『空から周波数』(創作短編小説)

(写真はみんなのフォトギャラリーから頂きました) 

 「これで、いくらもうかるねんやろ」

今回は、528ヘルツ周波数やから、人目につくのは、前回に作って配信したただのヒーリング音楽とは段違いや。さすが疲れたな。お腹もすいたけど、夕飯の前にあのオネエ先生のとこに行かないとな。

 「みな美ちゃん、遅かったじゃなーい。今日ははやめに患者さんがはけちゃって」と言いながらまだカルテに目を通している先生は、はたはたと音をたてられそうなつけ睫毛をしている。

「今日は新曲を作ってて、すみません」

「あら、そう。で、あなた、あれから胃の調子はどう?」

「あ、しばらくしたら治りました」2週間前に、なぜか胃のあたりがちくちく傷んで、オネエ先生の所に来たのだけれど、先生が勧めた528ヘルツの周波数の音を聴いてたら、しばらくして気にならなくなっていた。

「それなら良かった。で、今日あなたを呼びつけたのは、、、」そう言いながら、でっぷりした白衣のお腹で押されていた机の引き出しから、1枚のカルテを取り出した。

「この人なんだけど、、、」私に見せる訳にはいかないから、オネエ先生が読み上げる。

「佐原真紀子さん、42歳。頭痛と胃の痛み、不眠。で、、、十二指腸潰瘍」

「はい」

「ホントなら、精神科クリニックも紹介したいんだけど、、、」オネエ先生は眼鏡の間の眉間にしわを寄せている。でもその眼鏡の下ではためくつけ睫毛が、その深刻度の邪魔をしているような。

「何か?」

「本人がガチガチの公務員で、真面目。精神科受診も勧めたら、そんな、私が精神科なんて、って感じなの」

オネエ先生の手はぷっくりして福々しく、指も相当太い。爪にピンクのマニキュアなんかしてて、きっと初めて受診した人は、この人で大丈夫なんだろうか、と心配するんじゃないか、と私の方が気になる。

「それで、今回はどうされ、、、」

「今回は、投薬で様子みながら、音での療法も取り入れたいの」

やっぱりそうか。「はあ、、、」と私が中途半端に返事をすると、

「大丈夫よ。楽器はどれ使うとか考えはあるの」オネエ先生急にうれしそうに眼鏡の下で笑っている。医者ってのは、実験をするのが好きだな。

「それからね、あと二人。えー、、、」

 オネエ先生の所で2時間も長居して、やっと帰ってきた。とりあえず、明日から依頼された仕事をやってみよう。しかし、こんなんで食いつなげるのか。まあ、ないよりましやろ。そや、チェロの練習せな。明後日レッスンやしな。ラロのチェロ協奏曲。私には難しい。30代後半で、一念発起してチェロで入学した音大。卒業したのはいいけど、その後の仕事はみつからず。チェロも中途半端な下手くそさで役にもたたず、それでも卒業以来、ずっと半年以上、変わらず毎週毎週レッスンに通っている。日一日、貯金を切り崩すのが怖くて始めたヒーリングミュージックの曲がちょっと売れたけど、この先はどうなることやら。

 オネエ先生とは二年前に、風邪で近所にある先生の個人病院を受診したのがはじまりだった。先生にヒーリングミュージック作ってます、と言ったら変に興味を持たれて、携帯の中に入っているのを聴かせたら、気に入ってくれて、オレンジミュージックから購入してくれた。今では珍しくもない、ソルフェジオ周波数とかいう、古代のグレゴリオ聖歌で使われていた音階の周波数を使った、ピアノとチェロのアンサンブル曲だった。特定の周波数といっても、音には様々な倍音という異なる周波数の音が混じって成り立っているわけで、ひとつの周波数だけ聴くのはなかなか難しいのでは?と、音大生なら必ず履修する、『音響学』の授業で習った限られた知識では、そう考えていた。でも、だからといって、音楽の体や心への影響はあらがえないものがあるな、とも思っていた。

 オネエ先生は、昔、留学していたアメリカの医大で、気功やヒーラーによる治療、それにいろんな音の周波数による音楽療法が存在するのを知って以来、音楽療法を試したい気持ちが強く、希望する患者さんには、その人の病気に効くだろう音楽を聴いてもらっていたのだそうだ。でも思い通りの音楽がなく、たまたま舞い込んだ私に、治療用の音楽を作らせようとたくらんだらしい。

