薬物依存はなぜ恐ろしいのか

9月に入り、少しずつ秋の気配が感じられるようになりました。汗かきの私にとっては過ごしやすい時期であり、通勤時や運動時の余計な心配が1つ減ったことは、とてもありがたいことです。

一方で、新型コロナウイルスの影響はまだまだ大きく、当院の近隣でもクラスターが発生するなど、予断を許さない状況が続いています。そんな中でも経済活動を活発化させるために、様々な規制が緩和されたりなど、少しずつ以前の生活基準に戻す動きも出ています。ライフスタイルや社会の変化を随時感じ取らなければ、生活しづらいようになっている気がします。

さて近頃話題になっているのが、某俳優の大麻所持による逮捕です。今回の事件に限らず、ある程度の間隔で有名人が違法薬物や大麻などの所持・使用で捕まっています。有名人だからこそ社会に与える影響は大きいのですが、いわゆる薬物依存(という言葉で括ってしまいますが、不適切だったらごめんなさい)の人が有名人やお金持ちばかりかというと、そうでもありません。一時期話題となった「危険ドラッグ(脱法ドラッグ)」のように、覚醒剤などと比較して手に入れやすい金額で出回ることもあり、年齢・性別・職業などは無関係なのが現状です。

しかし、あまり「薬物依存」に対する知識や現状は知られていないように感じます。事あるごとにネットでも騒がれますが、それぞれの認識には乖離があるように感じられます。

そこで今回は、薬物依存についてザックリと、いつものごとく医事課員視点からお話ししようと思います。あくまで医事課員の知識・経験からの話なので、深い内容の事については、それぞれでご確認いただければと思います。


・薬物依存は「脳の疾患」

薬物依存に限らず、精神疾患全体が脳の疾患であることは「心のゆたかさと精神科」でも触れました。詳しくは厚労省「e-ヘルスネット」を見ていただけるとわかりやすいと思うのですが、アルコール依存症などと同じ依存症なので、本人の意思とは無関係に「やめられない」のです。

なので、メディアでよく「本人の意志が弱い」「思考が成熟していない」などと言われることがありますが、大きな間違いです。きっかけはそうだったかもしれません。しかし、薬物を使用したり依存したりした本人には様々な背景があり、一概に医師や思考の問題と決めつけてしまうのは、明らかに認識不足です。本人の治療にもつながりませんし、社会復帰への弊害になることだってあります。

この事を知っているだけでも、本人に対する接し方や考え方は違ってくると思います。「どうすれば(どうしてあげれば)良いか」を考えることが、治療への一助になります。


・法律と医療

有名人が逮捕されると「病院に逃げ込んだ」「過去にも通院・入院歴が…」などと、メディアやネットで揶揄されることがあります。実際に隠れ蓑的に病院を利用する人の存在は否定しませんが、大半はそうではないという認識は持ってほしいです。

ここでよく間違われやすいのが「病院にいれば逮捕されない」というものです。私が説明するよりも、「医学書院『患者の違法薬物使用を知ったとき,どうする?』」を見ていただいた方が分かりやすいのですが、医療者には守秘義務があり、警察(ここがミソ)に通報する義務はありません。何を優先すべきかを判断する許容範囲があります。ですから、治療の優先順位が高い場合は通院・入院を優先するため、「犯罪者を病院で匿っている」というのは全く見当違いです。もちろん、治療の優先度が低くなれば、警察からの要請があれば引き渡しに応じることもあります。

また、そういった先入観による本人や病院への風評被害も存在します。有名人の場合をみると分かりやすいですが、誤った風評により社会復帰へのハードルは一気に高まります。当院でも風評被害は存在し、ネットへの書き込みで「患者同士で薬物が売買され、薬物依存者が増えている」などという、根も葉も無い話を拡散されたことがあります。


・メディアの影響力

ここ数年よく言われていることですが、有名人の薬物による逮捕時の報道の在り方が、毎回のように騒がれています。NHK「ハートネット」にも取り上げられているように「薬物報道ガイドライン」というものも存在しているのですが、逸脱した報道が流されているのを今でもたびたび見かけます。個人的にはテレビで頻出している印象があります。

このガイドラインに沿わない報道の何が悪いのかは、下記の理由が主に考えられるからです。

・薬物依存に対する偏見や誤解を助長する
・薬物依存者の治療につながらない
・治療中or寛解した人の社会復帰が困難になる
・治療中or寛解した人のスリップ(再発)の原因になる
・新たな犯罪につながる恐れがある

メディアで薬物依存について取り上げる事自体は、何ら問題ありません。ですが、そこに配慮があるかどうかで、多くの人に与える影響のベクトルは異なってしまうからです。現実に当院でも、とあるテレビ番組を見て不安を感じた人もいました。よく「情報を伝える事は使命」とメディアに携わる人が言いますが、そこで終わらず「伝えた後にどう影響するのか」まで考えてほしいものです。(もし考えていたのであれば、結果論で言うなら確信犯ですね…)



薬物依存と言っても、違法薬物や大麻などだけではなく、病院から処方される薬や市販薬、サプリメントでも起こりうる疾患です。「自分は絶対ならない」「自分には関係無い」とは言い切れません。ほんのちょっとしたキッカケで、バランスが崩れることだってあります。

周囲にそんな人がいるのであれば、そっと手を差し伸べてあげましょう。自分自身がかかってしまったのであれば、近くにいる人に頼りましょう。

確かに、罪を犯してしまったのであれば償う必要があります。しかし、その後は「健全に生きる」という権利があります。交通違反だって、罰金を払えば車に乗れます(免許取消になるほどだとダメですが…)。

薬物依存寛解の一番の方法は「平穏な日常に戻る」ことだと私は思っています。そのためにも、まずは薬物依存を「ちゃんと知る」ことから始めてみてはどうでしょうか。

ありがとうございますm(_ _)m精神科の風評向上のために使わせていただきます。