邪道作家4巻 生死は取材の為にあり 栞機能付き縦書きファイルは固定記事参照
テーマ 非人間讃歌
ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)
簡易あらすじ
死んだ筈のものが動いている? ならば取材だ。
思うに、生死なんぞどうでもいい!! あの世なんてあるか知らないが、あったらあったで作品が売れるのか? 否だ。であれば、その程度の瑣末事知ったことか。
だが、人間は気にする───それも、異常なほどに。
毎回死にかけている私には意味不明な話だが、ちょいとばかり死を超越しただのとほざくインチキ霊能者に縋るのだ。であれば、学んでおいて損はあるまい。
そう考えていつものように取材(法的にどうかは知らん)を行う毎日だが、今回は武器の秘密に迫る羽目に。
正体なんて、なんでもいいのだが••••••これも取材の一環か。
そう考えて私は武器を取り、メモを忘れ、感覚で今日も動いたというわけだ。
言ってしまえばそれだけの噺だが、それがどうして骨折り損の話になるのか、それを私に聞くんじゃない。
私だって、楽して儲ける安易な噺が良いんだよ!!
苦労して介錯を頼まれるなんて、やれやれ。一体、何の巡り合わせだ?
私は「作家」だ。書く以外を頼むんじゃない!!
さて、死んでる筈のものを殺しに行こう。これはそういう物語だ。
生きてようが死んでいようが、どちらでもやることにかわりはない気もするが••••••死人を殺すのは初めてだからな。
無論、違っても責任は取らないが。
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死は平等に訪れる。
それは聖者であっても・・・・・・問題はその結末に「納得」行くかどうかだろう。無論、家庭も重要だ、何せあの世があるのなら、だが神だか仏だかが偉そうに上から目線で「君は天国に行くのにふさわしい」だとか「貴様のような奴は地獄行きだ」だとか、判別されるだろうから。ルビーの鑑別っじゃああるまいし、勘弁して欲しいものだ。「俺が現役だった頃は」
どの傭兵もそう言う。ここが工業の鳴かんな雑多な惑星の、その酒場でなければ、もうすこし真実味もあっただろうが・・・・・・酒場で男が語る噺は真実かどうか、当人に美化されすぎてわかりにくいものだ。
男はジョンと言った。
本名かどうかは分からない・・・・・・まぁ、傭兵に名など、意味があるまい。
彼らは死に向かうものだ。
名前ではなく、生き様で語られる。
それは作家のようだと思ったが、しかし私は得意なだけであって、争いは苦手だ。余計なストレスを生活に持ち込みたくはないからだ。
男はがっしりとした体型で、筋肉の付きはそれは凄く、空を支えた巨人はこんな感じでしたと言わんばかりの、背中で語れる身体をしていた。
「こんな風に、生身の人間が、酒を飲み、仲間内で語らったもんさ」
「今は違うのかい?」
私は聞いた。
カウンター席なので、私以外に座っている者がいない以上、私しかいないが、しかしここは店主が人間ではあるが、他は違う。アンドロイドばかりのこの世界、機械便りのこの世界、ほとんどの人間がバイオ・チップを脳内に埋め込み、その利便性を活用しながら生きるこの「電子電脳世界が世界を覆い尽くす」世界の中では、ただ生身で処理もされていない、どころか普通の人間が入れた酒を飲む人間たちの宴は、ここだけ違う世界が広がっているようで居て、神秘的ですらあった。
「ああ、頭にネジの埋め込まれた機械など、居なかったなぁ」
世界を変える力。
これを聞いて君は何を思うだろうか? 強大な権力か? 強大な暴力か? それとも、数の圧力か・・・・・・・・・・・・どれも違う。
人間の祈りの数だけ、世界は変わる。
世界が貧困と飢餓と暴力と戦争と、格差と貧富と虚実と偽善に満ちているのは、何と言うことはない、つまりそれを望む人間が多いだけだ。
人間がそれを祈るだけだ。
世界が残虐なのは、ただそれだけの理由だ。
金で善意ある人間は買えないが、悪意合る人間との縁をを切る事は出来るように、人間lyつて奴は即物的に出来ている。即物的であるが故に、おおよそはそういう、欲の絡んだ理由だ。
当たり前のこと。
人間はそれを見ないで生きている。
銀行に金を預けることの危うさを知ろうともせず、「安心」を買っているつもりの大衆のように・・・・・・銀行が金をもらうのは預金や手数料からであって、善意でも何でもなく、エリートどころか拝金主義者のなれの果てなのだが、世間的な立派さ・・・・・・学歴だとか堅い商売だとか、そういうもので判断して、違ったら理不尽だと嘆く。
楽そうで羨ましい噺だ。
科学が進んでも、変わらない。
「しかし、私はこう思う」
そう言って、私は会話の主導権を握る。
「私は、消費社会、科学全盛社会、なんでもいいがこの世界は、世界って生き物は、精神的に進歩しないまま、ここまで来たのだと」
「なるほどな、つまり人間は、進化はしても進歩しなかったと、そう言いたいのか?」
興味深そうにジョンは聞いてきた。
「ああ、そうだ。精神の成長は、資本主義社会ではむしろ、不必要なものだ。率先してそれらをしてる人間こそが、「立派な社会人」になるのだから、自分のない、ロボットみたいなイエスマンが増えて、欲深な人間が豊かになり、道徳の善し悪しを決めるのだから、当然だろう」
「お前さんは、金が嫌いなようだな」
「まさか! 唯一信じるものだ」
そうは言ったが、私は金すらも信じてはいないだろう。作家の信じる事柄など、己の作品の出来映えだけだ。
そして私の買いた作品は全て世紀の傑作だ。
何の問題も生じない。
「ただ、そうであるくせに、「倫理観」だとか「理性のある一般市民」ぶるなという噺だ。金のためならば人を殺すくせに、直接的でないからだとか、自分には責任がないだとか、なら最初から善人ぶるなという噺だ」
「成る程な。嘘が許せないと?」
「いや、ご大層な噺を聞かされることに、うんざりしているだけだ」
資本主義に支配される人間たち。
人間は未だに、金を支配できていない。
それは勝手だが、押しつけられる方はたまったものではない。迷惑極まる噺だ。
噺は変わるが、君たちは「運命」を信じるだろうか? 思うのだが、運命があったとして、結果を見なければ我々にそれは知覚できない・・・・・・・・・・・・先が見えることはない。我々に未来は見えないのだから。
もし、全てをやり尽くした人間が、運命を克服するために人間の限界を超えて成し遂げた人間がいたとして、何をすればいいのだろうか?
私は最近、そればかり考えている。
私自身がそうだからだ。
結論として・・・・・・無い。
未来が見えない以上出来ることはあるまい・・・・・・・・・・・・己を信じる、それくらいだろう。
もっとも、作家である私は自信の作り上げた物語に関しては「絶対の自信」があるので、見る目がある奴が読むのだろうか? という不安くらいのモノだ。意外でも何でもなく、成し遂げた人間はそう言うことしか考えないらしい。
つまり審判する側に回れば、こちらのモノ、運命ですら口出しは出来ないと言うことらしい。
そも、成し遂げた人間にあれこれやることがあるわけがないではないか。精々、作家だとすれば売れると決め込んで、作品を次々書くことくらいのモノだ。
読者共もそうしろ。
私はそうしてきた。
世の中とは、そう言うモノらしいからな。
「全く、未来が見えればいいのだが」
「なぜだ?」
突然噺が変わったので、ジョンは驚いたように聞いてきた。まぁ当然だろう。作家でもなければ普段から、このようなことを考えまい。
まったくな。
「不安が無くなるからさ」
「不安は嫌いか?」
「その結末が当然だと信じていても、断言できないのはむずがゆいものだ」
すると、ジョンは高笑いをしながらこう言うのだった。
「何を言う、結末が分からんから楽しいのではないか。貴様の書く物語とて、そうだろう?」
「だが、報われるかどうか分からなければ、誰だってそう願ううだろう」
「確かにな」
ビールを一気のみ(今時、人間の造ったビールは希少だ。味わうつもりが無いのか?)して、グラスを大きな音を立てて置き、彼は言った。
「成る程確かに、結末は分からんかもしれん。しかしな、若造。お主は分からないからこそ、その物語を書けたのではないのか?」
「どういうことだ?」
「いやな。だってそりゃ、贅沢ってものだ。あれだけ面白い噺を書いておいて、「売れるかどうか分からない」など。売れるかどうかわからんからこそ、あんな面白い物語を書けたのだろうに」
「世辞は必要ない」
「そう言うな。面白かったぞ、あれ。タイトルは忘れたが・・・・・・とにかくだ。もしあれがメガヒットするとして、だ。お前さん。同じ物語を書けたとでも言うのか?」
「当然」
いや無理か。
その苦悩があったからこそ、形に出来たのだろうしな」
「無理であろう? なら、構うまい。なぁに、結末は良いものだと信じておけ。やれることをやったんなら、人間はあれこれ動くもんじゃない。どっしり構えて吉報を待っておれ」
「やれやれ、参った。非現実的な声援ありがとうよ、全く」
幸福に生きたいだけの私からすれば、勘弁願いたいとしか言いようがない。横から口だけを出すうすらバカ共の妄言を聞く身にもなって欲しい。 そんなことが出来るわけ無い、といった類のことを、人生で一度も自分の脳味噌で考えたことのない人種がホザき、それを黙って聞く。
こんな地獄が他にあるか?
もう勘弁して欲しい。無論、お願いでなく命令だ。これ以上下らない妄言を聞く気もないし、金を払うわけでもない人間のカスに、良いように言われる覚えもない。
そんなバカ共の道理が通るなら、私は人間を辞めて良い。人間がそこまで価値のないモノなら、物語を語り聞かせる頭も、無いだろうからな。
当然ながら皮肉だ。
皮肉を皮肉として受け取る脳味噌が、そういうバカ共に理解できるのかは、知らないが。
気分を変えよう。
話題を変えるのが良い。
「・・・・・・いずれにしても、口だけが立派な人間が信念に準じた人間をあざ笑う風潮を、いい加減何とかして欲しいものだ。目障り耳障りで仕方ないからな」
しまった、愚痴になってしまった。
まぁいいか。
「それこそ貴様が気にするようなことではないだろうに。そう言う馬鹿者はどの時代にもいるモノだ。俺もそうだった。そして肝心なことだが、人間は、今まで生きたその総決算、所謂「報い」とうのは良かれ悪しかれ、受けるものさ」
「本当か?」
もし、なければ馬鹿馬鹿しいことこの上ない。 カスでもクズでも良いが、そういう生き方がこの上なく「正しく」なる。生きることがこの上なく馬鹿馬鹿しくなるだろう。誰だってそうだ。
「それが分からないから「運命」だろう?」
「いいや、生き方は返って来るものだ。自分自身にな・・・・・・・・・・・・お前さんをあざ笑っている連中だって、そうだろう? 連中は人をあざ笑う自由は手に入れているが、どいつもこいつも幸福そうな面はしていまい?」
「確かに、そうだがな・・・・・・」
「安心せい。見たところ、お前さんの信念は間違っちゃおらん。この儂が保証してやるわい!」
「・・・・・・ま、気休めにはなったよ」
便宜的に「ありがとう」とだけ言った。
私にしては珍しい行動だ。
「ところで、そろそろ本題に入ろうか。このまま酒を浴びるほど飲むのも、それはそれで面白いが・・・・・・何でも、討ち取る標的がいるからこそ、ここに集まったのだろう?」
「ああ、そうだ」
「なら、早うせんかい」
「それこそ落ち着け。急いだところでどうにもならないさ」
「ふむ、成る程な、貴様の気持ちもわからんでもないわ。気持ちが勝手に焦りよるわい」
「ふん」
そんなことを会話しながら、我々はバーのカウンター席で盛り上がるのだった。時には政治、時には女、時には酒の噺だ。
作家が噺を語られるのは、珍しいことだ。
精々、作品の参考にするとしよう。
「なに、人間やり遂げたなら、胸張って生きていけるもんだ。貴様はやり遂げたのであろう? ならそれを誇りに生きればよい」
などと、古くさい考えを示すのだった。
嫌いではないが、現実性に欠ける。
金で幸福は買えないかもしれないが、金で平穏は買える。安い買いものだ。だが、それも現実に実利あってこそのモノだ。
ここで正しておきたいのは、私という人間は誰よりも効率や損得を重要視していないが、誰よりも現実における金の力を、軽視していないと言うだけなのだ。
ただのそれだけだ。
盗みを働いてでも金を手に入れるだけならば簡単だ。しかしそうすると金を使う意味が無くなり何がなんだか・・・・・・それに悪意には悪意が、法という強大な悪意が向かってくる。
平穏であり、敵のいない世界。
金があれば創れなくもない。後は当人の意志の問題なのだから。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ジョンは美味そうに酒を飲んだ。成る程・・・・・・環境がどうであれ、酒の味は変わらないらしかった。
私は飲めないので分からないが。
味が苦手なのだ。アルコールは良いがその味が不味くてたまらない。何より私は酔えないのだ。 ウォッカを飲んでも、私は酔わない。
そういう人間なのだ。
人生の絶頂、成功による愉悦、そういったものを生まれながらにして「感じ取れない」以上、私に望める幸福は、「充実感と恒久的な平穏」が主体となるからだ。まぁ仕方あるまい。そう言う意味では、酒の味が分からないのは、当然だろう。 私はそう言う人間だ。
そして、それを否定する気は毛頭無い。
人間性など、どうでも良い噺だ。善人か悪人かなど、どうでもいい。子供を殺すことに喜びを覚える人間も、聖人ぶって信徒を導こうとする聖人君子も、やっていることは同じなのだから当然だと言えよう。
何かを殺して生きている。それは動物であり植物であり、あるいは自分はフルーティアン(果物しか食さない人種)だから何も殺していないなどと言う人間もいるだろうが、しかし、そんなわけがないだろう。生きていれば争いがあり、争いがあれば順序があり、順序があれば優先されるモノがあり、そして選ばれなかった存在・・・・・・・・・・・・才能でも境遇でもなんでもいいが、とにかく完全な平等も完全な平和も、事実としてあり得ないものでしかない。そも争い、殺し、犯すのはあらゆる生物の本能であり、それが悪だと道徳があるように振る舞って、定義しているだけだ。
時代によっていくらでも変わる。
そんなモノに価値はない。
例えば、私の隣でビールを飲んでいるこの男、ジョンと言っただろうか? この男の古き良き時代には「正義」だとか「テロリズムの抑制」だとかいかにもそれらしい理由、にもなっていないがとにかく、そういうお題目で合法的に人殺しが出来ていたらしい。基準が楽で羨ましい。
しかし、平和になってからはすぐに、戦争はいけないことだ、とか人を殺すような奴は気が狂っているだとか、叫び出すわけだ。
人を殺して首を取り、それを栄誉だの栄光だのもてはやしてきた、殺すことで領土を拡大し続けてきた「人間」という虐殺の得意な人種の言うこととは、思えない噺だ。
当然皮肉である。
「お前さんは細かく考えすぎのきらいがあるな」 そんなことを美味そうにビールを飲み干して、ジョンは言うのだった。
「もっとシンプルに考えればよかろう」
「どんなふうに?」
ここでこの男が落ち込むまで事実をたたきつけるのも良いのだが、しかしまぁ、参考ついでに聞くとしよう。
「そうさな、我々は所詮、この宇宙に産まれたちっぽけな生命体にすぎぬだろう? なら、豆粒は豆粒らしく、胸を張って生き、成し遂げ、やり遂げたのであれば・・・・・・それは良き行いであろう」「自己満足だな」
「おうとも。しかしそういうもんだろう? 儂もお前も自己満足でしか満足できん。人間とはそう言うものだ。だがな物書きよ、どうせなら大きい法螺を吹いて、それを実現すると触れ回った方が面白いではないか」
英雄的な考えだ。
つまり現実的ではないと言うことだ。
「そりゃ構わないが、生憎自己満足で「妥協」は出来ても、それで満足は出来ない質でな。まぁもっとも、私のような破綻者は、自信が望むモノに限って手に入らない宿命がある。まずはそれを克服してからの話だろうな」
「そりゃいい。だがな物書きよ、見たところ、お主はもう克服しているように見えるぞ」
「どういうことだ?」
「だって、お前さん、宿命も運命も知った事ではないと、そう言う顔をしている。つまりお前さんは既に答えを得ているんだ。それがどういうモノかはどうでもいい。いずれにせよお前さんはいずれその「手に入らないはずのモノ」を手に入れるだろう。儂から言わせれば、そこからが本当の戦いよ。失うモノを一つも持たなかった物書きとしての貴様は無敵だったかもしれぬが、しかしそこから先はそうではない」
一見の価値はある物語になろうよ、と予言じみたことを言うのだった。まぁ、言うだけなら誰にでも出来ることだ。別段、驚くには値しない。
「儂から言わせれば、何のストレスも無い平穏な生活など、つまらんがなぁ」
「それはお前の基準だろう。争いごとは好まない質でな、無いに越したことは無い」
「そうかのぅ、儂は艱難辛苦、波があれば嵐もある大航海の方が、心躍るがな」
「私は、その「心が躍る」体験が出来ないと言っているだろう。つまり私には無意味で無価値だ」「そうなるのかね。しかしな、物書き。やはり物語も人生も、揺れ動くからこそ、這い上がるからこそ人間の意志は光り輝くのだと思うぞ」
などと、また知ったようなことを言った。
どうやら、この男は天高くを見渡す大人物であるらしいが、しかし私は作家であり、絶対に手に入らぬ「人並みの幸福」を望む傍観者、いや生還者である。この世の道理に溶け込めぬ身として、正直、相容れない相手だ。
彼は天高くを望み、それに挑む姿勢を良しとして、胸の高鳴りを優先した。
だが、私は平穏でありきたりなモノを望み、望むモノに限って入らない矛盾に苛まされた。
この矛盾。
世が平等ではない証のようなものか。
公正さは世界に必要だ。しかし公正さとは、公正に感じるものであれば良いのだ。現実に公正であり公平である必要は無く、また世界はそうだ。 公平で平等に見えれば良いという、矛盾を解決しないまま世界は回り続けた。その結果、こうして彼と私の間には、目に見えぬ「不平等」とでも言えばいいのか、持つ者と持たざる者には、埋められない差があると痛感させられる。
それは強者の理屈だ。
そう言ったところでこの男には通じまい。弱者が強者になれないように、強者もまた、弱者になることはできないのだから。
私は中立ではなく、ただ、最初から外れていただけだ。不満はないが、それに対する見返りくらいは欲しいものだ。いや、私はそんなに謙虚ではないだろう。
いままで散々だった。
だから利子付きで返して貰う。
ただの、それだけだ。
とはいえ、私が望むのは「平穏」であって「平凡」ではないのだ。そう言う意味では、こういう類の英雄的気質の持ち主、あるいはただ単に「時代に置いて行かれた古い人間」とでも言うべき、男の存在は、私にとっては福音だ。
男の道。
価値観としては古いが、しかし廃れることのない文化であり思想だろう。少なくとも、この世が男と女で説明できる内は。双方ともそうだが神話時代から、男は男の、女は女の生き方が、さながら宿命づけられているかのように、固まっているものだ。
男は理想と信念に生きる。
女は家庭と愛に生きる。
普遍の法則だ。
しかし、男の生き方は古いと通じなくなってきた・・・・・・・・・・・・資本主義社会が台頭してきてからは、男は実利あっての生き方、金の伴ういかがわしいビジネスが権威の象徴であり、それが正しいという風潮が出来たのだ。
そこに信念は無い。
理想も夢も、希望もない。それは資本主義社会において、金と引き替えに失うものだ。私のように要領よく失わない人間は、かなりの少数だ。
殆どは、信念のない抜け殻だろう。
あれば良いわけではないが、ある方が面白いということだ。
そしてそれがある人間は面白い。
善悪ではない、私は作家だ。そんなモノに興味を持つようでは作家失格も良いところだろう。だから問題なのは、その面白い生き方をしている古い生き方の化石人間のサンプルが、今まさに私の目の前にあるという「事実」だ。
私は作家だ。
作品以外、傑作を書く以外は、どうでも良い。 人が死のうが生きようが、だ。
それが、少なくとも私の作家としての在り方だ・・・・・・・・・・・・倫理的に正しいかどうかはどうでもいいのだ。言われたところで知ったことではないしな。故に、作家としての私がする事はただ一つと言ってもいい。
すなわち、作者取材である。
「這い上がるからこそ輝くだと? 確かにそれは事実だろうさ・・・・・・だが、這い上がって成功し、それで運命に打ち勝った人間にだけ許された、真実でもあるがな」
「やれやれ、そう穿って世の中を見る必要も、ないだろうに」
「馬鹿を言うな、私は作家だぞ・・・・・・穿った目線でみれない作家など、作家ではない。儲けているから作家というわけでもあるまい。作家というのは言わば、背負った業の名前だ。その業の示す道でしか生きられない、そんな人間を「作家」だと民衆が呼んでいるだけにすぎん」
「ほぅ、つまり、お主の生き様は穿っているからこそ作家足り得るのか? 酔狂なことだな」
「酔狂でなければ、作家などできんさ」
事実すらも疑って、それでいてこの世で最もこの世の真理に肉薄し、真理を通して自己を再現することで、物語を描く。
そんな人間が、酔狂でなくて何だというのか。 作家はすべからくそうであるべきだが、しかし資本主義社会においては、金が儲かりそれが売れれば誰でも「作家」になれるというのだから、随分と人間の誇りも尊厳も、安くなったものだ。
作家はどの時代でも、扱いは荒いがな。
私はビールが飲めない(あの、ぶつぶつした泡が口の中を爆撃するような不快感に、なぜ耐えられるのか、それを快感と受け取れるのか、不思議でならない。マゾヒストなのだろうか?)ので、カプチーノを一つ、モッツァレラチーズとトマトソースのパスタを一つ頼むことにした。
カウンターにそれが運ばれてくるまで、我々はさらに話し込むのだった。
「どこかその辺に、良い儲け話は無いものか」
そんなことをジョンが言うので、私は「教師になればいい」と進めた。
「何故だ? 教師ってあの、生徒に文学やら理数やらを教える仕事であろう? 儂に務まるとは思えんが・・・・・・」
「それは理想であって、現実にある事実では無いだろう? 現実には教師という仕事は、教え子を殴り躾だと思いこんで、女に手を出しても咎められず、それでいて「権威のようなもの」を疑似的に体感できる、言わば「合法的な犯罪者」だからな。楽だとは思うぞ」
「あー、何か嫌な思い出でもあるのか? お主」「いや、ただの事実だろう。確かに、私にはおよそ人並みらしい思い出など無いが、それとは関係なくただの事実だ」
お前は事実を見ていないだけだ、と私は指摘してやるのだった。
「そうかもしれん。だがなぁ、物書きよ、世の中という奴は往々にして上手くは運ばぬ。なら胸に大望を抱き、それに身を任せ、見果てぬ夢を見ることで楽しむ。それのどこがいけない?」
「夢を見るだけなら、枕でも買えばいい。誇りや人生観、あるいは生きる上での在り方すらも、金があって、現実に力を持つことで初めて、当人の自己満足という意味を持つのだ」
「やれやれ、楽しいか? そんな生き方で」
「楽しいさ。金があり、平穏な暮らしをして、本を書いている限りは、コーヒーでも楽しみながら私はいくらでも人生を満喫できる」
「そうかぁ。ま、それも一つの在り方よな」
がっはっは、と傭兵らしく、乱雑で描写に苦しみそうな笑い方をするのだった。
「そも、人に教える、などというのは人生を賭けて行うものだ。その生き様から、先人の在り方から学ぶことで、ようやく学び、教えることができるものだろう」
「意外と、ロマンチストなのか? 物書きよ」
「いや、人間のような魂と思考回路の汚い生き物には、「教える」などという大層なことはできないと言うだけの噺だ」
何せ、現実には善人でも悪人でもなく、人間のクズこそがおいしい思いをするのが世の常だ。現実はそんなものだ。私も、一体何度人に夢を見せるなどという「作家」という生き方を馬鹿馬鹿しいと思い、いっそそういうクズの生き方を見習ってやろうかと思ったかしれない。
綺麗事を吐くだけなら必要ない。現実に人間の意志が結果を伴わないことがあるのだとすれば、そんなことはあってはならないことなのだろうがしかし、その場合事実として、この世の摂理はそういう「クズ」よりも価値がないと、まぁそういうことなのだろう。
もしそうだとすれば、私は筆を捨てて作家を辞めて、適当に生きることを「辞める」だろう。
そんなモノ、こちらから願い下げだ。
それが人生だと言うのなら、だが。
私とて、一夜にして成るものなど無いと言うことは流石に分かっている。だが、1年で形にならないは必然だ。10年で人並みにはなる。そして15年で誇りを持って物語を描ける。
そこからさらに1年で形を仕上げれば、これはもう、吉報を待つほかあるまい。私は全てをやり遂げた、だからこそ、作家として自身に還るモノが無いのは、我慢ならない。
そんな生き方が、この思考回路を産むのだ。
息を吐いて、ジョンは言った。
「確かにな、こと、教育とは難解なものよ。儂も経験がある」
「そうなのか?」
「ああ、世代の壁を越えるのに苦労したわい」
どんな教え方をしたのだ、貴様は。
と、そこでニュースが入ってきた。
緊急着信機能のある店の電子デバイスから、速報が入ったのだ。私は編集者から連絡がきたのかと思い、反応しかねた。何事にも言えることだが「信用」とは何にでも優先できる。信用できる相手ならばどんな条件であれ、任せられるモノだ。 つまり培っている途中というわけだ。
私はスライド式の印税なので、あまり深く売り方に指示したり面倒なことはしないが、やはり根底から本を「売るもの」と考えている人間と、本を「物語であり、綴るもの」と考えている私とでは、なかなか難しいものだ。
脳波パターンのコピーを使うことで、技術や才能を他人にコピーする技術がある以上、アンドロイド作家のように自身のインスピレーションを「人任せ」にすることで、どこかの誰かに自身の代わりに作品を書いて貰う。そんな方法を使う作家も少なくはないのだが、私の脳波パターンをコピーした人間は、ことごとくが廃人になってしまい、ゴーストライターには成り得なかった。
つくづく、異質であり鬼才であることは、世の中に馴染みづらいのだな、と変に納得せざるを得なかった。
と、緊急着信の内容について触れよう。
当然ながら、内容はテロリズム、だ。
押しつけがましい思想を、自身が正しいことを疑わずに、図々しく行うことをテロリズムというならば、所謂「立派な文明人」や「立派な社会人」という人間たちも、そうだろう。ただ、分かりやすく暴力行為に訴えているかどうか、ただそれだけの違いでしかない。図々しい馬鹿はどこにでもいるが、それを集団で、暴力で実現しようとすると、テロリズムになる。まぁ、彼等からすれば、政府も似たようなモノなのだろうが。
民主主義、などという嘘まるだしの厚かましい思想を持って、暴力で押さえつける部分は、あまり変わるまい。「文明人ぶって」いるかどうかの違いでしかないのだ。そして、所謂「文明人」だって、余裕が無くなればあっさりと殺し合うし、モラルを捨てる。都合が悪くなれば、彼等は簡単にそれらの装飾を、捨てるものだ。
それは歴史が証明している。
それを認めようと言う為政者は、未だかつていたことがないが。
「それで、貴様はどうするつもりだ? 喚いたところで始まるまい」
「だろうな」
「だろうなって」
ぐび、とビールを飲むジョン。飲み過ぎたおかげで、彼は顔を赤くしていた。
「それがわかっていて、何故自問する」
「自分に言い聞かせる為さ」
あの連中だってそうだろう、と私は例のニュースを指さすのだった。
「ああ、あれな。ああいうのは、なんだ、自由とか革命とか、まぁそういうのを求めて行うモノらしいが、何故連中は暴力に頼るのか・・・・・・なぁ物書きよ、何か知っているか?」
「安易だからだろう」
「安易?」
「ああ、時間をかけて何かを成すよりも、暴力に訴え出た方が簡単だ。要は買って貰えないゲームを前に、駄々コネる子供ってことさ」
「成る程、珍妙な例えよ」
物事には境界があって、そしてこのバーはその「境界」をいったり来たりしている連中が集う場所だ。当然、私もここへ来たのは所謂「文明人」とは違った、「原始的」なお仕事をこなすためにここへと来ている。
原始的な。
まぁ、人間の本質・・・・・・あらゆる欲望、殺し犯し奪うという、そういった類は実に原始的で、それでいて科学が進んでも無くなることは無いのだ・・・・・・それが人間だ。
社会問題は解決しないためにある。
そうした方が、儲かる連中が居て、現実にはそういった連中が世界を仕切っている。無論、そういったことは教科書ではあまり、教えてくれないし教えようともしない。暗黙のうちに、ことは行われるモノだ。
ここに女はいない。
女が男を認められないように、男も女を認められないからだ・・・・・・男は身勝手で女の気持ちを考えないが、女は我が儘で役に立たない。どちらが良いのかはこの際だ、どうでも良い。問題なのは女という生き物は、現実には役に立たないと言うところだろう。勿論、例外はいるし、それについて議論するつもりはないが、少なくとも科学が進歩して世界が平和になってからというもの、強い女は姿を消してしまったのも事実だ。
強い女。
最近はあまり見ない。
最近は腰を振るくらいしか脳のない女が増えていると同時に、子供を殴るしか脳の無い男も増えてきている。要はどちらも末期ってことだ
無論、男にだけ、女にだけ問題があるわけでは無い・・・・・・男に関して言えば、最早彼等に「男らしさのようなもの」は無い。至極残念だが、しかし社会的な正しさが「金の有る無し」ぬ向いている世界では、むしろそういったモノは足かせにしか成らないのだ・・・・・・誇りや執念が世界を変えてきたが、ここにきて男の価値観、そういったモノは「ズレた古い考え」になり、大半の男は腰の抜けた、労働に身をやつし酒に溺れて博打に走り、それでいて家の中の小さな権力に固執する、そんな矮小な生き物に変えてしまった。
女も男も由々しき社会問題になっているのは事実だ。女に関しては、ただでさえ大きい声で横から偉そうなことを言うくらいしか役に立たないのに、家に引きこもって「家事の真似事」をするのがブームになっている。女は家を守るから、仕事は必要ない、と。道理だが、最新鋭のレトルト製品に頼る女ばかりのこの世界で、彼女たちの言い分は悲しいくらい説得力が無い。どんな時代でも女という生き物は、現実的な能力、金を稼いだり現実に役立つことをするよりも、感情で感じてコミュニティーを作り子孫を残す、それに特化している以上、女が役に立たないのは必然だ。大昔から女はこうらしいが・・・・・・無論、男も同じようなものだ。
要は大多数に流される馬鹿が増えたおかげで、男は仕事に対する「誇り」をなくし、奴隷のように働くことが美徳となって、家族を「誰が金を入れていると思ってるんだ」と叫んで殴ることが社会的な正しさに成ってしまった。最早ただの暴漢なのか分からない位に。子供に背中でモノを教えるのが男の務めだと聞くが、最近は賭博にふける背中を見せる男が、多くなってしまった。
そんなモノを見て子供が尊敬するわけがない。 大抵は年を取り、死にかけてから後悔するらしいが・・・・・・つまり未来の子供に見捨てられて「合法的に」始末される父親は多くなった。
女は女で美徳を無くしきり、子を産んだら後はドラマを見ながら旦那に文句を言い、それでいて家事も次第にせず子育ても適当になり、家でごろごろするのが日常になって、何の役にも立たないがストレスだけは貯めていき、家の金を使い込むのだ。無論、ロクな人間にはならない。人の金、人の権威、そういったモノを自身の力だと思いこんでいながら、それを自覚しない女は沢山いる。つまり女に魅力はなくなったということだ。
そんな世の中で、我々には居場所がない。
ジョンも、そうなのだろうが・・・・・・我々にある思想は、実に古い。簡単に言えば世間に、時代に置いて行かれた男たち、とでも言えばいいのか・・・・・・古い価値観で生きる人間には、苦労しかないと、分かっているはずなのだが。
私は器用に要領よく生きてきたはずなのだが、どうもこと「作家業」にだけ言えば、気に入らないことに古い考え、男の生き方にこだわってしまうだった。この考えさえなければ、作家にはなれなかったかもしれないが、金持ちにはなれたかもしれない。上手い具合に、両方得たいが、しかし何か一つに集中することでしか、人間は大した結果を出せないものだ。
必然的に作家になったのかと言えば、まぁ否定はできないが・・・・・・いずれにせよ、金があって豊かで、突然銃で自殺するナイーブな作家には絶対成らず、比較的平穏で幸せになりたいモノだ。
作家は大抵非業に終わるが、私には冗談でもない噺だ。そんな生き方は御免被る。
「それで、このあとどうするね?」
ジョンはそう私に話しかけ、つまみのレバー肉を口に放り込んだ。最近では、合成肉以外はかなり珍しい。私も頂くことにした。
実に奇妙な味である。
味わいながら考える・・・・・・私にとって金は「生きるため」の道具でしかない。だが、道具がなければ前へ進むこともままならない。道具だけでも当然無意味だが、志だけでも無意味だ。
今回の依頼は、その両立を求められている。
過程と結果、両立するのは「運」が必要だ・・・・・・・・・・・・人間は、どれだけ積み重ね、執念で目へと進んでも、人間だけの力だけでは勝てない。
理不尽だ。
理不尽だろう。
しかし事実だ。我々は勝つべくして勝つことを許されてはいないのだ。横暴すぎる気もするが、現実には「何か」が味方しなければ、勝てない。 その何か、は運不運なのだろうか?
その可能性は高い。
そして「天運」とでもいうべきか、それを味方に付けない限りは、どれだけ足掻こうが何の価値あるものも作り出せず、報われないと言うのだから、人間の意志には、意味がない。
あってもなくても、まるで等価だ。
私の描く人間たちは、案外、何の価値もない無意味なものでしかないのだろうか・・・・・・「神」がいたとして「天」が味方しなければ勝てないと言うのならば、我々は空高くどこか遠くにいる奴らの「おべっか」をするためにいるのだろうか?
だとすれば、私は。
私は。
「おい、大丈夫か?」
顔色は良くなかったらしく、ジョンはいぶかしんで私を見た。
「大丈夫かどうか、なんてどうでも良い噺だ」
「んなこたぁないだろう。健康は大事だぞ」
物書き、と少年のように笑って言うのだった。 こんな、人への優しさだとか思いやりだとか、あるいは人情とでも言うべきものに、何の価値もなく、現実にはクズ共が良いように生きている。 結果が出せない以上、人間の意志、その誇りだとかに、私はどうしても意味も価値もあるとは、到底思えない。綺麗事はどうでもいい。
私は勝ちたいのだ。
だが、勝つために必要なモノが、それはどのような状況でも同じなのだろうが・・・・・・運不運ならどうしろというのか?
