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🤱あなたの為を思って【似顔絵】(番外編的な私小説) 854

似顔絵


 「ちんば」
最近ではあまり耳にする機会がない。
「片ちんば」なら何年か前に聞いたかもしれない。
 私には幼い頃の光景とかたく結びついている言葉。

 その日の私は襟や前立てに可愛らしい手刺繍のある、白いブラウスを着ていた。
自分の好みを口にするような子どもではなかったので、恐らく母方の祖父母が買ってくれたのだろう。
 初孫だった私は、祖父母の自慢の種だった。
祖父母にとっては、可愛らしくて頭の賢い女の子だった。

 祖父母の口癖は「ええ子や(いい子だ)」。
ことあるごとに私を連れ出しては、出先で
「この子は賢い」
「この子は物覚えがええ(良い)」
と自慢していた。
 普段は離れて暮らしているので日常的とは言えないけれど、幼い私を褒めてくれる大人はちゃんと存在していた。

 珍しく母とふたりだけの外出だった。
こういうとき、母は大抵わたしに行き先や目的を言わない。
私も訊かない。
それが当たり前だったから。
 その日に着るブラウスも、きっと母が決めたのだと思う。
母に意見することなんてなかったから。


 知らないおじさんの前に座らされた。
おじさんは、つるりとした白い紙に色とりどりのサインペンで描く似顔絵師だった。
「こっち向いててね」
と言われて緊張で体も表情も固まってしまった。
 一体どういう経緯で似顔絵を描かれるのだろう。
母はどうして私の似顔絵を描かせようと思ったのだろう。

 「ちんば、やね」
書き始めて直ぐに、いや私の顔を観て直ぐだったかもしれない。
おじさんが私に「ちんば」と言った。
 何を指して「ちんば」と言われたのか判らなかった。
おじさんには私の顔が見えるけれど、私には見えないから。
何か良くないことを言われたということだけは解ってしまった。
 母はただ笑っていただけだったような気がする。

 「こんなにちんばじゃないわ」
できあがった似顔絵を観て母が言った。
母が持ち帰った似顔絵は、自宅に飾られることも私の手に渡ることもなかった。
 大きくデフォルメされた似顔絵の雌雄眼。
それは鏡を見る習慣などなかった幼い私には、気づくことのなかった「ちんば」な目だった。

 忘れてしまっても仕方のないような小さなエピソードが、私の頭の中には沢山ある。
人様からすれば取るに足りない本当に小さな欠片たち。
上手く言葉に置き換えることができなかった幼い頃からの。
 大人になってそのときの気持ちを取り出し、寂しいとか悲しいとか悔しいとかいう言葉を授けてみると妙にしっくりくる。
嬉しかったことや楽しかったことを余り思い出さないのはどういうわけなんだろう。
素直にその感情を認めることができていたからなのか。
それともそういう機会が少なかったからなのか。

 おじさんが「ちんば、やね」と言った、母がただ笑っていた、似顔絵がなかったことにされた、あのエピソード。
私は切なかったのか。
あれが「切ない」感情だったのか。
あんなに幼い子どもが切なさを感じていたのか。

 おじさんの不用意な言葉に傷ついていたんだ。
母には、おじさんの言葉を否定してもらいたかったんだ。
似顔絵をなかったことにしないで、そのままの自分を肯定してほしかったんだ。
 そうか、おじさんに似顔絵を描かれた私は、悲しかったんだ。
怒ってたんだ。
寂しかったんだ。
悔しかったんだ。
心細かったんだ。
きっと、母に守ってもらいたかったんだ。

 充分すぎるくらい大人になった私は、このエピソードに「切ない」という言葉を授けた。
 切なさは成熟した感情のようだけど、子どもだって切ない。
子どもだからこそ切ないことだってある。


 どうして泣けてくるのだろう。
ほんの些細なことなのに。





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