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母に

きょうも、すごくつまらない映画が少なくとも一本完成していて、
惑星が気ままに散歩して
無邪気なプロパガンダが女性ファッション誌を占領して
どこかの動物園でパンダが寝息を立てている。

離れて暮らすあなたが、
愛してやまないあなたが、
いつか死ぬことを考え始めてしまうと
いつも頭の奥が冷たく痺れるし、
氷の手で心臓を掴まれたような気分になる。
そんなときに限って一人で左向きに寝ている夜だ、
どこまでもどこまでも沈んでいくような雨の音だ。
深海で立ち泳ぎするクジラの動画を見た。
眠っているのか祈っているのかわからなかったし
できればどちらもであってほしいと思った。

いつどこで知り合って、
今でも知り合いかどうかはわからない人たちの
人生についての断片的な報告カードが
絶え間なく、絶え間なく、止まらない────
就職しました/結婚しました/赤ちゃんが生まれました
うっすら知っている誰かが子どもを授かることは
うれしいのに、
自分がもし子どもを産むとしたらと考えると、
喉の奥からどろどろの生き物がせり上がってくる。
絶え間なく
絶え間なく
止まらない
時間に
規則に
規範に
社会通念に
轢かれて、わたし、いつか、死ぬ、だろう。
離れたところで生きている、あなたはいま
どんなことを考えているのかわたしは知らない。
一年に数回しか会えなくなってしまったし
あまり知りたくないような気もするけど

そうはいってもやはり、
突然、電話とかかけてみたいし、
空を雲が流れることについて、
明るい顔で何か言いたくなるし、
顔からシャワーを浴びるときにぎゅっと目をつむるのが
少しだけ楽しいと言って、しょうもないねって笑いたい。

自分がどんな最期を迎えて死ぬのか、
想像できないくせに生きている。
8月、あなたは自分の生まれた月が
あまり好きではないと言っていた。
この日本にいる限り、愚かにも失われた命について
あまりに多くの言葉が発されるから。
すべてのひまわりを焼きつくすような
炎天下さえも祝福するような打ち水のきらめきは
現れなかった虹たちの色彩を補ってあまりある。

電気をつけなくてもほんのり明るかった昼間のリビングで、
ちょっと逆光ぎみに笑っていた、あなたが、
いつか、あなたが、死んでしまうという事実が
わたしはたぶん永遠に許せないと思うよ。

(2019年6月)

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