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滝千春CDリリース記念リサイタル プログラムノート

コンサートに行ってプログラムノートを読む派、読まない派、どうやら別れるらしい。私は必ず読む派。でも多くの場合はその内容は私の頭に留まらない。お恥ずかしい話、私は難しい単語に弱い。

でもなんだか不思議なことに、書くことは好きみたいで、私が書ける場面では、なるべく書くようにしている。

5月19日にリリースした『PROKOFIEV  STORY』の解説文も、実は私自ら書いた。でも私はただの音楽家。ただのヴァイオリニストだ。音楽学を勉強した訳でもないし、言葉のボキャブラリーの乏しさは隠しきれない。

デビューアルバム『PROKOFIEV STORY』

当然資料等は読むが、アウトプットする時は私の中で変換が必要だ。その「主観的」に書き換えた私の頭脳フィルターの、「ボキャブラリーの少なさ」が味方するらしい。私の文章を好いてくれる人達がいる。

6月6日東京文化会館小ホールにて行うこのCDリリース記念コンサートは、ソ連崩壊後のプロコフィエフの次世代を生きた作曲家達というイメージ。

このプログラムノートも自らで書いたが、実は当日は縦書きになっている。
プロコフィエフの短編小説の世界を、このリサイタルではそのまま引き継がせた。

手に取るとわかる。このプログラムノートのデザインを担当した友人のアイディアがそこに光っている。

勿論、それは来て頂いた人にだけ手に取って貰える。これは私の「短編小説」だ。

さて、内容を一足早く公開です。


滝千春CDリリース記念コンサート プログラムノート   


まえがき

1918年、プロコフィエフは日本にやってきた。アメリカに渡るための経由地として2ヶ月余り滞在したのだが、
その期間で彼が一番時間を費やしたのは、作曲よりも、演奏よりも、小説を書くことであった。

それから丁度100年後の2018年、私は「オール・プロコフィエフ・プログラム」のリサイタルを行った。
小説に綴られていた彼の言葉の数々は、音符にも宿っており、幼い頃から私は無意識にそのことを理解していた。

私が今回発表した「PROKOFIEV STORY」。開いていただければ、あなたの手の中に燻んだピンク色のプロコフィエフの世界が広がるでしょう。

さて、今日はその話の「続き」がしたい。

彼が書く小説のイメージを、今回のプログラムに置き換えて
今日は弾かせて(語らせて)頂こうと思う。

準備はよろしいだろうか。

滝千春


プログラム

G. カンチェリ:ヴァイオリンとピアノのための『18のミニチュアズ』から第11番、第6番
G. Kancheli : No.11, No.6 from “18 Miniatures” for Violin and Piano

S. プロコフィエフ:5つのメロディ 作品35bis (作曲1920, 改作1925)
S. Prokofiev : Five Melodies op.35bis (composed 1920, recomposed 1925)

A. シュニトケ:ヴァイオリン・ソナタ第2番 “ソナタ風“ (1968)
A. Schnittke : Violin Sonata No.2 “Quasi una sonata” (1968)

S. プロコフィエフ:ピアノとヴァイオリンのための「ピーターと狼」根本雄伯編曲 (作曲1936, 編曲2018)
S. Prokofiev : “Peter and the Wolf” for violin and Piano arr. by Takenori Nemoto (composed 1936, arranged 2018)

F. サイ:ヴァイオリンソナタ第1番 (1997)
F. Say : Violin Sonata No.1 (1997)

Intermission

R. シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ 作品18 (1888)
R. Strauss : Violin Sonata op.18 (1888)

*****

ギヤ・カンチェリ Giya Kancheli,(1935~2019)
ヴァイオリンとピアノのための『ミニチュアズ』から第11番、第6番     No.11, No.6, from “Miniatures” for Violin and Piano

『「静:動」が「8:2」くらいの比率』 なのが特徴と言われるギヤ・カンチェリ。彼の「静」は、息を飲むような、まるで時間が止まったかのような世界観。グルジア出身のカンチェリは、ソ連崩壊後に活躍した代表的な作曲家の一人で、プロコフィエフの次世代を生きた。オルゴールが壊れたかのような不思議な空気をまとうかと思えば、怒り、悲しみなどの人間的な感情も垣間見られ、またそれらを包み込む新たな「静」は、天に包まれるような「神的」音楽感覚。交響曲を7つ書き、映画音楽や声楽曲も沢山書いたが、この “Miniatures”はそんな彼の小さなおもちゃ箱だ。本日演奏する2曲は「動」寄り。モノクロ映画の喜劇の幕あけに胸を膨らませてみて。カンチェリ・シアターへようこそ。

セルゲイ・プロコフィエフ Sergei Prokofiev (1891~1953)
5つのメロディ 作品35bis (1920, 1925) Five Melodies op.35bis (1920, 1925)

「お得意の言葉はどうしたの?」この作品は元々ソプラノ歌手のために書かれたヴォカリーズだった。渡米後、ピアニストとしてはすぐ成功はしていたが、作曲家としての彼の作品は殆ど認められていなかったこの時期、念願だった「3つのオレンジの恋」の初演も見送られていた。この当時ロシア革命を阻止しようという動きが強まり、アメリカで暮らすロシア人である彼の肩身も狭く、また存分に反発もできない苛立ちから、言葉による表現そのものに限界を感じ、純粋な肉声表現に委ねようとした。性格の異なる5つの小曲は、ロマンチックで夢想的世界が広がる。歌詞を持たなかったこの歌曲に、台詞のような旋律が、私にははっきりと聞こえてくる。

