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【恋愛私小説】恋する青の鎖鋸 1章①「ビイドロのように」

前回↓

はじめから↓





 据え置きのゲーム機の独特な駆動音とコントローラーのスティックを動かす音が深夜の自室にこだましている。最近熱中しているこのゲームは、チームバトル形式のバトルロイヤルシューティングだ。いわゆるFPSというジャンルになる。一人称視点でキャラクターを操作するために、没入感がすごく、時間も忘れて夢中になってしまう。

 画面に表示された「GAME OVER」の文字が、あと一歩でその試合のチャンピオンを取り逃がしてしまったことを示す。味方が一人欠けた状態でここまでやれれば上出来か。小さくため息をついてコントローラーをモニターの側に置くと、机の上にあったスマホが通知音と共に振動した。


 画面に目をやると青い鳥のアイコンと共に『暗黒の一千年代とかおすすめです!』と表示されている。

 俺がツイッターの大学用アカウントで『吹奏楽のおすすめ曲ありますか』とつぶやいたものへのリプライだ。リプライの送り主のユーザー名は「コ」、アイコンはユーフォニアムだった。吹奏楽において中低音域を担当する金管楽器だ。仮にも吹奏楽を三年近く続けた自分が、全く知らない曲をおすすめしてくるとは。この人はかなりの強豪校出身なのかもしれない。俺の吹奏楽への関心が薄いだけということも考えられるが。

『知らない曲だ……聞いてみますね!』

 無難な返しを心がけつつ返信する。

 同じ大学に入学する知り合いなどいなかったので、純粋に情報が欲しくてツイッターでいわゆる「大学垢」というものを三月から始めていた。「#春から〇〇大学」というハッシュタグがツイッター上で横行する中、俺が通っている大学も例外ではなかった。入学式の時には、先にSNSで繋がった人同士で対面においてもグループが形成されかけていたのは記憶に新しい。SNSでは基本見るだけの「見る専」であった俺も、初めのうちは同じ学科の人と情報の共有をするに留まっていたが、彼らのいいねやリツイートに便乗していくうちに、他学科の人とも交流するようになっていった。自分の大学特有なのか、それともツイッター上にいる人間がそういう嗜好なのかは分からなかったが、アニメやゲームに精通している人間が意外にも多く、趣味の話でタイムラインが盛り上がることも少なくなかった。ネット上で気軽に「好き」を共有できるのはかなり楽しいし、居心地がいい。

 六月となった今では自分のアカウントのフォロワー数も百人近くになったが、仲のいい人間も絞られてきた。アニメやゲームの話があう人、学科が同じで気が合う人、そしてサークル関係で仲良くなった人たち。

 大学の休校期間が終わると同時に、大学のサークルが徐々に活動を再開していった。コロナの爪痕がまだまだ色濃く残るご時世ということもあり、大学の構内で積極に勧誘活動が行われている訳ではないが、ツイッター上ではここ数日で活発に行われている。それに伴って俺のアカウントのタイムラインでもサークルの話がかなり盛り上がっていた。

 俺が気になっているサークルは「吹奏楽団」だ。明日はその楽団で楽器体験会が行われるため、授業が終わり次第参加する旨もDMで伝えた。ツイッターで楽器や吹奏楽で仲良くなった面子ともそこで初めて顔を合わせることになるだろう。先程からやりとりしているユーフォニアムの「コ」に加えてフルートをやっていた「モエ」、トロンボーン・ホルン担当だった「Haya」あたりが特に親しい。久しぶりに楽器を吹けることも楽しみだが、サークルという新たな場での出会いに期待してしまう。つい先月は散々な別れをしたのだから。

 授業が終わり、初めてクラブ棟に向かう。単色のモルタル壁と対象的に、赤、橙、黄緑など、カラフルな部室の扉が映える建物だ。四階まで連なる階段を登るのは気が引けたが、幸いなことに目的の楽団の部室は一階にあった。サークル名が書かれた黄緑色の扉を開けると、先輩と思しき女性に早速声をかけられた。

