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[読切] ウカと稲荷寿司と俺とあいつ(2000字のドラマ)

 ミナコが誰か知らない茶髪の奴と歩いていた。

 誰だあれ?

 自販機でコーラを買いながら、目の端で俺はミナコと知らない奴の歩いて行く方向を追った。

 あっちは一本道で、稲荷神社に続いている。
 まさかミナコ、あいつを神社に連れて行く気か?

 何気ない顔をしながら俺もそちらの方へと歩き始めた。

 ミナコは同じ高校のクラスメイトだ。
 高校で始めて同じクラスになったが、家が近所なので、こうしてよく見かけるし、ガキの頃から顔見知りでもある。

 ミナコ達が向かって行ったのは、昔からここらのガキどものたまり場になっている無人の神社だ。

 俺はそこでよくチャンバラごっこをしていたし、女子どもはゴム跳び?みたいな遊びをしていた。
 その中にミナコもいたと思う。

 そこはつまり、俺たちの聖地みたいな場所なんだ。
 そこへ他所者と思われる奴を連れて行くとはどういうことか?

 古い鳥居をくぐり、短い石段を登って稲荷神社に着くと、ミナコとさっきの知らない奴が賽銭箱の前に座って話をしているのが見えた。

 その親しげな感じにあまりいい気持ちはしなかった。

 俺が境内に入って行くと、ミナコが俺に気がついて手を振ってきた。

「タケルじゃん。何してんの?」

 ミナコは全くもって普段通りだった。

「別に。お前たちがこっちに来るのが見えたからさ。そいつ誰?」

「あ、この人は、さっき駅前の商店街で会った…えーと…」

「ウカです。」

 ミナコの隣にいた奴が立ち上がって右手を差し出してきた。

 俺は「お、おう…」と言いながらとりあえずそいつの手を握り返した。

 手を握ると、さっきまでの敵対心とも言えるような複雑な感情が嘘のように消えて、目の前にいる知らない奴に対して、好意とまではいかないが、しっくりと馴染むような感覚が湧き上がって来た。

 俺はあわてて、そいつから手を離した。

 よく見ると、さっきまで男かと思っていたが、もしかして女なのかもと思った。
 ウカと名乗った目の前の奴は、ぱっと見は男のようだったが、声は女のようだったし、近くで見るとほっそりとしていて……そして美しかった。

 いやいや、美しいって、おい。

 俺は、必死でこの見知らぬ奴に取り込まれないように気を張った。
 そう、何だかこいつ、人を惑わすような雰囲気があるのだ。

「ウカがさ、この商店街で一番美味しいものを教えて欲しいって言うから、山田屋のお稲荷さんを教えてあげたの。そんで、そう言えばここでよく食べたなーって思い出して、一緒に来たんだ。」

 ミナコはカバンの中から、山田屋の折箱を取り出し膝の上に乗せると、うっとりとウカの方を見た。

 だめだ、ミナコのやつ、すっかりこいつに取り込まれている。

「あ!いけない!!私、飲み物を買うの忘れてた!!」

 ミナコは山田屋の折箱をウカに渡すと勢いよく立ち上がった。

「下の自販機で買ってくるね! タケルは?」

 俺はさっき買ったコーラーをミナコに見せ「俺のはある」と言った。
 ミナコはうん、と頷くと、走って行ってしまった。

 俺は突然、ウカと二人きりにされてしまって、どうしたものかと、奴を見下ろした。
 ウカも俺の方を見上げて、ニコっと微笑んだ。それが眩しいほどに美しくて、俺はたじろいだ。
 ウカはさっきまでミナコが座っていた自分の隣をポンポンと叩いてこう言った。

「タケル。ここにお座りよ。」

 俺は抵抗することなく、ウカの隣に腰を下ろした。
 ウカは勝手に箱の包みを開けて、びしっと並んだ一口サイズのお稲荷さんを一つ手に取り、ペロリと食べた。

「やっぱりおいしいなぁこれ。お前も食べる?」

 ウカがお稲荷さんの箱を俺の方にも突き出してきたが、俺は断った。
 何だかこいつの正体が解った気がしてきた。

「まったく。お前たちは本当にどうしょうもないな。私が介入するまでもないと思ったんだけどさ。祈ってばかりで何もしないからさ。」

 ウカはもう一つお稲荷さんを口に放り込んだ。

 俺はチラッと、神社の入口に鎮座している狐の象の方を見た。
 狐はいつもどおり二体ある。

「早くしないと高校生活も終わっちゃうよ。タケルは認めちゃいなよ。ずっと好きだったんだろ?」

「え?」

 俺は、人生で最大くらいの勢いで慌てふためいた。

「君はさ、そうやって強がってるけど、本当は臆病で、それでいてとっても優しい子なんだ。私はずっと見てきたからね、こーんなに小さい時から。」

 俺は耳の先まで赤くなってしまっていることを意識しながら、それでもやっぱり強がってしまった。

「そりゃ、ミナコはかわいいとずっと思ったけどさ。俺は祈ってなんていないぞ。」

「ああ、祈ってたのはミナコだよ。」

 ウカはあーんとお稲荷さんを口に入れた。
 俺はウカの言ったことが理解できずに「え?」と聞きなおした。

「まったく、お前はどれだけ鈍感なんだよ。」

 ウカが俺のコーラーを指さして「くれ」という仕草をしたので渡した。
 ウカはうまそうにグビグビとコーラを飲んだ。

「じゃあ、必要なことは伝えたよ。あとはうまくやりな。」

 そう言うと、ウカはさっと立ち上がりこちらに向かってウインクをすると、そのまますっと姿を消してしまった。俺のコーラーを持ったまま。
 俺はぽかんと口を開けてウカが消えた空間を見ていた。

「おまたせー! あ! タケル! 先に食べないでって言ったじゃん!」

 急に声がして振り向くと、お茶とコーラーのペットボトルを持ったミナコが立っていた。
 彼女はぷんぷん怒った顔で俺の横に腰を下ろすと、「はい」っと俺にコーラーを押し付けてきた。
 俺は文字通り狐につままれたような心地で、コーラーを受け取った。

 ミナコはお稲荷さんの箱を膝に乗せて、一つ取って口に入れた。
 それから、さっきのウカとほぼ同じ動きで箱を俺の方へ突き出してきた。

 今度は俺もひとつ取って口に入れた。
 お揚げの甘辛い味が口の中に広がった。

 さて…どうしたもんか…と俺は内心ドギマギが止まらなかった。

(おしまい)

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