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かんほくと短編小説

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日常にあるちいさな感動。 ちょっと不思議なSF。 2008年前後に、一日一作品の習作として書かれた、小説日記。 かんほくとのショートショート
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記事一覧

アンプラグド

アンプラグド

「ねえ次はいつ会える」
「一週間後の夜なら大丈夫かな」
「かな、って何」
「今のところは、ということよ」
「予定が変わってしまったらどうするのさ」
「それでさよならって事よね」

ぼくは彼女の電話番号を知らない。
住所も知らない。
そして、名前すら知らない。

初めて会ったその夜から、次に会う約束だけをして、こうして逢瀬を重ねている。

「きみだれなの」
「だれでもないのよ。あ、このCDかしたげる

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潮騒

潮騒

俺はいつものようにそこで歌う。

ノートに書きなぐった詩。
体の一部になったようなギター。

たいていのひとは通り過ぎる。
俺はそこらの石と変わりないかのように。
もしくはそれ以下の、害虫でも見たかのように侮蔑の視線を投げかけて。

俺は歌う。それらすべてが俺のパワーだ。
俺はかき鳴らす。自分の居場所を確認するために。

何かを残して死にたい。
何かのために生きたい。

俺はぶきっちょだから、こん

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美容実

美容実

「だって、8番なんてイヤだわ」
「そんなこと言ってまた」
「どうなさいましたか」
「すいません、この子少しおかしいんです。あの、ご迷惑とは思いますが、お願いできますか」
「わたしがおかしいんじゃないわ、みんながおかしいのよ。数字を馬鹿にすると痛い目にあうわよ」
「わかった、わかったわ。すいません、もしできるのなら、クラークの荷物の番号をかえていただけませんか」
「かまいませんよ。9番でよろしいです

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金魚鉢

金魚鉢

「それって金魚鉢じゃないわ」
「そうさ」

見覚えがある。

このガラス瓶はインスタントコーヒーが入っていた瓶だ。
十五センチほどの高さの四角柱で、ラベルはきれいに剥がされていた。

その中を金魚が2匹泳いでいる。

「買ったの」
「隣の中学校からもらったんだ」

祭りの後は、金魚すくいで捕った金魚をもてあまして、皆中学校のプールに捨てていくのだという。

中学校側でもそれに見合った水槽があるわけ

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石

ぼくは石が好きだ。大好きだ。
アンバー、アゲート、アベンチュリン。
クンツァイト、ロードナイト、カーネリアン。

さまざまな石を見ていると、時を忘れる。
なぜこんなに好きなのかわからないけれど、昔からそうだった。
どちらかというと人間と触れ合うよりも、そこらの砂利からぼくだけの石を探しているほうがずっと幸せだった。

先月ぼくのアパートの近くに大きなショッピングモールができた。
その一角に、ぼくの

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そうめん

そうめん

「やっぱり夏はそうめんよね」
「おいしーい。パパがつくるとどうしておいしいのかな」
「ははは。パパも家事を始めてから3年経つからね。凝り性な分、ママには負けないさ」
「あら、パパは働いていないんだから、それ位してもらわなくちゃね」
「おいおいおまえ、そんな言い方はないだろう」
「…ねえ、どうしたらあなたのその状況が変わるのかしら」
「おれだってね、好きでこうしているわけではないんだよ」
「私が幼稚

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日曜日

日曜日

コーヒーメーカーにフィルターをセットして、お気に入りのオリジナルブレンドをサクサクと入れる。

コポ、ポ、パフ、コプ

間の抜けた音は日曜の朝にふさわしい。
近所のベーカリーで買ったライ麦入りのパンを2枚、トースターで焼く。
クリームチーズをタップリ塗って、サニーレタスをのせる。
紫玉ねぎと真っ赤なトマトは輪切りにし、さらにパンにはさんでいく。

最後はざくっと包丁で、思いきりど真ん中を切るのだ。

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