オネエ先生に音楽制作を依頼されたのは今回が初めてではなかった。今までは、患者さんが効果を怪しがって、継続にはつながらなかった。なので今回からは、「セッション方式で、毎回患者さんと一緒に、決まった時間ちゃんと落ち着いた雰囲気で聴く形でやるの」だそうだ。お金につながるならなんでも、という気持ちではあったけど、私も音の心身への影響を知りたいし、なんで自分がチェロの音を奏で続けているのか、不可解であったそこのところを解き明かす(!)良いチャンスかも、と思った。

 オネエ先生の患者は三人。佐原さん以外は

②井上織江さん 62歳。心臓病。足の激痛に苦しむ。レントゲンで肺に影。肺がんが疑われる。

③庄野きぬさん 89歳。オネエ先生の母。

痴呆。高血圧。

なんで先生の痴呆気味の母親が参加するのかわからなかったけど、先生いわく、「ぼけてるから、無邪気に周波数に反応するんじゃないかしら。いわば実験」とのこと。確かに、雑念や偏見が入らないのは効果をはかるのに都合は良い。

セッションは一週間後。先生が使うように勧めた楽器は、シンギングボウルとかいう、真鍮でできた、たたくと低いボワーンとした音を出す、サラダボールのようなもの、ティンシャとかいう鐘、あとは、患者さんそれぞれが好む楽器だった。佐原さんはヴァイオリン、井上さんはチェロ、そして先生の母親は、「母は昔から秋の氏神祭りの和太鼓が好きだったの」とのことで和太鼓になった。

 

一週間後はすぐに来た。最後の三日くらいでコンピューターに猛進撃で打ち込んだ。

セッションの日、コンピューターと、一応、先生が生演奏も必要かも、と言うので、チェロとシンギングボウル、ティンシャを持って行った。オネエ先生の庄野医院はお休みの日曜。コンピューターの操作で人手がいるかもしれないので、音大の同級生で、ロックコースでエレキギターを弾いていた本木君、通称もっちゃんをアルバイトで誘った。

もっちゃんは、庄野医院の前で「いやー暑いですねー」と長身で細身の体にエレキギターが蝉のようにはりついた感じで待っていた。同級生でも私の方がかなり年上だから敬語なのだ。

「ありがとう。ごめんね、日曜に」

「いや、ありがたいっす。しかし、ここ、何科ですか、内科・外科・産婦人科。。。」

もっちゃんが病院のちょっと不可解な看板を読み上げながら言う。

「内科よ、今は」インターホン越しにオネエ先生が答え、中に入れてくれる。

「あら、ギター少年も一緒ね。よろしく」

白衣でないオネエ先生は、長髪を後で束ねて、ジーンズをはいている。

あ、どうも、、、ともっちゃんがバツが悪そうに答える。

「セミナー室に皆さん、おそろいよ」

 
セミナー室には、三人の患者さんが緊張した面持ちで、丸い大きなテーブルについていた。

「こんにちは。何かお手伝いします」そう早口で言ってきたのは、佐原さんだった。

「あ、宜しくお願い致します」

セミナー室には、テーブルの上に花が飾られ、アロマオイルがたかれていた。急いで脇にある、もう一つの机の上にコンピューターとスピーカーをセットする。もっちゃんは、なんだこれ?と言いながら、私が持って来ていた袋から鐘とシンギングボウルを取り出して並べてくれる。

「皆さん、始める前に少しお茶にしましょう」先生がハーブティーを運んで来てくれた。

「こんなんより、笹もちあったじゃろうが」さっきから、オネエ先生の焼いたクッキーを何枚も食べていた車椅子の先生のお母さんが言う。白髪で短く刈り上げた襟足が可愛い。

「これ、おいしいですよ」そう答えたのは織江さんだった。顔色は青白く、上品そうな人だ。

 
一息ついたところで、セッション開始。

先生がなぜ音で治療するかを説明し始める。「人間はそもそも振動でできています。音も振動でできています。、、、、、、自分に合った、振動、つまり、ちょっと難しく言うと、周波数の音を聴いたりすることで、体のバランスが整えられて、そのバランスが崩れて病気になった部分をもとの状態に治してくれます、、、または、複数のことなる周波数の音を同時に聴くことで、皆さんの脳波を整え、深いリラックスした状態や瞑想状態にしてくれます、、、ここにあるシンギングボウルと鐘は鳴らしたくなったらご自由に鳴らして大丈夫です。ご遠慮なく」

