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源氏物語に見る紫式部の狙い

今回は大河ドラマの感想文ではありません。
その基本情報として「源氏物語」の世界観についてまとめてみました。

主人公・光源氏のモデルは複数人いることは知られていますが、大河を見る上で、そのモデル探しをするのも一つの楽しみ方だと思います。

◇◇◇

「源氏物語」を読んでいない私が語るのはおこがましい事ではありますが、様々な論考を拾い読みしただけでもその世界観というものが伝わり、さも読了したかのように勝手に錯覚している自分がいます。

そこから私なりに確信したのは、紫式部は「確実な効果」を狙って構成していたという事。

読み手がどうしても先が読みたくて仕方がないような演出をよく理解して、最も効果的な手法を意識していたとわかります。

単なる色恋沙汰にとどまらず、そこには光源氏の心の葛藤や、彼を取り巻く女性たちの所作などから心の中を垣間見れる描写があるのです。

そのあたりが時代を超えて1000年以上も読み継がれてきた大作となった所以なのです。

今回は私がそう感じた文章を取り上げながら、紫式部の意図を探ってみたいと思います。


源氏物語・女たちの競演
~「あしたづ」十三号より

過去記事でも紹介した事もある河内の郷土史「あしたづ」で興味深い記事を見つけました。
実はかなり以前に読んだものなのですが、いまだにその文章から浮かんだ光景が忘れられません。

「あしたづ十三号」の根川章子氏による「源氏物語私文」三~女君めぎみたちの競演~という記事から紫式部の意図的な狙いを考えてみます。

~根川氏の考察からの私の考察です~


✨女性たちを巧みに比較描写

以下、引用文は上記記事からのもので、原文ではなく訳文で掲載します。

・衣装選び
玉鬘たまかずら」の巻では、光源氏が絶頂期の頃のある年の瀬、部屋一面に豪華絢爛な衣装を広げ、紫の上とともに、ゆかりの女性たちそれぞれの新年の晴れ着を選ぼうとするシーンがあります。

その時の紫の上の言葉にドキッとするものがありました。

どれも優劣つけ難い品のようですが、お召し物が着る人に似合わないのは見苦しいことでしょう

というと、光源氏は、

そしらぬ顔をして人々の器量を想像しようというお心らしいな…

いやいや、これは嫉妬による皮肉でしょう。
紫の上といえば、光源氏にとって理想の女性であり妻です。
自身もそれは理解しながらも別の女性のために晴れ着を選ぶ事を快く思っていない「女心」ですよ。

そしてこの時、7人の女君が登場するのですが、紫の上はその中で夫が最もご執心なのは2人の女君だと当たりをつけます。

かつて光源氏の愛人で薄命に終わった「夕顔」の娘玉鬘たまかずらと、光源氏が須磨での謹慎中に出会った「明石の君」

夫はこの二人への愛情が並みのものではないと悟り、心がかき乱れるのです。

モテる男を好きになり、結婚までしたのだからこれは仕方がない💦
永遠に嫉妬心に苛まれ。心豊かな結婚生活は叶わないのは今も昔も同じです。
そしてまた紫の上の気持ちが軽い皮肉から苦しいほどのジェラシーへと徐々に変化する様子が見事に描かれ、このあたりも現在の女性にも共感できるところでしょう。

そうそう、そうやねん。わかるわ~!

関西弁だったかどうかは疑問ですが、当時の読者も激しく首を縦に振ったでしょうね。

・香のブレンド
「梅枝の巻」では光源氏の一人娘「明石姫君あかしのひめぎみ」が現代の成人式にあたる「裳着の式」を終え、東宮へ入内というおめでたい中、光源氏はその嫁入り道具の一つである「香」の調合を女君めぎみたちに依頼します。

そして二人の女君の作品をこう評価します

・朝顔の姫君の「黒方くろぼう」ー華やかで新しく鋭い工夫がある
花散里はなちるさとの君ー趣が変わった匂いでしみじみと優しい

これらはそのまま作り手の女君の性格ではあるのですが、ストレートに書かずに、「香」の出来栄えを通して表現されているのです。
これはただ各人を紹介するときに性格として列挙するより、よほど効果的ではないでしょうか。

・書の批評
また「書」においても比較しています。
・藤壺の君ー弱いところがあって余韻に乏しい
朧月夜おぼろづきよ尚侍ないしのかみ艶っぽく奔放
・紫の上ー褒め称える

