見出し画像

私が私でいられる理由。

静岡に日帰りの旅をしてきた。
友達が静岡に住んでいるので、遊びに行った。

友達、というのも以前東京の、静岡の人達主催のパーティにお邪魔した時にたまたま出会った友達。
まあ、一度会ってしまえば、誰でもみんな友達だ。

私は毎日これ程にもないぐらいに東京ライフを満喫しているわけだが、海が好きで鎌倉に弾丸で引っ越してしまうぐらいだから、やっぱりやっぱり自然がすぐに恋しくなってしまう。
海の音、風で揺れる山の木々の音。
そろそろ、チャージしないと。
そう思ってこれまた弾丸で決まった日帰り静岡旅。

私の最寄駅から静岡駅までは、電車だと合計三時間半ぐらいはかかる。交通費は往復六千円ほど。
新幹線だと、その半分の一時間半。しかし、往復で一万円はゆうに超えてしまう。
何しろへなちょこ人間なので往復一万円を超える交通費を何の躊躇もなしに使えるような財力は持ち合わせてるはずもなく、私は前者を選び、ちょうどお昼頃到着するように家を出た。

と言っても私は電車の中の時間が嫌いというよりも、もはやその時間が好きだった。
読みかけの本一冊と、新たに最近買った本をもう一冊。そして、駅のコンビニで買ったヨーグルッペを持って、電車に乗り込んだ。
流石になかなかの長時間なので、グリーン車という贅沢だけはさせてもらった。
本を読み、うたた寝をして、ハッと目が覚めて、どこまで読んだか分からなくなる。
また読み返して、うたた寝をして。
その繰り返しをしていたら、あっという間に熱海駅に到着してしまった。
そんなこんなを繰り返していたからか、外の景色をこれっぽっちも鑑賞する事なく、電車に揺られてしまっていた。
その為、到着後、外に出た時にはびっくり。
なんと、土砂降り。
雨は少し降るとは聞いていたが、ここまでとは聞いていなかったし、電車で外を見ていなかったので本当にサプライズだった。

この間、バイト先のボスと「あなた雨女だよね」という話になって、「それ、よく言われるんですけど本当に雨女とかってあるんですかね。。
いやもはや、そんなの、じゃんけんと同じで運じゃないんですか?」
「まあたしかに、雨女、雨男、晴れ女、晴れ男、じゃんけんが弱い、強い、なんて、ただのその人の運の強さなんかもね」という話になったが、これで証明された。紛れもなく私は雨女だ。おまけにきっとじゃんけんも弱い。イコール、運が弱いという事になるのだが、本当についていない女という事だ。
でもまあ、わざわざ雨だと分かっておきながら遠くへ遊びに行くという無謀な行為も、晴れの日には味わえない何かと出会えるのかもしれないんだし、せっかく来たのだから楽しもう。と思った。
私は運が弱い分、立ち直るスピードがきっと運の強い人達よりも凄まじく速い。だからきっと、プラマイゼロなのだ。

熱海駅から乗り継ぎ、静岡駅を目指す。
段々と、山の景色が私へと近づいてくる。
電車の中は人も少なく、行き急いでるような人も見受けられない。
ゆったり、のんびり、ただただ揺られているこの時間。森林が雨に濡れ、湿っぽい良い香りが車内にまで充満し始める。
この雨と山の香りが非常にマッチして、私の鼻を燻る。大好きだ、この香り。ずっと嗅いでいたい。香りも空気も、まだ車内だというのに非常に気持ちが良くてまた私の睡眠欲に火を灯してしまった。
またも寝てしまっていた。気がつくと、もうそこは静岡駅だった。
今度は、さっきとは裏腹。雨はすっかりやんでいて太陽が顔を出そうとしていた。
今度は良いサプライズ。雨の静岡を楽しもうとシフトチェンジしていたものの、やはり晴れの日の旅には敵わない。


友人が車を停めるのを待つ間、私は始めてくる静岡駅の大きさに驚いた。
ちょっと探索してみよう。
改札を出てすぐの、デパートに入った。
平日だからか、静岡県民というよりかはスーツと大きなキャリーケースやバッグを持っている大人達が沢山居たように思えた。
出張、というやつだろう。
ちょうどお昼時だったので、手を擦り合わせ「さ〜て、何を食べようかな」という孤独のグルメチックな人達と何度かすれ違った。
ほう。私には、出張というやつはきっと生涯縁のない話なのだろう。
だからこうやって、東京や色んな場所で出会った人達の元へほとんど”ノリ”みたいな感じで遊びにいくのであった。
でも出会いって、きっとこうやって使うのだ。
その人達と出会わなければきっと知り得ない場所に遊びに行くという事。これが出会いというものの本当の使い道なのだと私は思う。
代わりに私は東京をガイドするから、あなたは地元を案内してみてよ。なんて面白い物々交換も悪くはない。

