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【味わい読み】秋にしみいる「センセイの鞄」

昼間っから、アルマイトの鍋でセンセイがつくってくれた湯豆腐をさかなに、ビールを飲んでいた。鱈も春菊も入っている湯豆腐だった。(センセイの鞄/川上弘美 より)







この湯豆腐のくだりは、数々の好きな場面の一つ







十数年ぶりに再開してゆるゆる親しくなっていく…高校時代の恩師とツキコ。湯豆腐といえば豆腐だけのものを食べてきたツキコがセンセイの湯豆腐を知る。知って馴染んでゆく…。二人の関係と食がうまく絡み合う。







親しくなっていっても変わらないのがお互いの呼び名。センセイ、ツキコさん、ツキコさん、センセイ…






それにしても、よく名前を呼び合う小説だな。




   



会っている時はもちろん、会っていない時も心の中で…センセイ、センセイ、ツキコさん、ツキコさん…ツキコにしかできない呼び方で「センセイ」、センセイにしかできない呼び方で「ツキコさん」。







あれ?でも「誰々にしかできない呼び方」って当り前じゃない?突如、小説の世界から現実世界へもどってハッとなった。  







10人私の名前を呼ぶ人がいたら、10通りの呼び方があるはず。なぜなら10人ともそれぞれ私に対する感情が違うから。同じ文字を使った場合も呼び方は違う。






で、もしその中の1人と会えなくなってしまったら…その人が呼んでくれてた私に対する呼び方も1つ消える。 







だとしたら名前を呼ばれたら…ちゃんと耳を傾けた方がいいな。人の名前呼ぶ時も意識的にしてみよう。なにせ世界でたった一つの呼び方なんだから。




小説の中のツキコもセンセイも、それを百も承知でお互いを呼び合っていたに違いない。小説をそっと置いて…湯豆腐をすくいながら…そんなコト考えた。

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