これもまた字のクセからそれぞれの女君たちの性格やあるいは情事の様子かとも思わせる表現もあるのですが、最終的に紫の上を褒めているのにはちゃんと意味があります。
紫の上に書の手ほどきはしたのは他でもない光源氏ですので、自らを自画自賛していることになるのです。

ちょっと嫌な男だな~💦


・楽器演奏会
上記は光源氏の言葉を通して間接的な批評なのですが、「若菜下の巻」ではいよいよ女君たちが一堂に集まり、音楽の合奏会を催すシーンがまた見事なのです。

明石には琵琶、紫の上には和琴わごん、女御にはそうの琴、女三宮には他の女君に配られた由緒ある名器はまだ弾きこなす力はお持ちでない…(以下省略)

演奏を聞いた光源氏の感想を要約すると、
・琵琶(明石の君)ー上品で古風な弾き方で澄みきっている
・和琴(紫の上)ー優しく魅力的、音色は珍しく今風
そうの琴(女御の君)ー合間に頼りなく漏れ出る音で可愛らしく女らしい。

なんともプレイボーイらしい誉め言葉の連続です。

そしてこの後の展開で読者の心をグッと鷲掴みにします。
同じ部屋とはいえ、一人一人の間は几帳で仕切られていた状態でしたが、演奏直後の興奮状態の時に、光源氏は几帳の中の女性たちを訪ね歩きその姿を見て歩くという展開なのです。

それまで、すべての人が楽器の音色と気配しか感じなかったのに、一部始終を順番に見て回る展開は、几帳を開けるたびに、読み手はドキドキして思わず息を飲まずにはいられません。

そして各女君の容姿を伝えるという心憎い演出は、読み手としては目が離せない瞬間ではないでしょうか。


✨紫式部の意図的な構成

女君たちの性格や外見を単に紹介するのではなく、様々な催事を通してその趣味や出来栄えの感想を光源氏のセリフとして語らせ、そして最後は完全に披露するという構成は、読んでいて興奮してしまう展開ではありありませんか?

それだけではなく、たくさんの絢爛な衣装や楽器、そして美しい女君たちが豪華な屋敷の中で勢ぞろいする光景が鮮やかに浮かび、思わずハッしてしまうのは私だけではないはずです。

しかも、その一連の描写には、それぞれの「女心」も垣間見せながら一人一人を生き生きと浮かび上がらせています。

これは上手い!と言う他にありません。
なんとなくの存在が一気に明らかになる最高の見せ場に仕立てています。

紫式部は、そのあたりの読み手の気持ちの昂ぶりを想像し、明確な意図をもって筆を進めているのです。

それは豊富な読書量から得た効果的な手法で、自分だったらこうなれば面白いという読み手側の気持ちを完全に掴み、ある意味自身が楽しみながら書いたのでしょう。

今現在も読み継がれる理由はここにあると思います。



「十二単を着た悪魔」

最後にオマケですが、私がなんとなく買って期待せず●●●●に読んでみたら、意外にも●●●●感動してハマった作品を紹介します。

内館牧子氏によるSF的要素のあるエンタメ小説です。
今確認してみると書籍としては2012年に発売され、kindle版は2015/1/9発売となっているので、私が偶然にこれをkindleで見つけたのは発売間もない頃だったようです。

先日出版した「奥の枝道 其の六」の「平等院鳳凰堂」の項でも取り上げましたが、それを引用して紹介文とさせていただきます。

~~~~~~~~~~~~~
現代人の若者が、源氏物語の中にタイムスリップして、下級貴族の一人娘と結婚する羽目になり、源氏物語の傍観者の一人になることで、人間的に成長してゆくSF的要素のあるエンタメ小説です。しかし、バカにできないほどのリアルさにぐいぐい惹きこまれてしまいました。
(中略)
身近に展開する貴族社会のリアルさを描きながら、胸を打つちょっぴり切ないところやハラハラするところもあって、十分に楽しみながら源氏物語の世界観を堪能できる作品となっています。おかげで、それまで食わず嫌いだった「源氏物語」の概要を掴むことができ、初めてその面白さを知ることができたので、私の知る「源氏物語」はこの本の世界観によるものです。
~~~~~~~~~~~~~

「源氏物語」はちょっと読みにくいと思う方、これならスイスイ読める上、切ない感動も味わえます。

2020年には女優・黒木瞳監督で映画化もされています。
その直前、主演の伊藤健太郎が交通事故による不祥事を起こしたことで話題にもなった映画です。

私は観ていないのですが、おそらく相手役が伊藤沙莉なので、ちょっとコミカル要素もある泣き笑いのストーリーではないかと想像します。




※トップ画像はイラストACより


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