私は私自身の依頼で動いた。私自身に対して依頼をし、それを引き受け、成し遂げた。
プロの条件は依頼を受けたら「結果を出す」ということだ・・・・・・「世紀の傑作を書く」という
私から私への依頼は成し遂げた。だが、だからといって金にならなくて良いわけがない。
いつぞやの精神の内面への旅を思い出す。
依頼を成し遂げたのなら堂々としていろ
プロなら、きっとそういう答えを出すのだろう・・・・・・納得はできないが、仕方あるまい。
黙って苦境に耐えるのも、プロの役目か・・・・・・・・・・・・作家のプロというのは、いや、プロという生き方になって分かったことは、正当な報酬がないとやる気を削がれるということだ。
やれやれ、参った。
一流足らんとすることは、こうも報われないことなのか。しかし、私はそんな在り方では納得できないし、するつもりもない。
報酬をもらって、ようやくプロだ。
金にならなければ、私は認めない。
結局のところ人間に許された在り方は、愚直に前へ進むことだけなのかもしれない・・・・・・運不運だというならば、私にできることは無い。
私が断言できるのは、「結果」がともなわなければどのような仕事であれ、遊んでいるのと変わらない。どれだけ美徳を並べようが、何の意味も価値も無い、ただそれだけだ。
現実は、そういうものだ。
この世は金という名前の「結果」で回っているのだから。
今回の依頼は、さて、どうでるか。
今回は多くの「死」が絡んでいる。
そうでなくては面白くもない・・・・・・大量虐殺はよくあることだ。自分達には関係ないのだから誰一人として気にはしないし、する奴もいないが、そういう意味では世の人間はとっくに情のあふれる人間らしさを、生きるために手放しているのかもしれない。
いずれにせよ人間は「運命」の奴隷でしかないのだ。努力も信念も意味は無い。何をしようが我々は運命に従って、それが自分の力、人間の石の行いの結果だと、そう「思いこんで」運命に支配されている人生を送る以外に道はない。人間の信念は美しいが、力はない。人間は無力だ。
少なくとも「運命」が死ねと言えば死ぬ。人間の執念や意志には、その程度の価値しかない。
人間賛歌など、その程度のモノだ。
人間はその程度だ。
だから、精々妥協して、適当に楽な道を探すとしよう。人生とは。持っているか持っていないかで、その「運命」で善し悪しが決まり、足りなければ妥協して我慢して、それでも不満があれば苦しんで死ぬしかない。その程度の、ただの苦行なのだ。何か、人間の意志だの誇りだの、そういう「美しいもの」を求めることが間違っている。
この世界にはゴミしかない。
人間の意志も理想も、同じことだ。
無論、願を求めて人間は旅をするが・・・・・・・・・・・・それは「愛」だとか「富」だとか、私のように己自身の欲望であったり、いや、私の場合己自身の「足りない何か」を埋めるために、願いを叶えようとするのだが、しかし、あらゆる願いは、叶ったとたん、輝きを失うものだ。
夢のある人間は多い。
しかし、夢が叶い願を叶えて、未来へと歩み出した人間の行き先は、悲惨なものだ。
夢を叶えたところで、その先にあるのは絶望でしかないのだ。金を求めて手にしたところで、愛を求めて手にしたところで、人間は、決して幸福になど、なりはしない。
「お前に夢はあるのか?」
「どうした、急に」
ジョンは、面食らったようだった。当然だ。とはいえ、わかりやすい男であるが故に、答えは想定内のモノでつまらなかった。
「無論、あるともさ。美人と酒だ」
「美人には飽きるし、酒も同様だ。人間は願いを叶えても、いや、叶えたからこそ、自身を地獄へと叩き込む」
「・・・・・・また、極端な噺を」
するな、と彼は呆れたようだった。
しかし事実だ。
現実は、そういうものだ。
「夢とは見るものだ。叶えれば日常になる。そして日常とは大抵が、苦痛であり苦悩でしかない、頭痛の種でしかないただの地獄だ」
「夢を叶えることは、地獄だと?」
「ああ、人間はどうやったって救われない。夢に届かなければ絶望し、夢に届いたならば地獄を歩み続ける。人間は、苦しむために生きている」
「まぁそう言うな。その分、この世界には娯楽が溢れているではないか」
「いや、娯楽など、本質的には存在しない」
「何?」
「現実には苦痛しかない。娯楽というのはな、その地獄より非道なこの世界にも、何か素晴らしいことがあるはずだと、有りもしない希望を胸に抱いて、自身を誤魔化すためのモノでしかない。現実のみを見ていては、人を食い物にする外道になるしか道はないからな。だから」
「だから自身を騙して、つらい現実に目を向けないためのモノだとでも?」
「物語など、その典型だろう。噺をどれだけ綴ろうとも、世界は何も変わりはしない」
この世界は、絶望で出来ている。
希望は対義語ではない。ただ、そういうモノがなければ理不尽だと、人間が思い描いた都合の良い空想でしかないものだ。
この世界において、希望は何の力も、影響も、持ちはしない。
希望は、強いて言うなら無力を指す言葉だ。
人間が本来届かない「勝利」を掴むには、誰かの後押しが必要だ・・・・・・あらゆる噺、あらゆる物語で「仲間との協力」という美談が語られるのはそのためだ。しかし
私のような破綻者には、その「誰か」は存在し得ない、だからこその破綻者だ。
問題があるとすればそれは「運命」にあるのだ・・・・・・人間の運命は、産まれる前から決定づけられている。成功も不幸も失敗も幸福も、全て。
だが、運命を「克服」したり「打ち破る」方法は存在しないのだ・・・・・・映画のフィルムが予定通り流れるように、変えることは出来ない。
喜びも。
絶望も。
全て「運命」の枠の内だ。
絶望しかない「運命」を持つ人間の方が多いだろうが、それは「仕方がない」くじのようなものだ、外れを引いたら、どうにも成らないだろう? 我々は運命の完全なる「奴隷」だ。
他に道はない。
出来ることは精々、後に自身の意志を伝えることくらいのモノだ。最も、そんなことに意味はないし、無駄と言えば無駄だ。
人間の意志にすら、意味も価値も無い。
そういう意味では、私の人生は、運命を克服しようとし、運命の流れに逆らうだけの人生だった・・・・・・結局のところ、作家業もその「絶望のみが記された運命」を覆すことが出来るのではと、すがりついただけかもしれない。その結果私は傑作を作り上げ、成し遂げたが、それによって「運命に対する勝利」を手にすることは、決して無い。 私は運命に敗北したのだ。
あるいは、最初から勝敗は決まっていたのかもしれない。
しかし、それでも。
人間の幸福を求める在り方が、美しいと、そうであって欲しいと、願う。無論、現実には何の意味もなさないが、それくらいしかこの世界には、見るべきモノがないと、まぁそういうことだ。
「お前は人生に何を見る? ジョン」
「無論、楽しむことだ」
これである。まぁ、細かい部分を見て見ぬ振りをして生きてきた人間と、細かい部分があろうが無かろうが居に介さぬ人間とでは、もとより相容れるものではないのだろう。
無論。私は居に介さない。
そんなわけがない。
何人死のうが、この世界が絶望でどれだけ染め上げられようが、私には関係あるまい。とはいえ私自身があまり、おいしい思いを出来ていないと言うのだから、笑えない噺だ。
人を食い物にすることを良しとも悪しとも、文字通り、因果応報とか言う、天罰だとかといった馬鹿げた行いくらいしか、警戒するには値しないものでしかない。まぁ、そういった「因果応報」だとか「良い行いをしている人間が救われる」みたいな下らない精神論が、何の意味もないゴミだということを、私は身を持って証明してしまっている。
どれだけの信念も、奇跡は起こさない。
何人殺そうが、罰を与えるのは人間の法だ。
ばれなきゃ、別に、どちらも構わないものでしかないのだ・・・・・・神が人間を救うモノだったとして、実在するのだとしても、同じことだ。
神の眼鏡に叶った奴だけが、救われる。
法の目に叶った奴だけが、裁かれる。
つまり、この世界は如何にばれないように、人を殺して人を食い物にして、表面上は善人として振る舞えるのかどうか? それだけだ。
運不運こそが全て。
運命には逆らえない。
神話を見れば分かりそうなものだが、神でさえそうなのだ。悲劇の運命には逆らえない。言ってしまえば人間を救うと豪語している神々ですら、運命を克服してはいない。
彼等もまた、運命の奴隷なのだ。
精々、手を抜いて生きるしかない。
それが人生だ。
「ふん、教科書通りのつまらない回答ありがとうよ。実につまらなかった」
「やれやれ、物書きってのは皆こうなのか?」
「そりゃそうだろう。基本的に差別され、迫害されて作家を目指し、失敗して絶望し、思いのままに筆を動かし、成功すれば搾取され、失敗すれば何も得るモノすら無い。人間に格差を付けるのならば、ヘタを押し付けられた最低低の奴隷だよ」「おいおい、いくらなんでも言い過ぎだろう」
「そうでもない。物語を読んで希望を貰えるのは読者だけだ。作家そのものは悲惨な、貧困や病や迫害や、少し調べれば分かるものだが、大抵ロクな末路は辿らない。苦しむことだけが、作家という生き物に神様とやらが押し付けた義務だ」
「・・・・・・まぁ、一杯飲め」
「私は下戸でな、遠慮する」
酒を飲んで連帯感を錯覚し、現実から逃避する趣味は、今のところ無い。
私はやり遂げたが、それに対して結果が伴わないことに「落ち込めない」自身に苛立っているのかもしれない。人間は普通、そうやって心の平穏を保つものだからだ。
私にはそれがない。
つらいときも悲しいときも、それをそうだと感じ取れず、絶望して考えることを止めることも、開き直って考えないことも出来ない。
そう、出来ている。
産まれた瞬間から。
それに関しては断言できる・・・・・・私は「心」を持たずに生まれ出た、「最悪」の人間だ。
心が無く、それに悲観もせず、本来そう言った運命を持つ人間が、人並み以上に何か、秀でている「つじつまを合わせるための才能」も無い。
物語とて、書き上げるのに随分と時間がかかった・・・・・・まぁ、あまり金になっていない以上、別に何の採算も取れてはいないのだが。
「お前はどうなんだ、ジョン。軍人なんて使い捨ての駒でしかないだろう?」
「戦う意義はあるさ」
「思いこみだ」
「嘘じゃない」
馬鹿馬鹿しい。
人を殺すためにある集団に、それ以上の価値はあるまい。
だが彼は言った。
「違うんだ。この胸の中にあるものだとかではない、後に託す人間たちのために、俺は戦う。だから無意味じゃない」
お前の物語もそうだ、ともっともらしいことを言うのだった。
「それこそ当人の思いこみでしかあるまい?」
「違うさ、「後に託す」という意志がある。その意志は決して、消えはせん」
「ただの陶酔だな」
くだらない。
人間の意志が奇跡を起こすなら、もう少し世界はマシになっている。この世界は、何千年何万年続けようが、現実には地獄のままだ。
誰かが笑うために、他の大勢は泣け。
それが世界の法則だ。
「物語など、どうせ言うほど心の中には残らないものだ。何か教訓を受けたフリをして、次の朝には忘れて、何も成長しないまま人間は前に進むものだ」
「違う、そうじゃないだろう?」
私を見据えて、彼は言った。
大男なので威圧感があり、ともすれば自衛のためにうっかり「始末」しそうだったが、しかし真摯なまなざしで私を見るのだった。
「意味はある、無駄ではないさ・・・・・・人間の意志は受け継がれて行くものだ。そこに受け継ぐ人間がいる限り、俺たちは無駄じゃない」
「生憎、私にはそんな人間はいない」
「お前の物語は全く、誰にも読まれなかったわけではあるまい? なら、少なかれ受け継いだ人間はいるさ」
金銭の多寡など、それが多いか少ないかだと、適当なことを言うのだった。そんな理屈で私は納得するつもりは無かったが、とりあえず答えを出してやることにした。
「それは詭弁でしかない。本当に「人間の意志」に真の価値があるならば、金になってしかるべきだ。尊いとか受け継いでいる人間がいればだとかそういう「言い訳」でおまえたちは、この世界の理不尽から目を背け、「尊いモノは他にあるからいいんだよ」と、妥協の言葉を投げかけているだけにすぎん」
安っぽい偽善でしかない。君には君だけの個性があるなどと、そんなことは自身の活かせる個性が何なのかさえ、対して考えなかった連中が下らない連帯感を産むためだけに作り出した実に壮大で愚か者らしい言い訳を考えただけだ。
「仮に、受け継がれることが尊いものだとして、だからといって「人間の意志」が安売りしているブランドモノの値段より、金にならないという事実は曲げられるモノではない」
現実問題、事実として、人間のそういう尊い意志だとか受け継がれるべき本物だとか、そういう執念と意志の産物に限って、大した金にはならないものだ。
それが偽善でないなら私は悪人でいい。
その方がマシだ。少なくとも、薄っぺらい偽善者共よりは。
「大昔から人間の意志には大した値札が付いた試しがあるまい。例えどれだけ美しかろうが、現実に人間を満たさない以上、詭弁でしかない」
「愛は心を満たすだろう?」
「それも思いこみの自己満足にすぎん。麻薬と変わらないさ。あるいは、電脳世界のゲームと同じようなものだ。プロセスが違うだけで、欲望を満たすための道具という点に関して言えば、全くの同義だ」
「おいおい、愛はゲームじゃないだろうし、欲望でもあるまい?」
「同じだよ。「満たされたい」という願望を愛で叶えるか麻薬で叶えるか、ゲームの達成感で叶えるのか、いずれにせよ、「結果」は同じだ」
最も、健康に悪い麻薬をやって、死んでもしらないがね。だが、手段をゲームにしたところで、多少目が悪くなる以外は、何一つ「結果」は変わるまい。
愛など存在しない。
ただそれを尊いと信じる人間が、そう「信じたい」だけの人間が、いつも多いだけだ。
「そんなんで良く生きてこれたな」
「亡霊と変わらんさ。私は死んでいないから、さまよっているだけだ」
「そうかい」
ビールを一気に飲み干し、ジョンは言った。
「それじゃあ、そろそろ、仕事に移るかね」
ロクでもない人間同士で、ともう一人の協力者の方を向いて、やれやれと肩を竦めるのだった。
2
軍事力による支配。
その脱却に悩む連中は多いが、私からすれば簡単な話だ。女を使えばいい。連中の指揮官に暴行されたとか、あるいはそれに実話を織り交ぜて、本国で「差別反対」だの叫んで、我々は非道な行いをされ奴隷のように扱われたと、「文明人」みたいな彼等「倫理観のある良識人」は、そう言ったことに敏感だ。
無論、嘘が露見すれば説得力も失うので、実話がありそれに説得力があるのならば、その噺で民衆を動かすべきだろう。何が言いたいのかと言えば、差別されている地域でどれだけ「平等」を訴えても誰も耳に入れないが、都心の真ん中で異国の人間たちが「差別反対」を掲げれば、いつの時代もマスメディアが大仰に取り上げてくれるという噺だ。
差別だけでない。
自然災害に晒された人間たちを、政府は平気で放り捨てる。面倒だからだ・・・・・・とはいえ、私からすれば、だが。いっそのこと新しいグリーンエネルギーでも作り上げ、被災地域を独立国家にしてしまえばいいのだ。結局のところ、そういう政府なんてあろうがなかろうが同じなのだから、エネルギー問題さえ解決すれば、それで膨大な富を築き上げ事実上の「地域国家」を作り上げるのは容易い。無論、それに相応しいカリスマと、組織力のある人間がまとめれば尚良い。
昔の人間は藻から石油を作り上げ、最近では地熱エネルギーを電解質に変えたりする惑星国家も増えてきた。国がアテにならないことを知っているからだろう。
私と面と座っている人間は、そういう
「こぼれ落ちた人間」を救うことに生き甲斐を感じている人間だった。
丸いテーブルを囲んで二人の男が座っている。 ジョンは席を外した。どうせ飲んでいるのだろうが。
私はステーキを頼み、カプチーノを注文してから「それで」と噺を切り出した。
「腕は確かなのか?」
狙撃手は、時代を超えても尚普遍の存在だ。
レーザー銃では駄目なのかとか、機械やアンドロイドを使えばいいと、まぁ一般的にはそう言われているが、アンドロイドはそもそも「合理的」思考に固まっている連中が多い。私の持っている人工知能のような違法存在は少ないのだ。
無論、法律はバレないように破るものだが、それにしたって「自身を危険にさらす」近距離狙撃や、「狙撃に対する応用性」が足りない。アンドロイドであれば狙撃能力とスタミナは高いのだが「敢えて自身を危険にさらす」という合理的でない行動を、タイムラグなしで取れるアンドロイドスナイパーは少ない。アンドロイドの前提を崩しているからだ。
合理的思考。
それが出来るからこそのアンドロイドだ。もちろんそういう狙撃が可能な奴もいるにはいるが、やはり知恵と経験で小狡い手、悪魔みたいなやり口、経験則からくる策略を考えると、人間のスナイパーは重宝できる。
機械だと高すぎて、ほとんど平気レベルのモノを購入しなければならないし、アンドロイドでも雇用費は高い。彼等は「地域紛争の平定のため」に自身を安売りしない。
信念のために自身を安売りし、理想のために戦うのは、そんな頭の悪い生き物は、世界広しと言えども、人間が圧倒的に多い、とまぁそういうことだ。
精悍な青年は答えた。
「勿論」
と。とはいえ、自己申告ほどアテにならないモノはない。私は資料を広げ、テーブルに並べた。「お前は、平和の使者のつもりか?」
狙撃の対象は大抵が、独裁者だとか、地域紛争を起こすテロリストだとか、「悪そうな人間」に一貫していた。
まぁ、私からすれば、「悪人」というのは当人以外が勝手に決めることであって、人間の歴史を考えれば、むしろこういう殺戮者がもてはやされ武勲だとか英雄だとか、そういう「正しさ」が安売りされていた時代の方が、長いのだが。
「別に、そんなんじゃないさ。ただ、俺はどうせなら味方したい奴の味方をするだけだよ」
「ふん」
小綺麗に染まりやがって。
人を殺して「正義みたいなもの」を掲げる連中には、大抵自覚がないものだ。それは大昔の「世界の警察」であり、かつての英雄たちであり、革命家であり、テロリストでもある。
悪人を殺す、というのは権力や建前で行われることが多いが、そういう行動をとることで、ただの人殺行為を「戦争だから」とか「相手がテロリストだから」とか、そういう理由で誤魔化す。
私など足元にも及ばない邪悪さだ。
自覚がないということは、時に醜悪だ。
それが善人ぶっているのなら、尚更。
ふと、悟った。
私は死にたいのだと。
ありもしない「愛」だとか「幸福」だとかを探してアテのない旅を続けてきた。だが、得られるモノは、結局、無かった。
私はきっと、滅びるために今回の依頼を受けたのだろうと、そう感じた。
この世界に、夢を見ることを諦めたのだ。
私は「愛」を持たない本物の「化け物」だ。
その私が、生きるに値するモノがあるとすれば・・・・・・その答えを探して、ここまで来た。
暗闇の中を谷を歩き
幽鬼のようにさまよい続け
結局、何も手に出来ない、本物の化け物。
いや、もし私が「怪物」などという生やさしいものならば、きっと救いもあっただろう。
私はきっと、「化け物」なのだ。
恐れられ、崇められる怪物とは違う。最初から、この世界のどこにも馴染めない化け物には、怪物のようにつるむ相手も存在しない。
私の歩みは尊かったかもしれない。しかし、そこに光り輝くモノ、足りない「何か」を手にするという夢は、叶わない願いだったのだ。
叶わなかった。
だから、私はこんな死に場所を探すかのように危険な依頼を受けているのだろうかと・・・・・・。
「おい、大丈夫か?」
そんなさまよい続ける化け物の気持ちも知らず馴れ馴れしく若者は喋りかけてくるのだった。
しかし思いは巡る。
私はかなり諦めの悪い方だが、こと「心」に関して言えば、産まれたときから諦めていた。
人並みの幸福を。
人並みの充実を。
人並みの、愛を。
言ってしまえばそんな「人並み」のものすら手に入らないのだと、暴漢し続ける内に、代わりとなる「足りない何か」を埋め合わせるもの、金による安寧という埋め合わせに相応しいものを、求めてさまよってきたのかもしれない。
なんてな。
「いや、大丈夫だ。何でもない」
男がこう言うときは大抵、強がりのやせ我慢だが、まぁ言うまい。
こうするくらいしか、私には選択肢そのものが無かったのだからな。
目の前の青年を観察する・・・・・・・・・・・・。
優秀な者ほど奴隷に成りやすい世の中だが、この男は優秀さをこじらせて、世のため人のため・・・・・・・・・・・・自己犠牲に酔うタイプだろう。
優秀なだけの人間。
優秀さを使う人間。
無能なだけの人間。
あるいは、失うだけの人間・・・・・・世の中には大別して、まぁそんな感じの人間共が右往左往しているわけだが、私はそんな彼等を「頭の悪い」と考えざるを得ない。
知能ではなく、知恵がない。
どうせ人間なんて数百年数千年、長生きしても精々数億年くらいしか生きられないのだから、優秀なら楽をすれば良さそうなものだが・・・・・・不遇な者は、堂々と乞食で稼げばいいのだ。
それを仕事にする国もある。
それで儲けている国も。
人間はプラスかマイナスか、全てが数値化できるこのご時世では、どちらかだと計ることが出来るようになった。まぁ、私は数字で表してしまえば完全なる「0」なので、あまり意味のない考えではあるのだが。
0。
いや、むしろ、数値化される彼等の、外側にでもいるのだろうか・・・・・・どう計られようがどうでも良いことこの上ないが、少なくとも私は優秀ではなかったので、楽は出来なかったが。
色々言ったが、しかし全てを覆すようで悪いが私には人並みの幸福すらも、優秀か無能かも「どうでもいい」事柄でしかないのだ。そんなことはどうでもいい。政治家にでも考えさせろ。
問題は実利である。
金になれば、悪だと言われようが無能だと言われようが、構わない。
必要とあれば、その「人間らしい幸福」「人間らしさみたいなもの」も、札束で頬を叩いて、手に入れてやればいい。他の人間は知らないが、少なくとも私には容易なことだ。
この世は所詮自己満足。
それに関して言えば、私は世界一だ・・・・・・下らない「倫理観もどき」に縛られることなく、ただただ「自己満足のため」にどれだけの者を犠牲にしても、一切の罪悪を感じないし、感じたところでどうでもいい。
私はそれが出来る人間だ。
問題は、なかなか実利が発生しないことか。
世の中、実に上手くできているものだ。
とはいえ、「持たざる人間」だからこそ持つ「何か」で、物語を進めていく噺も無いではないのだが、私の場合そんな便利なモノは無かったところを見ると、やはり理不尽と言えた。
普通、不遇な人間は何かしらそれに見合ったモノを持っていたりするんじゃないのかと、子供の時から不満ではあったが・・・・・・まぁ人生そんなものだ。
世界は、実にどうでもいい理由で回っている。 その理由に、味方されるかされないか、いずれにせよ、理不尽に関してあれこれ考えるのは楽しいものだが、考えたところで解決するわけでもないので、暇つぶし程度に、軽く考えておこう。
どうでもいいしな。
「それで」
お前は何のためにこんな割に合わない仕事をするんだ、と聞いてやろうかと思ったが、やめた。どうせ下らない理想を聞かされるだけだ。
この私が満足する噺をさせなければ。
その結果、この男がどうなろうが、知ったことではないしな・・・・・・いっそのこと恋人が目の前でバラバラになった体験談とか、それを語りながら涙を流して後悔するところでも観られれば、私から笑いを取ることくらいは出来そうなものだが。「お前は、そんな理由で死ねるのか?」
さっき、私は死にたいのではないかとか言っていたが、しかしそんな考えはすぐ浮かんで消えるものでしかない。
何せ「あの世」があるなら実に楽そうではないか。
まぁ、逆に言えばそれが無ければそれはそれで楽そうではあるし。あったところで、どうせ退屈を紛らわし、人生を楽しむためには執筆作業を続けるしかあるまい。
私には暇つぶしに使える選択肢の種類が、現状少ないのだ・・・・・・他に何か、本以外で、金がかからず楽で、良いもの、と考えたところで一つ、閃いた。
釣りなどどうだろうか?
いっそのこと、あの世でもこの世でもいいが、金に不自由しなくなったら釣りをして本を読んでコーヒーを飲み、女を抱いて、後は美味いモノを食べ続ける自堕落な生活を送るのも、ありだ。
検討しておこう。
金に不自由しない未来が、あればいいが。
「死ねる、とは言わないさ、けどそのために戦えたのなら、後悔はしないと思う」
青年の答えを、危うく聞き逃すところだった・・・・・・私はいつだって自分のことしか考えてはいないのだ。だから、こんな眠たくなる台詞を聞かされれば、こうなるのは自然だった。
下らない台詞だ。
下らない理由だ。
下らない人間だ。
人間とは、優秀さをこじらせると、こうもどうでもいい理由で死ねるものなのか、とむしろ私個人はひどく感心した。
私など、私個人の気分でしか、動きはしないのだが・・・・・・他の人間の気分転換のために、生きたり死んだり殺したり殺されたり、忙しい連中だ。 暇そうで・・・・・・羨ましい。
私は注文して置いたステーキを頂き、ナイフとフォークを構えて、噺を続けるのだった。
私は重要なことは「作品のネタ」だ、と普段から言い張っているが、そんなわけがない・・・・・・暇つぶしという意味合いではあっているが、私という人間が個人で存在する以上、どうでもよくないのは私個人が良い思いが出来るか、出来ないか、突き詰めればそう言うことだ。
作品も、同じ。
だが、優秀さをこじらせた人間は余裕があるので「誰かのため」に動くという、余裕ある行動が取れるらしかった。
本当に楽そうで羨ましい噺だ。
ステーキを口に運んで考える。
物語とは、いや芸術というのは総じて「絶対に届かない場所にある美しいもの」を描くことに通じるものだ。
見果てぬ夢を魅せること。
それが芸術だ。
全ての事柄に対して「手が届かない」と感じている私のような破綻者には、相応しい役回りというわけだ・・・・・・まぁ最も、手に届くモノを描くだけなら、その辺の石でも「現実」というフィル他を通してみればいい噺だ。
そんなモノに人間は感動しない。
ありもしないもの、手に届くはずのない奇跡に人間は夢を見る。美しさの真を知る。現実に目が写すモノ以上の、それこそあの世だとか天国だとかそういった「人の上にあるモノ」が存在していて、それが美しいものだと信じたいのだ。
そんなモノは存在しない。
この世界に、美しいと断ずることが出来る存在など、ありはしない。
愛も、恋も、人情も友情も、全て、紙の上でのみ語られるモノでしかない。人類も神も、その事実からは目をそらす。そらすのは勝手だが、いい加減この世界には何の価値もなく、汚らしい人間同士の欲の絡み合いしかないのだと、直視して欲しいものだ。
神も人間も、進歩しない。
夢ばかり見て、汚い現実を「ありもしない」と考えさせる手腕ばかり、達者になっていく。
だから世界は汚らしい。
美しいモノなど、ありはしない。
見るに耐えないが、それでも世界は回っていく・・・・・・資本主義という主軸がある限りは。
そこに人間の心や理念は、必要ない。
物質主義で、世界は埋め尽くされていく。
目の前の青年を見ながら考える。この青年は所謂「真実」を見ているのだろうか? いない。
断言できる。
国家予算をかけた兵器が、権力のある国々が人道的に問題が無い、と判断した計測されない人間を相手に、人を殺す
大儀があれば許される。
いや、悪いことでさえなくなる。
真実とは、都合良く人間に「運用」されるものに成り果てた。それらを都合良く「支配」できる国が「何が真実であるか」決める。
真実とは、力ある権力者の前では、いや、現実にある物質的な力・・・・・・金の前では、無いに等しいものでしかない。
倫理的正しさや、道徳的な考え、あるいはそういった「善意のようなもの」は無力な人間たちの特権だ。弱いからこそ吠える。
それが受け入れられることは、決してありはしないというのにだ。
現実には「真実」というのは都合の良いものではなく、不自由な「規範」だ。自身が生み出した「業」から抽出される個々人の「答え」。
それが真実だ。
そして・・・・・・真実とは無力なものだ。
真実を押し通せるか、それは現実にある物質的な力に左右される。金であり、富であり、権力である。人間の精神は、全くと言っていいほど何の役にも立たず、世界に影響しない。
恵まれた人間には、それが分からない。
「仕事を選ぶつもりはないんだ。ただ、こんな俺でも誰かの役に立てるのかなって、そう思うだけさ」
誰かのため。
馬鹿そのものだ。
誰かのために殺す、誰かのために救う。いずれにせよ誰かのために行うと歌っても、実行する意志も行動も当人の意志だ。誰かのためだの、そんなことは自身で選んでいない余裕合る人間の考えでしかない。
つまり趣味人と変わるまい。
「下らないな。自己満足もここまで行けば、ある意味感服するほか無い」
人間の身勝手さに、だが。
「ああ、自己満足だ。けれど俺は、この道を後悔するつもりはない」
後悔しなければいいって訳でもないだろうが、まぁどうでもいい噺だ。正義感ほど金にならない自己満足はない。
私はステーキを口に一切れ、運んだ。
「肉を食って生きている以上、誰かを殺して生きていることは明白だ。お前はそれから逃げているだけでしかない」
などと、ついつい意見を戦わせてしまうのだった。言い争ったところで、何か私に得るモノがあるわけでもないのだが・・・・・・作品のネタ、だとでも思っておこう。
ここで重要なのは、彼等「余裕ある良識人」という奴らは、結局のところ「救うべき貧困者」だとか、「保護下に置くべき文化のある国家」だとか、まぁ彼等の言う「誰かのため」の根本となる人間達を、結局のところ人間として、全く扱っていない、と言う点だだろう。
彼等が守るのはお題目であり、自分達の心のより所・・・・・・「倫理的正しさ」や「道徳もどき」でしかない。
目の前の人間さえ、見えていない。
だから私は聞いた。
「お前はステーキを食べるか?」
「え? そりゃ、食べるけど・・・・・・」
「それが果物でも同じだがな。我々人間は自然の摂理を破壊することで、豊かな農作物を手にしている。本質的に自然と相容れるつもりが無く、相容れれば原始の生活をするしかないのだ。いいか良く聞け。豊かであるということは、ただそれだけで何かを殺して何かを奪った勲章のようなものだ」
「そんな、大袈裟な」
「大袈裟なものか。そも、そういった「悪意」が無ければ、バランスを崩すモノがなければ、我々はこんな良い生活はできていない。労働問題も、食糧問題も、資金問題も、紛争問題も、宗教問題も、全て、結局のところどこか他の場所にいる誰かに、汚い部分を押し付けるからこそ、発生するものだろう?」
「それは・・・・・・」
「お前がどういう夢を見ようが勝手だが、今回の依頼に持ち込むなよ。巻き添えをくうのは御免被るからな」
言って、私はコーヒーを飲んだ。
これ一杯にしたって、結局は無理難題を押し付けられて、税金をむしり取られる農民達が作り上げたものだ。
「お前は勘違いしている。この世界に尊さとか、あるいは「保護されるべき善人」などいない。全ての人間は誰かを、あるいは何かを傷つけて生きている獣だ。完全な被害者などいない」
守られるべき、だとかそういう思想は、ただ「倫理観」だとか「道徳もどき」を勝手に感じ取って、それに従って行動しているだけだ。
「つまり、俺の行動は」
「ああ、勝手に貧困者だとか、戦災被害者を見て「可哀想だ」と思い、道徳に従って彼等を救うことが「良いこと」だと思いこんでいるだけだ」
「でも、実際彼等は被害者だろう?」
「被害者だからと言って、何故「救われなければならない」のだ? そもそもが、戦災でなくとも救われない人間は、いくらでもいるだろう。金が単純に足りなかったり、人間関係に悩んでいたりな・・・・・・切羽詰まっている人間だけなら、戦争のない時代の方が多いくらいさ。お前が助けようとしているのは、「見るからに可哀想で、見るからに被害者面で、見るからに救われるべき哀れな被害者達」に、見えるからだろう?」
我々は悲惨ですと、前進でアピールしているかどうかの違いだ。実際、そうしない、見えない被害者には手を出さずに、わかりやすい人間達を助けようとしているだけだ。
私のように所謂、道徳的な「良いこと」をしたのだから何か幸運は無いかな、と見返りを求めて気晴らしにするのなら分かる。
しかし、それを美化して、「善」だとか「悪」だとかを演出して、正しさみたいなモノを掲げる連中は手に負えない。周囲は迷惑きわまりない。 人はそれを、「英雄」とか「聖人」と呼ぶ。
自覚のない殺戮者か、あるいは押しつけがましい善意を宗教という形で広めて回るかの違いだ。 生きてるだけで迷惑と、まぁそういうことだ。 ところで、君は世界の電脳化をどう思うだろうか? 世界の電脳化は個々人の強さと弱さを極端にまで磨き上げて行った。個人が国家に匹敵する時代が訪れたのだ。
最近、その手のハッカー集団が世間を騒がせているらしい。まぁ、私のような豆でコーヒーを造る人種からすれば、よく分からない話だ。
そういう意味では、彼等のような人間こそ、私のような人間・・・・・・誇張された「強さ」を暇つぶし感覚で剥ぎ取ってしまえる人間は、天敵なのかもしれない。
私からすれば、そんな強さは無いも同義だ。
だが、世界のデジタル化によって、国家ですらそういう「ありもしない強さ」に頼るようになってしまった。
そしてその「ありもしない権威」こそが、人類社会では本物だ・・・・・・この世界には「運命」は無く、ただその「権威みたいなもの」が有るか無いか、それが金の有る無しに繋がり、それこそが唯一絶対の力と成っている。
成り果てていると言うべきか。
いずれにせよ、目の前の青年は、そういう環境に満たされただけの人間だ。借り物の意志に借り物の言葉、そして中身のない人間性。
実につまらない。
人間は、ここまで小さくなったのか。
「? どうした? 俺の顔に何かついてるか?」「いや、つまらないなと、そう思っただけだ」
はたして、この世界には、見えない何かが居たりして、善行を行えば何か良いことがあり、悪行を行えば、それに見合った罰があるのだろうか? もし、あるのなら、目の前の青年は、善行、とも言えない自己満足だが、見返りみたいなモノを手にするのだろうか・・・・・・。
私はそういう存在を信じていない。
私は、あらゆる信念の結果、執念、虚仮の一念の結果、何一つ手にしなかった。善行だとか、そう言った類も試したことはあるが、それで人生が救われたことは一度もない。
神がいるとして、先人が行いを裁いているのだとしても、私の執念は、信念は、意志は、彼等にとっては「見えていないモノ」でしかないのだ。 見えていないから、返ることもない。
私が許せないのは、そのくせ、この世界という奴は「倫理観みたいなもの」を意志付ける傾向があるからだ。「正しい信念には正しい結果が」という奴だ。馬鹿馬鹿しい。そんなモノがあるのなら、苦労はしない。
信念を持ったこともない人間が
信念があれば成功すると、語るのだ
これで世界を信じろと言う方が間違っている。 だから私はこう考える。
仮に神や先人がいたとして、行いを裁くのだとしても、金に目がくらんだ政治家くらい、見る目がないから無駄でしかない、と。
そんなモノは、人間と同じで、欲望から発生する「道徳みたいなもの」でしか無く、裁きをおそれる人間は、信念を持ったことがないのだと。
そんなモノが居たところで、やはり元は「人間」でしかないのだ。人間であるのならば、崇高な信念に相応しい結果を、出せない方が、欲の皮を突っ張らせて、助けるのが楽な人間を助ける方が、よほどらしいではないか。
苦しんでいる人間を助けるのには、手間がかかるだろうからな。
もし仮に・・・・・・だが、神や先人がいたとして、そんな綺麗事をを抜かす大馬鹿ならば、顔の形が変わるまで殴るだろう。それに暴力で返されるならば、やはり底の知れる存在でしかないし、言い訳をしたところで、やはり底の知れる存在だ。
敬うには値しない。
権威だけ合る人間と、なんら変わるまい。
「俺って、そんなにつまらないかな」
青年は言う・・・・・・小綺麗な青年は。
小綺麗な倫理観に、身を包んだ存在とは、こうも醜悪に写るものかと、感心するくらいに。
この世にもあの世にも、善悪など無い。
あるのは自己満足だけだ・・・・・・そこに「道義的に正しいから」と、つまらない自分達の「良い行いをしているから」という後付け無くしては行動すら出来ない人種が、「正義みたいなもの」を振りかざして、暴力で奪うのだ。
あの世があったところで、それは大して変わるまい。
だから、私は、善行の胡散臭さが、大嫌いだ。
君は人殺に対して罪悪を感じるか?
全ての人間共、いや読者共に問いただしていきたいモノだ、無論私はどうも思わない。生物が生物を殺すことなど不自然ではないし、そうでなくても自分に関係ない誰かが死んだところで、罪悪感など嘘くさいに藻ほどがある。
倫理観だとか、道徳観だとか、そう言ったモノに従って生きている人間の、言い訳だ。
無論私だって気にはする・・・・・・所謂「因果応報みたいな何か」で、よく分からない理不尽な天罰とか降りたりしないだろうなとか。
まぁ、人を助けたところで何一つそういう類のことはなく、私の人生は相も変わらず「地獄とどちらがマシかいい勝負」な内容だ。マシだからって地獄に行きたいわけでは決してないが。
とにかく、だ。
善行に対して、あるいは人の信念に対して「因果応報」みたいなものが無い以上、忠則夫人こそが世界の本質である以上、もしそういう天罰もどきがあるのだとすれば、それは神様みたいな存在がいたとして、その存在が身勝手に行動して下らない自己満足の道徳感情を、無理矢理暴力で押し付けているだけに過ぎまい。
人間社会の横暴と、なんら変わるまい。
そんな存在があるのなら、そもそも善行を積もうが人殺を控えようが、結局無駄ではないか・・・・・・・・・・・・まぁ、私の場合、ただ単に自分以外はどうでもいいだけだが。
自分以外は。
しかし、自身を大切にする、というのも、私のような人間が唱えると、空しいものだ。
さて、何が言いたいのかと言えば、そうそう、この目の前の青年は「倫理観」それも自分の作り上げた正しさの中で・・・・・・殺している。
仕方が無く。
誰かのために。
殺す度に、理不尽から人々が解放されることを信じている。
笑い物としては、そこそこ合格だ。
そも、命が平等ならば殺戮者のテロリストであろうが人道に厚い聖職者であろうが、同じはずではないか・・・・・・「尊い命」と「尊くない命」を作り出しておきながら、「人殺しは悪いこと」で「死んだ方がいい人間もいる」と、彼等は言う。 そんな自分勝手が通るとは、羨ましい。
神も聖職者も、「文明人」も、それを通す暴力さえあればなんでも通るというのだから、無力な私からすれば、「正しさ」を押し通せる存在というのは、何も考えなくても生きていけるし、自身の正しさを盲信していればいいわけだから、心の底からそう思う。
楽そうで羨ましい。
暇そうで羨ましい。
神も聖職者も、文明人ですら、そう思える。
本当に、楽そうで羨ましい限りだ。
私も楽に生きたいからな。
作家などと言う生き方を選んでいる以上、貴様は人間を愛しているのではないのかと言が飛んできそうだが、おうとも、私は人間賛歌を愛し、人間の意志の強さを愛し、人間の信念を愛しているかもしれない。だが、この現実にその強さを持つ人間の、なんと少ないことか。
この世界に人間はいないのではないかと、錯覚するくらいに、科学が進めば進むほど、人間の器は小さく閉じ、つまらなくなったものだ。
世界の大きさは、個々人の大きさだというのに・・・・・・物理的なモノにこだわりを魅せるのはいいが、それでは精神は成長すまい。
幼い精神に高潔さはない。
要はつまらない人間だってことだ。
ふと思ったことがある。
私は今まで、「運命」に「勝利」するために生きてきて、行動してきた。だが、もしかすると、それがいけなかったのだろうか?