 

一通り説明が終わって、オネエ先生は、私に音出しを、と合図した。コンピューターで操作していると、背後から先生が、

「一応、一時間半したところで看護師の皆川さんに部屋の様子を見に来てもらって、もし寝てたら起こしてってお願いしてあるから」と耳打ちしてきた。作ったファイルをクリックして、、、始まった。

 

「リラックスして聴いてください。椅子からソファーに移ってもいいんですよ。リラックス」先生はテーブルの後ろにある、大きな2つの長いソファーを指さして言う。

佐原さん、織江さんは静かに頷いた。先生のお母さんだけが、文句を言っていたクッキーをまだ食べている。時折、入れ歯にクッキーが挟まるのか、痛そうに顔をゆがめる。

静かに、シンギングボウルのボワーンとした音から始まる。しばらくして、小さく、遠くから鐘の音が加わる。ゆっくり休日の朝焼けを眺めるような感じ。それに、風がススキを揺らすような音が。部屋から草原に出たような感じかな。シンギングボウルの音を少し小さくしたところで、風の音も止み、波の音が遠くから聞こえてくる。あー草原を超えて海辺まで歩いて来たのね。朝日が眩しい。誰もいない砂浜の上を歩いていると、ピアノのアルペジオが始まる。波の上を風が這うような音が。うーん、我ながら上手くできてる。ここから、電子音でつくった528ヘルツと417ヘルツの音を、バックグラウンドで小さく入れ込んでいる。オネエ先生によると、528ヘルツは、壊れた細胞を修復する音らしい。417ヘルツの音は、ストレスを和らげて、ネガティブ思考がなくなるとか。この部分は佐原さん向けに作った。それから、佐原さんの好きなヴァイオリンが、ピアノのアルペジオにあわせてソロを奏で始める。開始からここまで4分くらい、佐原さんは、眼を閉じて聴いていたけれど、急にソファーに移った。

佐原さんは、高学歴で、完璧主義らしかった。痩せていて、いかにもそんな感じ。異動で仕事内容が変わって、それに慣れずに体の不調がきたらしい。佐原さんは、ソファーの背に深く沈んでいる。ん、寝てる?

 

そこから、静かにヴァイオリンの音が遠ざかって、あ、私のチェロの音。これ、自分が弾きたくて録音したけど、あとから音程修正が大変だった、、、。甘くて切ない。鐘の音のかわりに、伴奏にクラシックギターを入れている。ここから、織江さんのために、285ヘルツの周波数を。体の自然治癒力を促してくれるらしい。持病のせいで足の痛みが酷く、それに、健康診断の時にレントゲンで肺に怪しい影がみつかった織江さんには、少し528ヘルツを強めに流した。花柄の素敵な杖をついている織江さんをオネエ先生が助けてソファーに座らせる。「寝転がってみたらいかがですか」と先生が言うと、失礼して、と織江さんは横になった。しばらく右手で左手の手のひらをさすったりしてたけど、それがゆっくりとなって、止まった。

 

オネエ先生は私を見て、次、と小さく言った。

チェロが止むと、一瞬また風の音が鳴り、笛の音が聞こえて、祭りの神輿の足音が静かに近づいてくると、和太鼓が響き始める。子供が金魚すくいでもしてそう。先生のお母さんには、639ヘルツの音。この周波数は、人間関係を改善し、対立を和らげるらしい、、、。

 

先生のお母さんは、さっきまでクッキーを食べていたのに、和太鼓が始まると、手をとめて聴きいっているみたい。鼻をひくひくさせている。痴呆症は進行中で、たまに徘徊したり、何度もごはんを食べるとか。先生のお父さんと喧嘩が多く、産婦人科医だったお父さんが不倫したことが発覚して以来、死ぬまでいがみあいで、先生いわく、「母にとっては心の平安がなかったのよね」だそうだ。お母さんは、車椅子の足置きの上でリズミカルに足をタップさせている。お化粧をして、花柄のスカートを履いたあたりが、さすがオネエ先生の母。しばらくして、車椅子で居眠りを始めた。

 

はあぁ、疲れた。とりあえず三人は目を閉じている。これで仕事終了かな?

