、善良さはどうだろうか。
ここでいう善良さというのは「言うことをきくいい子」を指す。学校や家庭での教育方針そのものだ。
正しい事のように思えるが、実は違っている。「言うことを聞くいい子」=「自分が無い子」のことだからだ。
全て他者の意見に同調し、人生を選んできたとしたらそれは自分の人生を放棄していることと何ら変わりはない。
「この学校へ行けば将来安泰だと聞いたから」
「皆、○○大学へ行くから」
「周りが結婚してるから」
「親が結婚しろと言うから」
もうその時点で人は自分を失っているのだ。
人は「自分が無い」ことに気が付かないまま、進学、就職、結婚と人生を歩んで行く。
私も就職と結婚、ダブルで躓いて初めて「自分が無いこと」に気が付いた。言われるがままに就職し、言われるがままに婚活をする。どれも自分の意志ではなく、周りの雰囲気からだった。
それにも関わらず「何だかピンとこない職場」「何だかピンとこない相手」と自分の価値観をぶつける傲慢さ。
今考えるととんでもなく恥ずかしい。でも気が付くことができて良かったとも思う。
私はこの物語を「毒のような薬」と表現した。
自分の恥じと向き合う苦しみが「毒」の部分であれば、今までの思考、行動を変えることが「薬」の部分だ。
婚活、あるいは人生「何だかピンとこない」と思っている方は是非この『傲慢と善良』を読んで欲しい。そして是非「毒のような薬」を味わってほしいと思う。
私は人生の教訓としてこの物語を読み切ったが、恋愛小説としても存分に楽しむことができる。
遠回りで、不格好だけれども架と真実が本当の意味で愛を知っていく姿は読んでいて心が満たされた。
因みに文庫版の解説は朝井リョウさんが書かれているので最後まで見どころたっぷりな本書となっている。
格好悪くても、笑われても、失敗してもいい。
自分の意思で自分の決めた方へ進んで行こう。
本日も最後までお読み頂きありがとうございました!
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