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ArtとHealthとWell-beingの関係を考える3つのレポート

チア・アートは、アートやデザインで医療や福祉を取りまく様々な課題に創造的な方法で取り組んだり、考えるための場所を作っています。活動の参考になる事例や文献なども紹介していきたいと思います。

国内ではまだ少ないですが、欧州では、早くから医療施設や地域でのアートプロジェクトが実施されてきました。そして、アートやデザインが人々の健康やウェルビーイング(Well-being= 身体だけではなく、精神面・社会面も含めて良い状態)に与える影響に関して、多くの研究が実施されています。2000年代からは、エビデンスや評価を積極的に行うことで、政策への提言へつなげようという動きが欧州各国でおこっています。紹介するのは、近年、発表された主要な3つのレポートです。

1)健康とウェルビーイングの向上における芸術の役割に関するエビデンスとは? 
What is the evidence on the role of the arts in improving health and well-being? A scoping review/ Daisy Fancourt, Saoirse Finn, World Health Organization Regional Office for Europe (2019)

WHOヨーロッパのHealth Evidence Networkが発行するこのレポートは、健康とウェルビーイングの向上における芸術の役割に関するエビデンスがどのようなものがあるのかを把握することを目的にしたものです。2000年1月から2019年5月までに英語とロシア語で書かれた学術文献をスコーピングレビュー という方法で調査したところ、900以上の健康とウェルビーイングの向上における芸術のエビデンスに関する文献が見つかったということです。そして、このレポートでは、文献レビューから、芸術が心と身体の健康に影響を及ぼす可能性が示され、健康とウェルビーイングの向上におけるアートの役割は、以下の大きな2つのテーマに整理できると述べられています。

予防と促進(prevention and promotion) の役割
-- 健康の社会的決定要因に影響を及ぼす
-- 子どもの発達を支援する
-- 健康につながる行動を促す
-- 病気にならないようにする
-- 医療福祉従事者を支援する
管理と治療(management and treatment)の役割
-- 精神疾患を経験している人々を助ける
-- 急性疾患を持つ人々のためのケアをサポートする
-- 神経発達および神経学的な障害を持つ人々をサポートする
--非感染性疾患(noncommunicable diseases)のマネジメントを支援する
-- 看取りをサポートする

なお、このレポートで使われているアートや健康の定義、アートと健康の関係性の整理の仕方については、以下の記事に日本語で紹介されているので、見てみてくださいね。

2)芸術、健康、ウェルビーイングに関する異分野間のアクション
Intersectoral action: the arts, health and well-being, World Health Organization Regional Office for Europe (2020)

2012年にWHOヨーロッパによって採択された健康政策のフレームワーク「Health 2020」では、「医療や健康とは異なる分野との協働」で、健康やウェルビーイングを向上させることが重要な要素の一つとして位置付けられていました。そして、2019年のレポートをふまえて、芸術分野とのコラボレーションが健康やウェルビーイングの向上にどんな役割を果たすのか、芸術分野とのコラボレーションのためにはどんなことが必要なのかが、2020年にWHOヨーロッパによる簡易レポートで提言されました。

このレポートの中では、2015年に国連で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)とHealth 2020の方向性が同じであるという考えのもと、SDGsに寄与するArts and Healthの取り組みが以下の8項目にあたると言うことも示されています。

1:貧困をなくす
3:全ての人に健康と福祉を
4:質の高い教育をみんなに
5:ジェンダー平等を実現する
8:働きがいも経済成長も
10:人や国の不平等をなくす
11:住み続けられるまちづくり
16:平和と公正をすべての人に

3)政策のためのエビデンス・サマリー:健康とウェルビーイングの向上における芸術の役割
Evidence summary for policy: The role of arts in improving health and wellbeing/ Daisy Fancourt (2020)

こちらは、DCMS( Department for Digital, Culture, Media & Sport )というイギリス文化省からの委託のもと、政策提言を示す報告書として、2019年のWHOのレポートを執筆したロンドン大学准教授デイジー・ファンコート(Daisy Fancourt )氏によってまとめられた2020年公開のレポートです。2019年のレポートでは、レビューした研究の詳細やエビデンスの質を明らかにできていなかったため、WHOのレポートの文献や知見に基づきながら、以下の3つの目的に基づいて、エビデンスの質を評価しています。

1. DCMSの政策に関連した以下の3つのアウトカムに対して、アートの関与がどのように影響を与えるかをレビューする
 1)社会的成果 social outcomes 
 2)青少年の育成 youth development
 3)心身の病気の予防  the prevention of mental and physical illness

2. アートの介入を用いた「社会的処方」のプログラムが、上記の 3 つのアウトカムにどのような影響を与えるかをレビューする

3. これら3つのアウトカムに影響を与えるアートの介入に関してエビデンスを構築するために、DCMSが研究などにどのように投資していくべきかを提言する

社会的処方(social prescribing )とは、かかりつけ医が医学的な処方の代わりまたはそれを補完するものとして社会活動につなぐことです。日本語の書籍だと、西智弘先生の編著『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』に詳しく書かれています。1980年代から各地で社会的処方の動きが始まったイギリスでは、アート活動への参加や美術館の利用も社会的処方の一つとして積極的に捉えられ、その効果の検証も進められており、これについては、また別の記事で紹介します。

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以上、2019年に発行されたWHOのレポート、そこから展開して発行された2020年のレポート2つを紹介しました。2000年代に入り、活動だけでなく研究や提言が各国で行われ、医療福祉の分野とアート・デザイン分野がタッグを組んで一緒に歩んでいこうとする動きが盛んになっているように思います。紹介したレポートは、こうした動きをさらに加速するものになるのではないでしょうか。

こうした事例も勉強しながら、チア・アートもさらに活動を進めて行きたいと思います。チア・アートを支えてくれる会員、一緒にプロジェクトや研究を進めたいという方など募集中です。お気軽にご連絡ください!

(代表 岩田祐佳梨)


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