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金融業界在籍23年香港在住既に⒑年 炎黃子孫でありながら、侍ブルーの血も沸き立つ 激動…

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金融業界在籍23年香港在住既に⒑年 炎黃子孫でありながら、侍ブルーの血も沸き立つ 激動の時代の中で、真理を追究する伝道師であり続けたい

最近の記事

百円ショップ

セリアと言えば、百円ショップの大手の一つ。また、近鉄と言えば、民鉄の大手の一つでもある。 セリアと書けば、資産運用会社と解く;また近鉄と言えば、明治維新時の藩と解くと王夏亮が思うが、伝わる方はぜひご連絡下さい。色々と議論しましょう。 それはさておき、昨日セリアの河合社長と1時間ばかりテレ談をさせて頂いた。1時間の中で、業績の話はわずか5分で、ほぼすべて私が悩んでいることを人生の先輩でもいる河合社長に聞いて頂いて、とある意味で、悩み相談に乗って頂いた。 別に答えは引き続き私が探

    • 洞察力、思考力、そして執行力

      全ての人(Trumpであれ、Sorosであれ、孫正義氏であれ、隣のおじさんであれ、またこの私であれ)には行動や思考パターンがあり、それは各々の経験や経歴から生まれたものが複雑に絡み合い、結果としての産物である。そう言った意味では、それらを観察するのはとても大事だが、それだけでは足りず、更に掘り下げて、深層心理を突き止めるのはより重要になる。 また、それは人間の集合体が作り上げた歴史や人類の原始的な本能が一番露骨に表れているマーケットには「より」当てはまる。なぜなら、大数の法則

      • 算盤と論語

        先週とある証券会社主催の未上場企業カンファレンスに参加して、「なんだ、こういうビジネスモデルがあるんだとか、こういった視点があるんだ」とわくわくさせられ、普段より百倍楽しく過ごせた。 ただ、一方、言い表せないほどの違和感を感じたのも事実であった。なぜなら、それこそ「左手で算盤、右手で論語」ではないが、「上場時恐らくPERがN.A.とかPSRが200倍付くだろう未上場企業と楽しくビジネスモデルや将来を議論する」一方、方やマーケットではグロース株が総崩れ、例えば、キーエンスが一週

        • 懐中電灯とカント、そして時々デカルト

          暗闇の中に、光を灯る懐中電灯を想像したことはある?懐中電灯の姿は見えないが、なんとかそこから出ている光を辿り、想像するしかない。盲人が象を語るような状況と一緒。 カントという哲学者はまさにそれを我々に諭そうとしていた。彼が彼の名著である「純粋理性批判」の中には「真実」は誰にも分らないが、人々が各々の感性・知性・理性を通して、真実を見ようとしているという理論を立てた。それまでの哲学はとある意味で、「我思う、故に我あり」という名言を残したデカルトに代表される様に、あくまでも人間と

        百円ショップ

          [さらば、グローバル化]

          世の中はグローバル化の恩恵を受けて久しい。私がこうやって生まれ育った母国の外に来て、色んなものを経験できたのもそのお蔭だと思う。 しかしながら、[流転]とある様に、すべての物事には善悪両面あり、サイクルが極みに達した時には、その反動が出る。70年代における[さらば、パックスアメリカノ]の様に、ややもすれば、我々は既に[さらば、グローバル化]の長いトンネルの入り口にいるかもしれない。いや、そうだと確信している。 70年代と言えば、[反戦運動]や[ヒッピー文化]に代表される様

          [さらば、グローバル化]

          [耳順]のお勧め

          人間は将来を予測できない。それはバッターが10割打てないのと同じ。但し、努力すれば、多少なりとも近づくことが出来る。しかしながら、その努力は並大抵のものでは務まらない。 そこには落とし穴がある。努力すればするほど、また成果が出れば、出るほど、「自我」が芽生えてきて、邪魔になる。とある意味で、成功の呪縛とも言える。我々の世界だと、完全無欠のMr. Mktに勝てないのと同じ様に、世の中でも、「俺様」では通用しなくなる。 それを乗り越えられるか否かはひとえに「耳順」になれるかど

          [耳順]のお勧め

          くたばれ利益至上資本主義

          先日とある金融機関の方と今後の在り方について、議論したところ、こう言われた: 「王さんの世界観はよく分かりました。が、ヘッジファンドで仕事をしているのでしょう?虚しさを感じませんか?」 咄嗟に言葉に詰まり、返事を返すのに窮した。 よく考えたら、投資を生業とする我々は本質的にはギャンブラーだと思う。パチプロが確変を狙うのと同じように、我々も血眼になり、色んな手を駆使して、多少なりとも勝つ確率を上げようとする。 「利益至上資本主義」という枠組みの中では、それは全うな生き方でる

          くたばれ利益至上資本主義

          バフェットも首?

          「株式投資に空振り三振はない」というバフェットの名言があります。最初それを聞いた時に、至って感動しました。 時が流れ、20年後の今はその言葉が空しく聞こえました。戯言すら思います。株式投資に携わる人間であれば、ヘッジファンドであれば、ロングオンリーであれ、誰でも感じたことがありますが、プライベート投資はさておき、パブリック株投資は美人投票の極りで、三振どころか、相場を常に観察し、得点しないと、スポンサーに怒られます。 それをくだらないと言うのか、やってやろうじゃないかと思

          バフェットも首?