「前回より良くできてるわぁ。大成功かも」オネエ先生も三人が静かに寝息をたてている様子に満足気だ。

「頑張ってみました」

もっちゃんは、「こんな音楽もあるんすっね」とハーブティーを飲み干している。

「ねぇ、ほかにもあるの?」

「はい。オレンジミュージックにアップしようと思って作ったんですけど、聴かれます?」

「聴かせて」

 オネエ先生が以前教えてくれた周波数には、高い周波数の音になるほど、神様とつながるだの、宇宙と交信できるだの、直感がさえるだの、芸術性が高まるだの、という効果があるとされている音があった。セッションでは、病気の治療が目的だから、こちらの高い周波数については、オネエ先生は詳しく説明はしていなかったけれど。

 741ヘルツ、852ヘルツ、936ヘルツ。本で読んだら、高次元とつながって、いいアイデアが浮かぶらしい。それなら、オレンジミュージックで売ったら、儲かるかも。それに高次元とつながるなら、下手なチェロも、芸術的に磨きがかかるかも、と下心があって作った曲だけど、どうだろう?

患者に聴かせる為じゃなかったから、趣向を変えて、ロック調にした。3つの周波数を全部流して、エレキギター、シンセサイザーを入れた。そして、それが急にやむと、さらに曲の趣を変えて、私がやさしく、ピアノで弾き語りをする。コーラスもつけて、と。

 歌っているのが私だと気がつくと、オネエ先生はこっちを見て笑う。その時、小さないびきが聞こえてきた。部屋の隅っこの椅子に座っていたもっちゃんだ。昨夜のライブ開けで疲れてるのか?いいや、仕事もほぼ終わったし。

「先生、そろそろ止めますか?」

あんまり長く流すと患者さん達が起きたらマズイ。目の前のオネエ先生に視線を移したら、、、寝てる、、、私の歌がそんなに酷いの?え?

 え、、、?どこ、ここ?明るいのか暗いのか、よくわからない。星か?光ってるの、星やろ?なんや、えらい近いところに、見覚えのある輪のある球体がすごい迫力で、、、、ということは、ここは手前の木星?

「今日は訪問者が多いのう」声のする方を見ると、真っ白の着物に、長い髭をはやした杖をついた老人が立っている。「あの婆さんなら、地獄と天国の境界線あたりに、だんなに会いに行ったよ」あの、あなた誰、、、と言おうとして老人が遮る。

「行ってみる?」

でも、ここは?老人はついてこいと言う風にくるりと背を向けた。「ステージ9あたり」ステージ9?「ここ、木星、、、」老人は振り向きもせずに「そうともいう」とだけ言って歩く。一体どこに連れていかれるんだろうと思う間もなく、老人は「ほらあそこ」と杖で指さした。その先には、火山の噴火口のような窪みのある山の頂上の崖の上で、オネエ先生のお母さんと、60代くらいのハンサムな初老の男が言い合っている。お母さんはピンと立って杖を振り上げ、「ろくでなし!妊婦にまで手を出しおって!」と男を今にも火口に突き落とそうとしている。とその時、お母さんの口から入れ歯が飛び出し、宙を舞った。

 「ほかに行きたい場所があるなら、この人達は放っておいて、、、」と老人は私に振り向いて言った。

そうだ、オネエ先生の言うことが本当なら、私は高次元とつながって、誰にでも会えるんだ。せっかくだから、試しに、、、「あの私、音楽やってて、その、ベートーヴェンとか、ブラームスに会いたいんです」

「会えなくはないが、、、生憎その者たちはまたどこかに生まれ変わって、ここにはおらん」老人はすまなそうに言う。

「そうでしたか、、、」

「他に用がないならワシはこれで、、、」

性急に立ち去ろうとする老人。

「あ、待って、、、」と私が焦って言うと

「音楽家や芸術家がたまに来て立ち寄る場所はあるが、、、」老人は仕方ないな、というふうにつぶやく。

「行きたいです!」

 まだ修羅場をしている崖を背にして歩きだすと、急に体が軽くなって、次の瞬間、まったく別の、森の中のような場所に出た。草花が綺麗に光に照らされて、小川には透明な水に光が反射して眩しい。水に手をさらすと、その瞬間、想像したこともないメロディーが聴こえてきた。風が吹いて、老人の髭がたなびいていると思ったら、その風からなにやらまたちがうメロディーが聴こえてくる。

私がぎょっとしていると、老人は「天啓、インスピレーションじゃ」とだけ言った。

ほう、、、たまに天才ミュージシャンが「空から降ってきた」って言っているのはこれか?

