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雪を歩く歩き方

しんしんと降り続く雪。二年振りの雪。
音もなく降り続く暗闇で突然雷が鳴った。久しぶりに雪を見てきたからなのか、落雷の音が一瞬、体育館の屋根の雪が滑り落ちた音に聞こえた。でもそれは記憶の音。雪が降らない土地で年を重ねて、だから雪を見ると何かのきっかけで遠い記憶が蘇ってくる。

雪国の遠い記憶。
白い朝と灰色の夕方を歩いた小学校。
滑り止め金具の付いたゴムの長靴。
顔の冷たさ、染み込むように真っ黒に濡れた髪、かじかむつま先、雪の歩き方。

雪の歩き方は自然に覚えた。
気が付くと雪の歩き方を今も体が憶えている。
雪の歩き方で歩くと、冷たかった冬、暖かかった冬、静かに積もる雪、早く帰りたい家が蘇ってきた。

今日、何のために生きたのだろうか。
同じ毎日をくり返して、またくり返して、これから何があるのだろうか。
消えるようにいなくなってはいけないのか。
自分がなくなったらこの世もなくなってくれるのか。

一度だけの人生をやり直したいと考えることは無駄だと分かっている。それでも戻れるのなら戻りたい。今の自分になったターニングポイントを見つけて、ちょうどいいところを選んで。

「今の自分のままであの頃に戻りたい」は卑しいだけ。あの頃の自分はあの頃にただ一人だけ…

みっともなくてもいい、暖かかったあの冬に、上手に歩いた雪の上に、もう一度だけ立ってみたい。
あの頃の父に。
あの頃の母に
白い雪に。
青いアノラックに。
希望の轍に。
掘り炬燵に。
石油ストーブに。
楽しかったテレビに。
もう一度だけ。

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