読み切り恋愛短編集【れれこい】 8.ノスタルジー 794
読み切り恋愛短編集【れれこい】
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第8話ノスタルジー
出席番号だって、血液型だって、誕生日だって、実家のある場所だって覚えている。
なのにLINEもメアドも電話番号も知らない。
出席番号19番も、B型も、7月24日も、今では何の役にも立たない。
あのとき、もし同窓会に合流していたら?
「写真ありがとう。筆跡で判ったよ」
と伝えていたら?
マサミとは中学2年の1年間、同じクラスになっただけの間柄。
特に何かがあった訳ではないけれど、どちらかというと同級生達から嫌われていたマサミとは、中3でクラスが離れて、実はほっとした。
どうしたことか母親同士が親しくなり、わざわざ休み時間に私のクラスまでマサミが話しに来るようになったのは、大きな誤算。
仲が良いと思われるのは、私としてはちょっと勘弁してほしいんだけど。
大好きだったヒロニイともクラスが分かれた。
私がヒロニイに片想いしていることは学年中でほぼ公認。
そりゃあそうだ、自分で言いふらしたんだもの。
ヒロニイと同じクラスの女子達が、遠足や体育祭や修学旅行の写真を申し込んでくれるから、私は本当に恵まれているし助かっている。
マサミは自称ヒロニイと幼馴染みらしい。
幼少期のことを教えてくれるのはいいとして、できることならマサミと一緒にいるところは誰にも見られたくない。
ヒロニイは、早々と専願で私立の男子高に進路を決めた。
残念だけれど男子高なら仕方がない。
どんなに努力をしたところで男子高には行けないし、周りに女子がいないことは却って安心かもしれない。
私は公立の進学校に進学する。
私立も公立も受験を失敗したマサミは、私達の中学からは誰も行かないような地域の、私立の二次募集に合格した。
名前しか聞いたことがない女子高だ。
「マサミちゃんはね、学年で一番になったんですってよ」
「マサミちゃんって何かの代表になったって、お母様が仰っていたわ」
進学校の中で成績がパッとしない私に、母は意味ありげに言う。
何かって何よ?
鶏口牛後って言いたいの?
私の進学校とマサミが行った女子高なんかを比べないでもらいたい。
大学生、社会人になり、結婚でもしたりすると、高校が女子校だろうが、共学だろうが、二次募集だろうが、進学校だろうが、話題になることもない。
デキ婚で割りと早くに結婚した私は、そうでなくても昔の仲間の情報に触れる機会がない。
隣県に新居を構えたから尚更だ。
「中2のときの同窓会をしようって計画してるのよ。
勿論行くでしょう?
ヒロニイも多分来るよ」
マサミから電話なんて、一体何年ぶりなんだろう?
ちょっと待って、マサミって中学時代、嫌われてたよね?
同窓会の幹事は誰なの?
どうしてマサミが連絡してくるの?
どうしてヒロニイの動向まで知ってるの?
幼馴染みネットワーク?
早々と子持ちになってしまった私は、少し妬けてしまう。
本当なら「勝ち組」と自慢してもいいくらいなのに。
所用と被ってしまった私は、それでもヒロニイに会いたさで、お店の名前だけ教えてもらった。
「判りにくい場所だけど、ひとりで大丈夫?
時間通りに来れるなら、駅で待ち合わせできるんだけど?」
携帯電話が普及するより以前のこと、マサミは随分と心配してくれた。
確かに判りにくい場所だったけれど大丈夫。
同窓会場は、OL時代にランチに行ったことがあるお店だった。
急いで所用を済ませ、幼い娘を急かして同窓会のお店に向かう。
挨拶して暫し談笑したら失礼するつもり。
それなのに、こんなに気合いを入れたワンピース。
飲食しないのなら、会費は要らないと言ってくれたのは幸い。
アルコールは元々飲めないし、娘と一緒では落ち着いて食事はできないだろう。
「こんばんは」
このお店、夜の照明ってこんなに暗いのね。
ランチにしか来たことがないから知らなかった。
談笑どころか、この暗さでは誰が誰だかよく判らない。
10人くらいはいるのかな?
あれは松元さんかしら?