「あのう、あなたは神様ですか?私、教えてほしいことがあって、、、」間を置くと帰ろうとしそうな老人に矢継ぎ早に訊ねる。

「私、チェロを弾いてるんですが、練習しても上手くならないんです。どうしたら上手くなれるか、教えてください」

老人は顔をしかめて、

「そんなことは毎晩教えているはずなのに、おまえさんが、自分は下手だと思い込んでいるから上手くならないのじゃ」

「毎晩、、、」

「さっき、ギターを抱えた若い男が来たんじゃが、あの男など単純じゃったから、ギターの上手い奴に一つ二つ教えてもらって、喜び勇んで帰っていったぞ」

え、それって、もっちゃん?

それから、と老人は続ける。「おまえさんは音の効果にも興味があるみたいじゃから、教えてやろう。ここに来る芸術家達は自分達の芸術を追い求めて、音の効果には目をむけん。自分が出している音が、他人にどんな効果をもたらすか、気にも留めんのは嘆かわしいのう。音楽は芸術のためでもあるが、もっとも、人間に役に立つべきものでもあるのじゃ。でも、おまえさんは、そこらへんをちょっとわかっているみたいじゃから、色々とやってみるが良かろう」

 この中に入れ。老人は杖で草原の地面を三回たたくと、目の前に大きな透明の風船のような球体が現れた。さ、入って、と言うと同時に杖で私のお尻を叩いた。その瞬間、私はすんなり球の中に。老人は外だ。あ、あの、どこへと慌てて言うと、ステージ10!と老人は叫んだ。

「あなたは?」

そう叫んだ時には球体は気球みたいに宇宙空間に高く浮かび上がって、老人は草原に小さく見えているだけだ。

 

球体の目前に、あの土星の環がみるみる大きくなって現れてきた。氷の粒が周りをどんどん過ぎ去っていって、稲妻がピカピカ光って、いや、、、ド迫力、、、と思っていたら、ん?なんか音が聞こえてきた。この音、何かがぶつかり合っているような音、、、これ土星の環の音?ティンシャの出す鐘の音とそっくり、、、。感動にひたっていると球は急速に環を突き抜け、着陸した。そして球が破裂したかと思うと、氷の地面に足がついた、、、。

 

さずがにどうしよう、と思っていると、背後から鹿を連れた爺さんが現れた。

「面倒だからまとめてお世話するけど、連れはこっちだから、ついて来て」

なぜか有無を言わさない態度に、はい、とだけ返事をするのが精一杯で、言われたように後に続く。

冷たくも感じない氷と岩石の地面を数分歩くと、大きな研究所のような施設の中に入れられた。そこには、白衣の研究者のような姿の人達が顕微鏡だのを覗いている。

「みな実ちゃん」

呼ばれた方を振り向くと、オネエ先生が顕微鏡の前で腕組みをしているのが見えた。

「帰ったら説明するけど、やっぱり私達がやってること、間違いでもないわ」

この研究所には、様々な研究結果が集めれているらしかった。

「ほら、あのお坊さんみたいな人、心臓病患者の研究結果を持ってるんだけど、血圧も心拍数もかなりの効果をあげてて、ストレスホルモンも低くなってるの」

その僧のような人は、ティンシャのような鐘を鳴らしていた。でも、私の目を惹いたのは、その背後にいるアフリカ人のような、頭に白いターバンを巻いた痩せた老人が、短い笛を吹いている姿だった。聴いたこともない音だけど、私がコンピューターで無理やりつくった、オネエ先生のいう周波数の音ととても似ていた。

「あの音、脳波に強烈に作用して、不安を取り除くらしいのよ。帰ったら、佐原さんと織江さんの検査、楽しみだわあ」

 