「見学希望の子かな?」
「はい! バリトンサックス希望で連絡していました!」

 学籍番号、学科、連絡先、希望楽器などを新入生に用意されていた紙に書いていく。上から見学に来た順で書かれているため、自分より先に7人ほど見学に来ていることがわかった。どれほどの人たちがこのサークルで共に演奏する仲間として残るだろうか。必要事項を書き終えると「自由に吹いていいよー」と楽団が所有しているバリトンサックスを早速受け渡されたので、演奏用に借りられている別の教室へ向かう。

 楽器本体を合わせると総重量十キログラムはあるであろう縦長のケースを持ちながらだと教室へ入るのも一苦労だった。横長の机が立ち並ぶ教室にいたのは3人。フルートを構える女子、トロンボーンを片手に譜面を睨んでいる男子、ユーフォニアムを抱える女子。ひょっとして。

「ひょっとしなくてもツイッターやってたりします?」
「「やってる!」」

 同時に放たれた三人分の声が教室に響いたのが可笑しくて、出会って数秒の俺たちは笑いの渦に包まれていた。

 改めて自己紹介をしようという流れになり、各々が本名から語り始める。

「ハヤトっていいます。ツイッターではHayaって名前です。このサークルではトロンボーンを吹こうと思ってます」

 高身長かつ四肢が長いものの、かなり線の細い彼の体躯は一見頼りなさそうではあるが、クリアメガネから覗く冴え冴えとした眼と自信ありげな口調が、その印象をかき消した。

「モエっていいます。ツイッター名もそのままだね! フルートとピッコロやってまーす」

 彼女を一言で表すなら「地雷系」であろう。金髪のショートボブで、服装のほとんどが黒色で統一されている。

 では、残ったこの子が「暗黒の一千年代」の。

「ツイッターでは一文字の『コ』だったけど、本名はコノミでーす。中学からユーフォニアムやってます!」

 すらりとした華奢な体格、胸元まで伸びたココアベージュの艶髪に、ビイドロのように美しい瞳。繊細そうな見た目に反して少し低めでよく通る彼女の声はかなり印象的だった。上品で美しい佇まいだったが、意外にも眩しい笑顔のギャップに少しやられた。

 最後に自分の番が回ってきた。

「ツイッター名は特に思いつかなくて『特にない。』です。本名はヒロっていいます。高校から吹奏楽を初めてバリサク担当です」

 適当に決めた上に呼びづらいアカウント名に、呼ばれ慣れていない下の名前を言うのがなんだか恥ずかしかった。

「いい機会だしさー、LINEグループでも作らない?」

 モエがそう提案すると全員が「いいね」とうなずいた。

「グループ名どうする?」
「吹奏楽関連の名前でなんかないかなー」

 率先してLINEのグループを作り始めたハヤトの尋ねに具体案を出せないままでいると、コノミが完璧な答えをだしてきた。

「フルート、トロンボーン、ユーフォ、バリサクでCグループがいないから「急募C」は?」

 吹奏楽で用いられる管楽器は大きく四つのグループに分けることができる。低音域で曲のベースラインを担当するAグループ、中音域で対旋律をこなし、曲の響きを豊かにするBグループ、比較的高音域で曲の主旋律を奏でることが多いCグループ、Cグループより更に高音域で曲の装飾的立ち位置を担う事が多いDグループ、といった具合だ。今いる四人で吹奏楽曲を演奏するとしたら、Cグループの楽器がいないため、メインフレーズが聞こえないという滑稽な事態になるだろう。だから「急募C」。


 語感も良くて気に入った。なにより「急募C」と括られた四人が特別なように思えて、そんな友人たちを早くも作ることができた安堵と喜びが胸を弾ませた。


↓次回


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