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平生とミルクフランス 2

ディスプレイにはパンと、その類だと言われても許せる食品が並ぶ。

塩パン、つぶあんぱん、こしあんはなく、クリームパン、マフィン、ラムレーズンミルクフランス、フランスパン、食パン1斤、チョコチップパン、ミルクフランス。

ディスプレイが堂々と佇む入り口から、木製のイスとテーブルが端っこでこちらの様子を見ている。店自体はそこまで広くない。横に引き伸ばしたかのように奥行きがあった。

こだわりのコーヒーと一緒にランチタイムの案内が貼られていた店前の看板を思い出し、店内での食事が可能か尋ねた。空席に案内され、注文より前に席に着いた。

メニュー表には、ディスプレイには並んでいないサンドイッチの写真とドリンクメニューの文字がある。

ディスプレイのパンでも店内でいただけると仕組みを説明してもらえたことによって、決定を伝える前にイスとディスプレイを一往復した。

チョコチップが詰まったパンと、ラムレーズンのミルクフランス、そしてアイスコーヒーを注文した。

読みかけで止まっていた日常的な小説をここぞと取り出す。
どうやらこの店の中ではWi-Fiが十分に届かず、4Gに頼っていたスマホは音楽機器に変わってしまったが、こういう機会だったから、かえって好都合だった。若干ボリューム小さめの店内BGMは、いかにもカフェのようなムードを生み出していて、憧れの目で見ていた日常が手元にサーブされた。

酸味がほのかに残るアイスコーヒーにフレッシュを加え、後味のエグみを対処する。
チョコチップパンをご好意で焼き加減で食べ比べをさせてくれることになり、四分割にされたのパンは半分だけオーブンで焼いてもらうことになった。
常温のチョコチップパンから先に食べてみる。期待を裏切らないチョコの甘さと、パンの控えめでやさしい生地感がペアで飛び込んできて、サクサクな表面に食べ応えを覚えた。
あっという間に食べきって、続いてオーブンで焼きたてのパンを手に取る。指先から熱が届き、食べ頃を迎えたと伝う。
チョコチップはその形を保たずに崩壊して溢れている。とろけてこぼれる前に迎えにいく。
熱が加わって刺激的に豹変し、柔らかくありながらサクサク感が増すという反則的美味さに昇華されていく。空腹度と求めていた休日が瞬時に満たされていくのがわかった。

パン一つで虜にされたまま、ラムレーズンミルクフランスに焦点を定めた。ミルクフランスの甘いペーストを贅沢にもベースにしながら、ラムレーズンの上品さが含まれた酸味と奥深さを一度に味わう。香りすらも味わう。
大人の時間の使い方とは、ここまで上品さを醸し出すものなのだろうかと、精神の幼さと対比しつつも、今という時間に酔いしれる。コーヒーを飲むストローに顔を寄せながら、ミルクで純度が下がった表面に自分の顔が映し出された。

かぶりつくものが卓からなくなり、横に避けておいた本をもう一度開き直してかぶりつくように読み始める。針が短く数字だけが大きいアナログ時計が壁にかかっている。意識して時間を読まずに文字を読む。

章を跨ぐ地点に到達したところで、夕日が差し込んできた。白っぽくて白白しい太陽は、黄昏と情緒に寄り添うオレンジ色に変わりながら、眩しくて目を細めたくなるほどに照らしてくれる。

平常であればこその夕暮れが、深く混ざり合ったコーヒーを明るみにまで動かした。店内に居座る拠り所を一気に空っぽにして、パン屋を後にすることにした。
また近いうちに行きたくなるような拠り所はコーヒーに縋らなくてもいいのだから。
自転車の影が伸びて足元に触れる手前まで来ていた。影を踏まないように鍵を挿し、サドルに腰をかけて思い切り走り出す。

上り坂が多い帰り道なのに、行きの道よりも風当たりが強かった。


(終)


自分を甘やかしてご褒美に使わせていただきます。