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福祉士養成課程の時間割がぎゅうぎゅうの件

▼以前『介護福祉士とメンタルヘルス』という記事で、欠課時数に触れました。これに関係して、福祉士養成課程の時間割が結構キツイことになっているというお話をしたいと思います。以下の内容は、学生さんが知っていたとしてもなんの役にも立ちません。また、別段秘密にすべき内容は含んでいませんので、軽~くお付き合いくださいませ😊😊

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▼福祉士養成課程には、大学、短大、専修学校があります。これらの養成校では、開講科目、必要単位数、教員の数や担当科目(教員の経歴によって教えられる/られない科目がある)などの教員配置基準、教室・実習室・図書室などの設備設置基準、その他あらゆる基準が法令で定められています。福祉士養成課程は、福祉や医療と同じく公共性が高いことに加えて、国家資格に絡んでいることから、所管官庁(厚労省と文科省ですが、教育行政は都道府県が行うので、実際は厚労省と都道府県の2つ)による強い公的規制を受けます。
▼こうした法令を、まかりならん理由によって侵すと、所管官庁から行政処分を喰らうことになります。かくいう私も昔、所管官庁に提出すべき書類の作成をスコ~ンと忘れていて、所管官庁から電話で「提出してくださいネ~」と、やんわり指導を頂戴したことがあります。この出来事は、指導であって処分ではありません。私の例のように、過失は認められるにせよ、意図的でない場合や特別やむを得ない場合は単なる指導で済みます。
▼ほんとうに行政処分を喰らうのは、それを意図的に侵した場合です。福祉士養成課程の現場レベルでは、実授業時間数(コマ数)の粉飾資格のない教員による授業学生さんの出席日数及び取得単位数の粉飾の3つは確実に強い行政処分を喰らいます。福祉士養成課程に限らず、ときどき「資格のない教員が教えていたことが判明し、卒業生までもがその授業を再履修しなければならなくなった」というニュースをご覧になられたことがあると思います。あれが行政処分の例です。ちなみに、学校に対する最強の行政処分は認可取消、つまり学校が学校として認められなくなることです。

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▼さて現在、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士の各養成課程は時間割がぎゅうぎゅう詰めで、とんでもないことになっています。
▼まず、大学、短大、専修学校の授業は、だいたい前期(4月~9月)と後期(10月~3月)に分かれています。そして、前期・後期のいずれかを半期といい、前期+後期を通期(通年)といいます。福祉士養成課程では、半期の授業と通期の授業があり、半期は15回、通期は30回の授業をそれぞれ行うことになっています。
▼かつて、大学、短大、専修学校の授業は、教員の側からは「半期12回はダメ、13~14回がベスト」という、不文律の慣例がありました(通期はその倍です)。そして、この慣例は、学校に直接関係する三者、すなわち教員、学生さん(とその親御さん)、所管官庁の三方がそれでよしとしていたのです。
▼この慣例が崩れたのは、正確には覚えていませんが2005~2006年頃だったと思います。どっかの医療系の短大だか専修学校だかが、半期に7~9回しか授業をしておらず、しかもそれが単一の科目ではなく、複数の科目で横行していたという新聞記事が出たのです(所管官庁が制裁のため意図的にリークしたと思われる)。その後しばらくして、①「半期15回+試験1回=16回、通期30回+試験2回=32回の授業回数を厳守せよ」、②「シラバス(講義概要)の様式を統一せよ」、③「毎回の授業予定と実際の授業内容を記録・押印する書式を作成して保管せよ」、という所管官庁からの通達がすべての福祉士養成課程に下りてきたのです。なお、②のシラバス(講義概要)とは、毎年4月に学生さんに配布される科目内容の説明書きのことです。これはもともと作成、配布義務があり、新聞沙汰になった学校はそれすらも作っていなかったようです。
▼こうした、シラバスや授業記録の書類をなぜ「保管」しなければならないかというと、ひとえに監査に備える(備えさせる)ためです。所管官庁としては、学校が悪事を働いたときに「行政はきちんと管理、監督しています。これは学校のせいです」というエクスキューズを担保したいわけです。
▼当時、中央政治は規制緩和をうたっていました。あれぇ、時代に逆行しているなと思いつつ、お上が言うことだからと、教務事務も担当していた私は書類の様式をせっせと作ったものです。いま思い返してみると、「時代に逆行しているな」というのは誤ったアセスメントでした。実際は、その後現在にいたるまで、公的規制がどんどん強くなっていったのです。