友人が車で迎えに来てくれた。その人は焼津という所の出身で、普段から船に乗っている根っからの海の男だ。

車を走らせながら、俺の街全部見えるよ、なんて自信ありげに言うもんだから、全部なんて、と思いながら揺られていると、ある山の頂上付近に到着していた。
誰もいない、空気が冷たい。
でもどこか遠くで街の音が聞こえてくる、近くでは聞いたことのない鳥の声。菜の花の香り。
少し歩いて振り返った場所で、私は目を見開いた。
そこには、静岡の街が一面に広がっていたのだ。
本当にここにこんなに人が住んでいるのかというまで一面に。ほとんど同じ瓦屋根の住宅が、しきりに広がっており、白く細く速い何かが街の真ん中を何度も通過していた。それはまるで、空を飛ぶ竜のようだった。
これが俺の街です、と今までにされた事のない格好のつく地元案内をされたので、やるなあ。と率直に思った。

海を見ると、悩みなんてちっぽけに思えるなんて事を人はよく言うけれど、(私もそう思う)だから海が好きだけれど、街並みを見てみて自分の悩みが欠片ほどなんだな。と思わされるのは初めての体験だった。
街も、人も、この社会全部ひっくるめて、
時には上から見るということも大切なんだな。と思わされた。
自分の事を棚に上げるとか、そういう意味ではない。
時には休んで、街からちょっと離れて上から物事を見てみないと分からない事、気付けない事もたくさんあるんだなあと思ったのだ。
焼津の人達が暮らす家の屋根はほとんど同じ作りで同じ色をしているなあとか、海からあそこまでの距離は意外と距離があるんだなあとか、何故かあの場所にだけコンビニがやたらと密集しているなあとか。そんな事、されど、たかが、そんな事。でも把握しておくのってきっと、大事。きっと役に立つと思うのだ。いつか。

遠くから海を見ていたら、やっぱり近くで海を感じたくなってしまって、わがままを言って山を下ってもらい、近くの海に来た。
一通り潮風を浴び、また車を走らせた。
彼がいつもスケートボードをしているという港をいくつかまわって、彼らの滑りを目で追った。
彼とその仲間達が滑っている板と、もう既にピンク色に変化し始めている左の空と、オレンジ色と赤色が混ざったような色の右の空を交互に見ていたので、若干目が回ってしまった。

いいよね、この感じ、ゆるく、時間が過ぎていくこの感じ。
少し肌寒かったけど、それすらも暑いというまでに体を動かして楽しそうにしているその感じも。会話もシンプルで。
暑いね、寒いね、空が綺麗だね、お腹すいたね、気持ちが良いね。
それだけでいいのだ。難しい顔も難しい会話も必要なし。超良いよね。

こっち(東京)にいると、どうしても表情筋が固まってきちゃうのよね。
私は少なからず、好きな事しかしていない人間だから、他の人よりはそんな事がない方かもしれないけれど、今の自分になる前なんかは、ずっーと険しい顔をしていたのを今でも覚えているし、意味のわからない難しい会話を一日中聞かされたり、したりしてしまっていたもんね。
その自分が嫌だな変えたいな、と思ったのも実は海のおかげだったりもして。あとは、その周りに住む人々のスタンス。冒頭でも軽く言いましたが、私は海が好きで鎌倉に弾丸引っ越しをしてしまうようなヤバ人間で。
でも、あの時の海は私のヒーローなんですよね。
(その事はまた後日、書いてみようかななんて思ってもいます。)


東京の街のネオンも素敵。
だけれど、真っ暗い山道を走る色とりどりな車のヘッドライトとか暗い海を航る漁船のライトとか。そういうのも素朴でクールで素敵。

日帰り旅、これまた弾丸だったのに”私”を今日も続けていけるのは、こういう日のおかげなんだなあと思わされました。
ありがとう、静岡のみんな!

東京に来る時はガイド任せて!なんて言ったけれど、こういう感動を東京でも味合わせてあげられるかと言ったら、なんか違う。
でもまあ、東京は東京の楽しみ方があるのだから、そこは覚悟しておいてねっ

じゃあまた、すぐね。
ありがとうっ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?