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自由詩

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リーディングや投稿・寄稿で発表済の作品を掲載します。
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#poem

母に

母に

きょうも、すごくつまらない映画が少なくとも一本完成していて、
惑星が気ままに散歩して
無邪気なプロパガンダが女性ファッション誌を占領して
どこかの動物園でパンダが寝息を立てている。

離れて暮らすあなたが、
愛してやまないあなたが、
いつか死ぬことを考え始めてしまうと
いつも頭の奥が冷たく痺れるし、
氷の手で心臓を掴まれたような気分になる。
そんなときに限って一人で左向きに寝ている夜だ、
どこまで

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シネマ

シネマ

巨大なスタジアムを埋めた群衆の頭上をカメラが滑っていき
ふわりと浮き上がってステージにいるミュージシャンをとらえる
フレディー・マーキュリー、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコン
それぞれにそっくりな俳優たち
実際にあったライブを完全に再現した映像を見ながらふと考える
なぜわたしはフレディではなかったのかと

もちろん今のわたしであることにこれといった不満はない
むしろわたしは

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ターミナル

ターミナル

新しい場所で暮らし始めることは
わたしにとってきわめてめんどくさいことの一つだ
生活のこまごまとした手続きと
それらのいちいちについて回る感情を総動員して
新しい部屋のサイズや街の空気に合わせなきゃいけない
キッチンのシンクの深さとか
ガスコンロのダイヤルの力加減とか
物干し棹に吊るせるハンガーのぎりぎりの数だとかを
また覚えなくちゃいけないのかと思うと気が遠くなる

新しい場所で暮らし始めること

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ハクモクレン抒情

ハクモクレン抒情

むせかえるほどにのぼせそうなほどに
街灯にやたらまぶしく照らされた人波
その流れをさかのぼって歩みを早める
こんなときくらいは強いシャチのひれでも欲しい

人混みの中をすり抜ける耳は
浮き立った会話たちのハイライトを拾う
遠くの水音が通奏低音のように
途切れずに近づいてくる

雑踏から取り残された一角に
ほてった頬を冷ます風が吹いて見上げれば
月の光を透かしてふわふわと揺れる
ハクモクレンはまだ終

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花束

花束

僕たちはまだ互いに優しくなるやりかたを知らない
月曜朝8時13分発 特急京王線新宿行き 満員電車
脱毛サロンのモデルが口を半開きにしてこちらを見ている
誰かの舌打ちが聞こえる
サラリーマンの肩越しにライブ配信アプリの画面が見える

僕らは互いの心臓のありかさえ知ろうとしないのだ
夜道をこちらに向かってくる人の
左胸が白く発光していたのを覚えている
それは左胸のポケットに入れたスマートフォンの画面

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わたしは答えない

わたしは答えない

わたしは答えない。
わたしの名前よりも先に学歴を尋ねる質問に。

わたしは答えない。
恋人がいなくてさびしくないのかという問いかけに。

わたしは答えない。
詩なんて役に立たないという台詞に。

その代わり、
ぱん、と破裂するような声で、
目の前のスネアドラムを触れずに鳴らすことだってできる。

だって、わたしから声が出るんじゃなくて
声のなかにわたしがいるから。
どこへ行っても怖くない。どこへ行

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空と海の停留所

空と海の停留所



梅干しの種を舌の上で転がしつづけても
新しい果肉は生まれてこないし、
見損ねた映画のちらしを裏に表にひっくり返しても
新しいすじ書きは現れてくれない。
まぶしい停留所で電車がごとんと止まって、
向かいの窓がぜんぶ青い空と海になる。
いつもの地下鉄の駅から駅の長い時間のうちに
夕暮れの空の色の移ろいを見逃していることを思い出す。
開け放たれたドアからとんぼがついと入ってきて、
飛んでいく軌道に水

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瞳 ――ミュシャ「スラヴ叙事詩」展覧会から――

あまりにおほきく 見ひらくから
ふたつのくろめが
ごろんと こぼれおちさうだ
おまへが さうして おびえてゐるのは
おまへを見つめる わたしではなく
とどろきちかづく ひづめの音
松明の はじける音
草原をこがす 煙のにほひだ

わたしは ほかでも
おまへと目があつたやうな気がしたのだ
雪もよひの 灰色の空の下
おほきな教会が けぶる広場で
ききなれぬ あたらしい
みことのりを聞かされながら
着ぶ

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たたんたたん、たたんたたん、と
窓枠を指のはらで優しくたたく音が
規則を外れてやがて消える
対向列車の通過を待つあいだ
黄色く濁った菜の花が泡立ちながら殖えて
土手から頭の中まで覆いつくす

かつて恋人にしたかった人の
首すじをつつむ想像上の鱗を
くちびるでいちまいいちまいはがす
時折、喉の奥で声がくるしく詰まるのは
うっかり身体の中に溜めてきた水に
自らおぼれているからだと思いつく

モーターの

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バースにて

川があんなに低くにあるのは
街の上に街を積み上げたからだ
橋桁にとまるふくろうが
こちらをじっと見つめている

どれほど天井を高く作っても
空だと言い張ることはできない
そう気づいた人がどの時代にもいて
だからせめて空を指さすことにした
できるだけ正しく
できるだけ末永い方法で

積み上げられた街の中心に
ひときわ高く尖塔はそびえる

指させる空は
どこにでもあるし
どこにもない
もしかすると身体

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A Poem for a Cup of Coffee

A Poem for a Cup of Coffee

Your words turn into
a cup of coffee today
It warms your frozen fingers
through the white ceramic cup

It goes well with sugar
It goes well with milk
It goes well with cinnamon
and honey glittering go

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白亜の恋文

指先で触れることすらもためらう。
ふとしたはずみで壊してしまいそうだから。
それでも、優しくつかまえなければ
たやすく指先をすりぬけるあなた。

遠い異国の山あいにそびえる
白亜の城からやってきた使い。
あるいは、彫刻家の恋人の忘れ形見でいることに
飽き飽きした石膏の化身。

あなたの姿はたとえば、におやかに濃さを
増していく五月の芝生の色や、
時折小さな星が眠そうに瞬く
藍色の宵闇に、ことによく

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ヘイズバラの海岸にて

飛行機雲が彗星のように白い尾を引きながら、
2月の澄みきった空を行き交う。
その下で海は見渡す限り
深い藍色を広げている。

スニーカーの足が少し沈みこむほどの
ふかふかな芝を頂く崖の上に立っている。
1年ごとに2mずつ
この海岸は削られていく。

白とグレーのまだらの石を
美しく組み上げた600年前の教会も
かつてよりも海にずっと近くなった。
その足許はすでにもろく不確かだ。

崖の下の波打ち際

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高度35,000フィート

海の底に沈む
クジラの全身骨格
のような
山脈が
眼下の
そこかしこに
横たわる

あと2時間もすれば
あかるい夕方の国に
着いてしまうことが
にわかには
信じられない

どこまで
泳いでも
どこまで
進んでも
夜明け前の海
なのではないか
という恐れを
かすかな望みに
変えるとき
高度35,000フィートの深海を
永遠の風景として
再び眠りに落ちゆく
まぶたの
うらに
たたみこむ

(2017年

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