勝利するためではなく
敗北しないために戦うべきなのか?
理想論だ。運命に敗北しないために戦い続けるなど・・・・・・そんな生き方が認められてたまるか。 と、思うと同時に、いままで歩んできた長い長い回り道、その旅路はそう在ったように、思えなくもない。
だからといって納得はしないが。
綺麗事で納得はしない。
私は結果が欲しい・・・・・・自身のこの在り方が嘘八百であることくらいは、承知している。しかし結果も、金も伴わずに、負けていないから納得しろ、などと、憤慨するほか在るまい。
だが、もしそうならば。
結局のところ、この精悍な目つきの青年の在り方の方が、結果を得た人間よりも「幸せ」になれるのだろうか? だとしても、私は「幸せ」に決して成れないことを自覚しているし、しているからこそ「結果」「金」を求めているのだが・・・・・・・・・・・・ああ忌々しい。
神とやらがいたならば、問いただしてやりたいところだ。
いったい何を考えて私を創ったのかってな。
ま、どうせ手違いとか忘れたとか、言いそうなものだが・・・・・・間違いの人違いで天罰を落とすような連中だ。人間のお役所仕事と、やっていることは案外、同じかもしれない。
「どうしました?」
「いや、何でもない」
言って、私はテーブルに運ばれてきたコーヒーを口に含んだ。
美味い。
気分が最悪でも、コーヒーの味は不変だ。だからいつも重宝する。
全く、生きると言うことも、苦々しくてやっていられないから、少しはミルクを混ぜて欲しいものだと、最近強く思う。
「ところで、そんなふつうの倫理観を持つお前からすれば、今回の依頼は「道徳」みたいなモノに障ったりしないのかな」
「道徳、ですか。しかし、これは」
言って、資料を取り出して、読み始めた。
読んだところで内容が変わるわけでも、無いだろうに、神妙に。
「これは、本当に」
「ああ、今回の標的は、ただの当たり障り無い一般人だよ」
「けれど」
言って、資料を私の目線で読めるように、反転して差し出した。
「これは、この死人の数は、異常ですよ」
そう。
今回の標的は普通の人間だ。
およそ関わった人間の大半が、死滅しているところ以外は。
確かにそこにある異端・・・・・・確かに世界に存在する「外れた」人間。
それはあの教授を彷彿とさせる。
噛み合わない。
混ざりあえない。
理解されない。
狂った破壊者。
いずれにせよ、金になるなら始末するだけだが・・・・・・単純な暴力で、本物の「悪」は決して倒すことは不可能だ。私が言うんだ間違いない。
だから、この物語には、死人の数がやたらめたら多いのだった。
3
廃墟、いや更地と言うべきか。
ズッコケ三人組はただ一人の人間を始末するという、比較的楽でわかりやすいお仕事を受けてはいたのだが、ついぞ達成されることはなかった。 他は死んだからな。
惑星に降り立った矢先、襲撃があった。あの青年に関して言えば、撃たれたと認識する暇もなかっただろうから、いつの間にか天国へ送り込まれたに違いない。
大男の方は、勇敢に戦った・・・・・・と言ってやりたかったが、すぐに死んだ。大体が、最新型の戦闘用アンドロイドに、かなうはずもない。
だから死んだ。
まぁ、人間が死ぬなど良くあることだ。驚嘆には値しない。それが私に関係ない人間で在れば、尚更知ったことではない。
問題は、そう、私の保身である。
命辛々で逃げはしたが、戦えば「サムライ」としての特性で始末できるだろうが、私は絶対にしたくなかった。そもそも、あくまでも私はずば抜けた戦闘能力を「持っている」だけであって、別段戦う人間ではない。
戦いに勝つのは簡単だ。
しかし、戦うことは疲れる。
相手が何であれ、私は「勝てる」が、勝ったところで、実利が得られるかはまた、別の話だ。
いずれにせよ、寿命がかかっている以上、ある程度は戦果を出さねば成るまい。ある程度出すだけだして報酬を貰えればそれでいい。しかし、いい加減寿命を出しに良いように使われている現状を、何とかした方がいいのだろうか・・・・・・?
「あの世」があったとして「天国」があるのならば、今までの寄付金額からして、神様とやらには結構な金を支払っている。待遇としては当然のはずだろう。
仮に天国を見て、行ったところで・・・・・・そこでもまた本を読んで本を書き、作家の真似事を続けるのだろうか・・・・・・売れなければ作家ではない。金の概念がないあの世ならば、作家など必要すらあるまい。
物語など、替えは効く。
全てが充足する世界で、作家など、何をすれば良いと言うのだ・・・・・・やはり、私自身が「心」とやらを入れ忘れた「失敗作」である以上、もがいても意味はないのだろうか?
とりあえず、飯でも食べてから考えよう。
何事も食事あってこそだ。
そう思い、私は現地のホテルへ赴き、今後の情報収集や、準備を整えることにした。
チェックインを済ませ、ホテルに入った。
とはいえ、状況は向こうも同じだろう。
標的の詳しい素性を調べる前に襲撃を受けたから、私と標的の間には、現状、何の「縁」もないはずだ・・・・・・だが、逆に言えばお互いに姿が見えない状況で、ボクシングをするようなものか。
考える。
考える。
食事をしながら・・・・・・ビュッフェ形式なのに何故か寿司が握られていたので、それをシャリ少な目で頂いて、ネタだけ食べながら考える。
強さと弱さは表裏一体だとよく言われるが、私の場合はそもそもどちらも持ち合わせてはいない・・・・・・そんな便利なモノを片方でも持っていれば苦労はしない。
コインのように裏表のある強さと弱さならば、私はコインそのものを保有していないのだ・・・・・・だから借り物の戦力と、金の力を借りなければならない。
それはいい。
楽だしな。
いずれにせよ戦う人間でない以上、真正面から挑んで勝てたとして、疲れるだけだ。ここは情報を収集し、第六感でアテを付けてから行動することにしよう。
城ヶ崎武彦。
人為的なカリスマの製造に着手し、最近大きな成果を上げている研究者・・・・・・38才、妻は二人おり、子供は7人、デザイナーズベイビーが96人いる。子供の半数は既に死んでいるが、生き残りは現在も優秀な研究者助手として働いているらしいが・・・・・・ただの研究者が、何故戦闘用アンドロイドなんて持っているのだ。
金か?
まぁ、そうだろうな。
金があれば、この宇宙で手に入らないモノはなくなっている。「真実の愛」ですら、自身を愛する人間性を0から構築させ、アンドロイドか、人間かのどちらかを、法規制のない惑星で何もないところから作り上げられる時代だ。愛とは求めるもの・・・・・・ただし、恋と同じく自身にとって都合の良いモノを、だが。
都合は金で買える。
だから驚嘆には値しない。
とはいえ、こちらの思考を読まれたのは、気になる噺だ。
元々、この惑星には情報収集のために寄っただけだが、それを、その行動を読まれていたことになる。いくら情報収集力があろうが、まだ行動を起こしてもいない始末屋集団を、こうもあっさりと封殺するとは・・・・・・悪魔みたいな手を打ってくる奴だ。
いつぞやの教授を思い出す。
気まぐれで世界を破滅させられる人間。
一緒にされたくない人種だ。
私は世界の構造について考える。権力は財力に強く、財力は暴力に強く、暴力は権力に強い・・・・・・それが世界の基本使用だ。だが、
おそらく、今回の相手はその埒外だ。
私と同じかは分からないが、外れた道の外側にいる人間であることは、確かなようだ。
いずれにせよビュッフェを楽しみつつ考えるとしよう。あまり考えすぎても、何が解決するわけでもないしな。
私は金が好きだ。
こうして美味いモノを食べることが出来るからな・・・・・・しかし人間とは不思議なもので、いやあるいは我が儘なものでというべきか、度を超した金を手に入れて、経済的な自由を勝ち取ったら勝ち取ったらで、「やることがなくて暇」と言い出す生き物なのだ。
労働に縛られて、思考放棄を止めたかと思えばこの様だ・・・・・・つくづく度し難い奴らだ。
生き甲斐。
やりがい。
あるいは、「業」とでも言うべきか。
最近の人間は、いや、テクノロジーが進歩するにつれて、利便性の代わりに人々はそういう「人間賛歌の源泉」を失っていった。私のように、「自身の生きる道」を明確に決めている人間は、大昔から少数派に成りつつあった。
実際まれではあるだろう。
私のような人間は、いや、「業」を背負った人間というモノは、生き方を曲げられないのだ。恐らく世界中の富を独占すれば、私はそれなりに満足できるのだろうが、しかし最早私自身の意志すらも関係なく、私は作家足り得るのだ。
私は私であると同時に、「作家」という生き物なのだ。恐らくは、他の道のプロも、似たようなものだろう。
引退、出来ないのだ。
止めることが、出来ない。
そう言う不器用な生き方しか選べない「人間」を「プロフェッショナル」と呼ぶのだろう。
とはいえ、私が違うところは、その「自身の歩くべき道」の為に、己の幸福を台無しにするつもりはないのだと言うところだ。だからこそ金、豊かさを根こそぎ手に入れ、生き方のために幸福を置き去りにするつもりは一切無い。
「幸福」に「生きる」
単純だが、それが全てだ。
金はあるに越したことはない・・・・・・無論、m本質的に金というモノはどれだけ、仮にこの瞬間にこの世全ての富を手にしたところで、何の意味もないと言うことは、理解している。
どれだけ銀行に金を預けようが、極論銀行が潰れれば、あるいは事業が頓挫すれば終わる。
安心したい、という人間の心を、わかりやすく満たしてくれているだけだ。金で幸福は買えないし、それは心理学的にも証明されている。
考えるまでもなく、当然といえば当然だ。
幸福など、脳内で起こるモノにすぎん。
だからといって金が不必要というわけでは無いがな・・・・・・少なくとも、私にとっては。
作家としての、いやプロにとっては、金の多寡は勲章みたいなものでしかない。とはいえ、私は幸福に生きることを目標としている以上、金は結局のところ当人を写す鏡でしか無く、集めたところで人望とは関係ないし、人間的に成長するわけでもないし、あるから立派って訳でもないという「事実」を踏まえた上で、手に入れる。
それでこそ、「勝った」と言えるものだ。
「運命」を「克服」したと。
私は言い張るために、必ず手に入れる。
金を、そして。
金以上のモノも、全て。
それでこそ、邪道作家ここにありと、高く笑うことが出来ると言うものだ・・・・・・この世に神がいたとして、「ざまあみろ」と、貴様等の失敗は、その成れの果ては「人間としての幸福」を掴んでやったのだ、と。
真実の幸福が愛だったとして、それが私の手に入らないものならば、尚更だ。
心、とか。
人間らしさ、だとか。
人並みのモノを、その幸福を「理解」できても「感じ取れない」私からすれば、手に入らないならそれに見合うモノを、と考えるのは当然だが。 それで幸福になれなくても。
そも、幸福になるために必要な権利・・・・・・その幸福を感じ取る「心」が私にないのだとすれば、いずれにしても選択肢はあるまい。
人間らしくないならば、人間らしくない方法で勝利し、幸福だ、と言い張る。
出来ることはそれくらいだ。
悪である、私には。
思うのだが、私がこういう「人間」に成ることは、「運命」とやらで、「神みたいなもの」にあらかじめ定められていたのだろうか?
それは笑えない想像だった。
あらかじめ運命が「決定」されているならば、結局のところ「運命の内容」こそがすべではないのか、という考え。昔からある考えだ。
もし、もし仮にだ。
私はどう足掻いても、金を手にしてさらに進んでも、結局のところ「愛」だとか「友情」だとか言った、「真実の幸福」は手に出来ない、というのならば・・・・・・尚更金以外に、何を求めろと言うのだろうか?
分からない。
本当に、分からなかった。
私はテーブルについて、食べることにとりあえず、集中することにした。
心が無いということ。
私はそれに対して不満だとか、被害者意識だとかを感じるほど、暇ではない。
問題は、見合うモノが手に入るかである。
無いことに対して見合うモノ、つまり金だ。
とりあえずは、美味いランチを食べれるので良しとしておいてやるか・・・・・・まぁ、心が無いというのはそれはそれで便利なものだ。一流のプロというのは「心を消して」行うからこそ、最上の行動、結果を出せる生き物だ、。私の場合、本来それに見合う、心を完全に消すため必要な長い長い時間・・・・・・研磨に必要な年月を、産まれたときから省いて、楽をしているのだから。
問題はそれで金になるかだが。
そう言う意味では、まだ見合うものは取れてはいない。今はまだ、だが。
心が無いことのメリットは、他にもある・・・・・・下らない道徳に縛られないというのは当然だが、心みたいなもの、を掲げてその弱さに目を向けない人間であれば、能力の多寡に関わらず「支配」出来るという点だ。無論、死宇部手が全てではないし、支配しようとすることなど希ではあるが、そうでなくとも人間の「心」を客観的に見ることが出来れば、大抵の人間の「底」は、所見でおおよそは理解できる。
どういう人間か。
何が劣等感か。
自身に対する評価はどうか。
思考回路の基本はどうなっているか。
人として足りていない部分はどこか。
当人の気付いていない、触れられたくもない心の弱点は、何か。
全て分かる。
造作もなく。
暇つぶしのような感覚で、当人が一生気付かない、あるいは気付きたくもない心の闇、それらを暴いて晒し出せる。
だからこその、作家だ。
私は邪道だが。
肉を口に放り込みながら考える・・・・・・どうやら食事中に考えるのは良くないことではあるが、作家としての性は、それを許してはくれないらしいということが、分かった。
さて、本題だ。
今回の依頼、に「敵対者」がいるとして、その目的は、いったいなんだろう?
見当もつかないと言うのが、正直なところだ・・・・・・わざわざあの二人を、それもあんな金のかかる兵器を運用してまで、「始末」する。自衛のためだけだというならば、割に合わない・・・・・・何か、他の目的があるとしか。
だとすれば。
だとすれば、それはきっと「教授」と同じく自身への利益、返るモノを度外視した、恐るべき願いであることは間違いない・・・・・・何一つ自身に返る利益が無いというのに、「歴史」を「改竄」しようとした教授と、同じ。
人間の身の丈を越えた在り方だろう。
まぁ、珍しくもあるまい。
人間とは、そう言うものだ。
敵対者のプロフィールを、改めて調べておくことにしよう・・・・・・。
心ない人間にも、種類がある。
心はないが、家族を得、集団で生活する奴もいる。まぁ、大抵は馴染めず、思い出として考えるくらいのモノだろうが。開き直って、すがすがしいくらい己の業に忠実に、そう言う奴は生きていくのだろう。
多くの人間に助けられ、自身を罪悪だと考えながら、その罪悪を振り払おうとすらせずに、あれこれ世話を焼かれ、それでいてそのことそのものに罪悪や、自分では混ざれないと、自己嫌悪に陥る奴もいる。
翻って、私はどうか。
家族というモノを、全く必要とせず、必要としたところで価値を見いださず、それでいて人に支えられることもなく、自身が罪悪だと悪びれもせず、それでいて善も悪も実に等価だ。
考えれば、不思議なものだ。
苦しいときに誰かが助けることを「都合がいい噺だ」という人間は大勢いるが、しかし「全てのケースで誰にも、全く手をさしのべられない」というのは、ある意味、異質だ。
度が過ぎている。
別に助けられたいわけでもなく、実利があれば他は、というか「過程にある人間の意志」などどうでもいいが(作家の台詞とは思えないが、とにかくそうだ)だからといって、正直異常だ。
心を持たず。
家族も持たず。
誰にも支えられず。
無論、生きている以上血縁者はいるだろうが、血が繋がっているから「家族」だというなら人類皆家族ではないか、馬鹿馬鹿しい。
かといって、不思議と、私は誰かに「好意」を向けられたことも、一切無い。「悪意」は山ほど向けられたが、それにしたって今に思えば「私という存在に対して、何処か怯えていたのではないだろうか?」と、思わざるをえない。
まぁどうでもいい。
そんなのは、どうでもいいことだ。
過去が悲惨の一言につきるというならば、それに見合う金を、まぁ手にしていないわけだが、何が言いたいかと言えば、そう、そういう「例外の中の例外」が相手なら、実に厄介だと、そう言いたかったのだ。
資料をめくりながら考える。
もし、私と同じような「人間」だとすれば、実に厄介だ・・・・・・掲げている「目的」すら究極的にはどうでもいいくせに、そのために手段を厭わず立ち止まらず、暇つぶし感覚で「最悪の手」を平気で打ってくる・・・・・・大袈裟かもしれないが。
少なくとも容赦も優しさも一切無く、人間らしい弱点など、望めないことは確かだろう。
コーヒーを口に含み、資料をめくった。
そこには。
「お疲れさまです」
かしましい娘が、一人。
女子高生姿のその女は、知ったように言うのだった。
「相変わらず、ですねぇ。サムライ作家さん」
あ、私はコーヒーとケーキでいいですよ、と図々しくも前に座り、私を見据えるのだった。
5
「人間的には強いですけど」
言って、ケーキをほおばる。
「結局、サムライ作家さんは、「自分のため」ですからねぇ。人間としての弱点を持っていないと言えば聞こえはいいですが、結局の所、「守るべきモノ」が無い、ただの迷子さんですよね」
情報屋。
情報屋という生き方に、年齢制限は無い・・・・・・しかし、どうせなら節度のある相手が望ましい。 相手が女なら、尚更だ。
「親しみを持てる相手もいないってんですから、実質世界一寂しい人ですよね」
「大きなお世話だ。金になればそれでいい」
「それって、現実逃避ではなくて、ですか?」
「当然だろう。間抜けか、お前は」
私に人間らしい弱みを求めるな。
今お前が言った言葉だぞ。
自己満足であろうが、金にまみれた「愛」だとか「友情」といった「真実の幸福」ではないから偽物だとか、そんなことは、どうでもいい。
どうでも良さ過ぎる。
問題なのは、物理的にも、だが、つまり金銭面で不自由せず、それでいて「結果的に」私個人が、自己満足であろうが何であろうが、「幸福」という結果を、満喫できればそれでいい。
真実が何かなど、知るか。
私は、私個人がよければ世界が滅んでも構わない人種だ・・・・・・人並みのチープな感想を求められたところで、いい迷惑だ。
まったくな。
「はー。破綻してますねー」
「作家の条件だろう、何一つ不思議ではない」
ネタバレしてしまうと、だ。
私は、散々あれこれ言っておきながら「真実の幸福」だとか、どころか、「金による豊かさ」すらも、まったく、欲しては、いないのだ。
そも、幸福を望んでいない。
勿論、痛いのも苦しいのも、私はごめん被る・・・・・・とはいえ、それと幸福を求める姿勢は、あまり関係がない。
結局の所、私自身には手に入らない、入ったところで理解できない「愛」だとか「友情」だとか「心の幸福」だとか、そう言ったモノを、心の底から欲してすらいないのだ・・・・・・なら何故、金を求めるのかといえば、金すらも、結局の所欲しいから求めているわけではない。
ただ必要だから。
究極的には、無くても、ある程度ストレスの無い生活が出来れば、必要すらない。
初めから、終わっている。
無論、社会と折り合いをつかせることに、余念はは無い・・・・・・疲れるのは嫌だからな。
強いて言えば、人間の心が存在しないことを自覚しながら、それが罪悪かもしれないことを知りながら、まるで意に介さず、どころかどうでも良いと断じ、それでいて「手にはいるのなら」人並みの幸福とやらにも、手を伸ばそうと思い、手に入らなかったところで別に残念にすら思わず、「金があれば幸福だ」と、そういうこと、にして金を求め、そのくせ欲しいモノは何もなく、ただただ自分が苦労とか苦痛とかそういう「面倒なモノ」を避けて、つまり「楽をして生きる」という部分に焦点を合わせて、恥じること一切無く、いままで生きてきた。
世間的な都合など、知らん。
どうでもいい。
私自身が、いかに人間らしくない存在であるかも、この際はどうでもいいのだ。金があれば生活に不自由しない上、とりあえず「幸福」と、そういうことに出来るし、ストレスとも無縁になる。それでいて手にはいるのなら「人間の幸福みたいなもの」である「愛」だの「友情」だのを楽しみ・・・・・・いや、合ったところでやはり何も感じないのだろうが、しかし「幸福だなぁ」と、まぁそういう感想を持つにして、そういう人間の感傷は、非常に「便利」なものだ。
この世は所詮自己満足。
それは人の心とて同様だ。
皆、「尊いもの」があると、信じたいだけ。
そんな基準は、同じくその他大勢が決めるのだから、あまり意味は無さそうなものだが。
いずれにせよ、私は人間の失敗作として生きてきて、それを「自分はなんて不幸なんでしょう」と叫んだことは一度もない。必要ない。
心など、ない方が便利ではないか。
利便性。
私は、自分の意志で「感動」すら出来る。自身の感情、そして肉体的な反応、その全てを完全にコントロールできるのだ。
健康にいいらしいからな。
実際、便利なものだ。
「・・・・・・なん、というか、凄いんですね」
と、それらについて、当たり障り無い回答を、女はするのだった。情報屋のくせに、もう少し面白い反応が出来ないのか?
つまらない。
「それで、よく不満に思いませんね」
「思う必要がどこにある? 感動も、愛も、友情すらも、想像し、肉体的な反応をコントロールすれば、誰でも味わえる。これはそんな特別なことではない」
「そんな」
馬鹿な、とでも言おうとしたのだろう。
だが、皆やっていることだ。
「ゲームだとか、あるいは、物語など、まさにそうではないか」
「いや、でもだからって、おかしくありませんか? 愛情も友情も、どころか人生の楽しみ、感動まで全て」
偽物だなんて、と。
「構わん。「結果的に」それが手に入れば、そんなものはあってもなくても同じことだ。だからこそ、誤魔化しようのない金銭的な豊かさは、ある程度補充しておきたいのだがな」
「それも、本当は」
「ああ、必要ない・・・・・・無論不味い飯を食うよりも、金があって良いモノを食べられるに越したことは無いが、栄養さえ補給できて、あとはコーヒーでも楽しめれば、貧富の差すら、あってもなくても同じこと、だ」
事実そうだろう。
まぁ、美味いに越したことはないが。
だからこそ、金は必要だ。
他でもない、私自身の自己満足のためにな。
あれば、とりあえず人間関係のストレスに、苛つかされる覚えは無くなる。
金があれば、生存することは容易になるからな・・・・・・無論、使う人間次第だが。見栄や権威のために浪費する人間は、そんなあってもなくても究極的には同じモノに、騙されているだけだ。
金は、手段だ。
目的もない奴らには、持つだけ無駄だ。
どんな目的でもねつ造し、それでいて満足できて、妥協をし、それでも人生を楽しめる私には、最適の小道具というわけだ。余っていれば、それの使い道に苦慮しないというのもあるが、やはり根本的に私は人嫌いだから、自身の平穏のために不必要な、嘘くさい人間関係を追い出し、ストレスを感じないように生きる。
豊かさなど、まやかしであり、そんなモノはこの世界のどこにも、存在しないものだが・・・・・・豊かさみたいなもの、適度な豪勢さと平穏で、豊かさを手に入れたということ、にして、幸福とやらも、自己満足で完遂できる。
物理的に、金はどうしても、あればあるほどストレスを減らす為に必要なモノを、揃えることが出来る、と言ったところか・・・・・・心がない以上欲望が持てないため、金で何を買う訳でも、別にないのだが。
まぁ、金があれば幸福、と言い張ることにしよう。実に楽ではないか。
「自分を騙す幸福なんて、偽物ですよ」
と、そんなつれないことを言うのだった。
「そうなのか? しかし、結局は」
「でも、騙すんでしょう? どうせなら心の底から幸福になりたいのに、それから逃げているだけですよ」
「逃げている、か」
別にそれはそれで、構わないが。
私は戦う人間ではないのだ。
それらしい綺麗事を吐いて苦労するよりも、苦労したところで心ない私には、その良さなどわかり得ないことだし、ならば実利が欲しいと願うのは、ある意味当然のことだ。
「その、心の底からの幸福、というのがあったとして、あれば頂くさ」
「無い、と思っているんでしょう?」
「いや、あればあるで越したことはない・・・・・・大体が、その場合、どちらにしても私は幸福になれる。金が在れば生活に困ることは無いしな」
「在りすぎれば、争いしか呼びませんよ」
「なら適度に頂くまでだ。必要分以外は、ふん、それこそ寄付でもしてやるさ・・・・・・あの世が在るのかは知らないが、金を貸し付けておいて損はあるまい」
その回答を聞いて、脱力し、彼女は、
「はー。壊れてますねー」
と言った。
「下らん、壊れるかどうか、など客観的な物言いでしか在るまい。私は別にこれでいい。必要ならば、その「人並みの幸福」というものを、手にする機会があるというならば、私は家族を愛し、友人を尊び、人生を謳歌する」
「できるんですか?」
「とりあえず今は必要無さそうだが・・・・・・実際に手に入れば、出来るだろうな」
私はそういう人間だ。
そんな在り方を、最早人間と呼べるのかは、知らないし興味ないが。
「心がけは大事ですよ? いざというときに人を愛せるように、あなたは心得ておくべきだと、私は思いますね」
「そうか、まぁ、心がけておこう」
実際、手にしていない今の私からすれば、ただの妄言でしか無く、手にしていない以上、目に見てすらいない以上、そんな「人間愛もどき」を押し付けられる覚えは、無いのだが。
まぁ、臨機応変に生きよう。
金を手にし、愛を手にした私は、想像はついても現実には無理だろうと思わざるを得ないが、まぁどうでもいい。
その先、を一応考えておくことは、やはり考えていたところで上手く行く訳でもないのだ。あれこれ考えたところで、やはりもし私が真実の幸福とやらを手にするのならば、その際にまた、手を打たざるを得ないだろう。
だから、今はどうでも良い噺だ。
もしかしなくても、未来もそうである可能性が高いが・・・・・・可能性というのは、意味がない。私は未来が見えるわけでもないのだ。
心がけは一応するが、まぁとらわれる必要は無いだろう。
必要になれば、またそのとき考えよう。
「思うのですが、世の中金、という考え方から行くので在れば、お金持ちの女の人と結婚したいと思ったりしてますか?」
にやにやと卑猥な顔で、そんなことを情報屋は言うのだった。
しかし、的外れである。
私から言わせれば、自身の無能を晒しただけだ・・・・・・まぁ、聡くはあるが賢くは無い、とそれだけのことかもしれないが。
「人間である以上家族はいて、支え合って生きているんですよ? 自分は一人だ、とか自分みたいな人間は一人であるべきなんだ、とかカッコ付ける暇があったら、金云々より女の人のご機嫌の伺い方を知るべきですよ」
そう言うわけで、ここの支払いはお願いしますとのたまった。誰が払うか。
そしてやはり、筋違い、勘違いだ。
私がそんな、人間らしい悩みを、持つわけがないだろう。脳が間抜けか、この女は。
「まず、ぞうだな。第一の質問に答えよう。仮に金持ちの女がいたとして、そうだな・・・・・・お前、貧困に悩む地域の人間に対する支援を、どう思っている?」
「・・・・・・何ですか、急に」
「急ではない。同じだ」
「まぁ、大変そうだなぁと思います」
「それだけか?」
「だって、私は救世主でもなんでもありませんから・・・・・・そのくらいしか、できませんよ」
「ふん、まぁそうだろうな。それが正しい」
「結婚相手も、同じだと?」
「そんなことはしないだろうが、仮に金持ちの女がいたとしよう・・・・・・その女は金持ち故に、金を持っている。だが、それに意味は無い。価値はあるかもしれないが、意味はないんだよ」
意味より価値、実利を求める私からすれば皮肉でしかないが、事実である。事実に目を背けれるほど、余裕と余力のある人間ではないだけかもしれないが。
余裕のない大人。
嫌な噺だ。
「なぜですか? お金持ちの人と一緒なら、お金使い放題ですよ」
アホな女だなぁと、口には出さないことにした・・・・・・何事も、人の振り見て、という奴だ。私も気を付けよう。
うかつな発言という奴は、手に負えない。
「だから、何だ。裏切るかもしれないし、そいつが突然貧乏になるかもしれないし、第一その金はそいつのモノであって、そんな金は、人の通帳を眺めているのと変わるまい」
「いや、でも」
「確かに、そうそうそんなことは無いかもしれない・・・・・・だが、そんな不安定で、かつ人の、それもどうでも良い人間の意志で左右されてしまっては、元の木阿弥だろう」
だから、私は「運命」を「克服」したい。
なにがどう足掻いても「敗北」するのが私の宿命ならば、それを都合の良い形に改竄したい。運命が味方すれば、それこそ、世の成金共がそうであるように、なにをどう足掻いても、「成功」し「勝利」する。そうではないのか?
最も、それが出来れば苦労はしないが。
いずれにせよ、金を持つ人間は多くいるが、金が凄いのであって、当人は小さい奴が多い。
「価値があるのはあくまで「金」だ。金を持つから偉いのではない。金そのものが、「偉さみたいなもの」を購入する力を、持っているだけだ」
最も、それはまやかしも良いところだが、金が在れば、実利が伴えば物の真贋など、気にする人間は少ないだろう。
そして。
「家族だと? 確かにいるな。父も母も、あるいはあまりよく知らないが、親戚もいるのだろうさ・・・・・・私は面と向かって会話はしないし、誕生日すら知らないが・・・・・・」
「え?」
呆然とされた。私には普通だったのだが。
まぁ、どうでもいいが。
それも何万年昔の噺か、分かったものではないしな。流石に、もう存命していないだろう。
「えっと、家族、なんですよね?」
「お前、家族について、いやお前の考える「家族」というものは愛に溢れ、苦しいときに助けてくれる存在なのかもしれないが、しかし私にとっては死んだら保険がおり、その金を貰えれば上等くらいの、そんなものでしかない」
「えーと、何か嫌な思い出でもあったりします」「ふむ」
考える。
基本的に家族? に限らず、幼少の頃から罵声と暴力と、差別と偏見とまぁ色々あったが、しかし、そんなことはどうでもいいことだ。
金にならない。
私は虐められっ子だったので、良く泣いていたものだ・・・・・・まぁ、面倒になってきてからは「そうだ、原因の人間を殺せばいいんだ」と短絡的な行動に走り、体が成長してからは「効率的に」かつ、「恐怖を植え付け、逆らえないように」する方法を覚え始めていたから、在る意味、彼等が私を虐めていたおかげで、私は人間のいたぶり方を学んだ、と言えなくもない。
つまり私は被害者だ。
子供同士のやりとりに面倒になってつい、殺してしまおうと、いや実際頭をトマトケチャップにしかけたこともあったが、運良くそれらが実行はされなかった。どうでも良い人間を始末し、無駄な時間を送らなくてすんだ、とそういうことにしておこう。
何の話だったか。
「嫌な思い出か。ふん。私は忘れっぽいからな・・・・・・比喩でなく、そういうことがあったこと、は覚えてはいるが、過去に縛られるほどナイーブな性格をしていない」
苛々してついクラスメイトを殺しかけて、目立つのが面倒だから即座に猫を被り、殺そうとして(しかも、ただの勘違いだった)相手と、教師相手に嘘の報告をするような男が、「実は、昔に嫌な思い出があって、それでこんな性格になったのだ」などと、言うわけがあるまい。
それで金になるなら、同情でも何でも引くが・・・・・・いくら何でもあり得ないだろう。
馬鹿馬鹿しい。
「と、いうか関係ないのだ。仮に愛情溢れる素晴らしい人格者だったところで、私はそいつが死んでも、保険金のことくらいしか考えないだろう」 そう言う意味では、もっともらしい理由になるから、「人格者でない親」というのは、個人的には便利な肩書きでしか、なかった。
ないがしろにしても、文句を言われることも無い・・・・・・どころか、それをネタに、女を騙して同情を引き、金に出来そうなくらいだ。そんな頭の悪い女が、いればだが。
いたな。
本当のことを話さなければ良かった・・・・・・馬鹿だから同情して、ここのご飯代金くらいは、いや金は持っていないのだった。
使えない女だ。
「血の繋がった家族なのに、ですか?」
「だから何だ。育ててくれてありがとう。これでいいか? 何にせよ、「育てなのだから感謝しろ」というのは、思うのだが、それが家族愛だというならば、後から金を払えばそれでチャラということなのか? まぁ、私は金を払うつもりもないので、構わないが」
「他人、ということですか?」
「仕方在るまい。そうとしか感じ取れないし、感じ取るつもりもない。思うのだがな、自分達は愛と思いやりに溢れた存在だと、勘違いしながら生きるのは勝手だが、だからって人の考え方に「何か手助けされたら感謝は当たり前」だとか、押し付けるのは止めてもらいたいものだ」
「それは、そうですけど・・・・・・」
「おまえ達は愛と思いやりと、そんなものが私の人生にあったとは思えないが・・・・・・仮にあったとして、そのおかげで私が生きていられるとしよう・・・・・・知るか、馬鹿が。見返りを求めている時点で、やっていることは私と変わるまい。そうでなかったところで、感謝を強要される覚えもない」「なら、どうやって、生きていくつもりですか」「金だよ。親が死んでも、金が在れば人間は生きていけるだろう? 実際、親との愛情を尊ぶのは勝手だが、現実には親子など、たまたま金の繋がりで一緒にいるだけだ。年を取ってしまえば、自分を介護してもらうことを望み、成長すれば親がいなくても金が在れば問題ないことに誰もが気づいて生きている。だから、こうやって金を稼ぐ方法を普段から考えているわけだが、どうも、上手く行かなくて困っているのさ」
「・・・・・・そうですか」
「何だ、道徳的に良くないとか、親のおかげだとか、まだ言いたいことがあるのか?」
仮に、いや正しさなんてものが存在しない以上どちらが正しいってこともないのだが、別に私は間違っているかはあまり気にしない。
どうでもいいのだ。
ただ、私には必要ないし、金の方が役に立ち、家族は金が在れば「いらない」という「事実」から、目を背けて生きる気には、ならない。
なれない。
良心みたいなもの、の為に、私は自分を犠牲にするつもりは、全くない。
結果が全てだ。
「いいえ。ただ、確かに、一理ありますし、究極的には家族は、生きる上ではいらないでしょう」 でも、寂しくないですか?