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▼教員の立場からすると、シラバスや授業記録などの書類は大した負担ではありません。様式は一度作ってしまえば終わりですし、授業内容の記載はせいぜい1行で済み、あとは押印するだけです。
▼そんなことよりも、福祉士養成課程の現場を混乱させたのは授業回数の厳守です。「半期15回+試験1回=16回、通期30回+試験2回=32回を厳守せよ」という通達はキツイな~と思っていたところに、3つの福祉士のカリキュラム改訂があり、やるべき授業時間数が激増しました。さらに悪いことに、いや本来はうれしいことなのですが、ちょうどこの時期頃から祝祭日がやたら増え始めたのです。すると、それまでのように前期、後期とも授業回数をイージーに確保できなくなってきました。
▼大学、短大、専修学校には、新入生交歓会やスポーツ大会、ダンスイベント、学園祭、課外授業、講演会、創立記念日など、さまざまな形で休日やエンターテインメントを学生さんに提供しています(これらも教育サービスの一環です)。これらのエンターテインメントを削って授業回数を確保しようとすると、学校のウリや宣伝材料がなくなるため、学生募集部門から反対されます。
▼そこで、私たち教務課はまず、学生さんの夏・冬・春休みを削りました。たとえば、私が専任教員として最後に所属していた学校では、年末は12月28日まで授業、年始は1月4日から授業というありさまで、これは社会人と同じスケジュールです。しかも、福祉士養成課程は夏・冬・春休み中に実習を入れるので、学生さんの休みはほとんどなくなりました。
▼次に、それまで4限で終わらせていた時間割を、5限まで拡大しました。これにより、教員、学生さんともに「学校での放課後」という時空間が激減しました。5限が終わる頃には、もう18時を回っているのです。
▼この「授業回数厳守ショック」は、教員よりも学生さんに大きな影響をもたらしました。それは、学生さんのアルバイト時間が減ったことです。専修学校の場合、学生支援機構の奨学金を借り、昼間は学業をこなし、夕方から夜間にアルバイトをして生計を維持する学生さんが一定数おられます。アルバイト収入が減ったことによって学費を払えなくなり、ドロップアウトする学生さんが増えてしまったのです。また、アルバイトは、ちょうど「年頃」の学生さんが社会の酸い甘いを知る重要な機会でもあり、たかだか学校の教員ごときが「社会とはこういうもんだよ」などと説教するよりも、はるかに大きな説得力を持っています。ともあれ、「授業回数厳守ショック」が教員だけでなく学生さんにも影響を及ぼしたことに、多くの教員は頭を抱えました。
・・・以上が、福祉士養成課程の時間割がぎゅうぎゅうになった顛末です。

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▼さて、この授業回数の厳守をめぐっては、非常に興味深いことに、学校(教員)、学生さん(とその親御さん)、所管官庁の三方が誰も得をしていないのです。学校(教員)は年間授業計画が破綻寸前、学生さんは経済的理由により学業継続困難、所管官庁は仕事が増えて過労死ライン・・・ 授業回数の厳守は、直接的には所管官庁によるアクションですが、所管官庁も規制を強めれば強めるほど自分たちの業務負担が増えることを自覚しているため、安直に所管官庁に対してやるかたない憤懣をぶちまけるわけにもいきません。
▼授業回数の厳守のおかげで、私たちはまず、環境にある程度のゆとりがないと労働生産性が下がるということを身をもって学びました。私の場合、エラーや不適切な対応がやたら増えてしまい、サービスの質を明らかに低下させてしまいました。このことは、おそらく教育業界だけでなく、あらゆる職業領域にあてはまるのではないかと想像します。
▼もう一つ、これはもっと前向きな気づきと実践なのですが、学習効果というものを本気で考えるようになりました。福祉士養成課程のギリギリな学校運営は今も同じ状態が続いていますが、四の五の不平を垂れたところではじまらないのも事実です。90分授業がヘタをすると5限まで続くわけで、疲れにくい、眠くなりにくい、それでいて学習効果をあげるには、講義内容をどのように工夫すべきかを積極的、建設的に考えるバイタリティあふれる先生方がたくさんおられます。この点はなにとぞご安心を。

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▼じつは、私の老いた両親はともに公教育の教員をしていました。二人とも定年してずいぶん経ちますが、このカリキュラム問題がしばしば酒のさかなになります。義務教育や高校教育のカリキュラムはもっと厳しいらしく、以下の内容は政治的な左右、支持不支持とはまったく関係がないとお断りしたうえで申しますと、最近「子どもを大阪の万博に無料招待」というニュースを見て「平日に連れて行くんだったら、いったいどの授業の時間を削るつもりだ」とツッコミを入れていました(あ、そういうところなのね・・・)😆😆

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