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奪へわたしをこのまま遠くへ

ここしばらくの間に集めた言葉の中で
今も胸でゆらゆらしているもの、
少しずつ、残していく。

今日は知花くららさんの歌集、
『はじまりは、恋』から。
彼女が詠うものにはいくつかのテーマがあって、恋、生理、妊娠と流産、中絶、沖縄、発展途上国での経験など。

素手で触れるには生々しいようであって、ただただそこには人の暮らしがあるのだと、そんなことを突きつけられるから私は彼女の詠む歌が好きだ。

とほはあさの珊瑚はやさしくゆれてゐた
ちひさな島のあの春の日も

(1945年3月、慶留間島に米軍上陸)


生きてゐてすまなかつたと泣く祖父の
背中に落ちし一片のこもれび


ほんのりとあなたのかたちにぬくき布団
窓に小雪がゆるゆると降る


廊下まで響くみんなの発声練習
MOTHER HAPPY HOPE FUTURE

(アフリカの地にて)


気がつけば林檎ばつかり食べてゐた
つはりはきみのゐたあかし


包丁でしやばらしやばらと削がれゆく
あなたが触れた背中の鱗


指先か唇からか裏切りは
見て見ぬふりの手帳の余白


やはらかに銃弾痕に積もつておくれ
白くまあるく包んでおくれ


この世界でナイルパーチは旅をする
銀の鱗をなくした夜も


知花さんのこれまでが映されているのか、創作なのかはわからないけれど、読むと女の人生をそのまま肌で感じる。真近に佇む人の息遣いや、渇いた音を立てる冷たい治療器具の音、じんわり汗がにじむ夏の夕暮れ、溢しきれない悲しみの手前、そういうものがあまりにもすぐ側にあるように感じる。
黄土色した砂が風で巻きあがるアフリカの地や、そこに生きる若すぎる母親、銃弾で剥がれた屋根の下で学ぶ子どもが脳裏に浮かぶ。テレビでしか見たことないのに。


悲しいより楽しいほうがいい。
暗いよりも明るいほうがいい。

でも悲しさを知らずに生きていけば、
私はきっと、とてもかわいそうな人間になるだろう。

刺しあひてあらぶるたましひ躍動す
奪へわたしをこのまま遠くへ



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