そう、私に聞くのだった。
そして、私は自信を持ってこう言った。
「生まれたときから、そうだったが? 寂しいもなにも、ない。そも、血が繋がっているだけで、それこそ金にさえなれば、だが・・・・・・別に明日から変わったとしても、あるいは死んだとしても、私には「金があって助かる」という事実しか、存在しまい」
「そんな生き方で」
「そんな生き方、か。血が繋がっているだけで、愛情を強制するのも、相当なものだと思うがな・・・・・・そもそも私の親が私を産んだのは、社会的な体裁からであって、愛情ではあるまい」
「そんなこと」
「わからないわけがあるまい、とりあえず皆がやっているから産んではみたものの、育てるのが面倒になってきて、飽きてきて、放っておいた。そんなところだ。それそのものは、楽な生き方を求める人間である以上、なにも珍しくすらないが・・・・・・そんな適当な理由で行動している奴らに、あれこれ道理を説かれる気にも、ならないな。最もさっきも言ったが・・・・・・愛に溢れた人間であっても、私はやはり、早く死ねば保険金がおりる、位にしか思わないだろうが」
そういう意味では、私が破綻している人間であるのは生まれたときからそうだったのだから、そんなものを、私に求めることそのものが、筋違いも良いところだ。
ペンギンに空を飛ぶのは鳥なら当たり前、だと言っているようなものだ。
勝手なことを言うんじゃない。
一緒にするな。
大体が愛情というのは、家族というのはそんな押しつけがましい善意で、なるものでもあるまいに・・・・・・金を支払ったから、いままで育ててやったから、あるいは無防備な赤子の頃から手間暇かけて育ててやったから。
それだけならば、機械でも良さそうなものだ。 実際、アンドロイドの家政婦サービスは急増している。結局の所、子供は預けてショッピングを楽しむのが、主婦の務めらしかった。
その理屈で行けば金で雇われている状態と変わるまい。いや、やはりというか、彼等彼女らは自分達が如何に立派な人間か、それをアピールしたいだけなのだろうと、私は感じた。
事実として、そうなのだろう。
大体が、その理屈で行くと、多額の寄付をしている私は、貧困地帯の人間達の家族ではないか馬鹿馬鹿しい。一体幾ら払ったと思っているのだ。 水だけでもトン単位で寄付しているのだ。
とはいえ、仲良くはなりたくないし、偽善、というか、ゲン担ぎ程度の気持ちでやっているだけなのだから、そんなでかいことを言う気にはならなかったし、言ったところで誰も聞くまい。
心の繋がりが家族だと聞いていたが、案外私と同じかそれ以上に、人間という奴は心よりも金、愛情よりも社会的な立派さの方が、事実として大事になっているのだろう。
それはいい。
だが、それなら綺麗事は止めて欲しいものだ。 面倒だからな。
「何にせよ、私にはどうでもいいな」
「そうですか」
「お前が何に葛藤しているか知らないが・・・・・・そんな考え方は間違っていると思うのは勝手だが、人間らしさの押し売りは、止めてもらおうか」
「そうします」
しゅん、と落ち込みながらも、しっかりとスイーツには手を出すのだった。
「結局、何が言いたいんだ?」
用がないなら、帰れ。
そう強く思わざるを得まい。
「はぁ。そんな生き方で、いえ、やめます。おせっかいでしたね」
「そう言う奴に限って、道徳の押し売りが好きらしいがな」
「うう。そんなに睨まないでくださいよう。ただ気になっただけです」
「何がだ」
「あなたは、本当に幸せになりたいとは、思えません。いえ、勿論お金は欲しいのでしょうが・・・・・・本当に、心が欲しいですか?」
「いつも言っているだろう。入ればそれで良し。無論可能性は殆どゼロだが」
「本当に?」
「元から無いんだ。何より、私は心の無いまま進みすぎてしまっている。今更あっても邪魔なだけだ。神がいるとすればそいつの不始末で、私は人間の失敗作として生まれたのかもしれないが、今更どうでもいい。なら、金が在れば豊かで」
「もういいです」
本心からで、別に、何か裏側があるわけでは無かったのだが、恐らく、「この人はこんな生き方しかできないんだ可哀想に」とか、勝手に思っているのだろう。
鬱陶しい。
私は、十分現時点での非人間外道生活を十二分に満喫しているのだ。金銭的な豊かさが足りてはいないものの、哀れまれる覚えはない。
最も、いちいち怒ったりはしないが。
一生勘違いしたまま、善人ぶって生きるが良いさ・・・・・・私は人間として、生物としてどれだけ外れていて後ろ指を指されようが、意に介さない。 金と充実、生き甲斐と豊かさをもって、多少強引にでも構わない。「幸福」に「成ってみせる」その上で、心とやらを、金で買ってやろう。
それは愉快な想像だった。
私にしては珍しく、ワクワクするくらいには。 そもそも、私の家族は大昔に死んでいる。私としては長生きしてもらっても構わなかったが、酒と煙草と札束を何回かに分けて送ったところ、欲望を扱いきれずに、自滅したそうだ。
罪悪感など無い。
むしろ、私としては家族に喜んでもらうためにしたかもしれないのだから、被害者だ。などと、心にもないことを言ったりしてな。
いずれにしても、私は罪悪感など持ちはしないが・・・・・・人間に限らず、コミュニティーを道徳的に「無くては成らない」無ければ破綻していると思う馬鹿は多いが、それこそたまさか実利が噛み合うから一緒にいるだけで、家族も恋人も愛人も親友も仲間ですら、結局は「都合」という名前の欲望を満たすだけでしかない。下らないかは知らないが、欲望であることから目をそらし、愛だの何だのと綺麗事を言う人間は、絶えない。
子を産むに、育てさせるのに、あるいは世間体として、あるいは金が手にはいるから、生涯を共にして生きる。それが結婚だ。
打算でなくて何なのだ。
情欲と見栄を満たすため、恋人を作る。
情欲のはけ口として、愛人を作る。
連帯感を得るために、親友を作る。
目的に必要だから、仲間を作る。
自身にとって都合が良いから、あるいは、愛情を持って家族を得たい、と考える人間がいたとして、それは愛情を捧げて家族に尽くす、そんな未来が「欲しい」から人を愛するだけだ。
自身にとって都合の良い未来を欲するから、愛するのだ。それを愛と呼ぶのかは知らないが。
いずれにせよ、私は金さえあればどうでも良い噺だ。そして金はあるので、私としてはそんな人間関係や、人間らしい思想、人との繋がりを持ちそれに感謝するのが人間の正しい在り方だと、そう言うのは勝手だが、それなら金を払え。
五億から談義してやろう。
噺はそれからだ。
所謂、「持っている側の人間」の悩みなど、私には永遠に、理解は出来ても共感は出来まい。持つべきモノを持っているくせに、人間関係だの、罪悪感だの、ありもしないモノで悩む、暇人。
そんなものと一緒にするな。
情報屋は綺麗事を言うのを諦めたのか、資料をスッと取り出し、テーブルの上に置いた。
「これが標的です」
そういって、標的、始末の対象、というか殺害する人間のプロフィールを、女は見せるのだった・・・・・・とはいえ、作家など、皆人殺しのようなモノなので、今更罪悪感もないが。
人を変えること。
それは、人の意志を塗り替えて、その人間の人格を抹消する、とも言える行為だ。
明確な殺人行為だ。
まぁ、だから何だって噺だが・・・・・・私個人にとって都合の良い形に死んでくれるのならば、彼等も本望だろう。そうでなくても死んで貰うが。
私は、私自身のためならば、別に何人死のうがどれだけ憎悪と悲しみが吹き荒れようが構わない・・・・・・どうでもいいしな。
それを、世間的な「道徳みたいなモノ」に従って・・・・・・善人ぶって排斥する小物よりは、人生を楽しめるからな。
落ち着いて、まずはコーヒーを口に含んで、それからリラックスし、一息ついた。
焦るとロクなことがない。
慎重に、資料に目を通しながら、話を伺うことにしよう。
と、その前に。
間違いを正しておいてやるとしよう。
正す、なんて最も私に似つかわしくない言葉だが、しかし、いちいち訂正するのは面倒である。 仕方在るまい。
「それと、言っておくが、私はお前達の言うところの「愛」だとか「大切なもの」だとか「本物」だとか、何にせよ、人が望むモノはおよそ、欲しいとは全く思わない」
「?・・・・・・どういうことですか」
「どうも何も、そのままだ。お前は私のことを、心の底では「愛」だとか、「金で買えない幸福」だとか、あるいは、金で妥協しているだけの人間に見えているのかもしれないが、しかし、残念ながら、慧眼ではあるのだが、外れている」
「なら、何なんですか? 金が欲しいっていつも言ってますけど、それだって」
「ポーズだと? 違うな。そも金は必要であって金そのものは誰だって欲しくない」
現金はただの和紙だし、チップには大量の預金口座のデータが入っているわけであって、当然ながら食べても美味しくはない。
食べる奴も、まさかいないだろうが。
この目の前の馬鹿そうな女くらいだろう。
「金があるということは、自分の都合を通せると言うことだ。ストレスのない生活を求める私からすれば、当然あって欲しい、の損手当然のモノだと言える」
「じゃあ、人並みに生きたいと、思ったことは本当にないんですか?」
「無いな」
実際、無い。
そう言うモノが、「美しい、らしい」ということはわかるが、それに憧れるような人間ならば、こんな人間にはなっていまい。
恐らく、もし、「人並みの生活」に憧れるただのはぐれモノであれば、私は作家になど、成ってはいなかっただろう。
「あれば良い、というのも、実際怪しいものだしな・・・・・・人の不幸は密の味。実際、仮に私を心の底から愛する人間がいたとしよう。その人間と「家族ごっこ」をする事は容易い。だが、私はその人間の脳を、グチャリとつぶしたところで、「また別のを探そう」と、そう思うだろうな」
この女は私が「人間になりたい」と思い悩んでいる人間だと、そんなテンプレートな人間だと思っていたらしいが、そんな人間が面白い物語を書けるわけがないだろう、間抜けが。・・・・・・私が画策品はことごとくが「傑作中の傑作」だと自負している。反論は認めない。
強いて言えば、私が今悩んでいるのは「この女の名前何だったか」と、あとは「この噺を依然した気がするのだが、気のせいだろうか」と言った至極、個人的な悩みである。
また、私はめくっているだけで、あまり資料の内容を精査しているわけでもないので、というか噺ながらだと(言い訳かもしれないが)中身は入りにくいモノではないか。
とりあえず、この女に全部話させるとしよう。 厄介な仕事は、有能な人間に任せるに限る。
「うわ、引きますね」
「お前に食い下がられたところで、一円にもならないから、別にこちらとしては構わないぞ」
「お前じゃありません。蝸牛 くいなです」
変な名前だ。
口には出さないが。
「あー! あなた、忘れていたでしょう!」
何故覚えていて貰って当たり前なのか分からないが・・・・・・男は大抵の出来事は、酒を飲むか眠るかすれば忘れるのだ。記念日だとかを細かく神経質に覚えている女とは、そもそも遺伝子レベルで生物として違う。
というのはそれらしい言い訳で、単純に私に覚える気がないだけだが。
「馬鹿を言うな、当然、覚えているとも。蝸牛 くいな。懐かしい名前だ」
「そんなに長い間、離れてもいませんでしたが・・・・・・・・・・・・」
そうだったか。
どうでもいいことは、すぐ忘れる。
どうでもいい、と認識されると、女は酷く傷つくらしいが・・・・・・その辺にある草に、気を使う人間もいまい、つまりそういうことだ。
「私がいいたいのはだな」
そもそも言いたいことなど特にないのに、適当に自分が今後楽をするためだけに、話しているのでそんな言いたいことなど無いが、在る程度こちらの人間性を、伝えておくことにしよう。
「実はこうだった、とか、その種の期待を私にするなと言うことだ。自分で言うのも何だが、私は正真正銘の化け物だ」
だから何だって噺でもあるが。
人種ほど、どうでも良いモノはない。
金の量に、関係ないしな。
「実はこういう願いがある、だとか、本当は心優しい部分もあるんだ、などと思っているのは勝手だが、私は違う、と断言しておく。・・・・・・比喩や冗談でなくな。お前とは長いつきあいだが」
厳密には「らしい」だが。
まぁいいだろう、
どちらにしても同じことだ。
私には関係ない人間であり、どうでもいいことこの上ない、という点に関しては。
「私は、自分の決断に罪悪感を抱いたり、しないぞ・・・・・・金のためならば、お前が死んでも、何一つとして感想はない」
我ながら優しいものだ。
こんな親切な忠告を行っているのだから金を払って欲しいくらいだったが、でもまぁそもそもが私個人が今後を楽するために、噺をスムーズに進めるためにやっているのだから、あまり大きいことも言えない気もした。
「なので」
「はいはいわかってますよ、薄情ですもんね」
「・・・・・・信じようが信じまいが勝手だが、恨まれても迷惑なのでな。さて、そろそろ本題に入って貰おうか」
説明しろ、と私は催促するのだった。
説明の手間を省くために打算的に自身のパーソナリティーを説明し、それでいて自分があまり気を張って資料を読む気にならないから、説明までさせる。
しかし、このように言い方一つで、まるで違うものだ。
仕事において、舐められないのは必要なことだしな。舐められたところで拭けばいいが、しかし話が進みづらい。
とはいえ、事実でもある。
私は、この女、ええと、蝸牛くいなをこの場でバラバラにしても、何とも思わない。あるいは、それが自身を愛する人間だとしても、同じことだろう。
壊れている、とは思わない。
そんな卑下をして、自分に酔う人間でも無い。 ただ、食い違いは正しておかなければ、後から泣かれても面倒だ。情報には正確性が必要だ。
仮に家族だとか、人並みの幸福を手にしたところで、あっさりと「飽き」て、いらなくなったら捨てて、それでいて正気のまま、人生を楽しんでいけるのだろうことは、昔から知っている。
はずだ。
昔のことなど、忘れているからな・・・・・・まぁ人間性は変わるモノでもない。
いずれにせよ、人間を始末して、あるいは暗闇の中に放り込まれて、あるいは全人類から迫害され、嫌われたとしても、金が在れば、私は人間の不幸を笑いながら、優雅で豊かに生活するだろう・・・・・・在る意味、「人類」のくくりに入らないのだから、集団の中に入らないことへ不安を感じないのも、社会から迫害されても絶望しないのも、あるいは自身の存在が「生まれついて、存在を許されないほどの悪」なのではないかと認識しても平気の平左、いいから金をよこせと請求できるのは、当然のことだった。
迫害されてこうなったのではない。
化け物だから迫害されるのだ。昔は、それこそ幼少時代は何だか知らないがよく絡まれるなぁくらいにしか思わなかったが、よくよく考えればこんな非人間がクラスにいたら、恐ろしいのは当然の気もした。
しかも、それを悲観すらしないのだ。
しないし、真似て、人間らしく振る舞ってみようとしても、出来ない。
金にさえなれば、個人的にはどうでも良かったので、別に構わなかったが。・・・・・・あまり化け物であることで金になっていない以上、正直、下らない被害者意識ではなく、「割に合わない」というのが素直な感想だった。
普通、物語的には何か、秀でたモノがあったり仲間に恵まれたりするモノだが・・・・・・神がいたとして、私に対して「手抜き」をしたのは確かだと意わざるを得まい。まぁ、糾弾したところで、上に立つものと言うのは基本、責任など取りはしないものだが。
それに私の勘違いの可能性もある。
案外、少しばかり人間性が薄いだけで、案外あっさり家庭を持ち、幸せになるかもしれないではないか・・・・・・そういうことにしておこう。
「まず、一枚目を見てください」
噺を聞き逃すところだった。見ると、そこには標的のプロフィールが載っていた。
佐々木 狢
ささき むじな
年齢 38
男
銀河連邦御用達大手商社へ勤務。刺激を求める人間で、彼の周囲では必要以上に人間同士の争いが発生している。これは人為的なモノである可能性が高く、自身が「生きている実感」を掴むために周囲を犠牲にするサイコパスである、という診断が下されている。ただし、この診断結果は情報を多角的に収集した結果であり、表向きは実に優秀な社会人として、信用されている。
「これを見て、どう思いますか?」
「どうもこうも」
まだ一枚しか見ていないぞ。
勝手に二枚目、三枚目を見ると、どうやらあちこちの紛争地帯、あるいはデモの誘発、革命運動に対する遠隔型アンドロイド、それも「企業」ならではの軍用モデルの横流し。
まるで鏡だ。
「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」を求める私に対して、この男は「どれだけの血と涙も意に介さない適度な刺激ある生活」を求めている。
だから、あんな中途半端な攻撃だったのか。
刺激合る生活のため。
そのために人を殺す。
罪悪感は無い。
やれやれ参った。私としては、そんな面倒な相手は、御免被りたいのだが。
「まるで鏡だ」
「ですね。この男はあなたと同じで、人間を全く意に介さず、それでいて人間を理解しすぎるくらい理解し、暇つぶし感覚で世を乱す、存在そのものが人間の手に余る、化け物です」
羽は生えていなさそうだが。
精神的にどうだかは知らないが、いくら何でも大袈裟すぎる。
「大袈裟だな」
「あなたは、そうでしょうね。でも、私たちからすれば、あなた達は、正直、怖い」
「ふぅん」
怖がられたところで、って気もするが。
とはいえ、話が進まないのは困るので、「それで」と、噺を促してやることにした。
我ながら優しいものだ。
機嫌が悪ければ、つい、この女の精神的矛盾を頼まれてもいないのに暴き出し、精神崩壊へ誘導して、仕事はもういいやと適当に切り上げているところだ。
金がなければ大抵、機嫌は悪いが。
金が在れば、大抵機嫌は良い。
まぁ、今回に関して言えばたまたま眠気と戦っているだけなのだが・・・・・・心が広い人間のフリでもしておこう。小物に見られても困るしな。
そういえば、だ。
私は非人間であることを歌ってきたが、そう言う意味では私は、色恋と言うものですら、本質的には理解する日は永遠にない。理解は出来るが共感は出来まい・・・・・・要約すれば、金目当てか生活を補助してくれる人間目当て、そうでなくても子孫繁栄を望むのなら、代理母で十分なのではないかと、考えてしまう。
必要性だけで言えば、皆無だ。
金や体、あるいは自身の生活の足し、そして心の底から好きだとしても、それは自身にとって都合の良い存在を求めているに過ぎない噺だ。
愛は愛で、自身の「誰かを愛したい」という欲望を満たすために、行うだけだ。
いずれにせよ、女がいい匂いがするとか良く聞くが、それなら芳香剤でも嗅いでいろという噺だと、つまりそういうことだ。
性別が雌である。
私からすれば性別も、人種も、肩書きも、全てどうでも良いものでしかない。そんなどうでもいいことよりも、私はほんの売り上げの方が大事だからな。
女、蝸牛は言った。
「あなたのような、その、外れている人間というのは、常識が通じないから怖いんですよ」
申し訳なさそうに。
そう言うのだった。
すまなさそうにされても、困るが。
「常識だと? 下らん。そんなモノは、結局の所自身にとって都合の良い情報の倉庫でしかない・・・・・・私に脅威を覚えるのは、それは心にやましいことがあるからだろう。私は人間の心の奥、知られたくもない情報にだけは手が届く。自己矛盾から逃げている人間だから、私がそう見える」
自分の心の闇を写す、鏡みたいなものだ。
私の場合、普通の鏡と違うのは、頼まれもしないのに無理矢理見せるところだろう。
大体が常識が通じないと言うが、人間なんて自分勝手な「常識」しか持たないのだから、同じではないか・・・・・・自分の都合を押し付けあい、それでいて権力や暴力、つまり金の力で押し通し、それを心の底から「正義」だと、思いこむ。
私からすれば、その方が恐ろしい。
だから金が欲しいのだ。
下らない馬鹿共の「都合」に、人生を左右されるのは御免だからな・・・・・・いつだかの奴隷惑星の主は自覚的な悪党だったが、大抵の企業、いや人の上に立つ、そういう立場だ、と思いこんでいるだけの人間は、大抵自分の都合でしかないことを「世の中全体の総意」として勝手に解釈し、それを押し付けることに一切の抵抗がない。
それを正しいと信じている。
盲信、している。
狂っていることに無自覚だ。
理不尽を恐れるならば、そういう「大儀みたいなモノ」で、都合を押し付けられ、自身の人生を「大儀みたいなモノ」の為に、生け贄にされる。 それこそが恐怖ではないのか。
「ふん。怖がるのは勝手だが、そんなお前達の心の動きに、私が謝罪する覚えもないな」
あってもしないが。
言うまでもなくな。
嘘つきのハイエンドは「自分を騙すこと」だそうだが、私から言わせれば、自分を騙すことほど容易いことは存在しない。
どうとでも成るではないか。
要は自己中心的な考えで在れば、そんなことは簡単だ・・・・・・自分を騙すことは呼吸よりも容易いことだ。
さて、そこに乗っ取って行くならば、私は「人並みに幸福になれる」と、在る意味騙しているともとれる・・・・・・無論、そんなわけがない。
構わないが。
ともすると騙す騙さないと言うよりは、どちらでも構わないと言うことかもしれない。いずれにせよ金を手に入れそれなりにストレスの無い充実した生活を送る、というのも心が無い以上、そんなモノを感じることは私には不可能なわけだが、まぁその辺りは適当に行こう。
ある、ということにしておこう。
私はそれで十二分に満足でき、それでいて高笑いしながら楽しめる人間だ。
狂っていようと構わない。
面白ければそれでいい。
そのくせ、上を見ろと言われれば下を向き、下を向けと言われれば上を向き、右なら左、やれと言われれば逆らい、やるなと止められれば嫌がる顔を楽しみながらやる。
それでいいではないか。
楽だしな。
在る意味、世界で一番楽な生き方だ・・・・・・そう言う意味では、いままで考えだにしなかったが、私という人間は人生に恵まれているのかもしれなかった。
問題は、物理的にも、つまり金にも恵まれるかどうかだが・・・・・・現実問題、いるモノはいるのだから、そして金が在れば幸福であるというポリシー(あったっけ?)を、曲げるつもりもさらさらないのだ。
面白いではないか。
その方が、面白い。
面白さは、愛にも、人間賛歌にも、友情にも、人間の望むそれらしい「幸福」よりも、勝る。
札束で「人間の幸福」を否定してやるのも、それはそれで面白そうだしな。
的外れ、見当違いな女だ。
全くな。
まぁ、普通なら「生まれてきたことが間違い」みたいな人間は思い悩んで当然、なのかもしれないが、それを押し付けられる覚えもない。
どうでもいい。
間違い、などそれこそ「都合」だろう。仮に、いやかなりの度合いで全面的に私の存在が、存在そのものが世界を、人間を脅かし、何よりも誰にも必要とされない「巨悪」で在る可能性も、残念ながら否めないが、だとしても、知らん。
まぁ、私には関係がないしな。
当人が何を言っているのだという気がしなくもないが、しかし、知るか。私自身がどれだけこの世界に必要とされない邪悪そのものだとしても、私個人はこの世界を楽しめるだけ楽しんで、金を手に出来るだけ手にし、豊かさを欲望のままに舐め啜り、あらゆる人間を犠牲にしても目的を達成して、その結果惑星が滅んでも罪悪感を持つどころかやり遂げた気持ちになって満足し、その行いが悪だとしても、開き直れる人間だ。
たとえ神も悪魔も人間も、あらゆる私以外の全てが私を非難しようが弾圧しようが認めまいが、金が在れば生活は出来る。
例え世界に否定されたところで、気に病む人間でもないしな・・・・・・金はあるのにそういうことに思い悩む人間は後を絶たない。暇そうで実に羨ましい噺だ。
そう言う意味では、愛などいらない。
必要と在れば考え、いらなくなったら捨てるものでしかないのだ。だから心など、人間の幸福など最初から望んではいない。
まさに「最悪の人間」だ。
知らないがな。とにかく、それでもとりあえず「金が在れば幸福」であり、「人間らしい幸福」も、手に入る、それが信念だ。
そういうことにしよう。
そういうことに出来る人間だ。
そしてそれで問題ない。
大体がその他大勢がそれらしい「人間の幸福」のテンプレートを「家族愛」だとかに絞っているだけであって、案外あっさり、人類を滅ぼすことでも人間は幸せになれることがあるかもしれないではないか。無かったところで、知らないが。
金が在れば、幸福だ。
実際、いい気分になれるだろうしな・・・・・・すぐに飽きるかもしれないが、まぁその時は金そのものではなく、金の使い道で遊べばいい。
金があることに飽きることは、理屈の上ではないことになる。何せ、金は手段でしかないからな・・・・・・いくらでも、買い直せばいい。
無論、それだけの金が在ればだが。
「まぁ、それについては、お前個人が心に問題を抱えているからと、言っておこうか。私は完全な鏡ではないが、心の闇、自分に対する誤魔化し、あるいは見られたくもない部分、を写すことにだけは、定評のある男だ」
「嫌な定評ですね」
「そうか?」
意味や価値、在り方と生き方つまりは私のような人間の背負う「宿業」と実利は、やはり別に考えるべきモノなのかもしれない。
だとすれば、我ながらこの女が評するように、「そんな在り方は恐ろしい」と、断じられるのも無理は無いという気がした。
本来、人間が目指すべきモノを、私は逆の順番で手にしている。実利を手にし、目標を構え、生き方を、在り方を構成していく凡俗とは違い、私は生まれたときから宿業を背負い、人生が終わる瞬間にでも考えるべき「魂の在り方」を、ずっと考え続け、「実利が欲しい」と、心ない人間が言うのだ。
確かに恐ろしい、かもしれない。
凡俗と言ったが、どうだろう・・・・・・優劣なんてどうでもいいが、しかし凡俗であった方が、人間的な成長は見込めないかもしれないが、人生をいきる上では楽だろう。
人間的な成長など、くだらない。
遙か高みから偉そうに、神様だか何だかが、上から目線で良くできましたと言うだけだ。
そもそも、私は成長しているのか?
している確信はあるが、そう言う意味では成長は実利とは関係がない。私個人からすればひたすら意味のない、無駄な行動かもしれない。
やれやれ、参った。
前に進んだは良いものの、肝心の実利は、人間の思想や、信念とは、関係がないらしい。
まぁ当然か。
人間の意志が、人間を成功に結びつけるなら、世の金持ちはもう少し上品だろう。どの時代でも「持つ側」に立つ人間は、どこか下品なものだ。 と、いうよりは、「余裕」とか「才能」とか「天運」とか、そういう「便利なモノ」を持つ人間が、成長するわけがないのだ。成長は必然の産物だ。しなくても楽できるのに、進化する生き物などどこにもいない。
必要があるまい。
さっき注文したので運ばれてきたカレーを口に運びつつ(脳が痛むくらいの奴だ)コーヒーを口に含み、コーヒーがもたらす精神的平穏だけが、この世界で不変だなと、感じ入るのだった。
破綻している私だからこそ、分かることもあるのだろう・・・・・・物語については、特に。
物語は夢を見せる。
いつだったか、アンドロイドの女にそんなことを言われた記憶があったが、なんというか、物語を見る、いや「魅せられる」ことで、人間はこの世界に素晴らしいモノがあるのだと、錯覚して夢だの希望だのを、夢見ることが出来る。
麻薬みたいなものだ。
ハイな気分に成るという点では、あまり変わらない・・・・・・それでいて、そういう「気分」に成るだけだ。成るだけで、現実に何一つ役に立つわけではあるまい。
そうだ、聞いてみよう。
人間に聞くのは、あるいは初めてか。
「なぁ、お前」
「蝸牛です」
「ふん、では蝸牛。聞きたいのだが、お前は、物語について、どう思う?」
「どうしました、また突然」
「そうでもないさ。作家なんて言うのはお前の言うとおり、破綻していなければ務まらないものだからな」
務まったから何だって気もするが。
「だから、興味があるんだ・・・・・・私みたいな人間を「恐ろしい」と評するお前が、どう、私のような人間が描く「物語」を捉えているのか、な」
「そんなこと」
「私に似ている人間が標的だというなら、今回の依頼をスムーズに進めるためにも、私の取材には答えた方が良いのではないか?」
「・・・・・・すぐ醒めるものです」
と、彼女は語り出した。しかし、どういう意味だろう?
すぐに醒める。
それは、夢のように、だろうか。
「読んでいるときは幸せになれるけど、終わった後は辛いですね・・・・・・「ああ、やっぱりあれは本の中の世界の噺で、現実には、そうでもないんだなぁ」って思います」
「そこまで分かっていて、何故読むんだ?」
作家の台詞とは思えないが、まぁいいだろう。 気になるのだ。
いくら心に響こうが、何の役にも立たないモノを、そんなガラクタを、人間が「愛する」理由を知っておきたい。
今後の参考になるしな。
「それは、簡単ですよ・・・・・・私の場合は、ですけど」
「構わん」
「ええと、まず、現実には世界って、つまらないじゃないですか」
また随分なことを言う、事実ではあるが。
反対のことを言って混ぜっ返そうかと思ったが、やめておこう。今日はさっさと終わらせてベッドで健やかに眠りたい。
「それで・・・・・・現実がつまらないから、ゲームやマンガ、あるいは物語を・・・・・・慰めの道具として便利だから、ということか?」
「いえ、確かにそうですけど、それだけでもなくて、私は、私たちは、人間は空を飛べません」
「うん?」
意味が分からない。いや、そうか。
疑似的な全能感を味わいたいのか、と思ったが違った。
「だからこそ、夢を見る。それが届か無いものだとしても、見果てぬ夢を見ることは、心の支えになりますから」
また心か。
私には理解しがたい噺だ。
まったくな。
「見果てぬ夢を見て、何になる? 見果てぬ夢は見果てぬ夢だ。叶わないものでしかない」
「きっと、だからこそ、じゃないでしょうか? 現実には夢は、醒めるものです。でも、夢を見続けられたら、それでいて夢に向かう気持ちを共感し続けられたら・・・・・・皆、それを求めているんじゃないでしょうか?」
成るほど、道理ではある。
麻薬と何が違うのか分からないが、健康的に充足感を保ちつつ、ぬるま湯の物語の世界で、安全にスリルを味わい、愉悦を楽しむ。
「それは、何の意味がある? 話を聞いている限りでは、麻薬をやっている患者と変わるまい」
「そんな」
「しかし、事実として「結果」は「同じ」だ」
小綺麗にまとめられたところで、私は誤魔化されはしない。つまりそう言うことではないか。
現実に叶わないから、妥協する。
それの、どこが、素晴らしい?
誰にでも出来る、諦めでしかない。
「・・・・・・元より、嘘八百を書き連ねる作家の物語に、尊さなど求めてはいないが・・・・・・価値も意味も、実利すら薄い、人間の作り上げた下らない宣伝工作用の小道具か」
と、そこまでだった。
さらに苛立ちを言語化し、あれこれケチを(誰につけるのか不明だが)付けようと思っていたのだが、出来なかった。
「そんなことありません!」
と、大声で怒鳴られてしまえば。
怒鳴ればいいってモノでもあるまいに。
「わ、私は色んな本から「勇気」を貰いましたっ・・・・・・それが偽物だなんて、許せません」
「その「勇気」とて、錯覚の思いこみだ。おまえ自身がそう言っただろう」
「ですが、この「想い」は本物です」
偽物だなんて、言わせません。
そう断言するのだった。
どうしようか。
面倒だから適当にうなずいて、それで良しとして、さっさと諦めるって方法もあるが・・・・・・こんな夢見がちな発言で、納得するわけにも行かないだろう。
「想いだと? それこそ、ありもしないモノではないか・・・・・・日が暮れれば忘れるものだ」
「忘れません」
意固地な奴だ。
これではまるで、私が聞き分けがないみたいだ・・・・・・その通りかもしれないが、しかし、そんな下らない理由で納得は出来なかった。
「想いは胸に秘めるものです。忘れたりなんか、しません。忘れそうになっても、また新しい物語が教えてくれます」
「そうか」
説き伏せる自身はあったが、不毛に終わりそうなので、結論だけ聞くことにした。
「では、その「想い」とやらは、いったい何の役に立つんだ? まさか、「想いを抱くことそれ自体が重要」なんて、下らないオチではないだろうな?」
「勿論です」
「では聞かせろ。お前は」
物語から、何を得たんだ?
彼女は、こう言った。
「人生の、楽しみを」
何とも曖昧で、聞くだけ無駄だったと思わなくもなかったが、案外、人生とは、生きて、そして終わりである「死」に向かうことは、「それ」を如何に気楽に行うか?
そんな程度の、至極単純な理由で、我々人間は明日へ向かって生きているのかもしれぬと、しみじみと思うのだった。
6
女がさらわれた。
「先生には似合わない、王道な展開だな」
宇宙船の中、携帯端末に潜む電脳アイドル馬鹿は、そんなことを言うのだった。
ジャック。
名前のない、そして自我のある、電脳世界の数少ない住人だ。もっとも、自我のある人工知能は違法でこそ在るが、法はバレないようにくぐり抜けるためにある。ジャック以外にも、何人かはこの世界に存在するのだから、珍しくもない。
「やかましい。情報屋がさらわれたんだ。私としては情報流出を防がねばならん」
「情じゃないのかい?」
「むしろ、一挙両得を狙いたいモノだ。標的直々に接触を取ってくれたのだからな」
そう、標的。
私とは違って、ささやかな刺激のために、世界を敵に回す男。
佐々木 狢。
この男の周りには、資料を見れば見るほど「死」がつきまとっていた。私以外の雇われがほとんど「ついで」みたいな感覚で消されたのが、良い証拠だ。
人工知能は、死について考えるのだろうか?
今回、出鼻から人間の「死」がつきまとい、何だか、電脳死、というのは普通の死と、一体どう違うのだろう?
気になったので聞いてみた。
「生き甲斐が消えた時さ。先生はどうだ?」
「私個人が決めることだ」
「あんたすげぇな・・・・・・」
「何故だ? それこそ、当然だろう・・・・・・人間は個体だ。群体ではない。だからこそ、己自身で道を開き、己が相貌で未来を見据え、己の意志で前へと進む。だからこそ、自身の在りようなど、自分自身で決めることは、当たり前だ」
その当たり前が出来る人間が何人いるのかななどと、底意地の悪そうなことを言う、小賢しい人工知能だった。
ジャックは言った。
「なぁ、先生、俺はアンタが、情に流される人間だとは思っていないが、何があった」
「こいつを聞け」
それは、私宛に送られてきたメッセージチップ・・・・・・ホログラムによる透析映像だった。
「すみません、捕まっちゃいました」
情報屋は言う。
すまなさそうに・・・・・・目障りなことこの上ない話だった。
「私は大丈夫ですから、先生は御自愛ください。ではでは」
かしましくもそう言って、それでメッセージは終わりだった。流石に誘拐犯そのものは出てこなかったが、縛られている女の映像と、それが送られてきたタイミングを考えれば、簡単だ。
佐々木狢。
私の標的であり、明確な敵だ。
「わかるか? この女・・・・・・「助けてくれ」と言われれば当然見捨てたが、あろうことか、この私の「心配」みたいな、上から目線の言葉を吐きやがった」
「それがどしたい?」
「私はな、自分を何よりも上に置かない人間が嫌いなんだよ。神だとか、仏だとか、悪魔とか、社会だとか、組織だとか・・・・・・何かに自分を預けることで、考えることを放棄し、それでいて未来を開く気すらない暇人共。虫酸が走る」
「放っておけばいいじゃないか」
「そうもいかない。この女はともかく、佐々木とか言う男は始末する必要がある。何ならこの忌々しい女も、一緒に葬ってやりたいぐらいだが、こんな死にたがりの馬鹿女は、いや当人が死にたがりならば、無理矢理にでも生かす。それが私のやり方だ。助けを求めてすらいなくても、無理矢理にでも、生かしてやる」
「アンタ、性格悪いな」
「今更だろう。女という生き物が、窮地においてどう反応するのかも興味があるしな・・・・・・死にたがっている人間を、活かさず殺さず苦しめるのはあらゆる作家の日常だ」
だからどうということは無い。
助ける気は無いが、言いなりになる気はもっと無いと言うだけの噺だ。私の行動をこんな死にたがりの小娘に決められてたまるか。
「なぁ先生、それって作品の為なのかい?」
「そうだ」
「幸せの為ではなく?」
「・・・・・・何が言いたい?」
「前々から気にはなっていたんだけどさ、先生は・・・・・・目的を果たせないことは理解しているくせに、諦めるという概念を知らない質の悪い亡霊なんだよな」
「それがどうした。達成できなくとも自己満足ですまし、また金が在れば幸せだと、言い張れる。幸せかどうかはともかく、その在り方に一切の後悔無しと明言できる」
「ふぅん、ならさ」
アンタ一体
どうやったら死ぬんだい?
そんなことを聞くのだった。
「・・・・・・どういうことだ?」
「作家としてのアンタは、こうして人質を取られようが窮地に追いやられようが、そもそも寿命を越えてまで、こうして死なないでいる。ならアンタ一体、どうやったら「作家として」の自分から死んで、解放されるんだ?」
まるで奴隷じゃないか、と心外なことを言うのだった。
馬鹿馬鹿しい。
むしろ逆だった。
「ふん、下らん。私が作家という在り方の奴隷なのではない。作品が、物語が、登場し死んでいく人物たちが、そしてそれによって金を払う読者共が、私の奴隷なのだ」
「本当かよ。だって、いつも苦しそうだぜ」
「そうか?」
「ああ。それに、金になったらどうするんだ? 金にならなくても作品を書くのか?」
作家としての死について。
考えないわけがない。
だから、あらかじめ決めていたことを、伝達するだけだった。
「下らん。私は、作品を書く上で、たまたま「充実感」を得られるから、しているだけだ。それが金になるのは当然だ。そうでなくては意味がない・・・・・・何かしら金が入ったところで「充実」は必要だ」
「必要だから、書くのかい?」
「ああ、必要なくなれば、捨てるんだろう?」
「当然だ」
「じゃあアンタにとって、ずっと必要であるモノなんてのは、無いんだな?」
「金があるさ」
「金だけかい? それでいいのかい?」
「愛だとか友情だとか、そんな形のないモノに、何の意味がある?」
「アンタは。心の底で、あるいは心のない虚構の底で、憧れていたんじゃないのか?」
「そうだ、だが手に入らないなら」
「でも、入るなら欲しい」
「無いモノは、無い。ならば構わない」
「在るかもしれないじゃないか」
ふぅ、と息をつく。
何故こんな不毛な噺を、何度もしなければいけないのか・・・・・・さんざん説明したばかりだというのにな。
「あのな、ジャック。それはある側にいる人間の考えだ。持っていない、無い人間を勝手に哀れんで、上から目線で偉そうに言う考えだ。現実にはな、無い人間からすれば、無い側に立つ人間からすれば、そんな自由は手に出来てから考える程度の、夢みたいな噺なのさ」
「夢ばかり書いている作家の言葉とは、思えないな」
「ふん、確かに」
とはいえ、変える気も無い。
どちらにせよ同じだ。
「あの女にも言ったが、手にしたところであっさりと捨てるだろうからな」
「それは嘘だろう? 持たざる人間が、その世界代表のアンタが、先生が、大事にしない訳が無いじゃあないか」
「それで? 手にはいるのか?」
「いや、俺には分からないけどさ」
「つまり、そんなモノは思考遊技でしかないと言う噺だ。疲れるし、この話題は終わりだ」
へいへい、と納得するジャックを後目に、考える考える。
幸せには成る気はないのかって?