あんまり仲良くなかったから、話しかけにくいな……
「来てくれたのぉっ‼︎」
マサミが駆け寄ってきた。
早く皆んなに挨拶したいのに、マサミの近況を長々と聞いているうちに、娘の機嫌が悪くなってきた。
残念だけど今日はお暇しよう。
結局マサミは、私を皆んなに紹介することも参加者を私に紹介してくれることもなかった。
あれがヒロニイかな?と思う男性はいたけれど、暗くて確信が持てない。
私の方を見ていたような気がするのにな。
いいよ、別に。
あなた達と違って、私は愛する夫の元に帰るんだから。
私にはこんなに可愛らしい娘だっているんだからね。
私宛ての封書を預かっていると母から電話があったのは、同窓会から3ヶ月弱経った頃だったか。
表には私の旧姓名、裏には日付けだけが書いてあり、差し出し人の名前は書いてないと言う。
母から受け取ったのは、それから更に半月ほど後のこと。
ひと目でヒロニイの筆跡だと判った。
ノートの字と同じだもの。
ヒロニイが書いた私の名前、切手を貼っていない封筒、中には私が写っていない同窓会の写真。
ヒロニイはどうして写真をくれたんだろう?
どうして実家までわざわざ届けに来てくれたんだろう?
もしかして私に会いに来てくれたの?
中学を卒業する前、ヒロニイに新品のノートを渡したら、見開き2ページに渡ってメッセージとイラストを描いてくれた。
本当は他の友達にも回すつもりだったノート。
ヒロニイから戻ってきたら、一時的にとはいえ手放すのが惜しくなって回さなかった。
このノートはヒロニイ専用。
最初の2ページ以外白紙のノートは、高校の教科書やノートの間にそっと立てておいて、何度もこっそりと見返した。
学校から帰るとノートの場所が変わっていて、母が黙って読んでいたことに気づいたときには腹が立ったけれど。
マサミも結婚し、女の子が生まれ、ご実家近くのマンションに転居したらしい。
実際に会うことはなかったし、別に会いたいとも思わなかった割りには、年賀状のお付き合いだけは結構長く続いた。
いつしかマサミからは年賀状が届かなくなったけれど、母親同士の親しいお付き合いは続いていた。
何度か引っ越しを繰り返すうちに、同窓会の写真が入った封筒の行方は判らなくなってしまった。
捨てる訳がないから、いつかどこかからひょっこりと出てくるかもしれない。
かけがえのない家族がいるからと、私が処分したのだったっけ?
子ども達が大人になり、夫がこの家に帰ってこなくなってからの私は空っぽだ。
頭の中も心の中も隙間だらけ。
仕事が休みの日は、新しいことを覚えたくないし、難しいことを考えたくないと思う。
そんな空っぽな私が時々想い出すのは、決まってあの同窓会。
いや、私の名前が書かれた封筒かもしれない。
後はあれだな、温泉の靴箱、19番が空いていたとき。
私の為に19番が空いてたと思うと、気持ちがきゅんとなる。
未だそんな気持ちがあったんだなぁと、おかしくなってしまう。
「こんばんは。
ヒロニイでしょ、お久しぶりです。
私のこと判る?
ノート、描いてくれたの覚えてる?
私、あのノートを大切にしてたのよ。
暗誦できるくらいに何度も読んだのよ。
今もあそこに住んでるの?
私ね、中学のときヒロニイのことが大好きだったの、知ってたよね?
放課後に8組の教室へ行って、こっそりと席に座ったことだってあるのよ」
「もしもし、ヒロニイ?
家まで来てくれたんでしょう?
差出人の名前がなかったけれど、筆跡を見たらヒロニイの字だって直ぐに判ったのよ。
だって、中学のときノートに書いてくれたじゃない?
あの字と同じだったんだもの。
忘れる訳がないじゃない。
大好きだったんだもん、知ってたでしょ?
どうして来てくれたの?
私は写ってないのに、どうして写真を持ってきてくれたの?」
もしも?あのとき?ひょっとして?
交際したこともない相手に、ありもしない独りロールプレイ。
想い出はいいね、いつまでも色褪せなくて。
青春はいいね、甘酸っぱくて。
今はどこにいるの?
誰といるの?
お仕事は何をしているの?
私のこと覚えてる?
私を想い出すことなんてある?
私はあるよ。
今日もひとりで想い出していたの。
今ね、ひとりぼっちなんだよ、私……
ねえヒロニイ、ふたりで同窓会の続きをしてみない?
なぁんてね。
ふふふ、『逆』斉藤和義じゃないの……
後日譚⤵️
(秋実れれ子)
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※創作です
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