【読書】月の裏側(日本文化への視角) その1
出版情報
タイトル:月の裏側(日本文化への視角)
著者:クロード・レヴィ=ストロース
翻訳:川田順造
出版社 : 中央公論新社 (2014/7/9)
単行本 : 176ページ
日本に恋したレヴィ=ストロース
著者レヴィ=ストロースは著名なフランスの文化人類学者で、代表的な著作は『悲しき熱帯』である。婚姻関係をはじめとする他グループとのやりとりには規則性(構造)がある、と提唱した。構造主義の第一人者でもある。残念なことに2009年に100歳でお亡くなりになっている。生まれたのは1908年。
著者と日本の出会いは著者5歳のときに訪れる。
幼い著者は偶然父のコレクションから1枚の浮世絵をもらうことになったのだ。たちまち魅せられて、よい成績を得るたびに1枚、また1枚と浮世絵をねだり、所有者は父から子へと移っていく。
次は晩年の著者。
米寿のプレゼントとして炊飯器が送られる。やはり日本びいきとなった著者の次男からだ。長年親交のある本書の訳者からは焼き海苔を送ってもらう。こうして著者は晩年の食卓に海苔ご飯を欠かすことはなかった。
そんな著者が実際に日本を訪れるのは、1977年になってから。それから1988年までさまざまな財団に招聘されて研究・視察・講演を兼ねた旅行を5度重ねていく。その結実が本書である。(本書には、さらに2001年までの文章が収められている)。
こういうエピソードそのものが、どこか浮世離れしていて、神話の研究者自身が神話へと神格化していくプロセスを見せてもらっているかのようだ。
人類学の神様の御神託
だが、この人類学の神様はたいそう悲観的で、人という種族、つまり人類はいつか滅んでしまうのではないか、と本気で心配しているようなのだ。
人類世界が滅びに向かっているというのである。そして上の2つが回避できるのであれば、日本は世界に何かを示すことができる、とも言っている。
熱のこもった、だけれど仮定に仮定を重ねた、ちょっと歯切れが悪くもあるように感じられる文章。本当はもっと大胆に「自らの根源を忘れてしまうこと」「自らの増殖で破滅すること」を回避するために日本や日本文明が何がしかの役割を果たせるのではないか、と言いたいけど、そんな責任をひとつの文化に押し付けたくないし、過剰な期待をしすぎているのかもしれないし、自分は日本語もわからないし、日本文明をこの目で見たわけでもないし、何か誤解を生むかもしれないし、という熟慮と謙虚さのすえの歯切れの悪さなのだろう、きっと。神様の逡巡がかわいらしい。
さて、日本は、そして日本人は、この神様の御神託を引き受ける覚悟があるのだろうか。
上記は2001年の文章だ。1967年の時点では、著者は実際に日本を見ることはなかった。今度はたった5度、トータルで数週間か数ヶ月足らずとはいえ、実際に日本を見て日本文明を体験した著者。その上で、下記のように述べている。
そう。人類学の神様の御神託はまだ有効なのだ。2001年当時、神様の目には「過去の伝統と現在の革新の間の得がたい均衡」が日本では、あるいは日本人は保てているように見えていた。今は、そして今後はどうだろう。下記の問いもまた効力を発揮して、今日の私たちに突きつけられているように思われるのだ。
日本は、そして日本人は、この人類学の神様の御神託を引き受ける覚悟があるのだろうか。世界が滅びるかどうかは「日本文明が伝統と変化のあいだに釣り合いを保つことに成功」するかどうかにもかかっている。それは日本人自身のみならず、人類のためにも必要なのだから、と。
引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。