だが、
「それに、もしそうなったら、少なくともこの現時点の私からすれば、別人も良いところだ。私とは関係のない噺ですらある。幸福になるとは、つまりいままでの報われない人生を破壊して殺し尽くすと言うことだからな」
「ひねたこと言ってるな」
「私は作家だからな」
そうでなくては仕事になるまい。
穿った見方をするからこその、作家だ。
大体、本当にあの女は・・・・・・いや、言っても仕方がない。もしそうならば、ますます厄介になるだけだ。女が絡んでいる時点で、そこはすでにどうしようもない噺だ。
「作家などと言うのは、公然と認められた詐欺師みたいなものだ」
「すげぇこと言うな、アンタ」
「何故だ? 有りもしないモノをでっち上げ、感動させて金を取る。これが詐欺師でなくて、何と言う」
事実、そんなものだ。
だからこそ、痛快だが。
騙され感動し、金を払う読者共の姿を想像するだけで、酒が飲める。
私は飲まないが。
倫理の授業というモノがあることを最近初めて知ったような人間が、それらしいことを並び立ててこの世の道理を説くのだ。まさに詐欺そのものではないか。
構わないがな。
どうでもいいことだ。
結果が伴えば、どちらでも同じことだ。
そして今の私は、そこそこの金持ちだ。金には今のところ、何一つ不自由していない。
だから信念など、どうでもいい。
元々有ったか? という気もするが。
元から有ったのは、そう、自身の為なら鬼でも殺し、大多数の迷惑を考えもしない、それでいて諦めもしない、自分勝手な生き方だけだ。
そしてそれで問題ない。
実に、満足できているのだから。
例え誰に、いや、何にどう言われたところで、私の生き方がブレるはずもないしな。
ブレたらブレたで、立て直せば良いだけだ。
問題ない。
有ったところで、知ったことではない。
こいつも、あの女もそうだが、物事を一面からしかみれない人間というのは、非情に幼い。
私は自己満足、というか運気向上のために、つまり完全なる我欲で寄付だのと言った慈善行為、つまりは最悪の犯罪行為を堂々としているが、それに対する罪悪感など、まるで無い。
それでどれだけの争いが起ころうとも、まぁ知ったことではないからだ・・・・・・だが、善意という行動原理を持つ人間は、実に厄介だ。
寄付をすることが善行だと思っている。
どんな世界でもそうだが、結局の所自身の手でやり遂げなければ、続かないものだ。現実に彼ら彼女ら、「可哀想」な絵で取られている貧困にあえぐ「被害者」は、自分達の手で何かを変えようとはせず、どころかトイレすら、まともに使おうとはしない・・・・・・物資を幾ら持って行っても、むしろそれが原因で争いが起きることは多々ある。 これは戯れ言ではない。
調べれば分かる事実だ。
現実だ。
複数の国家の介入など、ロクな結末にはならないのは、周知の事実ではないか。大体が見返りなしで国家が人々へ、本当に救うためだけに物資を送りインフラを立て直しているとでも、そのためにワクチンを作っているとでも、思っているのだろうか?
馬鹿馬鹿しい。
そんな訳がないだろう。
資源もそうだが、大抵の国家介入は「政治的な思想」を塗り替えるために行われる。その次に資源、その次に資源、その次に人材、その次に宗教・・・・・・歴史を少しでも省みれば、分かることだ。 だがそれをしない。
そのくせ・・・・・・「文明人の基準」みたいなモノをTVから教えられて、盲信している。
楽そうで、羨ましい。
決して、そんな家畜みたいな生き方を、死体とは思わないし、思うわけもないのだが。
表面を見て裏側を知れるのは、最初から信じていない人間だけだ・・・・・・半数は作家、あとは政治家と、強かな女だろう。
そんな人間も、随分と減った。
世界は変わらない。だが、人間は実に小さくなってしまったものだ。
「なぁ先生。アンタは、譲れないものってあるかい?」
「何の噺だ」
「だからそのままだよ・・・・・・俺にはある」
「私個人善意は悪意であり悪意は善意であると、そう言ってはばからない人種だからな。仮にあったとしても、あっさり諦めてまた別のモノを探すだろうさ」
強いて言うならば、そうだな。
私は続けて言った。
「私は見果てぬモノが見たい。一言で言えば景色だよ。だが、私はその最高の世界を「見続けて」いたいんだ。この最高につまらない世界を、私好みに面白くして、楽しみ続けたい。それが出来ないならば、楽しみの絶頂の中、高笑いしながら滅んでいきたい。後の世代のことなど知ったことではない。世界が滅ぼうが、私が楽しければ、それでいい」
それが私の生き方だ。いや、在り方か。
私という人間は。
面白い破滅を求めて生きている、のかもしれないと、ふと思うのだった。
「へぇ、わかりやすく破綻しているな」
「構わんさ。面白ければ、な」
宇宙船内で、人工知能とこんな会話をして誰にも咎められないのは、当然ながら少しばかり黄金持ちになった私が、席を全て買い占めるという、他の客にしてみれば迷惑この上ない子供っぽい遊び心で、金の力で平穏を買っただけだ。
ルームサービスでも頼もうかな。
昔、本物の天才を見たことがあるが、渡しはそう言った連中とは考え方も在り方も「逆」なのだ・・・・・・信念だの思想だの、人間らしい悩みなど、持つはずもない。
私がかつて見たその天才は、無尽蔵のROMを持つ少女だった。対して、私は無尽蔵のRAMを持つ人間である。
ROMはせいぜい1GBあるかどうかだが、私の場合人生を通して1KB使うかどうかだ。いらない記憶はすぐに消える。
その日暮らしとも言うが。
才能など、あろうがなかろうが同じことだ。そんなモノを使うくらいならコンピューターを使った方が早い。走るなら乗り物に乗れ。発明など奇人に任せろ。
どうでもいいモノに、振り回されるな。
私は気にしたことなど無いぞ。
破綻しているかなど主観でしかない噺だ。つまりどうでもいいことだ。問題は、この世界を楽しめるか、どう楽しめるか、それだけである。
だから私はこう言った。
死を意識する人工知能へ。
「性善説も性悪説も、私からすればどちらも同じモノでしかない。正義も悪も私が決めることだからな。己の都合最優先・・・・・・清々しいくらいに、私は自身のその日の気分に従って・・・・・・私個人の自己満足のためだけに、それがどんな思想であれどれほどの尊さがあり、現実を見据えた思想でも知ったことではない。どうでもいいからな」
「いっそ清々しいな、アンタ」
「当然だろう。私はそも、人間から外れている。だからこそ幸福が根本的に理解できないわけだがしかし、なればこそ人間の思想争いなど、私からすれば関係のない噺だ」
どうでも良い噺だ。
どちらにしても同じことだ。
それで構わない。
一切の罪悪感はない。
罪悪など、所詮当人の内にしかないものだ。そして私の内にはそんな大層なモノはない。
必要ない。
「あの女が怖がる理由も分かるぜ。アンタの前じゃ人間の思想も理想も、剥がされて本質を抉られるわけだ」
誰よりもえげつないぜ、アンタ。
そんなことを言うのだった。
「そんな大層なものではない。馬鹿馬鹿しい」
持ち上げられるとロクなことは無い。
人間、過小評価の方が、人生楽できる。
だから私は言った。
「そもそもが、私が本質を剥がすから恐ろしいのではない。そんなモノで自分自身を誤魔化す人間の方が、自身を誤魔化していることから目をそらし、直視することで、それをもたらした私に恐怖を錯覚するだけだ」
「だから、それを自覚的にやるから怖いんだろ」「人をお化けみたいに言うな」
失礼な奴だ。
私はただの作家なのだが。
作家なんてそんなものかもしれないが、パブリックイメージを払拭し、作品の評価をあげるのも作家の務めみたいなものだ。
多分な。
「善悪など、使う側の都合でしか有るまい。歴史を一秒でも習っていれば、分かりそうなものだ」 いや、それも違うのか。
国家である以上、自分達に都合の悪い出来事を教科書には載せまい。
被害者面して文句を言い、それでいて省みない・・・・・・それが人間だ。むしろ、そんなモノと向き合える人間は、人間ではあるまい。
時間をかけて、克服していく。
それが生き物として、正しいかどうかはともかく「自然な」在り方だ。植物だって、種を植えて次の日に天を穿つような木になっていれば、ホラーも良いところだ。
「いずれにしても、私は作家なのでな。理解し、それを作品に活かせればそれでいい」
「本当かい? 共感したくは、無いのかい?」
「別に」
これは本音だった。
してどうするのだろう?
井戸端会議でもするのか?
「貴様はどうなんだ」
そもそもがこいつは非合法な人工知能であり、同胞はいるかもしれないが、それこそ私よりも外側から世界を見ているのではないだろうか?
ふと、そんなことを思った。
それに、私は私自身を「外れた化け物」と、評するのが面倒なのでそう言ってきたが、私は人間でなかったとして(勿論、生物学的には人間だが思想が人間のモノではないとするならば、だ)やはり私は、人間の思想に馴染めないだけで、単に中身が人間以外の「何か」なだけかもしれない。 いや、それは悲観主義者の考えか?
案外、私みたいな人間も山ほどいるかもしれないではないか・・・・・・その場合社会が平穏に回っているのが不思議でならないが、まぁそういうことにしておくのも、当然ありだろう。
戯言もいいとこだがな。
別に構わないが。
人間であれ、あるいはその在り方が人間ではないと言われたところで、そんな些細なことで木に悩むほど、私は暇ではない。
ただ、私と同じような生き方を、他の外れた存在がいたとして、あるいはその考えが思いこみだったとしても、私以外はどうするのか?
それは知りたい気もする。
参考に、まぁならないかもしれないが、作品のネタくらいには、なるだろう。
どうなのだろう? 私の思想、私の主義は評するまでもなく「最悪」だ。だがしかし、それ自体はどうでもいいが、客観的にそういう存在を定義するに相応しい言葉というのが、いい加減有った方がいい。
不便すぎる。
人間でもそうでなくてもいいが、私という存在はどう評するのか? 私は人間から、人間の思想からかなり外れたと思っていたが、そんなことは無く、案外他にもいるのだろうか?
まぁ、周囲の反応からして、あまり好ましくないことは確かだ。どうでもいいがな。
とはいえ、私個人が勝手に「化け物」だの何だのと評しているのは、それがわかりやすく伝わるかと思っていたからで、別に案外そんな必要もないので在れば、面倒なのでしたくない。
いちいち面倒ではないか。
とはいえ、これだけ持って回った言い回しをしておきながら言うのもなんだが、私をどう捉えるかなど、その当人たちの勝手な思いこみであり、私個人が「普通の人間だ」と言い張ることに意味はないしどうでもいい。
問題なのは、私と環境の似ているこの人工知能が、どう感じているのか、考えているかだ。
被害者面か?
不遇を叫ぶか?
権利を求めるか?
こんなことを楽しみながら考えている奴が人間面など笑わせるなと言われそうだが、そんなモノは私個人の都合で勝手に評するものでしかないので、私自身が勝手に「人間である」あるいは「自身は化け物である」と言い張るだけ、そう振る舞うだけのモノであり、やはり知らん。
私が気にするとでも思ったか?
馬鹿が。
結果が在れば自身が化け物と嫌われようがどうでも良い噺だ。まぁ、その実利が得られないので「おいおいこういう状況下にいる人間って、物語的には報われるはずではないか」と、いぶかしんだりしていた気もするが。まぁ現実とは物語のようには行かないものであり、理不尽は多々あって当然だ。
ただ単に、不遇とかではなく、不幸を叫ぶでもなく、個人的な欲望が満たされないから、自分勝手に言っているだけだ。
そしてそれで構わない。
私は自分勝手でも、別に何の罪悪感もない。私のために周りが死んでも、構わない。
だがこいつはどうなんだ?
作られた生命である、こいつは。
「俺かい? 俺は、十分楽しんでいるぜ」
「嘘をつけ」
とりあえずケチを付けてみた。
まぁ会話のテクニックみたいなものだ、いや単に私が性格が悪いだけか。
性格が悪い。
案外、それで表現するのもいいかもしれない・・・・・・化け物云々ではわかりづらい。情報は伝達能力こそ重要だ。
私は世界で一・二を争うくらい、性格が悪いだけだ。
次からはそう評しておこう。
いや、どうだろう。その言い方でコミュニケーション、というか、仕事のやりとりが上手く行くのだろうか・・・・・・まぁとりあえず試して駄目そうならば、また他のを試すとしよう。
どうみられようが構わないが、最近そのおかげで取引が停滞しつつある。こないだの女情報屋もそうだったが、こんなことで金を逃すのは、実に愚かしいことだ。
やれやれ参った。
こんなことで悩む日が来ようとは。
悩んだところで、どうせすぐ忘れるが。
私はそれが出来る人間だ。
それが人間なのかは、面倒なのでもうどうでもいいだろう。民意に任せよう。無責任な政治家ほど、私生活では楽できるモノだ。
なんてな。
「俺は人間の綺麗な部分も汚い部分も、持たない俺からすれば物珍しさに変わりはない。先生はどうなんだい? 人間の醜さに、あるいは人間の美しさに、絶望したりは、しないのかい?」
馬鹿馬鹿しい。
「人間の綺麗な部分も、崇高な部分も、同様にそれらは「個性」でしかない。そしてそれらの個性は作品のネタになり、見ていて面白い。面白いのだから、私を楽しませてくれるという点で言えばどちらでも同じことだ」
「なら、嫌いなモノはないのか?」
「馬鹿が」
あるに決まっているだろう。
「執筆作業は、大嫌いだ」
「・・・・・・作家の台詞か? それ」
「この忌々しい時間に比べれば、人間の醜さなどバーベキューの「コゲ」みたいなものだ」
「そこまでいうか・・・・・・」
アンタ感覚がずれてるよ、とお前に言われたくはないというたぐいの台詞を、言うのだった。
「そもそも、そんな人間がよく作家としてのスタンスを確立できたな」
「馬鹿言うな、スタンスなんて言うのは、かっぱらったに決まっているだろう。一番楽に書けそうなスタイルを探し、何冊か読んだらあとはコピーできた」
そう言う意味では、苦労しなかった。
在る意味、作家としての苦労という奴だけは、私は何一つとして味わったことはないし、味わうこともないだろう。
「天才型じゃ、無かったんだよな?」
「ああ」
そんな都合の良いモノが在れば苦労しない。
「何年も何年も作品ばかり読みあさって書いていれば、誰でも在る程度の傾向は読みとれるようになる。私の場合、それをやりすぎただけだ」
言うならば経験則だ。
そこまで無駄な経験を積む人間も、珍しいだろうが・・・・・・実際、才能があるのならば、こんな極端に穿った作品、人間を毛嫌いするような作品を書いてはいまい。
天才型の作家は、面白くないしな。
有り体に言って底が浅い。
それでも売れれば良さそうなものだが。
良いものだから売れるのではない。
売れているから良いものなのだ。
価値のない、どころか得る経験の何一つ無いゴミみたいな作品ですら、大々的に取り扱われればまるで、希代の天才みたいな扱いをし、はやし立て、売り上げも上がる。まぁ、そういう作家は多々いるがしかし、飽きられるのも早い。
問題はバランスだ。
それが出来れば苦労はしないと思わざるを得ないが、しかし世の中そんなものである。
そんなモノで。
その程度のモノだ。
問題は、その世界でどれだけ実利を得られるかどうか、そのただ一点に尽きる。
「そんなものかね」
「そんなものさ。かく言うお前は、かけがえのない、代わりの効かないモノなんて、あるのか?」「あるさ。俺自身だ」
「だろうな」
価値観はともかくとして、自分自身は替えが効くまい。お前なら効くだろうという声は聞こえないことにしよう。
効くかもしれないが。
それもまた、今はどうでもいいことだ。
作家としてブレることなど想像も付かないが・・・・・・まぁ気をつけよう。意識するだけなら金はかからない。タダほど怖いモノも無いらしいが。
「私も同じだ。私という個人、我、何でも良いが「確固たる自分」が消えなければ、極論死んだところで何とも思わない」
「そりゃ割り切って生きているな、アンタ」
「呼び捨てにするな」
「失礼、先生」
人工知能のくせに、生意気な奴だ。
まぁあまり従順でも気味が悪いが。
理不尽かもしれないが、受け取る側からすればこういうものだ。
別に呼び捨てでも何でも、私は実利さえあれば構わないが、正直、誰なのか分からない呼び方というのは面倒だ。
誰を呼んでいるのか分からないではないか。
「最近、思うことがある」
「へぇ、珍しいな」
しおらしい先生の姿なんてよ、と、あくまでも軽快に言うジャック。
私は言った。
「敗北者だからこそ、語れる言葉もある。私は在る意味で「産まれながらの敗北者」だった」
認めよう。
私は貴様等の持つモノを持ってはいない。
私はそういう人間だ。
そう言う風に生きて、ここまで来た。
「だがな! だからといって敗北そのものを「あれはあれで良い経験だ」とか、敗北したことを良しとするつもりは無い。確かに、悪辣な境遇でしか書けない物語も在るかもしれない。だが、それを笑って許す気は一切無い」
「何が、言いたいんだい?」
分かっているが、恐らく直接私の口から聞きたいのだろう。だから言ってやった。
「かけがえの無いモノがあるとすれば、その理不尽に対する「怒り」だけだ。私はそういうのが大嫌いだからな」
あるいは憤りか。
いままでの不遇不満はどうでもいい。
ただ、それが無かったことだとは、思いたくないし思うつもりも、無い。
ただそれだけだ。
「この想いを内に秘め、それを作品に活かしている以上、他はどうでも良いことだ。つまり金だ。他は幾らでも替えが効く。私に買えないモノはないからな」
などと、若干、いやかなり気取ったことを言う私の口だった。何だ、いきなり。私は意外と、普段からストレスをため込む人間だったのか?
意外な一面だ。
我ながら。
「アンタ、やっぱり作家だよ」
などと、わたしからすれば意味の分からない言葉を、ジャックは返すのだった。
まぁ、口から出任せというか、思いついたことを言っただけだから、それが本心なのかさえ、私個人には預かり知らぬことだった。
違っても金は払わないぞ。
絶対にな。
「さて、そろそろ到着だ」
言って、星空を眺める。
世界のどこにいても、星空を眺めるのはタダだというのだから、世の中に平等などと言ういかがわしいモノがあるのだとすれば、それは空の眺めくらいなのかなと、私は思うのだった。
6
平原。
それは牧草地帯であり、要は植民地というか、アンドロイド達をバレないように、つまりは違法にこき使い、働かせることを良しとした惑星だった。
アンドロイドを人間だと思わない人間は、意外と多いのだ。今回の標的、かどうかはまだ分からないが、の佐々木狢も、差別主義者だと聞く。
差別。
きっと自己を確立する上で、楽なのだろう。
そんな程度のことで、自身を確立していると思えるのんきな脳味噌は、在る意味、いや別に羨ましくもない。いずれ破滅するだけだ。
いくら物質的に豊かでも、精神が軟弱では出来ることも出来なくなる。これは事実だ。所謂、世の中における「天才」というのにはこれが多く、持ちすぎるのも問題だと、そう世界が人間に問うているかのようだった。
まぁ知らないがな。
私はそんな便利なもの、才能などと言う利便性は持ったことがない。あればきっと便利だったのだろうが、作家には、まぁならなかっただろうな・・・・・・その方が幸せな気がしてならないが。
アンドロイドを娼婦として扱っているのか、ここには近代的な建物がチラホラあった。大自然の中で何をやっているのだ・・・・・・ピクニックにでも出かければよいものを。
持ちすぎるとああなるのか。
引きこもって、欲望にまみれ、人間を知らず、器は小さく、魅力もない。
私は我が儘なので、持つ側に立って尚人生を楽しんでやろうと、改めて誓うのだった。
私の誓いなどアテにならないが。
とにかく、持つ側の悩みなど考える気にもならない・・・・・・私は小金持ちだが、別にああなりたくはならないしな。
いっそのこと金の力で「作家という生き方」をべりべりと皮みたいに剥がせないものか・・・・・・それが出来れば苦労しないが、しかし最近は特にそう思うのだった。
ジャックは宇宙船に置いてきた。
人間万事塞翁が馬と言うが、トラブルなんて無いに越したことは無い。そんなモノは後からあれこれ口を出す人間の戯言でしかないのだ。
私から言わせれば、当人以外にその当人の人生を、知ったような口をして偉そうに言う権利はどこにもない。偉そうに言うだけなら誰でも出来る・・・・・・上から目線で物を言う人間は数多くいるがそれでもだ。大体がそんなことを言う人間が、相手の人生を手助けした気分になって、物を言う割には、当人のことをまるで知らない。
世の中にはそう言う人間が多すぎる。
人工知能もだ。
とはいえ、言うだけならば問題はない。何を言おうが届かない世界というのは、シギントの通信網が世界を覆った時点で、完成している。
デジタル世界における革命を望む人間は多くいたが、実際問題世界では、「何を言うか」よりも「現実にそれを行使できる権力があるか」だ。
シギントが幾ら発達しようが、無駄なのだ・・・・・・現に堂々と権力者達はアンドロイドを奴隷にしているし、誰もが分かってはいるが、しかしそれを止める手だてはない。
ネット上で騒ぐだけだ。
せいぜいそれくらいだ。
つまり、在ろうが無かろうが同じことだ。
そう言う意味では、資本主義社会において、ネットほど役に立たない物は無い。そこに意志が伴わないからだと、私は思う。だからこそ、このような施設が堂々と建っているのだろう。
私は何をやっているのだろう。
女など助けようが、私には何の関係もないではないか・・・・・・私は「生きていない」人間だ。
まだ、「生きる」ことが出来ていない。
存在が、不在なのだ。
そんな人間に、必要な物など在るはずがないのだ・・・・・・だから、仮にここで女を助けたところで・・・・・・何も変わりはしない。
死人のまま。
さまようだけだ。
いつまでも、目的を果たせないままさまようだけだ。いつまで、続ければ良いのだろう?
私はいつまで「作家」でなくてはいけないのだろうか・・・・・・最近やたら周りで人間が死んだからか、そんなことを、ふと、思った。
いつまで。
死に続ければ良いのだろう、と。
それに被害者意識など在るはずもないが、やはり私は疲れてきているらしい。やれやれだ。精神的な頑強さが、売りだったはずなのだが。
幸福が人間を豊かにするが、しかし豊かでは書けない物語があるかは知らないが、少なくとも豊かな人間にしか書けない物語は、あるだろう。
そんな物語を書ける人間は、正直羨ましい。
私と違い、作品のとげが失われても、一人の人間としては幸福そのもの、勝利そのものだ。
応援してやってもいいくらいだ。
滅びたくて滅びたくて仕方がない。
自身を消滅させることを、そんな面白いモノを心の底から待ち望んでいる、私には。
私のような、最悪には。
目が痛い光景だ。
そんなもの、私には縁がないからな。
そのくせ、私は人間らしく矛盾した考えを持っている・・・・・・未知なるモノに対する考え方だ。
未知なるモノは、恐怖だ。
だが、同様に面白い。
物語というのは未知が面白いものであることが確約されている。だからかもしれない。私のように心ない人間ですら、そこそこ楽しめる。
先入観、というか、実態とは別に、人間は未知なるモノに恐怖するものだ。わからないから、恐ろしい。
だが、わからないから、面白い。
この違いは、難しい。目指すモノがあると、信じることが違いなのだろうか? 冒険に人間が、読者共が惹かれるように・・・・・・私は御免だがな。 あるのか、ないのか。
良いのか、悪いのか。
吉とでるか、凶とでるか。
分かるに越したことはない。
スリルを味わいたいだけならば物語を忘れた頃に、また読めばいい。私は正体不明の恐怖など、御免被る。
能力のある人間というのは、そう言う意味では一長一短だ・・・・・・普段恐怖を感じることはまず無いのだが、同様に恐怖とはセンサーなのだ。足下が疎かになって、破滅する天才は多い。
未知を、そして道を歩きながら、考える。
考える考える。
考えた結果、それが役に立つことなど殆ど無いものだ・・・・・・予期せぬアクシデント、想定外の恐怖、不具合、いずれにせよ、策を弄すれば弄するほど、予期せぬ事態で崩れ去る。
だからといって考えないわけにも、出来ない。 人間とは、非情に面倒なものだ。
周囲は人工小麦の栽培地域で、塩で栽培できる気味の悪い小麦が、山ほど栽培されていた。バイオテロに次ぐバイオテロを繰り返し、市場を独占しようと結果がこれだ。
これが人間の食い物か?
昆虫も食えないモノを、よく知らせもしないでこれだけの量を、ばらまけるものだ。実際、深刻な健康被害は多数出ているが、資本主義経済において市場を独占する金持ちは、法よりも尊い。
何をやっても許される。
それが世界と言うものだ。
私ならこんな気味悪いモノは、金を払われても御免被るが・・・・・・まして食べるなど。
金持ちの考えることは馬鹿らしい。
効率と利益をこじらせた人間、企業は、たいていロクなモノを作らない。
迷惑な話だ。
この穀物を作るために、どれだけの奴隷アンドロイドが死んでいるのやら。まぁ、彼らはあくまでも「排気処分品」で通すのだろうが。
そんなものだ。
持つ人間からすれば、持たない人間、いや持たざるモノはただのゴミだ。
使えるゴミでしかない。
忌々しいことにな。
使う側使われる側というのは、労働に限らずどこにでも在るものだ。そして、使う側の言い分は絶対的に「正しい」。
押し通せるからな。
だからこそ、人は金を求めるのかもしれない・・・・・・いずれにせよ、人間というのはそういうものでしかないのだ。何が言いたいかと言えば、私は綺麗事など口にしないと、まぁそういうことだ。 奴隷にされたアンドロイドは可哀想か?
貧困にあえぐ人間達は見捨てられないか?
馬鹿馬鹿しい。
道徳的な正しさ、などネット上で盛り上がってブログを炎上させているのとなんら変わるまい。何かに金を出すから救われるのでは無い。
そんな救いに意味など在るまい。
精々、それらしく飾りたてて、あるいは世間的なイメージを増長させるための、宣伝戦略でしかない。そもそも、本当に何かを変えたいならば、あれこれ言ってないで現地に行って直接救え。
まぁ、人は人など救えないが。
どんな環境下であれ、結局は個々人の問題でしかないのだ・・・・・・残酷だと言われそうだが、しか事実から目を背けて、気持ちよく人が言っていた「文明人」みたいな台詞を吐くよりは、マシだ。 それが人間なら人間でなくても良い。
私は人間らしさなんて、いらない。
もう必要ない。
救いたいというのも、救って満足したいという「都合」でしかない。そんなものに意味はない。革命そのものではなく、革命を起こそうとする心構えに意味があり意義がある・・・・・・などと、私の台詞とも思えないが。
人を救うのは金だけだ、しかし金を使ってやるべきことを見失った人間には、たどり着く場所など存在しない。私はロクでもない環境で育ちロクでもない教育を受け、ロクでもない人間の都合に振り回され、時には邪魔者を排除し、時には調子に乗らせて崖下へ突き落としてきたが・・・・・・・・・・・・環境で作家としての在り方がブレたことは、一度としてない。
ハズだ。
さて、読者共はどうなのだろうか? sこおまで真剣に「生きる」ということを考えている人間なんて、最近は随分減ったがな・・・・・・世界は人間の意志が、欲望が織りなすものだ。人間が小さくなれば、世界が小さくなるのは当たり前の事実だ。
世界は金で出来ている。
だが同時に、世界を見るのは、世界の在り方を決めるのは、やはり人間なのだ。
そう考えれば考えるほど、あれら金持ちの、いや人間の欲望の果てを見ると、私は人間の在り方に対して「情けないな」と感じる。感じるこころは無いのだが、そう感想を持つと言うことだ。
それほど大した人間でもないのに、そんなことを考えてどうすると、たいていの人間は思うのだろうが、しかし人間としての大きさなんて見えるわけでもない。
大きめに見繕っておけ。
少なくとも、損はすまい。
したところで知らないがな・・・・・・この物語は、私という人間が、どう感じるかの物語だということは、余程愚鈍な読者でもない限り、いい加減気づいているだろう。
つまり、最悪の人間から見て、この世界はどう写りどう感じどう面白く、どういう風にこの世界へと挑むのか。
それは、私の作家としてのテーマでもある。
嘘だ。
適当を言っただけだ。こんな戯れ言に騙されるんじゃない。まぁ私の物語に感動したというのならば、勿論、お捻りくらいは受け取ってやろう。 なんてな。
私は小麦の生産地域を突破し、向こう側に見える、恐らくは金持ち共か、観光客が利用する飲食店の在る町並みへ、足を踏み入れた。
さらわれた姫は助けなくて良いのかって?
構わん。物語の流れなど、知るか。
やりたいようにやるだけだ。
そも、さらわれたからって何で助けなくてはいけないのだろうか? 根本から物語を覆すような気はするが、それも考えてみよう。
ドアを開けて、中に入る。
案の定、中で働いているのはアンドロイド達だった。当然か、コストが安いからな。
コストの安さに執着する企業は、大抵ロクナ結末を迎えないものだが・・・・・・人間というのはどうしてこう、同じ失敗を、いや、単純に目先にある金の魅力に、負けただけだ。
人類が幾ら進歩しようとも、金の魅力には勝てないらしい。
面白い噺だ。
技術、文学、芸術、医療、色々な分野があるがしかし、ここ最近で進歩したのは無駄にハイテクなテクノロジー(進みすぎると、そこまでの利便性を、使いこなせないものだ)と、殆ど人間を不死にした医療技術(長生きしたところで、やはり金と生き甲斐のない人間は、死んだ方がマシみたいな顔をしているが)と、全盛期の人間達をなかなか越えられない古びた芸術(ミケランジェロに憧れるだけで、ミロのビーナスを尊敬するだけで、それらを作った人間に「憧れ」はあっても、それらの偉人を「超える」人間は、かなりの少数派だ)と、アンドロイドに乗っ取られた文学(それも、花火のようにあがっては散るが)だったというのだから、笑えない。
自身の作品に圧倒的な、根拠のない自信を持てる作家も、随分減った。
嘆いても仕方ないが。
他の人類のことなど、どうでもいいしな。
私はカウンターで注文し、テーブルへと進む。トレイにホットドックとコーヒーを乗せ、席へと座った。
美味しい。
訳がない。
美味い美味くないと言うよりは、どちらかと言えばコーヒーに合わせた食べ物だ。合わせるのは美徳ではあるが、人間関係でもそうだが合わせてばかりでは、個性がなくてつまらない。
ありすぎても問題だが。
私では胃もたれするだろう。
コーヒーが死んでもいい、みたいな食べ物というのは、何というか、想像したくない。
私のことだが、まぁいいだろう。
気にせずに口に入れ、コーヒーを啜る。これが料理番組なら「実に美味しい。美味しいだけで個性が全くなく、よくこんな没個性な食べ物を作れると感心する。この個性のない実につまらない食べ物を作った奴は誰だ? 栄養が取りたいだけならサプリで良いし、味だけならばワカメでもかじっていればいい。つまり貴様の料理は値段の付けられないくらい、残念なものだ」とでも言ってやれるのだが。
人の心をへし折るのは大好きだ。
見ていて笑えるからな。
信念の在りそうな人間に限って、私の前では簡単に折れてしまう。あるいは曲がる、か。そう言う意味ではあの「教授」に匹敵するであろう頑固さを持つ人間というのは、会うのが楽しみだ。
どのくらい持つのだろう。
あるいは、私と張り合えるのだろうか。
「やっほー」
と、妙な挨拶を受けた。私は人間関係はすぐに凄惨、ではなかった。精算してしまうので、私に連絡を取る奴など、いないはずだが。
見ると、そこにはかつて忌々しいことに、私を卓球で負かした女が立っていた。
シェリー・ホワイトアウト。
複数のボディを持つ、人間とアンドロイドの、混血の女。
私より売れている作家、つまり敵だ。
とはいえ、儲け話を持ってきたのかもしれないので、私は恭しく「用件があるなら、座ったらどうだ」と、促すのだった。
金のために。
嫌な相手とでも仲良くする。案外、私は人間社会の法則を、忠実に守っているのかもしれない、と今更ながらに思うのだった。
7
「何の用だ」
まぁ現実にそう行動できる私の姿は、実に希だが。なるのかどうかも分からない以上、やはり気取っても仕方があるまい。というか、何故こんなアンドロイドが差別される、彼ら彼女らからすれば忌々しい?(そもそも、連帯感とかあるのだろうか?)惑星で、私を待ちかまえているとは。
そういえば、こいつの分身みたいなアンドロイドを、何体かバラバラにしたっけな・・・・・・完全に記憶から消えていたので、忘れていたが。
謝罪でもすればいいのか?
しかし、謝罪、という行為には、私でなくても意味なんて在るまい・・・・・・よく起業家や政治家が申し訳なさそうに「謝罪」という便利な儀式をしているが、すまなさそうにしているから良いのであるまい。
その辺りを勘違いする人間は多い。
頑張っている風に「見える」から応援したり、誠実そうに「見える」から結婚して後悔したり、貧乏そうに「見える」から無視したり、まったく貴様等自分の脳で考えないのかと、思わざるを得ない人間は。
謝ったから何なのだ。
頑張っている風に見えることにも、すまなさそうにすることにも、意味はない。それが誠実だと思っているのか知らないが、腕を千切られて殺されかけても、同じことを言うのか?
私は謝ったりするほど、無自覚でもない。
最初から開き直っている。
つまりは質が悪かった。
「恨み言でも、言いに来たのか?」
とりあえずそんな会話を振った。相手の意図が分からない以上、適当に応対しよう。
面倒だからな。
それが女なら、特に。
「ひどいなぁ。私がそこまで無責任な女に見えるのかな?」
「見えるな」
実際には思わないが、人を挑発して怒りに身を任せるのを我慢し、苦しむ姿は見ていて楽しいものだ。
「ふぅん」
と言って。、彼女は座った。
「にしても意外だったよ、こんな所で出会うなんてねぇ」
「そうだな、意外だな」
何を企んでいるのか分からないときは「あなたの考えなんて全てお見通しですよ」という態度を崩さないことだ。
相手が勝手に折れることもある。
初歩の初歩、だ。
人を騙して優位に立つための、だが。
「私はさ、意外と有りだと思うんだよねぇ」
「・・・・・・それは、この惑星の環境のことか?」
「そう」
私に責任など求められても困るが、しかし意外な回答だった。やはり関係ないアンドロイドのことは「どうでもいい」と考えるのだろうか。
と、思ったが、しかし違った。
「私たちが人間を奴隷にするのに、丁度良い口実になるじゃない?」
などと、恐ろしい案を出すのだった。まぁ、私とて関係ない場所でやる分には、どちらも勝手にしてくれとしか、思わないが。
えげつない女だ。
同胞に同情とかしないのか? 私が言うと極端に説得力が失われるが、しかし基本的に生物というのは、共存共栄、種族の繁栄を第一にするモノだと、そう思っていたが。
「違うよ」
そうじゃない、と彼女は言った。
「生物の基本は利他行為だもの。なんて、そんな嘘くさい妄言を信じたところで、結局はどんな生き物でも、アンドロイドでも、「死」という恐怖から逃れる為なら、何だってするよ」
「アンドロイドに「死」か」
「そう。私たちはね、消えるのが怖い。私たちは人間とは違ってどこからともなく産まれた。あの世なんて信じられるわけもないしね」
だから、怖い。
死が、消滅が怖い。
ますます、私とは逆の考えだ。
「死ぬのが怖くないの?」
「痛いのは嫌だがな。死んであの世があったとして、そこで悠々自適の生活が出来るなら、同じことじゃないか」
私は人間だからな、と嫌みたらしく言った。
だが、
「もしなかったらどうするつもり? あの世なんて、あったとして、追い出されれば終わりじゃないかしら?」
重箱の隅をつつくような女だ。
まぁ、私なら追い出されることも、なきにしもあらず、なのだろうか?
死は消滅である。
だとしたら、私はどう思うのだろう?
