「発達障害」は知っておいて損は無い

ご無沙汰しております。

気が付くと2ヶ月近く空いてしまいました。公私共に想定以上に多忙で、ずっと何を書こうか考えながらも、その度に「また今度」が重なってしまい、流れ流れて今日に至りました(言い訳ですね)。

そんなIN薄な中でも有難いことに、スキやフォローをポチってくれる方もいて、いち精神科病院の医事課員のしがない投稿に目を向けていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

さて、今回のテーマ「発達障害」ですが、実はコロナ禍で影響を受けていると考えられる精神疾患の1つです。というのも、年齢を問わず当院での受診が増加していて、主要メディアではあまり報道されていませんが、繋がりのある方やネットなどでは、心配の声が結構あがっています。

そこで今回は、これまで縁の無かった方でも「知っておいて損は無い」くらいの、発達障害についてのお話をしようと思います。いつもながらですが、精神科病院の医事課員の知見や体験なので、全てに当てはまるという訳ではありません。意見や間違いのご指摘は歓迎しますが、批判や中傷はご遠慮ください。

・「発達障害」は総称

発達障害と聞くと、言葉のイメージから「知的障害」を連想する方が少なくありません。この辺りを見るとイメージが付きやすいかと思います。「理解する~発達障害って何だろう?~ | 政府広報オンライン

紹介している所で多少の違いはありますが、大きく分けて「自閉症スペクトラム」「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」「学習障害(LD)」の3つに分けられます。それらに「知的障害」が関わってくるようなイメージかなと思っています。

個人的な印象ですが、近年病名やカテゴリなどが明確化・細分化され、以前に比べて分かりやすくなったと感じます。ですが、精神疾患あるあるでファジーな部分が多分にあるので、「絶対に〇〇だ」という確定診断が難しい所はある印象です。

・自分にも他人にも「分かりづらい」

「大人の発達障害」という言葉が、この数年で広がっているように感じます。実際に受診相談で「大人の発達障害かどうかを検査してほしい」という電話を受けることがあります。

発達障害はうつ病などのように、何かのきっかけや影響によって発症するのではなく、生まれつきの他人と異なる特性によるものと言われています。なので、子どもの頃から違和感はあっても原因はよく分からないというケースは、当院でもよく見聞きします。

答えが見つからないまま大人になり、様々な情報が入るようになり、これまでの違和感から「発達障害では…?」と考え、受診に至るようです。

しばしばネット上では「□□は発達(障害)だ」的な、差別的な発言を目にします。しかしそれはあくまでも勝手な個人の感想でしかありません。先にも述べたように、医師ですら断言が難しい疾患なので、それ以外の人が判断するのはなかなかハードルが高いと思います。

自分自身では「かもしれない」と思っても、それを受診して明らかにしようとするのは、以前に書いた「精神科は『受診するまで』が難しい」にも挙げた通りです。ましてや周囲の人がその指摘をすることは、よほど身近な人でなければ、トラブルに発展する可能性すらあります。

・「自然に接する」のが1番

発達障害の方に「どういう風に接するのがベターなのか」と聞いた事があります。その方は自分が発達障害(自閉症スペクトラム)である事を周囲に明かしていたので、私を含む周りの人に「注意して欲しい所」を伝えていました。

その中に「特別扱いしないで、自然に接してほしい」というものがありました。もちろん、配慮すべき点はいくつかありましたが、それ以外は普通(という言い方が正しいかどうか分かりませんが)なので、こちらが変に意識して身構える必要はなかったのです。

先にも触れましたが、発達障害は病気ではなく「他人と異なる特性」なので、広義で考えれば「個性」と並列にあると考えています。

だから「気にかける所はあるけど、無理をする必要は無い」くらいの距離感の方が、本人にとっても周囲の人にとっても、過ごしやすい環境になるのかな、と思います。

職場や学校などで「あれ…?」と感じる時は、誰にでもあると思います。それを「個性」として接するのか、言い方は悪いですが「病気」として接するのかでは、その先の言動は大きく分かれてしまいます。

何をどうすることがベストなのかは私自身も正解を持ち合わせていませんが、その場その場でしっかり考え、できるだけベターになるように心がけているつもりです。多様性が叫ばれる今だからこそ、まずは受け入れる事から始めてみてはいかがでしょうか。

ありがとうございますm(_ _)m精神科の風評向上のために使わせていただきます。