第1曲 Andante
第2曲 Lento ma non troppo
第3曲 Animato ma non troppo
第4曲 Allegretto leggero e scherzando
第5曲 Andante non troppo

アルフレート・シュニトケ Alfred Schnittke (1934 ~1998)
ヴァイオリン・ソナタ第2番 “ソナタ風“ (1968)  Violin Sonata No.2 “Quasi una sonata” (1968)

まずこれを聴いてみてほしい。

これは300人以上の作曲家が使用している「BACH主題」だ。文字通りB(シ♭), A(ラ), C(ド), H(シ) の音型がこれになる。これを覚えておいてほしい。

現代演劇を見ているかのよう。急に叫んだと思えば、床に這いつくばる。吟じているような旋律があったかと思うと、しっかり刻みにくるリズムがクセになる。シュニトケの代名詞「多様式」を初めて起用したのがこのヴァイオリンソナタ2番。「ソナタに達していないソナタ」、すなわち「ソナタ風」。無調整で挑んだ「ソナタの不可能性」は、彼の全ての事象に対する反抗。「僕は異なる様式を衝撃的な対比で並べることが可能だと決断した。」そう、可能かどうかは自分で決断するもの。「あれ、音楽が止まった?」実は楽譜には空白の秒数が書いてある。6秒、10秒、、思わず呼吸まで止めてしまいそうだ。カンチェリと全くの同世代であるシュニトケは、同じくソ連崩壊後に活躍した作曲家の一人だ。ドイツ・ユダヤ系で、ユダヤの血が流れていることで迫害を受けていたという辛い過去を持つ。プロコフィエフからも感じる「皮肉」だが、シュニトケの音楽はその比ではない。じわじわと出てくる「BACH主題」は後半に頻繁に出現。しっかりと捉えていけたらあなたは上級者。この曲の最後を占める4音は「BACH」と「HCAB」が重なる重音。さてこの反骨心と芸術感、あなたは付いて来れるだろうか。

S. プロコフィエフ:ピアノとヴァイオリンのための「ピーターと狼」根本雄伯編曲 (1936, 2018)
S. Prokofiev : “Peter and the Wolf” for violin and Piano arr. by Takenori Nemoto (1936, 2018)

小説家として彼が過ごした時間は短い。幸か不幸か、自身で音楽の才能の方を選んだからだ。「ピーターと狼」は、そんな彼の最後の文学作品でもある。音楽からも独立し、童話としても愛されているこの物語。根本氏の編曲は、物語そのままに進んでいくが、「キャラクターごとに変わる楽器」の壁を見事にクリアした素晴らしいもの。ナレーションはない。その音楽だけに耳を澄まして、貴方だけのピーターの勇敢さを思い描いて。どんなキャラクターが出てくるかって?詳しい解説はCDの中に。

ファジル・サイ Fazil Say(1970~)
ヴァイオリンソナタ第1番 (1997) Violin Sonata No.1 (1997)

トルコのスターピアニスト、作曲家のファジル・サイ。トルコ民謡、舞曲、ジャズの融合、そして狂詩曲的、ファンタジア的にその独創的なスタイルを確立したサイ。5楽章から成るこの作品がクリエイトするのは、延々とループするアナトリア半島への旅。1楽章は誰にも語られることのない思い出。2楽章のオスマン帝国のお祭りではトルコの民族楽器も聞こえてくる。3楽章の黒海地方伝統の “Horon”ダンスは賑やかなものだ。そして4楽章はトルコの有名な民謡で幕を開けるのだが、同じく1997年に作曲されたピアノ曲「Black Earth(暗い大地)」にも用いられ、トルコの吟遊詩人からインスパイアされたという「内部奏法」が特徴的なその旋律は、実に効果的に聴くものを一瞬で別世界へと誘う。そして5楽章・・・さあ永遠の旅へ。

第1楽章 “MELANCHOLY..” Andante Mysterioso
第2楽章 “GROTESQUE..” Moderato Scherzando
第3楽章 “PERPERUUM MOBILE..” Prest Horon Dance
第4楽章 “ANONYMOUS..” Andante
第5楽章 “MELANCHOLY.. (DA CAPO)” Andante Mysterioso

リヒャルト・シュトラウス Richard Strauss (1864~1949)
ヴァイオリン・ソナタ 作品18 (1888)  Violin Sonata op.18 (1888)

ここにきてようやく胸を撫で下ろしている方もいるかもしれない。改めてあなたにとって音楽とはなんだろうか。この作品は彼が若干24歳の時に書いた唯一のヴァイオリン・ソナタ。「標題音楽」つまり交響詩、オペラの作品があまりに有名なシュトラウスだが、対義語である「絶対音楽」から解放され、革新的音楽に真剣に向き合うきっかけとなった作品。ここから彼は羽ばたいた。蕩けそうになる程の美しい旋律は、10代の頃に経験した人妻ドーラとの道ならぬ恋で培われたものと考えることも出来るだろう。1楽章の堂々とした雰囲気のあるスケールの大きさ。甘いヴィブラートが似合う2楽章は、目を瞑ると優しいソプラノの声と手を取り合っている。結婚相手となるソプラノ歌手アーナに出会った年に書いたというが、なるほどそれも納得できる。何かを予期させるようにピアノのアンダンテで始まる3楽章は、一転してこれ以上ない華やかさで、心が浄化されていくように感じるだろう。

第1楽章 Allegro ma non troppo
第2楽章 Improvisation
第3楽章 Andante - Allegro


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