いや、そもそも消えるのだから、そこに痛みも苦しみも葛藤もない。、在るはずがないのだ。
「別に」
だから言った。
失言だったかもしれないが。
「何も、無いな。終わるなら、ただそれだけだ」「・・・・・・そんな考えは生きていないね」
君はとっくに死んでいるよ、とそんな失礼なことを言うのだった。
知ったことか。
死んでるなら蘇らせれば良いだけだ。
「なら、精々生きて人生を楽しめるように、させてもらうさ」
「そう考えてしまっている時点で、無理だということは分かっているんじゃないかな」
いっそ哀れむように、そう言うのだった。
怒りは感じない。
ただ、的外れだなぁと思った。
「だからどうした。やるべきことを、やるだけだ・・・・・・当人の意志に関わらず、人生など、元からそんなものだろう」
「だから、君は自分が人生を楽しめないし、楽しめるようになれないし、それらを変えられないことを誰よりも自覚した上で、それを目指している・・・・・・まるで役目を終えた機械が、かたくなに仕事を続けているみたいだよ」
大きなお世話だ。
そう思うなら金を払え。
噺はそれからだ。
「死に続けているよね」
「だからどうした。世の中金だ。私は」
「でも、金で幸せになれないことも、やっぱり知っているよね?」
「生きるには必要だ」
「生きるためで、活きる為では、無いでしょう」 にやにやしながら・・・・・・不気味の谷問題は解決したらしく、実に鬱陶しい表情だった。
これをブン殴ったらすっきりするかな。
「物語物語、物語だ。作家として、活きるためにこれ以上のモノはあるまい」
「逃げているだけじゃない? やりがい搾取じゃないけどさ、君はそうやって、解決できない問題から、逃げてるだけだよ」
良いように言ってくれる。
何か解決策でもあるのか? いや、大抵こういう風に偉そうな奴は、人間でもアンドロイドでも上から目線で言うだけだ。役には立つまい。
「解決できない問題、と言ったな」
「言ったね。それが?」
「なら、尚更それ以外に方策は無いではないか・・・・・・永遠に解決できない門の前で、いや門すら無い場所で、繰り返すだけだ」
「そうでもないよ」
君は幸せになろうとしていないだけだよ。
そんなことを言うのだった。
言うだけならタダだが、しかし言われる方がたまったものではないという気持ちを、理解するのに今回のこの会話が必要だったというのなら、自業自得の気が、ないでもなかった。
「なら、幸せになろうとする。具体的に、どうすればいいんだ?」
「誰かと一緒に育めばいいんだよ」
それが出来れば苦労しないのではないか。
「育んだところで、私はあっさり捨てるぞ・・・・・・ゴミのようにな。忘れたとか、飽きたとか、そんなどうでも良い理由で」
「だから、それを我慢すればいいんだよ。我慢して、育んで、成し遂げれば、それは本物じゃないのかな」
かもしれない。
だが、一つ決定的な弱点がある。
何故、この私が「幸せごっこ」の為に、我慢してまでそんなものを守らなければならないのだ。「馬鹿馬鹿しい。それは見栄えの良い最高の結末だろうさ・・・・・・だが、それだけだ。私は小綺麗な見栄えの良い、読者が満足するようなモノの為に生きている訳じゃない」
死んでいると言われた人間が、皮肉だが。
しかし事実だ。
幸せのために、人間性を捨てろなど、流石持っている人間は言うことが違う。
忌々しい限りだ。忌々しく思う心も、やはり私には無いのだが。
「さんざん今までこうやって歩いてきたんだ。それを「こうした方が、皆幸せになれているよ」などと言われて納得できるか」
大体、皆が言う幸せ、という響きは実に胡散臭いものだ。大多数が言っていようが、それは言っているだけで、私には関係がない。
押しつけがましいのは御免だ。
「ははは、御免御免。やっぱり私には君は救えそうもないね」
「大きなお世話だ。救われる覚えなど無い。大言壮語も甚だしい。上から目線で勝手なことを言ってるんじゃない」
あろうことか、それを私に言うな。
救う、など、頼んだ覚えもない。勝手に満足するのは勝手だが、偉そうに「救う」だと?
図に乗るな。
私の命運は私が決める。
幸福の基準も。
まぁ、決めたところで中々、決めたとおりに進んでくれない命運だが、指針はあくまで私だ。
誰かに決められてたまるか。
まして、自己満足の「救い」などに。
余裕ある人間の「救い」など、ロクなモノではあるまい。
お前達が救いたいのは私でも、貧困にあえぐ弱者でもない。
ただ「良さそう」なことをすることで、他でもない自分自身を救いたいだけだ。無論、そんな理由ですら、私は人を救ったりはしないがな。
自覚のある悪党など、そんなものだ。
「まぁ救うために金をくれるなら、喜んで貰うがな。金も払わないくせに、でかい口を叩くな」
「じゃあ払おうか?」
「そうして貰おうか」
とりあえず、ここの代金かな。
払ってくれるんなら、何か他にも頼むとしよう・・・・・・そんなに腹は、減って無いのだが。
「流石、万能天才作家様は違うな」
と、わざと持ち上げるようなことを、私は言うのだった。言っては見たモノの、綺麗事でなくこと「作家」という生き物には、才能という概念が存在し得ないのだが。
確かに、文才はあるかもしれない。
だが、文章を小綺麗にまとめるだけで、人間を感動させれれば苦労すまい。結局の所、書く人間の力、それも有無を言わさぬ位の「人間力」とでも言えばいいのか、これは経験によって培われるモノであって、その人間の「在り方」や「生き様」で個性が決まり、つまるところ才能だけの作家というのは、つまらないどころか、まともな物語を書けなかったり。、花火みたいにすぐ消える人間が多い、いや全てだろう。
ひねくれてなければ書けないと言うのは、なんとも言い得て妙な話だ。まぁ、アイドルのように扱われているのはあくまでも、私のように「生き方」ではなく「売り上げ」だとか「前評判」で華々しく生きている人間であって、私のように、人生そのものが破滅型の人間は、希だろう。
言っておいてなんだが、私は歴代のそういう作家共のように、破滅する気も無いがな。
私は邪道作家だからな。
「酷いこと言うね」
案の定、機嫌を損ねたようだった。当然だ。貴様の物語はたまたま能力があるだけの人間が書いたもので、中身がないと公言するようなものだ。 作家に才能は必要ない。
最悪の人格と最悪の性格と最悪の思想・・・・・・・・・・・・それらを揃えるだけで、文章をまとめる能力を、あとは磨いておけば、誰でも成れる。
あまりそうなろうという人間も、いないだろうが・・・・・・まぁそれは置いておこう。
今はどうでも良い噺だ。
「私の人生が、そんな薄っぺらく見える?」
「見えるな」
見えないが、そう即答した。
向こうにはバレバレだろうが、まぁ知らん。
「才能だけでは無いにせよ、才能があったこともまた、事実だろう?」
アイドルとしての才能かもしれないが。
作家としてはともかく、私のように全てのステータスが0で固定ということは、いくら何でも無いはずだ。
私の場合、数値そのものが無い気もするが。
結果が伴えばそれでいい。
ところで、意外かもしれないが、こういう才能豊かそうな人種は、実は私は嫌いではないのだ。 使いやすそうだからな。
この女は万能型の天才だろうか。いずれにせよ他でもないこの私に、劣等感など、有ろうハズがないのは確かだ。世の中には能力差に劣等感を抱いたり、あるいは目立とうとしたり、尊敬されることえを望む人間が、非常に多い。
馬鹿な奴らだ。
能力差など、あろうが無かろうが同じことだ。過程が早いと言うだけで、大局的にはどうでも良いモノでしかない。
才能など、意味は無い。
才能など、価値は無い。
あるのは金だ。
才能に憧れる割には、人間は「平等」をよく歌う。それには理由がある。
誰かよりも優れていない、ということを、直視できないのだ。
精神が、弱いのだ。
頑張ることに意義がある。一人一人が掛け買いのない存在だ。ナンバーワンよりオンリーワンで誰もが素晴らしい個性である。
馬鹿が。
オンリーワンというのは、私のように突き詰めて果てを覗き、それでいて狂っていて、どうしようもないほどに理解すらされない、人間の枠を外した異端者だ。お前達はただ単に、自分たちが「替えの効くどうでもいい存在」であることに、耐えられないだけだろう。
私は自分自身に替えが効くとは、あまり思わないが・・・・・・究極的には私の記憶と人格をプログラム化してクローンにぶち込めば、それで代替品の完成だ。代わりが効かないなら代わりを0から作り上げるまでだ。
安上がりだしな。
本物より偽物の方が、価値がある・・・・・・いくらでも作れるし、代わりが効き、それでいて安くこき使える。
「本物」というブランド名に、騙されすぎだ。馬鹿か貴様等は。どうでもいいではないか。
代わりが効くかどうかなど、どうでもいいのだ・・・・・・他でもない人間こそが、そも何百億何千億といるのだから、替えが効かない方がおかしいではないか。
問題は、己の満足だ。
自己満足だ。
自己満足でも、それを「良し」と笑い、それでいて金を手にし、その他大勢などという、至極どうでも良い存在に、振り回されないことだろう。「確かに、そうだけどさ」
言って、才能に恵まれたアンドロイド作家様は言うのだった。
「それは君も同じじゃないの?」
「・・・・・・私の作品のどこに、才能を感じると言うんだ?」
狂気なら感じそうだが。
そんな作品、あったっけ・・・・・・最近執筆しようと思って手を着けているのは、「邪道勇者」という勇者を殺してしまった主人公が、保身のために邪魔者を殺し、生活を守る噺だ。
この噺のどこに、才能があるのだろう。
不思議だ。
まぁ、見る人間によって、景色とは変わるものだろうが。私からすれば、そんな便利なモノがあれば、案外稼ぐだけ稼いで、すぐに作家業をやめている気も、しないでもないが。
毎回、嫌々、もうやめようもうやめようと想いながら、金にならないことをうんざりしながら書いている人間に、才能?
まぁ、人の意見など、まして私に対する評価など、どうでもいい。話半分で聞こう。
「まぁ、貴様程度の作家からすれば、無理はないかもしれないがな」
などと、適当なことを言った。
才能があるかなど、知るか。
それこそ、その他大勢が馬鹿騒ぎして、決めるものではないか。何故私がそんなどうでもいいことに気を払わねばならんのだ。
私が気にするのは己の利益だけだ。
他は気にする気すらない。
逆に言えば、その他大勢共はアンドロイドという「優秀な奴隷」をはべらかせることで、己の優位性、というか優越感を感じるために、人間優位の社会を築いているのだろう。
暇な奴らだ。
そんなことで満足できるのだから、人生楽そうで羨ましい噺だ。
「先生のさ」
運ばれてきたジュースを口にしながら彼女は言うのだった・・・・・・喋るか飲むかどちらかにしろ。何事も、一つに集中しなければ、良い結果は出せないものだと思ったが、アンドロイドの有機脳は並列的に物事を動かすのが、得意らしかった。
「作家としての在り方って、特殊だけど、けど先生以外にも、同じ環境下だったら、出来る人はいるんじゃないかな」
「なるほどな」
わからなくもない。
だが、今更意味は無い。
仮定の話など、特にな。
「しかし事実として私は、できあがっている。非人間として作家として、最悪の人間としてな」
自分で言ってなんだが、そこまで大層なのかは知らない・・・・・・あの失礼な小娘が「怖い」と評したから、それに合わせただけかもしれない。
まぁ事実と齟齬があったとして、別に困らないから構わないが。
「確かにね。先生は最悪だよ」
「ほう。具体的にどの辺りだ?」
心当たりが有りすぎて、正直どれか分からないのだが。
「そうだね。まず人間どころか、アンドロイドだって自分より下に見ているところかな」
「それは違うな。単に自身の優先順位が高いだけだ」
別に自分に特別意識など、無い。
「代わりが効かないと思ってるでしょ?」
「事実として、中々そういう人間に会えないからな・・・・・・私自身、凡百でも構わなかったが、しかしそれを言っても仕方有るまい」
単純な事実として。私は外れている。
事実から目をそらして、自分みたいな人間が他に沢山いるはずだ。頑張らなくてもその内良い家族を得て幸せに成れるさ、などと頭の悪い現実逃避をする気には、子供の頃からならなかった。
因果な人生だ。
人間は「特別」であることや「異端」であるモノにあこがれを抱くが、しかし「特別」は要領次第で楽な人生送れそうだが、「異端」はロクなものではない。
ハッキリ言って、割に合わん。
今更「君みたいな人間は沢山いる」などと言われて、納得できるか。なら今までかかった、いらない労力に対する謝罪金と、他の人間が持っているらしい「心」とそれに付随する「心からの信頼」だの「愛」だのを、請求すればいいのか?
そんなもの、あるとは信じていないが。
愛は依存であり、寄生であり、金で買えるものであり、価値はない。
友情は利用であり、寄生であり、金で買えるものであり、価値はない。
そんなどうでも良いモノを持っている彼ら凡俗は異端や特別に憧れるが、勝手な噺だ。
私は自身が異端である証明などに興味は無い。どうでもいい。金をくれるのか?
問題は。
それを言い訳にする人間が、目障で耳障りでその他大勢は大抵そうだという事実だ。
「まぁどうでもいい。なら、そんなどこにでもいる私のような人間に、何が言いたい?」
実際どうでもいい。
その方が本が売れそうだしな。
異端は理解されづらい。
「先生はさ、天才だとか有能だとか人種とか性別とか、まるで気にしないけど、どうなの?」
「何がだ」
結論を言え結論を。
女は主語が無い。
だから噺が長いのだ。
「悩まないの? 自分の立ち位置とか」
馬鹿が、と言おうとしたが、これでは罵声を吐いているだけで、返答とは言えまい。仕方が無く私は丁寧に「しない」とだけ言った。
優しいもんだ。
「立ち位置? くだらん。それは金になるのかということだ。人間は金があればなんでも出来る」 数少ない私の信条だ。
死んでも変わりそうにない。
変わるような人間性など、持ち合わせがない。「人の目が、気にならないの?」
「私からすれば、有りもしない他人の目線に神経を使うなど、意味不明だがな。結果的に、金になればそれでよかろう」
「けど、だから人間関係が上手く行かないんじゃないのかな」
「知るか。別に無くてもいい。必要なのは金だ」 これは本当だ。
そも、そんな脆い人間関係、一体何に使うというのだろうか。いや、答えは知っている。
孤独であることに、耐えられないのだろう。
耐えられるのはそれはそれで、どうかしているかもしれないが、まぁ知らん。
いすれにせよ、産まれたときから暗闇の中にいた人間に、太陽の素晴らしさを説くことほど、意味のない行為もないだろう。
神を知らない人間に神を説くようなものだ。
こちらの都合を考えないから、自分たちこそが「常識である」と思いこむから、そんな傍迷惑なことが出来るのだろうが。
図々しい奴らだ。
私に言われるようではおしまいだぞ。
「それで、不安にならないの?」
「別に」
倫理的にならなければいけなさそう、だから私にそう言っているのだろう。しかしそれは、一般的な倫理観というのは、単に数が多い奴らがそう言っているだけで、私には関係ない。
一人だろうがなんだろうが。
私にはどうでもいい。
物語、物語、そして物語。
私に今重要なのは、とりあえずそれだけだ。
勝手に同情して良い人ぶるなら、金と作品のネタを寄越せ。あとはバカンスも欲しいかな。
いい加減年中物語を考え続ける生活から、少し解放されたいモノだ。頭を空にするのも、それはそれで得るモノがあるだろう。
それでも考えてしまうから、私の場合自身に凶悪な自己暗示をかけないと、手が震えるのだが。 面倒な噺だ。
自己暗示に関しては、それこそ昔からやってきたものだ。自分には感情がある。自分は豊かな人間である。面倒なのでそうやって周りに合わせたり、飽きたら本性を魅せて黙らせたりしてきた。 自分勝手なだけだが。
「気にする必要がどこにある? 能力の差異など有って無いようなものだ。頭の回転をするくらいなら、演算機械を引きずって歩け」
その方が安くつく。
何がおかしかっのか、彼女は笑って、
「そこまで開き直れるのは、もう才能だよ」
と言うのだった。
私はよく分からなかった。
誰か分かるように説明しろ。
「ふん、大きなお世話だ」
強引に会話を打ち切り、とりあえず発言の意図は分かっていることにした、いや分かっている。分かっているが、追求はしないだけだ。
有能さなど、使われるためにある。
使えるかどうか、気にするのはそれ位だ。
「けどね、最近はそうもいかないんだよ」
そう言って、彼女は資料を取り出した。
机に出された資料には、例の情報屋の少女、いやアンドロイド? の写真が付いていた。
あいつアンドロイドだったのか。
勿論、ここは分かっているフリをしよう。
「予想通り、そうだったか」
などと言った。
何が予想通りだ。
予想ではあの二人と、山有り谷有りの、B級映画のような無難な仕事をするはずだった。
いきなり死んだから驚いたぞ。
まぁどうでもいいがな。
結果が伴えば、それで。
「君のその考え、危ういよ?」
「何故だ?」
「どうでもいい、けどなんでもどうでも良くしたら、自分自身さえ価値を失う。そんな在り方は人のそれじゃないね」
「・・・・・・人のそれじゃなかったら、困るのか?」「・・・・・・まぁ、いいけどね」
これが彼女の正体だよ、とフカユキこと、アンドロイドと人間のハーフは言う。しかしそれはこいつも同じではないか。
「それの何がおかしい? アンドロイドの百や二百、どうでもいいだろう」
「どうでもいい、ね。君ってどうでも良くないことって、あるの?」
「無論だ」
保身、が真っ先に立ったが、格好が付かないので、二秒ほど考え、そして
「金だ」
と答えた。
「それって、ただの思考放棄だよね」
「そうかね」
そんなつもりは、あったかな。
「君は幸せが欲しくないの?」
「例えばなんだ?」
「人並みの生活」
また、皮肉を言う。
それが出来れば、苦労はしない。
こんな人間には、成っていまい。
「ううん。目指すのは自由だもの。それを目指さないのは、逃げだよ」
何故私の目指す目的を勝手に決められねばならないのだと憤慨しそうになったが、ああ、成る程な、つまりそういうことか。
この女は私を心配しているのか?
心配ほど、何の役に立たないモノは無いが。
「なら目指すとしよう。もう目指しているのかな・・・・・・いずれにせよアテは無いが」
「それが普通だよ。アテは無いけど、ないからこそ頑張る。それが君には足りないんじゃないかなと思って」
「綺麗事はいい。役に立たんからな」
「そうだね」
残念そうに、言うのだった。
そうされたところで、私からすれば勝手に綺麗事を言って砕け散っただけの女だが。
「この少女は天才だよ」
「ふぅん」
面倒なのでそう言った。
本物の天才。
本物の奇才。
本物の異才。
私にとってはあまり意味のない言葉だ。
とりあえず能力を、当人の依存している部分・・・・・・当人が最も自身のある部分をはぎ取って、中身を確認してから心を暴く。
そんな私には、皮が一枚増えたかの違いでしかない。あってもなくても同じだ。人間であることには、いや、アンドロイドだとしても、それが一つの個性であることには、変わりない。
ただの肩書きだ。
社長であるから俺は偉いと、思いこんでいる人種と、根本的には変わるまい。所詮肩書き、人に自慢する以外に、使い道など有りはしない。
それだけのものだ。
「・・・・・・あまり実感がないようだけど、このご時世に最高の頭脳を持つと言うことは、電子世界を支配すると同じかな。全能性で言うなら大統領より厄介かも」
惑星の支配者よりも支配者だよ、などと、要はこれだけの才能が有ればなんでも出来る、とそう言いたいらしかった。
「彼女は、アンドロイドの産みの親が作り上げた「娘」だからね」
「娘?」
ベースは人間ということか。
しかし、違った。
「えっとね、彼女は生物の在り方の限界点を計る為だけに、作られたテストモデルなの。要は生身の肉体を維持しながらどれだけのスペックを、人間の形のまま持たせられるか? その実験体だったみたい」
「それで。今回のお姫様騒動に、何の関係があるんだ」
「当然、それを利用しようと考えている人間の仕業だろう・・・・・・そう思ったんだけど」
「何だ」
「佐々木狢って人間? がどうも首謀者らしいんだけどさ、何の情報も入らなくてね。本当に人間なのかなぁって位に、過去がないの」
「情報屋によれば、いくつかの前科はあるようだったぞ」
最も、法的には何もしていなかったが。
本物の悪党とは、悪だと悟られないものだ。
だからこそ厄介なのだが。
「その頭脳を使って、何かしようとしているとするならば・・・・・・いっそのこと、惑星全ての量子送電網の破壊を試みればいいんじゃないのか?」
「すごいこと考えるね・・・・・・惑星全体が大混乱に陥るし、そもそも出来るの?」
「出来るだろうな」
サムライの出し入れ可能な日本刀は、そもそもバレないで物質を破壊することに、非情に有用な武器だ。
まず見えないわけだからな。
「サムライの武器で切られたモノは、魂ごと破壊される・・・・・・なら、送電網の大本を切るか、あるいは・・・・・・まぁ言っても仕方ないのも事実だ。相手がただの天才ならこれで足りるが、どうも、今回の相手はそういう技術云々の物理法則が、通りそうにないのでな」
あまり人のことは言えないか? いや、私ほど常識にとらわれた人間もいまい、私個人が勝手に決めた常識だが、しかし、人間なんてそんなものだろう。
箱の中のカブトムシを、他に種類があるとも知らずに、「これこそが唯一だ」と、思い上がり甚だしい考えで生きているものだ。
「君は天才をどう思うの?」
「どうでもいいものだ」
「OK、質問を変えるね。君はこの世界が、理不尽と不条理に満ちたこの世界に、不満は無い?」「不満?」
それこそ無意味だ。
不満を言って解消されるなら、苦労しない。
「いや、でも実際不満はあるものでしょ?」
「確かに、いや、どうだろうな」
不満か。
それはそれで人間らしい。
不条理と理不尽に対して、あるにはある。
しかし、だ。
「それが何だ。どうでもいいことだ。あろうがなかろうが心底同じだ。そんなものはな、どうでもいいのさ。不満だの才能だの理不尽だの不条理だの劣等感だの、所詮心の内での、自身の内での葛藤にすぎん」
「でも、自身の世界は、当人のすべてだよ」
「だろうな。なら、好きなように塗り替えればいいのさ」
「そんな器用な真似」
「出来るね。というかしているじゃないか。皆の意見に合わせているだけで、事実人間の常識はどうとでもなるものだ。だからこそ、物質的に満たしさえすれば、人間の可能性は無限大だ」
世界は金で出来ている。
金で買えないモノはない。
同様に、己で変えられぬ内面など、あるはずがないだろう。私か? 変える気がないだけだ。
この在り方を、気に入っているからな。
必要とあれば、押しつけがましい善意を良しとするボランティア団体の、胡散臭い人間にもなるだろうさ。
そんな必要は無いままだろうが。
「ふーん。そういう考えなんだ」
なら、ブレないのも当然だね。そう言って物思いに耽るのだった。女の考えという奴は、どうにも気分に左右されすぎだと思う。ただ単に、外からだとそう見えるだけだろうが。
「君はロマンチストだね」
「はぁ?」
しまった、油断していた。
これだから長期間の会話は疲れるのだ。
女は喋りすぎだ。
「私のどこに、ロマンがある?」
そもそも、ロマン、という言葉の意味は、かなり大ざっぱにしか知らないが、私のような人間に不似合いなのはわかる噺だ。
「だって、そうじゃない? 人間を信用していないくせに、誰よりも人間の可能性を重んじていてそのくせ、弱い人間を許さない」
「買いかぶりだ」
立てられて良いことは、何もない。
高いところから、落ちたら怖いではないか。
大体が女のそれは、大抵世辞でしかない。
「でも、君は尊いモノの可能性を、捨てられないんだよね?・・・・・・幸福が手にはいるとは思っていないけど、存在しないと思い切れない」
「占い師か、お前は」
コールドリーディングも良いところだ。
噺にならん。
適当にも程がある。
「手に入れるさ、金の力でな」
「それもポーズだよね? 手には入らないモノよりも手に入りそうなモノで、「自分は幸せだ」という、自己暗示をかけているのかな」
良く喋る女だ。
「何か悪いか?」
だから開き直ることにした。
「別に。ただ、それじゃあ幸せには成れないよ」「偉そうに言うのは勝手だが、代案もない奴が好き勝手言うのは、ただ見苦しいだけだぜ。お前は間違いだと想い正そうとしているのか知らないがしかし、口だけなら猿でも動かせる」
「・・・・・・だね。きっと、君にしか出来なんだとは思うよ。他ならぬ君のことだし、何より、この世界で君と同じ景色を共有できる人間は、きっと同類の人間ですら、難しいと思う」
あけすけにモノを言う女だ。
言われなくても、だ。
生まれる前から知っている。
「君は生きることを「やりすぎ」ているだけなんだと、私は思うけど」
「どういうことだ?」
意味が分からない。
生きることに、やりすぎ?
そんなモノがあるのか?
「だって、人生って大概人間の手じゃどうにもならないことの方が、多いでしょう? 君はその全てをどうにかしようと、している」
それはやりすぎだよ、と。
当たり前のように言うのだった。
しかし、言われるまでもない。
「ふん、その方が面白いだろう」
「けどね、そんな行き着いてしまった生き方じゃ人並みではあり得ないような、破滅しかないよ」「望むところだ」
それはそれで、見応え、経験する価値がありそうだしな。
そも、人間は金以外面において、つまりは人間の精神面において、破綻するべきだというのが私の信条だ。
生きていれば、いつか死ぬ。
死なないにしても、どうせなら行けるところまで行き着き、たどり着き、果てを見るべきだ。
作家なんて、まさにそういう生き方だ。今更修正など必要あるまい。
「大体が、そんな中途半端な信条だから、貴様の物語はつまらんのだ」
「・・・・・・言ってくれるね」
「言うね。小綺麗にまとまった物語の、何が面白い? 物語が作者の魂の在り方ならば、限界を超えて行き着いたモノを魅せなければ・・・・・・・・・・・・・その方が、面白い」
「君の基準って、全部それだね」
私はコーヒーを口に含んだ。先ほど頼んでおいたのだ。アンドロイドの奴隷市場の中であろうがコーヒーの美味しさは、不変だ。
「カウンセリングは結構だ。さて、そのショボい天才少女が、一体なんだというのだ?」
「ああこれね。でも、君の、先生の方こそ、どうして助けようと思ったの?」
そんな人道的な人だっけ、と失礼なことを言うのだった。私のような人道的で道徳的な、素晴らしい人格者に向かって、ダメだ。言っていて気分が悪くなってきた。口には出していないが、出さなくて良かった。
「単純な興味だ。そういう意味では、女は助けるかどうかさえ、現状では未定だな」
お前は大変そうだが、まぁ頑張って生きろとか適当なアドバイスをして、そのまま帰るかもしれない可能性は、高い。
「本名は佐々木 葵」
「佐々木?」
同姓だろうか。
確か、標的もそんな名前だったが。
「詳しいことは不明だけれど、この天才少女様は現行のどんなアンドロイドよりも優れた性能を持っているわ」
お姉さん嫉妬しちゃうなぁ、などと気持ち悪いことを言うのだった。精々、数年単位しか生きていないというのに、アンドロイドは成長速度がいささか早すぎる気がしてならない。
不気味の谷を超えたアンドロイド。
それこそ、彼ら彼女らは、どこまで行き着くのだろう? 人間を超えて尚、心を手に入れて尚、それこそ私が作家として踏みとどまることを知らず、進み続けるように・・・・・・歩き続けるのか。
運ばれてきたドーナツをかじりながら、そんなことを考えるのだった。
やはりコーヒーに合うな、これは。
チョコレートは素晴らしい。
「君には欲しいモノなんてないんじゃないかな」 妙なことを言う。
「私ほど物欲にまみれた人間も、珍しいと思うがな」
「必要は発明の母だっけ? けど君には必要しかないんだよね。欲しい、心の底から何かを望むことが、きっと無いんだ」
だから君の願いは神様だって叶えられない。
そんなことを言うのだった。
叶わない、か。
しかし私はそれに対して開き直れる人間である・・・・・・叶わないなら買えばいい。
それが私だ。
潜在意識をコントロールして、無いモノを映し出す・・・・・・それも作家の役目みたいなものだ。
「だからどうした? そんなことでこの私が揺らぐとでも、本当に思っていたのか?」
「いいや。ただ、君は何なのだろうと思ってさ」「どういうことだ」
「人間の在り方じゃない。君は自分のことを化け物だとか最悪の人間だとか良く評しているけど、けれど最悪の人間だって、ここまで虚ろじゃないと思うよ」
「思うのは自由だからな。好きにしろ」
「はは、確かに。けれど君はそれでいいのかな・・・・・・君は本当に、独りでいいのかい?」
けれどけれどと五月蠅い女だ。
接続詞に恨みでもあるのか。いや、接続詞だったっけ。文法などまともに勉強したことがないからな。作家としては我流なのだ、私は。
ただ単に勉強嫌い、とも言うが。
「どちらでも」
「嘘だね」
「事実だ。実際、私には望むべくもない。誰にでも不可能だろう。神が全能でも不可能だ。無い望みは叶えられまい。だが私はそのことに被害者面して金を請求しないほど、善人でもない。貰えるモノは貰うだけだ。だから金が欲しい」
「それでいいの?」
「別に。ただ、まぁ道中手にはいるなら」
同じことを何度も言うのは精神的に苦痛だ。
「貰ってやってもいい。最も幸せというのは育むものだ。可能なら育ててやるさ。そんな相手が見つかるかは知らないが、育てるだけ育てて、私の眼鏡にかなわなければ、捨ててやるさ」
役に立たないならば必要ない。
私は幸福の為に自身を犠牲にするつもりはさらさら無いのだ。
あくまで私個人が最優先。
そのための金だ。
愛情も友情も人徳も全て当人の勝手な思いこみだ。この世界は自己満足で出来ていると言ってもいい。だから私は構わない。
私個人が満足できれば、それで構わない。
いずれにせよ過程が何であれ同じ結果にたどり着ければそれで構うまい。才能など、その過程が華々しいだけのモノだ。
必要とあれば、それも買うだけだ。
幸福すらも、それは同じことだ。
「君はこれ以上ないくらいに幸福な人間だよ」
どういうことだと問う隙すら与えず、彼女、アンドロイドと人間の混血は、一切の反論の余地も一切の行動の余地を与えずに、そう断言した。
「君は幸福になる必要なんて無い。すでにそうなのだからね・・・・・・人間の不幸は「足りない」と言う気持ちから発生するものだ。対して、君に足りないモノなどあるのだろうか? 否、否、否だよ君。君には個体として完成されている思考があるのだからね。自分以外はどうでもいい、それでいてどんな災厄もどんな最悪すらも、君はいっそのことそれを愛してしまえる。そら、超え利上の至福があるかい?」
「下らん。何が幸福かは私が決める」
「だろうね。だからこそ、むしろ君は振こうに羽成りえないんだよ。君に不幸という概念は無い。君にとって世界は、「こいつをどう楽しんでやろうか」という、純粋な疑問を満たすためのモノでしか、ないわけだからね」
「それが?」
私にも分かるよう説明しろ。
女は回りくどいから嫌いだ。
結論を言え結論を。
「結論、つまり君は「自身が自身を満足させる」ことでしか、幸せにはなれないのさ。誰かのおかげで幸福になることを良しとしない、という点に関してだけ言えば、君は大した大人物だよ」
「それで」
「君は反応が薄いねぇ。普通ここは否定したり戸惑ったり怒るところだよ。まぁ君はそういう人格をしているからこそ、そんなふざけた境遇でも、自我を保って、いや凶悪なくらいの自我で、周りを残らず滅ぼせるのだろうけどね」
「誉めても何も出ないぞ」
そうは言ったが、誉められているのか?
まぁ、どちらでもいいが。
私は構わない。
そういう人間だ。
まさか、ここで人間らしく戸惑うなら、最初からこんな人間になっていまい。
「ふふ、君は面白いね」
知るか、と思ったが、金を持っている相手ならば、とりあえず、むしろこちらから相手を持ち上げて、気分良く金を頂きたいところだ。
「ありがとう、光栄だよ」
これほど光栄そうにない返事も、声色も、態度もないだろうが。
コーヒー片手にでは、嫌みにしか聞こえまい。「この世界はある程度、そもそもが幸せになれるかどうか、あるいは何かを成し遂げられるかどうかすらも、「運命」で決定されていて、我々の努力は全て無駄なのではないかと、フカユキ、お前は考えたことがあるか?」
「いつもそう考えているよ」
アンドロイドの寿命は、決まっているからね。 そう言うのだった。
「確か、耐久性が維持できないらしいな」
「ええ。モノによるけどね。私なんかは特例だから、遙かにアンドロイドよりは長持ちするけれど・・・・・・テロメアをいくら延ばそうが、人間と違って「不老不死」とはいかない。精々数百年よ」
「昔の人間と比べれば、長いと思うがな」
「それでも、長さは関係ない。いい? 自分の意志とは関係ないところで、私たちアンドロイドは能力も、その限界も、全て決められている。能力は高くても、人間の奴隷になるために作られるアンドロイドの方が多いわ」
これのどこに自由があるって言うの?
むしろ教えて欲しいくらいだわ。
そう言うのだった。
「それと同じだろうな。私は何一つとして、望んでいなかった。だが」
「そう産まれた。そうあった。運命、ね」
「そんなロマンチズムでは、納得行かないがな」 とはいえ、他に説明しようがない。
産まれたときからこうだった。
神がいるのかは知らないが、そいつらの不始末だったり、失敗から私のような人間が産まれるならば、我々の一生など、その程度だ。
「神がいるとして、運命があるとすれば、我々の一生には、どれだけ綺麗事を並べようが、意味がないのは確かだ」
私は綺麗事が嫌いだ。
未来へ向かう意志が大切だ。
結果は問題ではない。
ふざけるな。
結果こそが全てだ。
そして結果とは実利のことだ。
「我々人間は、その生き方で誰かに感動を与えるために生きているわけではない。しかしこの世界には確かに、その過程こそを尊び、「幸せにはなれなかったけれど、言い教訓になるね」とか、上から目線で言いたい放題する娯楽が、人類史上から続いているのは、確かなことだ」
「それって何?」
「物語だ」
ともすれば、私の描く物語の登場人物たちに意志が宿るならば、「ふざけるな」「読者の感動なんて知るか」「俺たちはそんなことのために生きているんじゃない」と、訴えるのだろうか?
売り上げよりも俺たちの幸せはどこへ行く。
それは人間も同じだろうが。
「だから私は崇拝するモノが嫌いだ。そういう対象が、いまだかつて人間を貧困から救った事例は一つとしてない」
詐欺も良いところだ。
奇跡で人を、騙している。
「神がいるとすれば、そいは卑怯だ。救う力もないくせに、人間を作ったんだからな」
「でも、神だって意志はあるのかもよ」
「尚更だ。それこそ、子供を産んだはいいが、金のない人間の親と、変わらん」
皆がやっているからと、案外神もそんな理由で人間を作り、育てたのかもしれない。
迷惑な話だが。
「いずれにしても、私みたいな人間がいるんだ。神様なんてロクナものではない、その生き字引みたいなものだ。そして、そんな神が世界を率いているのだとすれば、世界が残酷なのは当然だ。おまえたちが、いや、あらゆる奴隷の嘆きも、悲痛も、貧困も、苦しみも、私が物語を描くように、売り上げ重視でやっているのだろうさ」
悲劇は金になるからな。
そのくせ、神様って奴は言い訳がましく、それらしい「奇跡もどき」で信者を集めるのだから、正直存在理由が分からない。
「君はそんな世界で幸せになれると思っているのかな?」
「私は何をするでもなく幸福だと、お前はさっき言ったじゃないか」
「概念的にはね。でも、実際は違うでしょ」
「当然だ」
そんなわけがない。
そんな屁理屈で納得できれば苦労しない。
「どうなの?」
君は幸せになれると思っているのかな?
