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【恋愛私小説】恋する青の鎖鋸 0章③「彼女の本音は」

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はじめから↓





 二〇二一年四月二五日。三度目の緊急事態宣言が発令なされた。
一度目ほどの強制力はなかったものの、とどまることのない感染拡大を重く受け止めた俺の大学は、二週間の休校という判断を下した。政府が再び中途半端なことを言っていると軽い気持ちで受け止めていたために、かなり衝撃を受けた。
 ユウキばかりに目を向けていないで、始まった大学生活を満喫しようと思った矢先にこれだ。荒む心が再び彼女ばかり捉えていく。付き合って二年になる記念日が迫っているにも関わらず、記念日の話は全く会話にあがらない。そのことが気になって、苛立ちさえ覚えはじめた。
 去年の記念日は散々だったのだ。今年こそ共に過ごしたい。LINEでようやく切り出す。

『記念日どうしよっか?』
『んー、どうします?』
『東京行くのは流石に無理かな?』
『それは無理でしょ笑 明日授業とバイトだからもう寝るね』

そこから会話が完全に途切れて丸二日経ち、記念日の前日になってしまった。
もう自分に興味がないのかと、呆れ半分に返信をした。

『んで、結論そんな出掛けたくない感じですかそっちは』
二日開けたくせにすぐに返信が来た。

『出かけられるところが限られてて、そこまで行きたいところがないなら無理に出かける必要は無いかなって考えてる。』

自分の中で何かが切れる音がした。大事にしたかった琴線を踏み躙られた感覚。

もうダメだ。話し合わなければ。


そうだ、手紙でも書こう。

それなら冷静に自分の心の内を書けるし、伝えられる。
もう明日渡そう!今すぐ書こう!

冷静かつ迅速に思考が巡っていく。
諦観で埋め尽くされた心情はあまりにも軽やかだった。

すぐさま家の近くの100均で便箋を買って、書き始めた。


_「重い」を書いてしまった。手紙なんてまともに書いたことがなく、ましてや恋人に改めて想いを伝えるなど言葉に詰まるはずだと思っていた。
 しかし、溢れ出す鬱憤がどこまでも筆を走らせた。言葉として輪郭を伴っていく感情はひどく病的で、読むに耐えないものなのかもしれない。それでも、一人でここまで思い詰めてしまったという現状そのものを伝えなければと、手に取った消しゴムを筆箱に仕舞い直した。

 便箋三枚にも及んだ言葉たちを封筒へ慎重に仕舞い込む。次いでLINEのトーク画面を開き、明日直接会って渡したいものがある旨を伝えると、すぐに「OK」とスタンプが返ってきた。
 あまりにもあっけない了承に少し笑えてきた。思い詰めているのは自分だけなのかもしれない。

 二〇二一年五月二日。付き合って二年の記念日をこんな面持ちで迎えようとは夢にも思わなかった。手紙を渡すべく、彼女の最寄駅へ向かう。天候はあいにくの雨だったが、灰色に染まる空模様に反して、心は信じられないくらい澄み切っていた。

「おはよう! 久しぶりー」 
 意外にもテンション高めで現れた彼女に驚いた。気づけば、少しだけ胸が高鳴っている。好きという感情が未だにあるのだと体が示していた。手紙を渡すと彼女が頭を傾げた。

「何これ?」
「んー、強いて言うなら呪いかな」
「どういうこと?  とりあえずありがとう!」
 笑顔で手を振りながら俺を見送る彼女が、久しぶりに屈託のない笑顔をしていたように思えた。その笑顔をいつまでも見ていたいと思った。どこまでも単純な自分を鼻で笑うほかなかった。

 電車で帰路に着く。視界に眩しさを感じたため車窓から外を覗くと、太陽がそれまで立ち込めていた雨雲から溢れ出すように、その光を露わにしていた。眩い光が黒く霞む空の中で蠢いている。神々しくも悍ましいその光景から、しばらく目が離せなかった。俺たちの関係はこれからどこに向かうのか。どちらにせよ踏み出した自分を空が迎えてくれたのかと、都合の良い勘違いをしたくなるほどに、雨上がりの情景は美しかった。


 『十二時過ぎで時間できたらLINEして。電話したい』
 自宅に着いて数分も経たないうちにLINEが来た。手紙を読んでくれたのだろう。

 先程の機嫌の良かった彼女の面影はもうなく、言葉一つ一つが重苦しい雰囲気を纏っている。ようやく腹を割って話すことができるのだ。今までろくに喧嘩することもなかったのだから、一度くらい本気でぶつかるのもいい機会ではないだろうか。

 彼女の本音は一体なんだろう。

 場にそぐわぬ好奇心が胸を弾ませる中、「音声通話」と書かれた受話器のアイコンを押した。



「別れてください」

震える声の癖に、揺るがない意志を感じたこと。

最後の通話でまともに覚えているのはそれだけだ。

その言葉を聞いた瞬間、平静を装うので精一杯になり、いつの間にか終わっていた。

二人でたくさん出かけたいと書いた。
今の自分に対してどう思っているのか教えてほしいと書いた。
直接会って、目を向きあわせて話し合いたいと書いた。


 手紙に綴ったことが何一つ叶えられないまま、欲しかった言葉を何一つ得られないままに別れを告げられた。

共に未来を誓い合うどころか、
付き合った記念日にフラれるという皮肉をやってのけた訳だ。

「はははははははははは」

乾いた笑いが部屋に響き続ける。
惨めで憐れで滑稽で、悲しみなど微塵も湧かない。

怒りで赤く染まりゆく頭の片隅でぼやく。



「何がダメだったんだろう」



【独りよがりの道化】


0章にふさわしい、とある曲を「まごころ」を込めて 歌いました。
上記QRコードからぜひお聞きください。





これにて0章は完結となります。


初っ端から重々しい章となってしまいましたね笑

しかし、「原点」とも言えようユウキとの恋愛や結末を語らずして
自分の大学の恋愛を描くことは出来ないと思い、ありのままを執筆しました。


あの頃はひとりでかなり病んでいたけれど、今省みるのであれば「よくあるすれ違い」で別れただけだなと。

この失恋を経た上でも、大学で私は失恋を繰り返していくわけですが、一体どんな人と出会って、どのように恋敗れていくのか。


次回から始まる1章より大学における恋愛模様を描いていきますので、
乞うご期待くださいませ。

(投稿遅れてしまい、申し訳ございませんm(_ _)m)


【お知らせ】


文フリで参加した「ろくまる社」× 赤坂の書店「双子のライオン堂」のイベント【ろくまる社フェア】に出品いたします!!!

「恋する青の鎖鋸 1  薄紙とチェリーボンボン」¥880(税込)

副題を引っ提げ、以前の冊子の改稿版を販売しますので、ぜひ足を運んでみてください🙌



次回↓


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