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予備薬と季節柄

花粉症の薬を飲み忘れて外出してしまった。
目がうるうるして痒みが臨界点を突破し、鼻がムズムズする。

一日一回一錠で。

コスパの良さが故に薬は持ち歩いていない。家で服用する前提で購入したから誰も悪くないし、私は悪くない。しかし、今の私は酷悪な状態でおかしくなりそうだ。

目薬はいつものポーチに入っている。ことあるごとに点眼すれば目の痒みはどうにかなりそうで、そこまで心配していなかったのだが、顔の表面の中心に位置する部位が重たい。体で一番重い部位は頭だと聞いたことがあるが、それは鼻があるからだと思いたくなるぐらいに重く感じる。ノーハンドでダンベルを持ち上げているぐらいに重たく感じる。

晴々しくてお天気な一日で、気分が乗って好きな服を着ようと思って、先日購入したAKIRAのプリントTシャツをコーディネートに組み込んだのに、地面と平行線よりも少し上を向いて、鼻水がツーツーになるのを防がなければならず、下に目をやて、鉄雄がドヤ顔しているところをみる余裕はなかった。
前髪のちょっと上の方を眺めてみたり、綺麗な夕暮れでオレンジ色になった空を見てみる。それはそれでおしゃれで雰囲気でごまかしがききそうではあるけれど、今日の主役は天気でも革靴でもファーストフードでもなく、私の身体を支えて防衛している鉄雄なのだ。
AKIRAのロゴが胸上にあって、正面を眺めると少しだけ視界に入るけど、AKIRAをオマージュしたパロディアイテムだと言われても違うと否定できないのだ。下を向けない私には、自信を持って否定できるエビデンスが存在しない。
感情的になって「うるさい!俺に命令するな!」と言えば鉄雄だって納得してくれるのだろうか。その真意には3月にはたどり着けない。

どうしてもティッシュが手放せなくなり、頭の中でも半分はしんどさに引っ張られている。ずるずると滞ってばかりの日が過ぎる。春を知るきっかけはいつも花粉とともにある。勘弁してくれ。擦れて擦れて赤く腫れた鼻が鏡に映ったトナカイは冬に取り残された。

駅前ロータリーにゲリラで出現する出店の焼き鳥屋の香りが、対岸で30m離れたこちらまで届く。洪水しているも同然の鼻を跳ね除けて、その焼き鳥の香りをデリバリーしてくる。注文してすらいないのに。
居た堪れず歩くスピードを上げ、駅の改札に吸い込まれて階段を下る。ネオ東京の広がる街に、行き場所を失って、大急ぎで突破する。普段乗らない急行電車に詰められたくなった。ちょっとだけ人が嫌いになった。

A.D.2021

自分を甘やかしてご褒美に使わせていただきます。