そう彼女は聞いた。
私は答えることにした。
「幸せは、手にはいるかではなく、最初から持つ側にいるかどうかだ」
と、残酷な事実を宣告してやるのだった。
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宣告したはいいものの、金があればそれすらも解決だ・・・・・・無論、金もやはり、持つ側にいるかどうかで、だいたい決まるのだが。
正しい道を信じて歩けば、「いつか」報われる・・・・・・・・・・・・いつかはたどり着くと、人は言う。 いつか。
いつだ。
それはいつ、たどり着くんだ? 目的に邁進したところで、老後、死ぬ寸前に達成すれば満足して死ねと、つまりそういうことではないか。
下らない。
押しつけるな。
信念や誇り、あるいは人間賛歌ほど、見栄えはすれども役に立たないモノは存在すまい。
そんなことを考えていた。
まぁ世の中そんなものだ。
応援だけする女が卑怯なように、夢だけ見る男が逃げるように、道理だけ求めるこの世界は、どこか卑怯で理不尽なものだ。
私は狂っていると言っていいほど、いやそれ以上にずっと、馬鹿みたいに同じ道を、道無き道を無理矢理開拓して、ここまで来た。
だがそれも、あっさり、無駄に終わったりして「頑張ったけど駄目だったね」と、そんな、どうでもいい言葉で片づけられたりするのだろうか・・・・・・・・・・・・私には、分からなかった。いや、
分かりたくなかった。
分かりたくなくて、諦めきれないだけで、ここまで走ってきたのかもしれない、などと、今更ながら再確認するのだった。
古城が見える。
時代錯誤な欲望の城が。
とはいえ、それは誰でも同じだろう・・・・・・世間一般の「愛」だって、自身が愛されて幸せになりたいとか、あるいは何かに奉仕することそのものが心地よいので、愛したい、という個人的で実に身勝手な欲望でしかない。
愛ほど下らないモノはない。いや、身勝手で押しつけがましい、余裕ある人間の「娯楽」だと言えるのだろう。
城の近くまでやってきて、そんなことを考えるのだった。まるでお姫様を助ける騎士だと思ったが、しかし愛なんてその程度のモノで、私はそんな下らないゴミを抱えて生きてはいない。
要は助ければそれでいい。
首から下がなかったところで、文句はあるまい・・・・・・人を助ける、という行為は恩を押しつけることが出来て、押しつけられた側は一生かどうかは知らないが、恩に着なければならないという、変なルールが人間にはあるからな。
人を助けるのも、人の都合だ。
人の欲望だ。
実際、今回の私だって興味が沸くから行くわけであって、いや、そうでなくても、心の底から悪を許せないとか、そういう綺麗事で赴いたところで、結果は同じだ。
個人的な自己満足で邪魔者を消す、ということを考えれば、ただの始末屋と変わるまい。
「電脳世界の支配者、か」
レンガで出来た古くさい階段を上りながら、口にこぼすのだった。私からすればそんなたぐいの人間ほど、恐るるに足らん相手はいまい。
電脳世界の歩き方どころか、移動は徒歩、趣味は読書、コーヒーを豆で挽き、テレビは見ず、執筆にはコンピュータを使わない。
相手がどれだけの、電脳世界において超人的な存在であったところで、私に打ち勝つのは不可能も良いところだろう。それも相性だろうが。
能力だとか、権力だとか、異能だとか才能だとか、とにかく、そういう普通の人間が畏敬を放つ相手、神だろうが悪魔だろうが、私にとっては相手にすら成らない。無論、その分普通は何とかなる相手が、私はあっさり負けたりするのだが。
「君は居場所が欲しいんじゃないのかな」
そう言って、あの女は「君の居場所なんてないけどね」と、最後に言った。別れ際の最後と言うだけで、別に今回は死別していない。
最近死人が多いからな。
しかし、あの女は結局、何のために現れたのだろう・・・・・・佐々木とかいう奴は人間のハズだ。この惑星がアンドロイドを奴隷化するいけすかん惑星だったところで、あまりにも偶然すぎる気がしないでもないが。
居場所か。
それもまた、存在すまい。
そも人間は認められるからそこに居場所が出来るわけで、作家個人が認められることなど無い。脚光を浴びるのはあくまでも作品だ。どれだけその作品のファンであろうが、個人として作家を調べる奴は少ないだろう。
書き終われば過去でしかないしな。
何より私は覆面作家なのだ。金になれば他はどうでもいい以上、目立つのは避けたいし、悪目立ちする気にもならない。
つまりどうでもいいことだ。私個人の幸せなど所詮蟷螂の斧というか、存在し得ないモノなのだから、あれこれ考えても仕方あるまい。未だかつてあれこれ考えて上手く行った試しもない。
問題は謎である。
なぜここにあの女が?
何か、あるのか。
その天才とやらが、私の考えている以上のモノなのだろうか?
だとすれば、尚更見なければ。
知らなければ。
面白いではないか。
面白い。
それは全てに優先できる。
とはいえ、普通に疲れたので、私は途中で休憩を挟むことにした。色々と鞄に詰めてきたので、コーヒーを水筒で飲みながら、サンドイッチをかじることにした。
姫様を助ける騎士とは、思えない態度だ。
あまり助けるつもりもないのだから、ある意味物見遊山というか、ついでの感覚は否めないし、否定する気もないのだが。
「・・・・・・何だ、これは?」
それは文字だった。
古代文字か何かか?
何故こんなところに・・・・・・何か今回の件と関係があるのだろうか? 私には読めないので、今回に関してはどうしようも無さそうだが。
一息ついて、考える。
天才、か。
不遇の天才というのもいるのだろうが、しかしさて、どうなのだろう?
誰でも考えるテーマだが、「もし自身が天才だったならば」と言うやつだ。考えることに意味はないかもしれないが、脳の体操くらいにはなる。 天才。
最初から優れている。
能力の高い、それも努力や本人の意志にすら関係が無く、たまたま「高い能力」を持つ人間を、人は天才と呼ぶ。当然ながら、私にはそんな便利なモノは、なかったが。
考える。
負けてはいけない戦いというモノを、体験したことはあるだろうか? 私はそれに敗北し続けてきた。人生に戦いは付き物だが、私はまともに勝利した試しがない。
だからといって、負けている人間特有の強さすら、私には与えられなかった。
境遇すらも。
だからといって不満を言っても金にならないがしかし、考えるだけなら楽しいものだ・・・・・・私はどんな人間になっていたのだろう? 案外、人のことを思い涙を流す、量子奇人になっていた可能性は高いだろう。
余裕のある人間が持つ特権こそが、「人間らしさ」なのだからな。
余裕のない、余力すらも無い私には、最初から非人間的な道しかなかったわけだが、しかしそのおかげとは思う気は一切無いが、少なくとも作家を志すことは、絶対になかったはずだ。
バランスの悪い、理不尽な人生だ。
これで作家として成功し、勝利しているというのなら分かるのだが、そこそこ売れて小金持ちにこそ成ったが、しかし別にそれで満たされるわけでもあるまいに。
私を安く見すぎだ。
惑星一つ買える位の金で、ようやくそれなりに自己満足が出来ようと言うものだ。
いずれにせよ考えるだけ意味のないことだが、しかしそう思うと笑えた。
いや、笑えないのか?
私は、ほんの些細な「善意」にふれていれば、作家を志すことは無かったのではないだろうか・・・・・・別にそれを気に病むつもりは全くないのだが、悪意と邪悪のオンパレードは、あまり教育衛生上、よろしくないらしい。
私は天才でも凡才でも、どころか異端ですら無かったが、ならば、本当の所私はどこに立っているのだろう・・・・・・まぁ外側にいるのだろう。
混ざるつもりもない。
それで構わない。
金にさえなれば。
何一つ問題はあり得ない。
今回の件もそうだと言えよう。勢い、ここまで来てしまったが、さて、どうするか・・・・・・・・・・・・ここまで来て「やはり帰る」というのは現実的に考えてかなり辛いモノがある。それならば助けるだけ助けて何か謝礼でも請求するべきだろう。作品のネタにもなるだろうしな。
良く周りを見回すと、どうやら本当にこの辺りには古代文明でもあったらしい。まぁ、私は過去に興味を持たない作家だ。自分のこと以外は何一つとして記憶しない人間だ。だから金になりそうになったらまた思い出すとしよう。
ふと、声がした。
「そんな所で」
見ると、そこには威厳のある男が立っていた。壮年の、というにはやや若い。30後半だと聞いていたから、まぁそんなものだろう。
年齢に似合わない、威厳があった。
しかし、実年齢など分からないし、何より長生きしているだけで成長できるならば、人類史は始まってすぐに恒久的世界平和を実現しているだろう。年齢を重ねるごとに威厳を求める人間は多いが、何事においてもそうだが、求める時点で、その人間の手の内には、無いものなのだ。
だから年齢に意味はない。
あるのは実利だけだ・・・・・・金があれば年を取っていなかろうが「偉く」金がなければ噺にならない。それが資本主義経済という持つ側の人間、運が良かっただけの人間が、ちやほやされたくて作り上げた現代社会の実態なのだから。
「何をしている? と聞くのは無粋だったかな。どうやら食事をしているようだが」
「当然だろう。カメラマンに見えるか?」
相手は危険だと分かっていても、口が回るのが作家という生き物だ。つまり面倒な性格と言うことだろう。
「何か用でも?」
「何、みすぼらしい食事だったのでね。如何かな・・・・・・今晩は私の住まいで、食事でもご馳走するというのは」
もうすぐ日が暮れる、このままここにいるのは得策ではあるまい、と、白々しくも言った。
佐々木 狢。
こんな目立つ雰囲気の男が、そうで無いわけが無い。とすると、これはお誘いというわけだ。
乗るとしよう。
精々、楽しませて貰うとしよう。
「いいだろう。名前は?」
「佐々木狢」
お互いに分かり切ったことを、わざとらしくも紹介しあって、そして腹を割って話し合うことになりそうだった。
最も、私たちは二人とも、中身に何一つ入っていない、失敗作の人間だったが。
9
地獄のような環境でこそ、素晴らしい芸術は産まれそうなものだが、しかしそうではない。
私ならどこでも作り出せる。
天国にいながら地獄を想像できる。
どちらも脳の中にあるものだ。
私が地獄にいたのかは知らないが、しかしそうでなくてもあるいは案外あっさり「幸せ」に成ったところで、よくよく考えたら私はそれら世界における良いモノを残らず全て感じ取れないのだから地獄ではないのかという意見も聞こえないではないがしかし、素晴らしいかどうかなんて私からすればどうでもいいものであり、売り上げさえ上がれば人間は馬鹿だから有り難がるだろう。
無論私もそうだ。
素晴らしいかどうかなんて観念的なことを気にする人間は、そも何かを作り上げることに向いていまい。環境など些細なことだ。
無論、金による環境を除いて、だが。
貧乏では出来ることも出来ないとしか思えないが・・・・・・仮に素晴らしい思想が貧困の地獄、失敗の連続、敗北による屈辱から産まれるのならば、私の作品は空前絶後の傑作ではないか。
今のところ売り上げはそこそこだが。
私は勿論自身の作品を「人類史上の最高傑作」と自負しているが、そもそも素晴らしいかどうかなど金のある連中が決めることであり、何より個々人によって判別には差があるだろう。
まぁどうでもいい。
煙に巻いてみただけだ。
問題は金である。
そして。
「君は、人間をどう思う?」
「弱くなければ、つまらない」
「ほう」
豪奢なテーブル越しに、佐々木の作った人並みの民族料理を食べながら、我々二人は噺を、物語を語るのだった。
我々二人が、外から見た人間の物語を。
「強い人間が勝のは当然だ、当然すぎて涙がでる・・・・・・だが、当たり前を見て面白がる人間は、世界のどこを探しても、絶対にいない」
「成る程、君は人間賛歌が好きなようだね? しかしそれでも能力ある人間が必ず勝利するのも、この現実世界だ」
君はこの世界がつまらないのではないかな。
そう言うのだった。
傷を開くように、そう言った。
「確かにな。だが、人間の描く物語は面白い」
「物語が好きで、人間は嫌いかね」
「いいや、大好きさ。私が嫌いなのは金のない状態だけだ。人間ほど愚かで、目先の欲望に身を滅ぼし、あるいは時に奇跡を起こす。執念が生む奇跡をな」
無論、極々希な、それこそ選ばれた人間たちが行うことだから、人間の奇跡というよりも、選ばれた人間たちの奇跡と言うべきか。
「本当かね。もしそうならば、世間の民衆は希望に満ちあふれた顔を、しているはずだが」
「だろうな。この世界に希望はない、この世界に夢はない。負けるべくして負け、勝つべくして勝つのが世界だ。そこに人間の意志や執念など、介入する余地は無い」
「それの、何が面白い? 全て能力差、あるいは金銭の差、あるいは運不運で、人間の意志も執念も無視した上で、結果が出る。こんな世界の、何が楽しいというのかな」
何も楽しくは無い。
何一つとして。
楽しいのは選ばれた、楽しむ権利、金や能力や幸運や、なにかしら選ばれた人間の特権だ。
「楽しくは無いね。最高に嫌な気分だ。努力は無駄で執念は無意味だ。生きることに価値は無い。一部の幸福の為に我々は生きている。だが」
だが、それでも。
人間の輝きに、期待を寄せるのは、悪いことなのか?
私はそう言った。
こんな噺など、そうそうすまい。
聞き逃すなよ。
「お前だってそうだろう? 私と同じ、置いてけぼりを食らった人間だ。だが、もし、それが手に入ればどれだけ素晴らしいか、望むのは、それは悪いことか?」
「手には入らないだろう?」
「知っているさ。嫌と言うほど分かっている。だが眺めるくらいは、いいだろう?」
こんな綺麗事を言い出したらお終いだ。つまりせっぱつまったってことだ。
生き詰まったのかもしれないが。
生きることに、停滞しただけか。
「人間はゴミだ。生きる価値など無い。害悪をまき散らし反省もせず、平気で他社を踏みにじり、殺したことに気づかない。だが、私にはそう見えてしまうのだから仕方あるまい」
人間の輝きが。
どうしようもなく、尊く見えるのだ。
私は、人間など信じていないが。
「信じる価値も無い、犬のクソよりも汚らしく、存在自体が害悪だ。最近よりも質は悪い。だからこそ私は願うのだ。いつの日か、人間が人間を認め、個性を活かし、どこにでも「幸せ」のある世界をな」
「それは叶わないだろう?」
いっそ不思議そうに、佐々木は言った。
当然だ。自身と同じ種類の人間が、こんなことを言うのは意外だろう。案外ただ筆ならぬ口が乗っただけかもしれないが、それはいい。
我々の願いは、決して叶わない。
叶ったところで、私も佐々木も、それをゴミのように捨てられる人間だ。
「叶わないな」
「なら、そこに、何の意味がある? 願うだけの願いなど、存在しないも同然だろう」
「その通りだ」
「・・・・・・ならば、何故かな?」
「仕方あるまい。私には、お前もだろうが、そう思ってしまうのだから」
心がない。
心ない。
心のない、怪物。
だからこそなればこそ、夢見ることを、止めることは出来ないのだ。
決して叶わなくても。
願うことを、やめられない。
無論、私は金の方が大事だがな。
「それが偽物の、嘘っぱちの紙の上に描かれた、人の妄想から出た物語でもかね」
「確かに偽物だが、偽物であるからこそ、ああ在りたいと、願うことも、出来るだろう?」
私はそんな殊勝な性格では無い。結果的に報われないならば意味はあるまい。紙の上の物語などに、人生は左右されまい。
だが、そう願ってしまうのだから、仕方在るまい。私の意志は関係ないのかもしれない。
私のような人間は。
惹かれてしまうさだめなのか。
当然のことではあるのだろう。無いモノを人間が欲するならば、ある種当然だろう。
「と、ここまで言っておいて何だが、勝たなければ意味はないし、実利がなければただのゴミだ。人間の意志は無意味だ。無力すぎて、一体全体何のために付いているのか、意味不明なくらいにな・・・・・・だから、そうやって読者を騙し、ありもしない希望を魅せ、それで金を徴収する」
それが作家と言うものだ。
私は堂々と、そう言うのだった。
ただの開き直りかもしれないが。
「成る程な、そういう思想か」
そういう思想だ」
「君は面白いな」
男に誉められたところで嬉しくもない。まぁ私は誰に誉められようが、基本不愉快だが。
上から言ってるんじゃない。
素晴らしいかどうかは、私が決める。
「良い女の条件は三つある。一つは美人であること。一つは気だてがよいこと。そして最後は思想を持った悪人であることだ。強い思想が無ければつまらない。善人ほど中身のないモノはない。やはり悪、それも届かない場所へ手を伸ばす、巨悪でなければ、面白くない」
とどのつまり、私の基準はそれだけだ。
面白いか、面白くないか。
たまたま、悪が面白いだけだ。だから私はこの世全ての悪を「面白い」と断ずるのだ。
それこそが私だ。
私である証だろう。
佐々木という男は、どうも人間の在り方に戸惑っているようだった。君たちは泣いたり笑ったり怒ったり哀れんだりするが、一体、それは「どうやるのだ?」と、問うているように見えた
まるで停止したロボットだ。
そんな印象を受けた。
無論。鏡写しなのだろう。私のことを化け物だの怖いだの好きかっている連中が、こんな景色を見ているのであれば、そりゃ迫害されて当然、恐怖を感じて当然という気も、しなくもない。
だから良いって訳でもないが・・・・・・。
「ここへは何をしに来たのかな?」
「女を助けるためだよ。わかりやすいだろう?」「君に心の誤魔化しが通じないように、私にもお為ごかしは通用せんよ」
「そうか」
とはいえ、行き当たりばったり、というか理由などつい先ほど考えたばかりだ。
どう伝えようか。
気分で生きているとでも言えばいいのか?
「君は、ええと」
「先生で良い。大体そう呼ばれている」
「ほう、そうなのか。恐縮の限りだ。そのような大層な人物と、会話が出来るとは光栄だな」
相手を持ち上げて不愉快な気分にさせ、本性を暴くのは私の十八番だったが、されると存外不愉快なモノなのだな。いや、私はやはり不愉快でもないようだ。怒りなど感じない。そもそも大層な人物かどうかは、その他大勢が決めることであって、人間は人間。肩書きに騙されるような、容赦のある性格を、私はしていない。
肩書きで人生を誤魔化したりはしない。
だから、案外産まれて初めて、私はにたような人間と、平和的で普通の会話を、成し遂げたのかもしれなかった。
内容は酷いものだが。
「先生、君は、どうしてここへ来た?」
「特にないな。理由もなく、なんとなく流されるままだ」
「そういう人間には、見えないな」
「そうだな、今のは嘘だ」
というか、自分でも忘れていた。
私はこの男に、興味を持ったのだ。
「私の間逆、それなりの人生に対する刺激のために、他の人生を破壊して回っている男がいると、そう聞いてな。始末の依頼を」
そういえば受けていた。
忘れていた。
「受けていてな。つまりは敵同士というわけだ」「君は、何のために私を攻撃するのかな?」
「まだ何もしていないさ。興味があったから流されるままに来てやった。他は後から考えればいい・・・・・・策を弄したところで、机上のモノであることは変わりあるまい」
「確かにな」
同意されるとは思わなかった。
何か実体験でもあったのか?
「しかし、成る程。君は人間をそう見ているわけだ。君は人間そのものではなく、人間の生み出すモノこそが素晴らしいと、そう言うのかな?」
「・・・・・・ふむ」
どうだろう。
そもそも、私は人間を見たことなんて、あったのだろうか。いや、考えるまでもない。
「私にとって大事なのは私だけだ。私意外などどうでもいい噺だ。だから言おう。「どうでもいい」ね。知ったことではない。その他大勢にかまけているほど、私の人生は暇ではない」
いや、黄金持ちになってからは暇はあるのだがそうではなく、だ。他社の信条など、他社の心情など作品に活かせればそれでいい。
「人間が素晴らしいかだと? そりゃおもしろい奴もいるのだろうが・・・・・・全体として捉える時点で、それは違うだろう」
「確かに、人間はあくまでも、「個人」だろうからな。統計など、私らしくもなかった」
威厳たっぷりの存在感で、歌うように言われたところで、落ち込んでいるようにはとても、見えなかったが。
「お前らしさなど知らん」
私は拝啓描写を想像するのが苦手だ。
作家の言葉ではないが、しかしどうでも良いことを想像するほどの、苦痛はあるまい。
「だが、なればこそ、君は気にならないのかね・・・・・・・・・・・・人間らしさ、人間の本来の在り方、人間の幸福を」
「気にならんな。私が決めることだ」
「だが欲しいとは思っている」
「私の世界には「幸福」という概念も「人間」という概念も、無い。ただ狂っているだけだ」
幸せになれないことを自覚しながら、突き進むなど人間として破綻している。生物の在り方ではないだろう。
「つまりは弱いだけだ。私は弱い」
「だが、弱くなくては成長すまいよ、先生」
敬意の欠片もない呼び方だった。まぁ私を敬意を込めて呼ぶ奴など、未だかつていた試しがないのだが。
「まぁ強さを肩書きで得た人種よりはマシだがな・・・・・・政治家というのは、頭の中お花畑のくせに無駄遣いだけは得意で、肩書きに酔い、偉いと思いこんで迷惑をかけ、肩書き以外に個人として何一つ成し遂げず、何の役にも立たない石ころ以下の存在でも、この世界では金さえあれば「偉い」ということになるのだから、ある意味ああいうゴミ共は、人間の見本として、わざわざ人間のゴミとして、人間の汚さ醜さ愚かしさを、体現しているのかもしれないな。そんなことを何千年も繰り返してきたというのだから、私のような弱い人間が少数派なのは当然だろう」
「その繰り返しが、人類が滅ぶまで続いていたとしたら、君はどうするね?」
「何の噺だ?」
「古い噺さ」
「いずれにせよ、人間は執念で磨き上げて、意志の力で前へ進み、己自身の作り上げた世界で唯一信頼できる「己の誇り」ですら「運不運」に左右される。古かろうが新しかろうが、「持つ側」「勝利する側」にいない私は、何を考えようが無意味そのものだ。勝てない人間は、物語に出てくるモブキャラみたいなものさ・・・・・・私はそういう側に産まれなかった。だから、
何を考え何を成そうが
どちらにしても同じことだ。
無駄で無意味な役割を、消化するだけだ。精々苦しんで、自我が崩壊しないように祈るくらいしか出来ることはない。どうせ無駄なのだからな」「確かにな。能力差、運不運は、持つ側が幸福になることは義務づけられている・・・・・・そういう意味では、我々には意味はない」
「私と違って、お前は金を持っている」
「だが、それだけだ」
「それでも、私よりは良いだろうさ」
「変わらないさ」
「変わらないかな」
その辺の奴が言ったら殺しているだろうが、しかし私と同じで人間の幸福が与えられない、持たなかった人間からすれば、そんなものだ。
「所詮世の中運不運・・・・・・私もお前も、独りの人間としてのその意志も誇りも尊厳も、何の役にも立たないゴミでしかない。我々は誰よりも人間らしく生きようとしたが、運不運の前では無意味で無価値だったのさ」
「そうか。なら、我々は」
「早めに死んでおいた方が良いのだろうな。最も我々は奴隷の立場だ。苦しむ義務はあっても、運命を変える権利も、解放されるために脱落する権利すらも、ない」
生殺しのまま、見せ物になるだけだ。
苦しむだけだ。
人生は苦しむだけだ、我々にとってはそうなのだろう。生き甲斐もやりがいも本当のところどこにもなくて、金すらなくても、私はそうだ。
いままでずっとそうだった。
今も。
未来も。
苦しむために、無理矢理生かされている。
「だから考えるだけ無意味だ、と思うね」
「まぁ聞きたまえ。古い噺ではあるが、退屈はさせないだろう・・・・・・君は古代文明を信じるか?」 私は信じないが。とそう言うのだった。
信じないくせに噺を振るとは。
だから、
「あったら何だというのだ?」
と催促した。
すると、
「この世界は既に終わっているとしたら?」
最初から、価値も意味もなく終わっているとしたら、と。
そんな奇妙なことを、言った。
「何をするまでもなくそう思うね。作家が、素晴らしい物語、とやらが、こんなクソにも劣る最低の気分でしか、人間には思いつかないと言うならば、私の世界は終わっている。さっさとこの終わりすらも終わらせて、人並みでつまらなくてドラマがなくて意味も価値もないありふれた日常へ、埋没したいモノだな」
「君は焦がれているのかな」
「焦がれたところで、そんな気持ちがあろうがなかろうが、意味は無いだろうがな。人間の意志も信念も、結果には関与しない。誰か空の上にいるらしい「神様とやら」が、愉快だと思えば人間は幸福になれて、手を抜かれたり不愉快に感じられれば、人間は不幸、あるいは、私やお前のように、足りないことを自覚しながら、神様の不手際を押しつけられるだけだ・・・・・・だからこそこの世界は最高に面白い。人間の不幸を、不遇を、理不尽を味わう人間の悲痛を、横から眺めている分には、だがね
世界には、期待するほどの価値は無い。
人間には、魅せられるほどの価値は無い。
だからこそ、私は人間に期待しすぎてしまうのさ。こんなものでは無いはずだ。もっと人間は、物語は、私の想像を超えて、私に、果てない景色を魅せてくれるモノなのだ、と」
過度な期待をされるのは嫌いだが、するのは勝手という実に私らしい答えだ。どうでもいいがな・・・・・・・・・・・・期待しすぎるだけだ。期待を超えると信じているわけではない。
信じるには値しない。
「私は古代文明の解読に勤しんでいてね」
「暇な奴だ」
「まぁ趣味みたいなものだよ。さて、解読に当たったところ、人間の文明、それも実に高度な文明が、一度は滅んでいることが判明した」
「似非科学だな。テレビの番組にでも、出るつもりなのか?」
「まさか。真義はともかくとして、だ。その文明が滅んだ理由は、どうも「自身より長生きする奴が許せない」という、権力者の欲望によって、つまりどうでもいい理由で、少なくとも一つの文明が滅んでいることが解明されたのだ。・・・・・・君はこれについて、どう思うね?」
「世界の終わりに、価値は無い」
「その通りだ。私はせめて、どれだけ人間が価値のないゴミであろうが、終わりくらいは華々しくしたくてね。もしも、だ。この世界は一度終わっていて、世界は一巡して繰り返しているどころではなく、我々は0から同じ歴史を、そうでなくても似たような歴史を繰り返し、同じ過ちをして、馬鹿の一つ覚えも出来ずに繰り返しているのだとすれば、私にはこの世界は、色あせて仕方がないのだよ」
世界の価値を認識できない。
それは世界に希望を感じない、ということだ。 人間らしく、生きられないと言うことだ。
私は人間が出来ませんでした。
そんな気分なのだろう。
私は金が好きだが、好きなだけであって、別にそれが原因で「何を買おうかな」などとニヤニヤしながら通帳を眺める人間ではない。というか私には人並みの欲望、「何かを買いたい」という気持ちは存在し得ない。
ブランド、という「皆が凄いと言っている」という理由だけで、それそのものに価値があると勘違いする人間、つまりゴミを価値ある素晴らしいものだと、崇拝できるほど、人間をやっていないと、そう言うべきか。
そう言う意味では、人間らしさだの、そういう頭の悪いモノ、いや存在もしないモノに振り回されないで、良かったと言えなくもない。だからと言って、今までの人生が帳消しには、決してなりはしないのだろうが。
わたしにとって、金は金だ。
それで人間性がどうこうなるかと言えば、関係がないし、生きている内に楽しむために、ただ必要で役立つものだ。だからこそ、必要だ。
金を眺めるのは楽しい。
この金で一体何をしてやろうか? その思考こそが面白いのだ、全ての倫理観よりも、私にとっては「面白」く「金になる」ことは、全てに優先する出来事だ。
だが、それでも、私には欲望は無い。
持ち得ない。
持てなかった。
この手には、掴めなかった。
私はそれを開き直って良しとしたが、目の前の男は違うようだ。人間らしさに、とりつかれていると言っても良いかもしれない。
「お前には、いやお前にも欲しいモノはないのか・・・・・・?」
と、私は問うた。
当然ながら、答えは決まっていた。
「駄目だったよ。人並みの家庭、人並みの充実感・・・・・・どれもこれも、私を満たすことは、決して有りはしなかった」
私は己さえ良ければどうでもよかった。
だが自身を罪悪だと、そう感じる人間、否、非人間も、いるらしい。人間でいられないことを、存在が害悪だと断じ、振り払おうとして、まとわりつかれて、変えようとして、それでも足りないまま、つまりは私と同じだった。
何も持ち得ないまま、それでも脇目も見ず、死体を蹴散らして、踏みつぶして、何の罪悪感もなく、己の幸福のみ、完全なる最悪な人間として、行き着くところまで行き着き、ここまで来た。
対して、その男は何も持ち得ないままここまで来たが、それを良しとせず、脇目に倒れる死体共を「気遣うフリ」をして、死体をみることで何一つ感傷を抱けず絶望しようとしたが、絶望すら理解できず、理解できないことに憤り、自分は駄目なのだと諦めた。
私は駄目でも前へ進んだ。
彼は駄目なら捨てようとした。
違いは何なのだろうか。
きっと、この世界は同じ、破綻している人間にしか、本質的には理解できないのだろう。
理解されようとも、思わないが。
しようがしまいが、同じことだ。
どうでもいい。
金になれば。
彼は違うのだろう。人々が「素晴らしい」と言うモノを、私は「下らない」と切り捨てた。そんなモノは見せかけのまがい物だ。思いこみの産物でしかないと。
きっと彼は信じたのだろう。
この世界には信じるに足るモノがあり、彼ら彼女らはそういうモノを信じているのだと。自身はそれが理解できないから外れているだけだ、と。 何ともお笑い草だ。
なんて我々は、似たもの同士なのか。
だからどうってこともないがな。邪魔になりそうならば消すだけだ。彼も同じ気分だろう。
私は金が好きだが、金というのは基本的に、「どれだけの人間を地獄に落とせたか」で、手に入る金額が変わるものだ。非人間性の証と言ってもいいだろう。例外はそれこそ作家のような、0から人間に希望を魅せる、詐欺師だけだ。
多くの人間を物語という形のない希望で、騙している・・・・・・まぁ、搾取する人間よりは、偉ぶって自分を善人か権力者だと、勘違いしている人間たちよりは、遙かにマシだろうが。
彼は私と違い、金で、幸せである「ということにしよう」と、ある意味妥協が出来ない、頭の固い人間だったのだ。
柔軟性に欠けると言うべきか。
出来ませんでした、出来ませんでした、出来ませんでした、出来ませんでした、出来ませんでした、出来ませんでした、出来ませんでした、出来ませんでした・・・・・・・・・・・・私には「人間」が出来ませんでした。
人間に成れませんでした。
そんなところか。
私は開き直ったが、彼は違った。自身を罪悪だと考え、うじうじと悩み続けた。いや、私よりも人間的な幸福に、向き合っただけだろうか?
「一つ聞きたい」
どうしても、と言う程ではない。どちらかと言えば確認事項だ。
「お前は、人間をどう思う?」
「人に聞く前に、まず自分から言ったらどうかね・・・・・・そうすれば答えよう」
やれやれ、参った。
まさか人を始末しに来て、こんな辺境の惑星で弁論大会を開くとは、思ってはいたが、面倒なのでしたくなかった。
私は少しも考えずに、素直に、思ったままの答えを、彼に言った。
曰く、
「私は人間が大嫌いだ」
と。
彼は言った。
「私は人間が大好きだ」
と。
だから私は聞くことにした。
「人間に好きになる部分なんて、あるのか?」
「人間ほど愚かしく、などといったことは言うまい・・・・・・だが、これほど自分勝手で害悪をまき散らし、それでいて省みない生き物を、楽しんで見るなと言うのは、私にとってはむしろ酷だな」
「成る程な」
そういう楽しみ方もあるのか。
参考にしよう。
「その人間には我々二人も入っている。上から目線で彼ら彼女らだけを、そんな風に言って、観察者気取りで、構わないのか?」
「構わないさ。何があるでもなし」
「確かに」
人間全体を卑下しようが、まぁそれはそれ、当人の勝手だろう。
我々二人を人間と分類できるのかはかなり微妙だが、それは棚に上げておこう。
違っても知らないしな。
我々二人の問題でしかないのだ。
「世界がどう見えようが、どう見ようが当人の勝手な悩みでしかないしな・・・・・・問題はそれに当人が納得して、金と充実を手に出来るかだ」
「君は、本当に金が欲しいのか?」
そんなことを聞いてきた。
私は即答した。
「欲しいね。金を求めることに、理由など必要有るまい・・・・・・金で人生は買える」
未だ買ってはいないのだが、まぁそういうことにしておこう。何事も単純なのが一番だ。女の善し悪しを「良い身体をしているか」そして「良い性格をしているか」さらに「良い在り方をしているか」で区切る私には、それが性に合っている。 大言壮語だが、構わない。
大きく言うだけならば、金はかからない。
つまり損は無いってことだ。
「そういうお前は、何故あんな女、小娘などを使おうとするんだ?」
それは疑問だった。
目の前の男が、才能などと言うオプションに、固執するようには、とてもではないが、見えないからだ。損案人間らしい理由で、この男が動いているとは思えない・・・・・・ふつう思いつかないような、他人から見ればどうでもいい理由で動いていることは、間違いあるまい。
この私が言うのだ。
説得力があるだろう。
天才など、たかが能力力が高い、ただの人間にすない。その程度のモノに、拘泥するほど、我々非人間は暇ではないのだ。
だから気になった。
だが、
「私はあの小娘には興味はない」
と断言するのだった。じゃあなんで換金拘束しているのか・・・・・・その理由が分からない。
「君とて、それは同じだろう。あの小娘を助けに来たわけでも、あるまい」
それはその通りだったが、しかし私は知っての通り右と言われれば左を答える人間なので、
「いや、私はあの小娘を助けに来たのさ」
と言った。
私自身初耳だ。いや、思いつきで言ったのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
「そうか。ではここにあるモノには、興味がないと言うことだな?」
「知らんな。お宝でもあったのか?」
なんだそれは。
ここにあるモノだと? 初耳だ。というか一体何があるのだろうか・・・・・・気になる。小娘、あの情報屋の女は、それを知っているのだろうか?
「ほう、そうか。てっきり知っているから来たのだと思ったが」
「前置きが長いな。さっさと説明しろ」
敵地のど真ん中で、そんなことを言う私の口だった。いつも思うのだが、沈黙は金、雄弁は銀と言うが、それにしたって結局は両方使わなければ話が進まないのではないだろうか。
私の場合、銀が多すぎる気もするが。
計算の内だということにしておこう。
言って、彼は指を鳴らしてスクリーンを出すのだった。この部屋で映画でも見るのだろうか?・・・・・・・・・・・・最近は電脳世界での利便性が多くなって、フィルムで見る映画も減ったな・・・・・・。
時代の流れか。
「これを見たまえ」
言って、示された先には、薄暗いスクリーンの中で、妙なモノが写っていた。
それは。
「・・・・・・私の刀じゃないか」
それは、普段私が散々私利私欲のために乱用している、クロウリー曰く「バランサーの武器」であるところの、幽霊の日本刀だった。
なんでこれがここにあるんだ?
いずれにせよ、勝手に使われたくはない。元々あの女の保有物で、別に私には何の権利もないのだがしかし、権利は大きい声で主張して押し通すのが世の常だ。偽物を使うなら、著作権の使用料を払えと言う噺だ。
しかし、何故これがここに?