          メッシになろう!

          相場「びと」の観点で昨年の日本株を評論すると、「芸術的な」マーケットだなぁと思わずいられませんでした。 勿論、自虐的な言い方でもありますが、そのぐらい職人技が要求されるマーケットでもありました。日本株の運用を携わる一方、多少外株もやっていますが、A株も米株もサッカーに例えるのならば、ロングパス一本の近代欧州サッカーそのもので、力対力のガチンコ勝負です。それに対して、日本株は身体能力の強さはさておき、想像力、視野の広さ及びトラップのうまさの三重奏から成り立っており、なかなか勉強

          メッシになろう!

          「竹」

          自分が何になりたいかと言うと、「竹」になりたいと常に思っています。そう思う様になったのは30代半ばからだと記憶していますが、10年以上かかっても、道半ばでなかなか出来ていません。 では、なぜ「竹」なのかと言うと、「柔軟さ」を備える一方、とても強い「芯」を持つからです。日本の言い習わしで、よく「松・竹・梅」と言い、その順番になっていますが、私に言わせると、よほど「竹」が「松」より上だと思います。 一見して、「松」はとても丈夫そうで、逆風に強そうに見えます。が、逆行するがゆえ

          「気」

          「道」の次には、「気」について、お話ししたいと思います。 「道」を道しるべに例えるとすると、「気」とはその場の雰囲気だと思います。私の感覚ですが、「道」では物事の大半(6割?7割?)で説明できますが、全部ではないので、どうしてもその時々の雰囲気で左右される部分はそれなりに残ります。 「道」を極めるだけでも難しいのに、「気」なんてかまっていられるかと思われるかもしれませんが、意外とそれを侮ってはいけません。我々の世界で言えば、永久スポンサーがいれば、話は別かもしれませんが、

          「気」

          「道」

          「みち」と書いて、「どう」と読みます。「なんのこっちゃ」と思われるかもしれませんが、老子や孔子を始めとする諸子を始祖とする中華思想で、日本文化、例えば、華道や茶道などにも影響を与えて来たはずです。 例えば、老子が唱えようとする「道」の中には、以下の3つがあります: 相反相成 物極必反 返本復初 どこかで見たことはありませんか?そう、「平家物語」に出た「祇園精舎 諸行無常」そのものです。 数千年前の偉人の唱えを拡大解釈すると、すべての物や事には道しるべや周期(サイクル)があ

          「道」

          明鏡止水

          「明鏡止水」という言葉は聞いたことありますか?由来は清王朝の金缨が著作した「格言联璧」から来たもので、全篇は以下の通りです。まさに中国の知識人の矜持を表していると思います。 明鏡止水以澄心 泰山高崇以立身 青天白日以應事 光風霽月以待人 私の感覚では、実行するのはその順番に難しくなりますが、少なくとも今時点では、その中で相対的に一番簡単な「明鏡止水以澄心」にチャレンジしたいと思っています。 挑戦したいと言っても、生半端な気持ちでできるものではありません。なぜなら、「明鏡

          明鏡止水

          游刃有余

          中国語の諺で、だいぶ昔からなんとなく好きな言葉の一つでした。言葉の由来はここで省きますが、最近ますます強くこの言葉を共感(共鳴?)するようになりました。 言葉の解釈は人それぞれですが、私の理解としては「要所要所理解すれば、よほど大きな労力をせず、物事をすんなりと解決できる」ことだと思います。 言うは易く行うは難し;これをやるには、私が思うには二つの要素が必要だと思います: a) 本質論を理解すること(経験、努力や頭脳が必要) b) 常に自己批判できること(謙虚さや精神

          游刃有余

          ストイックさと楽観主義

          野球とベースボールとは似て異なるものだと思います。 野球とはややもすれば、一種の真理の探究であり、ストイックでなければいけない雰囲気がありますが、ベースボールとは娯楽の一つで、ともかく楽しむものだと感じています。 どれが正解かはないと思いますが、自分の中では、ストイックにやりつつ、楽しむべきだと思っています。 「野球は人生そのもの」と書いた通り、野球とは人生の縮図だと思っているので、真剣に向き合い、学ぶべきだと思いますが、あまりにもストイックにやりすぎると、自分が自分をつぶし

          ストイックさと楽観主義

          シンプルに

          野球界で名選手や名監督がたくさんいる中で、私は落合博満さんが好きです。 よく妻に昭和の人間だねと揶揄されますが、私に言わせると、「野球が人生そのもの」だから、どの時代にも共通する部分があって、過去を振り返り、将来が見えるのであれば、昭和どころか、大正時代だって振り返ります。 それはさておき、落合さんの名言集がYoutubeにたくさん出ていますが、その中で一番好きなのは冒頭に書いた「シンプルに」という言葉です。 落合さんは野球にフォーカスして、言っていた言葉ですが、どの業界にも

          シンプルに