まだ研究所にいたそうなオネエ先生を置いて、私は外に出た。せっかく土星に来たんだから、景色をみたいじゃない。さっきの鹿をつれた爺さんは、鹿に腰かけて待っていた。

「あのう、、、」というと爺さんはせっかちに、

「オマエが行ったらいい場所はね、、、」とだけ言って、次の瞬間、私は爺さんの後で鹿の背に乗って、ふんわりと浮かんだ。

 

浮かんだはいいけど、また宇宙に放り投げられて、星はきらめいているけど暗い、、、あの、ここ、、、と私は爺さんの耳元で、大声で叫ぶ。石と氷の粒にたたかれながら惑星を超えていっているのが目に映った。

 

「ここでよく耳をすますが良い」と爺さんが鹿を止めて言う。

何か聴こえます?半信半疑で、爺さんの肩につかまりながら聴いてみる。さっきの、土星の環が回る音とはちがう、優しい弦楽器のような音が聴こえてきた。

「海王星が回る音じゃよ」

「チェロの音に聴こえます。というか、私が録音したチェロの音に似てる、、、」

「そうじゃの」ふふん、と爺さんは笑った。どういう意味ですか?と訊くと、爺さんはあの医者が持って帰るだろうけど、と前置きして、こう言った。

「人間の体や心の不調和は、だいたいからして、自分の心体が自然に反して起こることじゃ。自分の心の声を聴いて、自由になれば、大抵の病も不調も治ってしまう。音は心を開放する手伝いになるんじゃ。多くの音楽家も、医者も、気が付いてないがの」

 

「庄野先生!」という看護師の声で目が覚めた。あんまりの大声で全員が目を覚ました。オネエ先生は飛び起きて、時計を見る。オネエ先生は目を大きく見開いて、みな実ちゃん、とだけ言って、あとの言葉が出ない。

それから数分して、お開きになった。血液検査が残っている佐原さんと織江さんを置いて、私ともっちゃんは庄野医院を後にした。別れ際、アルバイト代を払うと、

「いや、大半寝ちゃったのにすいません」ともっちゃんは照れ笑いして言った。「夢見てて、ははは」

 

オネエ先生から電話があったのは、それから二週間後だった。

「出たのよ。検査の結果」先生は、佐原さんの血液検査と内視鏡検査、その後の織江さんのレントゲン検査で、佐原さんのストレスホルモンの改善が著しく、不眠もなくなって、潰瘍が劇的に改善していること、そして織江さんの肺の影が消えて、さらに足の痛みが軽減した、と興奮気味に伝えてきた。「これって、すごいことよね。あなたもわかってると思うけど、薬と音楽療法を併用する未来が来るわ」

私はオネエ先生とあの日起こったことのすり合わせをしていないけど、する必要もないと思った。オネエ先生が海外で聴いてきた音の周波数の治療法は間違いないのだ。「それにね」と先生は嬉しそうに続ける。

「うちの婆さんの血圧も下がったのよ。おまけにあれから妙に穏やかで。でも、物忘れは相変わらず。この間から下の入れ歯がみつからないの。今から歯医者に型を取りに連れて行くところよ。また電話するわ」そう言って先生は電話を切った。

 

特定の音の周波数が治療に有効なのはわかった。でも高次元とつながるっていうのは、本当はただの寝ていた間の夢かもしれないと思っていたら、ほどなくして、もっちゃんが招待してくれたバンドのライブに行って、夢じゃないと確信した。

もっちゃんは、そのライブの夜、超絶技巧を披露して会場をわかしていた。ライブがはけて帰ろうとしたら、もっちゃんが追いかけて来た。

「俺、あの日、ジミヘンに会って教えてもらった夢をみたんです。でもなんか夢には思えなくて」あの日を境に妙にテクニックが冴えているのだと弾んだ声で言った。

 そうか、じゃあ私もチェロ、頑張ってみよう。オレンジミュージックの曲も売れてきたし。その晩、夕飯を食べながら、テレビをつけた。なんだかビールが美味しい。

 「すごい映像が宇宙ステーションから提供されました。先々週、隕石のような物体がナミビアの砂漠地帯に落下したことが映像で確認されましたが、この隕石、よく観察すると、なんと、入れ歯のような形をしていることがわかりました。今後、この物質の成分を詳しく調べることにしているとのことです、、、、」

 
《終》

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