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『哲学者の遺言』


僕はずっと、きみのことを放置してしまっていた。

そのことに気付いた頃には、きみはそっぽ向いて機嫌を損ねてしまっていた。
当たり前だよな、人は大事にしてくれた人のことしか大事にしないように出来ている。



「ゴメンね、気付かなくて」

『どうでもいいけどさ、あんた気付くの遅すぎ』

「そうなんだよ。僕はいつだってそうなんだ」

『なんで気付かなかったか、わかる? あたしはずっと伝えてたのに』

「気付いてないことに、気付かないフリをしていたんだと思う。きっと、気付いて動き出すのが、怖かったんだ」

『出たー、ホメオスタシス。本当に好きだよね人間って。それでよく進化してこれたなぁと思う』

「僕もその点についてはそう思う。だけど、変化には膨大なエネルギーがいる。そのエネルギーを使いたくなかったんだ」

『あなたがこれまで、何にエネルギーを使って来たか、あたしはよく知っている』

「うん。すごく無駄なことに使ってきたなって今では思うよ」

『そうね。とても無駄なエネルギーだった。でも、そうしないとあなたは生きられなくて、それはつまり、あたしのためだと言うことも、あたしは知っている』


「きみはいつだって物知りだね」


『あなたが知らないだけ。とゆうか、それに気付かないだけ。でも、知らないということを気付いた。今。それが大事』

「きみはプラトンで、僕はアリストテレスかな」

『いいえ、あなたがアリストテレスなら、あたしはソクラテスよ。それぐらいの距離感がいいの。でもあたしは、そのほうが本当のなにかを知れる感じがする』


「無知は怖い。怖かった。ずっと。でも、それさえもきみが教えてくれた」


『あなたが本当の心を知る前から、私はそれを知っている』

「きみはまだこどもなのに、まるで神さまみたいだ」

『あたしが本当に望むことを、あなたはもう知っている。だから、もう容赦しないわよ』


「あぁ。是非そうしてくれ。僕はもう、無知を怖がったりしないよ」

『最後に言いたいことがある」

「奇遇だな、僕もだ』

『「今までありがとう。永遠によろしく」』





月が、とても遠くで冷たく光って消えた。






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