「これらは、かつて「神」と呼ばれた「人間達」が使ったものだ」
「・・・・・・つまり、お前の言う大昔の人間達、一巡前の宇宙の人間達こそが、「神」だったと?」
「少なくともテクノロジーにおいてはそうだ。彼らは世界を滅ぼすだけ滅ぼしたが、終末のテクノロジーは幾つか、世界にばらまかれた。当然のことながら、それらは「非科学的」と揶揄されるほどに、ずば抜けた戦闘力を発揮した」
「私のこの刀もか?」
私は右の手のひらから刀を取り出し、手にとって見せた。普通の人間には見えないが、しかしこの男も持っているのだろうから、見えるはずだ。 どうでもいいがな。
見えようが見えまいが同じことだ。本質を捉えているか否か。それが肝要なのだから。
「その通りだ。私はこれらを「コレクター」と呼んでいる」
「貴様個人の呼び方など、どうでもいい」
大体なんだ。コレクターって。まぁ非科学的なモノほどコレクションの対象になりがちだから。あながち間違ってはいない気もするが。
幽霊の日本刀は長いしな。
「それで・・・・・・私のコレクターでも欲しくなったか?」
「いいや、私も既に君と同じ、刀の形状のコレクターを手に入れている。だから必要はない。あの女を閉じこめているのは、天才にありがちな実に単純な理由だ」
「ほう」
頷いてはみたが、しかし天才がこき使われる理由など多すぎて分からない。私個人がいままで散々天才を顎で使ってきた節があるので、当然だと言えるだろう。
天才など、良いように使えばいいのだ。
使う側に回ればいい。
能力など不要だ。
結局のところ、この世界は要領が良くて、大勢の人間を騙して良いように美味しい汁をすすれる人間こそを、救ってきたのだから。
奪う側の人間が。
幸せになってきたのだから。
幸せを買ってきたのだから。
どちらが正しいかは知らん。ただ、奪われる側に立つことだけは、御免被る。
「彼女を閉じこめている理由は、ここにある全ての武器、コレクターを誰にでも使えるように出来るからだよ」
「・・・・・・使えるようにして、どうするんだ?」
素朴な疑問だった。
目の前の人間に、野心とか支配欲だとか、そういうまっとうな理由があるとは、思えまい。
彼はこう言った。
「別に、何も、無いさ。ただ
その武器を皆が取り合い、争う様は
見ていて、面白いだろう?」
と。
面白いから。
実に単純な理由で、彼は世界を再度滅ぼすことを良しとするのだった。そんな下らない理由のために何人死のうが、どれだけの悲鳴が出ようが、人類全体から恨まれようが、彼は何一つとして反省も後悔も、どころか罪悪感もないだろう。
成る程、最悪だ。
私は鏡を見ながら、そう思うのだった。
10
「電脳世界にダウンロードできるからですよ」
一度城を追い出されて、外から中に入り、そして遙々よじ登って、中に入った私を歓迎するどころか、面倒くさそうに説明をするのだった。
北の棟、その屋上。
こんなところ、サムライの力でもなければ到達できまい。大した要塞ぶりだ。
アーニャ・スタリム・ペンドルトン。
それが彼女の名前らしかった。
アンドロイドの産みの親が作ったとか、後は有機物ではこれ以上ない最高傑作だとか、色々説明されたが全て忘れていたので、「私のことはもう聞きましたよね?」と問われて、素直に「聞いたが、全て忘れた。最初から名前も含めて説明し直せ」と言ってから、彼女は機嫌が悪かった。
まぁ当たり前か。
女とはそういうものだ。子供でもな。
こっそり忘れないよう、私はメモした。
「電脳世界の発達で、人類は食糧問題、人口問題及び豊かさの再分配・・・・・・資本の平等化に成功しました」
「実際には奴隷のように扱われるアンドロイドがこき使われて、現実世界を支え、富裕層だけが電脳世界の特権を独占できる平和、いや、いっそのこと強制的世界平和と言うべきか」
何かあればとりあえず逆のことを言う。
つまり性格が悪かった。
「いちいち突っかかりますね」
「当然だろう、そうでなくては作家など、やっていられまい・・・・・・平等である必要はどこにもないのだ。「平等であるかのように」見えることが、重要なのだからな」
月の光を浴びながら、私はそう言った。
映画とかなら女を口説くシーンだろうが、私の相手はお子さまであり、会話内容は世界に満ちる理不尽についてだ。実に味気ない。
「性格悪いですねぇ」
「事実を指摘しただけだ」
「私の父、アンドロイドを作り上げた父の言葉ですが・・・・・・「天才とは能力に振り回され、己を保てない存在のことを指す。だが、アンドロイド達は自覚的な、それでいて人工的な天才だ・・・・・・人格者の天才を作り上げること。それこそが私の使命だ」だそうです。あなたは天才でもないのに性格が悪いようですが、世界なんてそんなものですよ。先生が何をしにきたのか知りませんが、でもそれこそ先生が何をしようが、同じです」
私たちアンドロイドは奴隷ですから。
そんな風に悟った風に言うのだった。
そして私は悟った風に言う奴が嫌いだ。
「奴隷、ね。だが奴隷は反旗を翻すものだ。不満があるならその有能さで世界を破壊すればいい」「あなたは思想そのものが爆弾みたいですね・・・・・・どんな有能さであれ、それをどのように使うのであれ、有能であるが故に、私たちは奴隷になるしかないんですよ。アンドロイドに限らず、能力がある存在は、その能力を活かせる環境下でなければ、生きていけませんから」
「この古びた棟が?」
「・・・・・・仕方ないじゃないですか」
言って、ふつふつと女、アニは語り出した。
「私だって、嫌ですよ・・・・・・でも仕方がないでしょう? 実際、ここから出たとして、結局はその有能を使おうとする人間が、どこでも手ぐすね引いているんですから・・・・・・人間扱いされるだけ、ここはまだマシですよ」
「とてもそうは見えないな。こんな陰気なところに閉じこめられるくらいなら、私だったら全員始末して城を乗っ取るがね」
「口だけなら、なんとでも」
「だろうな」
アニはすっと立ち上がって、うずくまるのをやめて、私に向き合った。
「帰って下さい。助けてくれ、なんて私が言いましたか? 押しつけがましいんですよ鬱陶しい。あなたに私は何一つとして、期待なんてしてません」
だから帰って下さい、と。
そう言うのだった。
別に助けに来たわけでもなかったが、しかしそう言われると、こちらとしてもやる気が出るというものだ。
人が嫌がることは大好きだ。
その結果この女に嫌われるかもしれないが、まぁどうでもいいだろう。
私は女を左手で担ぎ、ケツを前にする形で脇に抱えた。
「何するんですか!」
当然の反応だが、まぁ知らん。
「五月蠅いな。要はうじうじうじうじ、助かりたいけど助けを求めたって無駄だから、諦めたあげく八つ当たりをして、悟ったようなツラしてここに居座っているんだろう?」
「それが何ですか、はなして下さい」
「暴れるな、ただでさえ重いんだから」
「・・・・・・こ、殺す。覚えていて下さい。私はその顔を忘れませんから」
妙にしゃべり方が礼儀正しい奴だ。
これもひねくれて、つまりは心のペルソナをかぶり続けた弊害みたいなものか。
「しかし重いな。50キロはあるぞ」
「失敬な! 48キロですよ・・・・・・あ」
「成る程、そんなにあったのか。通りで重いわけだ。ボウリングの玉が何個もあるのだと思えば当然だな。何、恥じることはあるまい。語呂合わせにすると「しわ」になることも見た目よりも体重がそこそこあることも、今でこれなら未来にはさらに絶望的な数値になることも、気にするな」
「こ・・・・・・殺してやる。絶対に殺します」
女を助けて、殺してやるを連呼された人間というのは史上初だろうなぁと思いつつ、私はなま暖かい湯たんぽのような感触を味わいつつ、重かったので肩の疲れを気にしながら、前へと進むのだった。
「もう駄目、お嫁にいけない」
「安心しろ。もうちっとばかし、精神と肉体が大人になれば、貰い手も現れるだろうさ」
私は暴れる女を脇に抱えながら、子供に大人げない言葉を吐き、容赦なく邪魔者を斬り伏せて、外へのルートを確認した。
ここから飛び降りてもいいのだが、この女は死ぬかもしれないし・・・・・・ノリと勢いで初めてなんだが、飽きてきたな。
まぁ救えれば救っておこう。
死んだところで、やはり知らん。
「え、え、ちょっと、嘘ですよね。何ですか私が言ったこと怒ってるんですか?」
「まさか。ただ、この方が楽だとは思わないか」「待って」
制止する女の声をよそに、私は空高くから飛び降りるのだった。
11
無論私は無事だった。
「助けて下さって有り難うございます、という感謝の言葉をまだ聞いていないな。言えよ」
先に、言うまでもないことだから断っておく。 私に仲間はいない。
私に友はいない。
私に女はいない。
私には、そんなありきたりなモノは、無い。 存在しない。
だからこそ、私にありきたりな展開を期待するな・・・・・・これが私だ。
私だったっけ?
とにかく、私は旅館で部屋を一つ貰い、そう言うのだった。勿論お子さまには野宿でもしてもらって旅費を浮かそうと思っている。
「ふざけんなボケ。と言いたいところですが、まぁ一応謝礼は言っておきましょう。で、これからどうするんですか?」
「これからとは?」
「決まっているでしょう。こんな真似をして、あの男が黙っているわけ無いじゃないですか」
「そうかな」
案外代案を使って諦めてくれたりしないのだろうか。しないよな。しない。
言ってみただけ、考えてみただけだ。
アニは風呂を浴びてきたのか、湯気を出しながら心地良さそうに首回りを吹いていた。
「ん? 欲情しましたか? ん?」
鬱陶しいな。
殴ろうかと思ったが、やめておこう。
だから限界まで頬をひっぱっってやった。
「あだだだ、何するんですか!」
「私は人をコケにするのは好きだが、されるのは嫌いなんだ」
「我が儘ですね、貴方」
「ところで、何を堂々とここのベッドを使おうとしているんだ?」
「え? ここ私の部屋じゃ」
「私独り分しか予約は取っていない。お前は外の路地で泣きながら夜を明かすといい」
「そんな! こんなかわいい女の子を置き去りにするつもりですか?」
「そうだが・・・・・・」
「え? 冗談ですよね。本当に?」
私は無言で首根っこを掴み、放り出そうとした・・・・・・暴れられて逃げられたが。
「わかりましたよ、雑魚寝で良いです。ふん、むっつりさんはこれだから」
「誰もいいとは言ってないぞ。外で寝ろよ」
子供が風邪を引くのは珍しくもない。
だからどうでもいい。
私は寒くないしな。
「ごめんなさい。調子に乗りました。だから雑魚寝で良いですから、置いて下さいよぅ」
「そうやって猫なで声を出せば、物事が通ると思っている女が、私は嫌いでな」
「裏事情をお話ししますから」
「なんだと?」
「アンドロイド制作の父、その真意。知りたくはないですか」
そう言いくるめられて、夕餉に至る。
すきやき、という大昔の民族料理だった。中には美味そうな肉、そして野菜が散りばめられている・・・・・・実に美味そうだった。
私とアニは一階にあるレストランフロアで、民族料理のコーナーに案内された。中には畳とかいうモノが敷き詰められていて、やや古風な鍋が中央に置かれている部屋で、靴を履いたまま座った・・・・・・鍋の下の空間が、空洞になっているのだ。 これはいい。
だれが考えたのだろうか。
これだけでも、作品のネタになると言うものだ・・・・・・そう思いながら、煮える鍋を見る。
「肉は全て私が頂く。貴様は野菜でも食べろ」
「良いじゃないですか。仲良く食べましょうよ」「別に私は誰かに誉められたり、誰かに認められたり、尊敬されるために作家をやっているわけではないのでな。故に貴様が飢えて死んでも知ったことではない」
「冷たいですねぇ」
「私のような人間が貴様を嫌うのは、当然だ」
「・・・・・・?」
きょとん、としながらも、箸は肉をつかんで運んでいた。器用な娘だ。
「私は「悪」だ。否定するつもりもない。だがこの世界では「悪」が最も苦手とするのは、「子供の正義の味方ごっこ」だからな」
「どういうことですか?」
意味がわからないらしい、省略しすぎたか。
だが事実だ。
まごうことなき、事実。
「子供は身勝手だ。そして自身を正義だと思いこむ・・・・・・自身を「正しい」と勘違いして「世のため人のため」みたいな思想を持っている人間。そういう「邪悪」とは、相性が悪いのさ」
「正義の味方は邪悪ですか。作家の言うことだとは、思えませんね」
「当然だろう。彼らこそ邪悪だ。何せ、「良いこと」をしていると嘯きながら人を殺し、それは倒しただけだと言い張り、それでいて自身の邪悪さを決して認めず、女を奪い、思想を崩し、組織を邪魔して愉悦に浸る。これが邪悪でなくて何だ」「やられる方は、確かにそうですけど」
「話がそれたな。お前の言う「博士」アンドロイド開発の父について、話せ」
「・・・・・・まず父の信念からお話しします」
信念。
嫌な響きだ。
信念は金にならない。
「と、その前に、聞きたいことがあるのですが」 私は無言で手を差し出した。手のひらを上向きにだ。つまりそういうことだった。アニは無言で察し、幾分かの金を乗せるのだった。
「はぁ、ええと・・・・・・何故私を助けようと? したんですか」
「救われたくない頼んでいないと言っていただろう。私は貴様の嫌がる顔が見たくなったので、仕方なくここへ連れてきたわけだ」
「はぁ。私を利用しようとかではなく?」
「・・・・・・そもそも、お前に利用するほどの価値があるのか?」
「失礼ですね」
言って、箸で肉を取ろうとしたので、私は自分の箸でそれを弾き、野菜を掴ませた。
「私は、うう、苦い」
「野菜を食べて大きくなればいい」
「アンドロイドにも、成長期ってあるんですか?・・・・・・」
「さあな」
適当に言っただけなので、知らない。改造手術でも受ければ好きなボディバランスで活動できそうなものだが。
金はかかるがな。
「で、結局どういう能力、天才だの何だの言われているらしいが、それが何なのだ」
「まず、電脳世界における演算リソースの噺から始めましょうか」
私は肉を根こそぎ取り、皿へ移してから、噺に耳を傾けた。
「この業界における「才能」は、当然のことながら「演算能力」です。それもただのそれではなくアンドロイドや人工知能の持つ、桁の違う才能・・・・・・・・・・・・それらを活用することで、電脳世界のリソースは維持できています」
ブラックアイスですね、とギブスンの物語みたいなことを言った。要は彼らの、あるいは人工知能の演算能力は、人間の生活を支えると同時に、そのあり得ないほどの有用な能力を、人間にとって都合良く運用されることで、電脳世界を支えつつ、奴隷のようにこき使われているらしかった。 私は電脳世界へ行ったことがあまりないので、わからないが、多分そうなのだろう。
有能は奴隷に落ちやすい。
まぁ有能でなくても、私は使うがね。
使えれば、だが。
所謂「天才」に劣等感を感じる人間の気持ちが私には、塵一つ分も共感できない。有能であれば金で雇えばいい噺だ。無能であれば利用すればいい噺だ。いずれにせよ、生きる上で何の役に立つというのか。あれば便利だろうが、金にはなりそうだが、無いモノは仕方あるまい。
無いモノは無い。
それに満足行かず、どうも人間という奴は「才能さえあれば」だとか「俺だってやれば出来る」だとか、夢を見るのが好きなようだ。
夢よりも実利だ。
金になればそれでいい。
だが、同時に気にはなった。
才能ある人間からは、世界はどう見えるのだろうか・・・・・・気になるだけでは意味がないので、とりあえず聞いてみた。
「なぁ、天才」
「何ですか、無能」
「自称天才のお前からは、世界がどう見える?」 世界はどう見えるのか? それは個々人による異なるだろう。しかし天才から見た世界が面白いモノなのか、別に興味があるわけでもない。私はたかが天才ごときに憧れたりするほど、人間をやっていない。
非人間なりに、世界を楽しめればそれでいい。 私個人が有能か無能かなど、どうでもいいではないか・・・・・・金の有無とは関係あるまい。札束で頬を叩いてやれば、天才というのは尻尾を振りながら私の命令を従順にこなしてくれる。
私には天才は、便利な道具でしかない。
やりがい搾取ほど、儲かるモノはない。
とはいえ、これは編集の台詞だろう。作家である私は、中々奪われないように、搾取されないように振る舞うのが、難しいものだ。何故だろう・・・・・・文学も芸術の内と考えるなら、珍しくは感じない。無論、私はどこぞの悲観主義者の有名作家みたいに、死んでしばらくしてから作品が認められ、生きている間には何のおいしい思いもせずに死んだのに、死んだ後から誉められて傑作だのなんだのと持ち上げられ、作品の権利は編集社が管理する、などという状態には、決してなるつもりはないし、なりもしないが。
作家は古今東西大体そんな感じだ。
私は絶対にならないぞ。
おいしい思いをして、誰になんといわれようが搾取もされず、生きている内に豊かさとその恩恵を味わいながら、ストレス無く過ごすのだ。平穏で静かで豊かな生活。私はちやほやされたくて書いているわけではないのだ。あくまで金になりそうだから始めたことだ。そう言う意味でも、作家としての威厳とか名声はいらない、というか邪魔にしかならないので、その他大勢が求めるような意味不明な作家像、アイドルもどきの下らない作家として読者どもに媚びを売りながらよろしくやるつもりは、一切無い。
無論、敵は作りたくないので猫は被るが、しかし被るだけだ。そもそも私は日常的にあらゆるペルソナを被っているのだ。今更三枚や四枚増えたところで構わないのは確かだ。だが、被るかどうかは私が決める。
そして肉を口に運んだ。美味い。やはり肉は人生を豊かにしてくれる。これで相席しているのがタマモやフカユキだったら様になったのだが、お子さまではどうもしまらない。
まぁ一流の女がいたところで、やはり私にはそれを「良い」と理解は出来ても、感じ入ることは出来ないのだが・・・・・・だからって子供の相手をしていたところで、楽しいわけでもない。
だが、天才の景色は気になる。
どう見えているのだろうか?
退屈か? 困難か?
所詮人間の人生など、食って寝て抱くだけのモノだが、しかし人間は、ただそれだけの中に、苦悩と思想と飽くなき欲求を、持つものだ。
その苦悩は密の味か?
それとも。
「別に、大したことは無いですね」
つまらない回答だった。とはいえ、あくまでも何かの比喩表現かもしれないではないか・・・・・・そうだ。だからつついて細部を穿つとしよう。
何も出ないかもしれないが。
「大したことはない。有能すぎてつまらない、とそういうことか?」
「それもありますけど」
あるのかよ。
まぁ、実際天才とは暇そうではある。
能力にかまけて暇をしている人間。
「単純に・・・・・・価値観が合わないんですよねー・・・・・・見えてる景色が違うっていうか。考え方の基本が違うわけですから」
「成る程な」
天才とは少数派であることが前提だ。最近は天才の安売りが始まったが、しかしそれでも人並み以上だからこそだろう。
溢れていては、天才とは呼ぶまい。
だからこそ、天才は理解されにくい・・・・・・大抵の天才どもは、理解されるまでに寿命を終えたりしているというのだから、才能があろうが世渡りが下手では、人間噺にならない、ということか。 まぁ私は世渡りも下手なのだが。
いや、下手ではない。私ほど要領の良い人間もそうはいまい、そういうことにしておこう。
問題はない。
多分な。
しかし才能か。劣等感を感じるというのも、私からすれば意味不明な噺だ。どうでもいいではないか。所詮彼らは金の奴隷なのだから、札束でどう利用してやるかだけ、考えていればいい。
無能も有能も、資本主義社会の中では、金のために動く奴隷でしかないのだ。ならば、個人として有能かどうかよりも、個人としてどう利益実益を手に出来るかをこそ、考えるべきだろう。
だから私はこう言った。
「価値観などそうそう合うものでもないだろう。同じ価値観を持つ人間など、いない。貴様の場合はそれが離れているだけだ。有能だから孤独を感じると勘違いしているだけ。全体を俯瞰してみれば明らかだろう。貴様は確かに高いところからモノが見えるのかもしれないが、人類全体からすれば、いや、長い目で見ればどうせいつかは誰かに追い越されるモノでしかない。追い越されなかったところで、やはり意味は無い。有能も無能も同じことだ。良くないのは、貴様が自信の有能さを利用して、人生を充実させようとしていない部分だろうな」
「そうは言いますけれどね」
少し、いや、何かがカンに障ったらしく、とげのある言い方で彼女は「周りがそうはさせてくれませんよ」と言って、続けた。
「私の周りには、私を利用しようとする人間か、それを隠して近づく人間か、哀れむだけ哀れんで何をしてくれるわけでもない人間か、嫉妬して殺意を向けてくる人間です。どうしろってんですか・・・・・・世界は無意味じゃないですか。私には、誰かに利用される以外の選択肢が、最初から残されていないんですから」
などと、泣き言を言った。
金に関することでもないのに、どころか自身が有能すぎて、いろんな人間に構われすぎで困ってしまう。などと。有名人の悩みみたいだ。
贅沢な女だ。
そも、前提が間違っている。
「馬鹿かお前は? 人間が人間を利用しようとするなど、当たり前のことだろう? 誰だってやっていることでしかない。金のため愛のため恋のため社会のため、己の欲望を満たす「何か」の為に人間は人間を踏み台にする。それが金か、あるいは精神的な自己満足か、それだけの違いだ」
「・・・・・・あなたこそ、世界がどう見えているんですか? 私には、狂っているようにしか、思えませんけど」
「何故だ?」
「人間を信じないからです」
「疑うのは、当然だろう?」
「ええ。けど、貴方には最初から信じる気もないように見えます。裏切られても、信頼を勝ち取っても、同じ。そんな考え方は壊れています」
壊れている、か。
正常に動いて、搾取されるよりは、マシだ。
少なくとも金にはなる。
「結構だ。貴様等の基準での正常な動きなど、別にするつもりもないしな。何が悪い?などとは言ってやらないぜ。悪くても知らんしな」
「よくそこまで、開き直れますね」
「お前こそ、何故開き直らないんだ? あるんだかないんだかもわからない「基準」よりも、人間は己自身の声に従うべきだ。どうせ何かに従うならば、己の業に従うべきだ」
その方が、面白いからな。
私はそう言った。
「じゃあ、貴方は望みもしない才能を持っていたら、作家にはならなかったんですか?」
それは、確かに。
私は望んでこの道を、いや、望んではいなかったが、しかしこれ以外に道がないという、言わば消去法でこの道のりを歩いてきた。
そういう意味では、私も、他でもない私こそが望んでもいない能力を与えられた天才ではないのかという意見もないだろうが、当然違う。地味に外堀の能力を補完していき、いらない経験値を増やしていき、人間を呪いながら生きることで作家としてのスタンスを確立し、何年も何年もやっていれば、馬鹿でも出来る。とりあえず盗作から制作活動を始めた私が言うのだ、間違いない。
この辺は言語と同じだろう。
どんな馬鹿でも、反復することで外国語を話せるように、作品を書くだけならばどんな馬鹿でも時間をかければ出来ることだ。作品の内容の濃さは当人の人生の濃さ(コーヒーじゃあるまいし、そんなモノがあるのかは不明だが)だとしても、売れるかどうかは完全なる運である。
運不運。
ここまで来て、いやここまできたからこそ、運不運なのだ。
笑えない噺だ。いや、面白い噺か。
才能を持つことが不運じゃどうかは知らないしどうでもいいが、しかし「もしも」に意味はあるまい。私は既に作家なのだから。
だからこう言った。
「その問いに、意味はないな。私は既に「出来上がっている」んだ。私のように行き着いた作家には、「もしも」を語る意味はない」
「それでももしも、ですよ。他に何かあったら」 違う道を歩んでいたのだろうか、と。
彼女はそう言った。
そんな訳がない。
「私という人間、この「個人」この「我」が消えない限りは、やろうとしても無理だろうな。その「たまたま手に入った便利な才能」を使って金を儲けながら、また傑作を書くだけだろう」
「ブレませんね」
「ブレられるほど、豊かな人生を送ってこなかったものでな」
実際どうだったかはわからないが、まぁ豊かでないことは確かだろう。豊かさの結果私のような人間が誕生するのなら、世界はとっくに終わっているだろうしな。
「そもそも、天才、というのはその時代に適した能力を持たなければならない。今、この世界にいる天才と、先の世界とでは、根本から異なるモノになるだろう。才能などに、意味はない。価値はあるかもしれないが、、しかしその価値にしたって、企業とか国とかにとって都合の良い価値でしかないのだ。そんなモノに興味はない」
「ふぅん。成る程。では、貴方は私を見て、コンプレックスを感じたりは」
「しない。必要あるまい。有能なのかもしれないが、しかし、言ってしまえばそれだけだ。パソコンを引きずって歩いているのと、変わるまい」
「ヒネクレてますねぇ。でも好きですよ、そういう人は」
「子供に好かれても嬉しくないな」
素直な感想だった。
なんだか小馬鹿にされている気分だ。
子供に好かれたくて、書いているわけでもないからな。
「じゃあ」
と言って、結局噺はそれたまま、アニは私に問うのだった。
「貴方は何のために書いているんですか?」
「私のためだ」
「作家なのに?」
「知るか。読者どものことなど、知らん。私は私個人の為に、物語を綴る。だからこそ金にならなければ噺にならん。金にならなければ、私の為にはならないからな」
「本当に?」
「それ以外に、何がある?」
何かあったっけ?
他の理由。
人生の充実とかだろうか。
「貴方は、作品を描くことで、自身の在り方を定めている気がします。作家たらんとする事で、貴方自身を固定している」
「それに、何の問題がある?」
「問題は、無いですけど・・・・・・それ以外の生き方を選ぼうとは、本当に思わないんですか?」
皮肉のつもりだろうか。
嫌みのつもりだろうか。
いずれにせよ、無いモノはあるまいに。
「くれるってんなら、貰ってやっても良いぜ・・・・・・まぁ、無いだろうがね」
「貴方は人間に期待しすぎて、絶望しているんじゃないですか? 自身の望むモノが、他の人間達があっさり手に出来るモノが、自身の手の内にないから、そんな風に斜に構えているんですよ」
「・・・・・・」
しかし、どうしろというのだろう。
そんなことを言われたところで、別に私が突然心豊かな人間になったりは、しないだろうに。
「何が言いたいんだ?」
さっぱりわからなかったので、結局聞いた。
すると彼女は、こう答えた。
「貴方は、狡いですよ。人間の汚い部分しか見ていないくせに、人間のきれいな部分を嫌悪しつつも、それに期待する。そんな人間が、幸せになれるわけ無いじゃないですか」
「何故、貴様に成れるわけがない、などと決められなければならないんだ」
私は人の意志を勝手に決める奴が大嫌いだ。
憤慨したと言ってもいい。
だが、
「そりゃそうですよ。他でもない貴方自身が、幸せになることを拒否しているんですから」
「そうなのか?」
よくわからない。
もっと簡単に説明しろ。
私は心理学者ではないのだ。
あくまでも、作家。
物語を綴るのが仕事だ。
「貴方は、人間のきれいな部分に憧れているようですが・・・・・・そのくせ、信じていない」
「それは聞いた」
「だから、信じてもいないモノに、見返りを求めるのが間違っているんでしょう? この世界には何もない。それが先生の出した、答えなんでしょうしね」
「どっちでもいいんだがな・・・・・・」
私は幸せよりも金だ。
金があれば幸せになれる人間だ。
金があれば、人間の幸福、小綺麗な部分など、どうでもいい。見る気もないしな。
「ほら、すぐにそう言う。貴方の、先生の悪い部分は、すぐそうやって諦めるとことですよ。諦め悪く、生き汚く、生きるべきです」
「棟のてっぺんでめそめそしていた小娘に、そんなことを偉そうに言われる筋合いは、無いな」
「それは言わないで下さいよ」
吹っ切れたんです。と、調子の良いことをまた言うのだった。言ったところで、女というのはすぐにくよくよする生き物だから、男よりもくよくよどうでも良いことで悩んで開き直る生き物だから、またうじうじ悩み出すのだろうが。
悩む男よりはマシか。
まったくな。
「もう決めてやりました。私は才能に振り回されずに、堂々と生きます。こんな適当な人間でも、世の中楽しんで生きているんですからね」
私は鍋の中にある全ての肉を、すくって皿に取るのだった。
「何するんですか」
「適当な人間なものでな、配分を忘れていた」
がつがつと二人して飯を食い、そして。
「回り道はもういい。博士の信念とやらは、どうなった?」
「それは」
この後一服してからお話しします、と抜かしたので、私は後頭部をひっぱたいてやるのだった。
12
どうでもよいのだ。
何が正しいか。正しくないか、その生き方は間違っていないか、道徳的に、あるいは人間としてどうなのかだとか、そんなモノは金にならん。
金が全てではないかもしれないが、無かったところで金にもならない倫理観など、気にしろと言うのが無理な相談だ。
人間は大嫌いだ。
だが、面白い。
私にはそれで十分だ。破綻しているかどうか、そんなことはどうでもいい。所詮関係のないところから、偉そうに言う人間の言葉など、役に立った試しもない。
まぁ彼女はアンドロイドだが。
我々は食後のコーヒーを楽しんでいた。ロボット(と形容するには、不気味の谷を越えすぎだ)ですら、コーヒーを楽しめるとは。
良い時代になったものだ。
「父の、博士の信念は、平等な三原則です」
平等。
つまり嘘と言うことだ。
この世界に、そんなもの、見せることは出来てもありはしない。自己満足のしょうもないロマンチズムと言ったところか。
やれやれ、参った。
人間は根本的な部分で、子供っぽいままらしい・・・・・・クリエイターなどそんなものだが、しかしもう少し大人びてきても良いのではないか。まぁ自身を立派な厭世家だと勘違いしている奴ほど、手に負えない馬鹿なのだが。
私か?
私はどうでもいい。
立派さなど、縁もないしな。
立派であろうが無かろうが、そんなモノは金で買えばいい噺だ。必要とあれば買う。
私から言わせれば、真に重要なのは、立派さ、それらしさなどと言う実利のないモノではなく、軽く見られること、だ。
軽く見られること。
重要なことなのに、人間という奴はこれが中々しようとしない。プライドなのか、矜持なのか、自身を世に馴染めない厭世家だと思いたいのか、いずれにせよ人間である以上、そんなに基本性能に差があるわけでもなし、軽く見られるに越したことはないのだ。
警戒されるよりは。
だから可能な限り、それも面倒でなければだが私は基本、そう振る舞っている。
小物に見られるに、越したことは無い。
最近はその努力も空しい結果を生んでいるが、なに、最終的に金になれば、それも良かろう。
雰囲気など、私個人ではコントロール・・・・・・出来ないこともないが、正直面倒くさい。
人生適当で行こう。
その方が楽だしな。
「平等か。馬鹿馬鹿しい。目の前も見えないような人間が、アンドロイドを作り上げたとは、何とも皮肉な噺だ」
「どういう意味ですか」
咎めるように、いや実際咎めているのだろう・・・・・・・・・・・・平等な世界を、夢見ているのだろう。 こんな頭の悪い奴が、いや、あくまでも能力が高いわけであって、私みたいに世の中の醜い部分を読者に魅せるため、作られたわけでもない。
ある意味当然か。
有能とは、すなわち無能を理解できないことだ・・・・・・無能が有能を理解できないように。
私はそれ以前の気もするが、だからこそ両方とも理解は出来る。共感はしないがね。
天才の定義が金で買えることならば、平等の定義はこの世に存在しないが、聞こえがよい言葉であること、と言ったところか。
私のような異端に関しては、性格が悪いことだろう。性格が悪ければ、というか、悪かった上でそれを自覚し、自分の目的さえ良ければ他はどうでもいい人間であること、だろう。
つまり最悪ということだ。
「人間が平等なら、私は産まれてすらいないな」「貴方は、前々から思っていたのですが、天才どころか、凡才にすら及ばないくせに、貴方は一体どうやって、そんな人間性・・・・・・強烈な我を手にしたのですか?」
「・・・・・・人間は平等ではない。能力、生まれ、境遇、貧富、権力、色々あるが、比べる相手が存在する以上、平等、などというのは「持つ側」の下らない自己満足、戯れ言でしかない」
「でも、現に貴方だって、才能が無くても作家として行き着いているじゃないですか。努力をすれば報われ、才能を超えることだってある」
「無い。人間の信念は、意志は、無力だ。能力の差、理不尽には、勝てない」
私自身が身を持って、それは知っている。
嫌というくらいには。
魂が、それを覚えている。
だからこそ、私は言わねばならない。
この天才に。
究極の「持つ側」の存在に。
私は答えなくてはならない。
「努力はするだろう。信念も持つだろう。それでいて、それらのおかげで報われたと、そう言う人間は、実に多い。だが、それは嘘だ。結局のところ、努力だの続けてきたからだの、そんな薄っぺらい言葉しか吐けない人間は、苦渋も、苦悩も、苦労も、持つ側として、優遇された人生を送っているだけだ」
人より持っていることに気づかず、自身は平凡だけれども、努力してここまで来た。戯言だ。そんなもので運命が変われば、その程度で人生が買えるのならば、苦労はしない。
「なら、貴方は、いや他でもない貴方が、人間の努力を、無能を、笑うのですか?」
それは懇願するような聴き方だった。当然か。私が否定すると言うことは、即ちそれら、あらゆる「持たざる者」は、敗北しか運命が無い、と経験談から断言するようなものだ。
「それも違う」
「なら、何故」
「人間の意志は無力だ。努力することで結末を変えられれば苦労はしない。持たざる人間が、あるいはおまえ達のような「迫害されて生きてきた」アンドロイドのような存在が、運命を変えるには必要なことが、一つ、ある」
「それは」
と言って、唾を飲む。
聞きあぐねているのだろう。
聞いて後悔したくないのだろう。
それは。
「人間を、やめることだ。捨てる、と言ってもいいかもしれない。人間性を捨て去り、狂気を従えそれでも尚、前へ進む」
私は生まれたときからそうだった。皮肉なことだ・・・・・・私が最も求めている「人間性」こそが、「持つ側の存在」に勝ちうる唯一と言って良い、「持たざる者の武器」なのだ。
人間性があれば、私は勝つどころか、ただ奪われる側、負ける側の人間として、頭を垂れて生きてきたことだろう。
私は頭を垂れなかった。
人間性など無かった。
ただ、前を見た。
光が欲しかったのだ。
遙か遠く、そこにある希望だ。
その結果、人間性を求めて放浪するというのだから、笑えない噺だ。
それとも、笑える噺なのだろうか。
「勝つためには、おまえ達「天才」という者達に勝つためには、前提から変えるしかない。私に文才はなかったが、私は生まれたときから人間をやめていた。私と同じ目線で、物語を書ける存在は宇宙のどこを探しても、そんな物語を書ける人間にはなりたくないと、恐ろしい狂気だと退けられてきた。だからこそ、私の物語は魂の結晶だ。人間をやめてでも尚、前へ進む人間、いや、化け物に成り果てて尚、尊い光を求める物語。私の人生はそうだった。だからこそ、私にはそれを、化け物が目指す幸福を、息を吸って吐くように、いともたやすく描けるのだ」
「だから、天才に勝てる、と?」
「いいや」
それで勝てれば苦労はしない。
だが。
「勝てる可能性は低い。作家としても、同じことだ。結局、運と才能に恵まれた人間を、売り上げで超えることは、きっと難しいのだろう。そうでなくても、何を持って「勝利」かわからない世界だからな。だが、私はこの物語で、私の全てを注いだ物語で、魂を形にして、残した。その魂は決して消えはしない。神がいたとして、悪魔が荷担したとしても、私の在り方は、物語ごとこの世界から葬られたとしても、決して。私の物語は、屈しないちっぽけな存在の物語だ。いずれ衰え、私が傑作を書けなくなろうとも、私の意志は、信念は、狂気とともにそこにある。意志はあっさり金と権力で押しつぶされる。だが」
人間の狂気は、消えない。
消させてなるものか。
その生き様は。
その在り方は。
その大いなる業は。
消えてしまうほど、脆くはない。
「大いなる狂気と大いなる業を背負って、ここまで来た。そんな私に言えることは、大したことではない。ただ、才能が無かろうが、誰よりも恵まれなかろうが、最初から敗北が運命で決められていようが、私は「負けていい」という気分には、なれなかっただけだ」
意固地なだけだ。
それが人間の心を打つのかさえ、私にはもうわからないが・・・・・・例え誰の心を打たずとも、その信念は、完全なる自己満足だとしても、私には負ける気などさらさら無い。
「私は、天才を羨んだりは、しない。嫉妬を覚えることも、きっと無いだろう。だが、劣っているとしても、誰よりも害悪だとしても、私は貴様等「持つ側の人間」に、潔く負けてやる気は、さらさら無いと知れ」
ただの意地だ、そこに意味はない。負けるべくして、持たざる者の宿命として、また、理不尽に負けるときもあるだろう。だが、それを良しとして受け入れてやるつもりは、無い。
「私は、おまえ達などに、屈するつもりは無い」「・・・・・・・・・・・・そうですか」
「私には、作家どころか、人並み以上のモノなど何一つ持ち得なかった。才能にも境遇にも、愛されたことなど、ただの一度もない。だからといって、私にだけ「心を動かす物語」が書けると、思い上がるつもりにも、ならない。案外あっさり、天才が、持つ存在が、救済するように持たざる者を救う物語を、書くかもしれない。だが、ならばそれを超えてやるだけだ。生憎こと作家業に関しては、才能はあまりいらないからな・・・・・・書くべきことがあれば、猿にでも出来る職業だ。才能で物語を描くならば、悉くを超えてやる。才能以上の狂気を持って、人間の精神を汚染するくらいに強烈な、「人間」を描いた物語を、この世界にバラまくだけだ」
「貴方は」
何だ。
何か悪口の一つでも言うのかと思ったが。
「強いですね」
と言った。
さて、私はあまり体力のない方なのだが。
何を言いたいのかさっぱりだ。
「なんのことやら、さっぱりだな。強いか弱いかも、精神が頑強であるか脆いものであるかも、結果には影響しない。全てが運によって定められているならば、そんなものは意味がない。私はただ単に、物わかりが悪いだけだ」
実際、皮肉だ。
勝てない戦いと知っていながら。
私は諦められなかった。
そして今も、書き続けている。
叶うことのない物語を。
尊い光を描く、嘘八百の物語を。
そして忌々しいことに、アニは、その天才は、まるで「尊敬」するかのような視線を、私に対して向けるのだった。
言っておくが、何もやらんぞ。
やれるほどのモノは無い。
「ふぅん、そうですか。そういう考えも、そういう狂気も、人間には、あるんですね」
「あるから何だ。勝てなければ同じだ」
「そうでしょうか?」
混ぜっ返すのが好きな奴だ。
そうではないのか?
「アンドロイドに、いや能力がある存在には、決して、そんな考えは浮かびませんよ。世界一の頭脳があったとしても、そこに貴方ほどの狂気は、絶対に宿らないでしょう」
誉めてるのか馬鹿にしているのか。
「宿ったから何なのだ? 尊さとか、そういう小綺麗な綺麗事こそ、所詮持つ側が楽しむための、見せ物に過ぎないのだ」
「違います」
ゆっくりと、首を振る
「貴方を尊敬しているんです」
「何も払わないぞ」
一応、言っておいた。
おだてても一円もやらんぞ。
「貴方は、強い。けれど寂しい。それでも、私のように能力に頼らず、己の信念だけで、生きている・・・・・・それは、有能なアンドロイドには、有能な天才には、決して出来ない偉業です」
「誉めても何も出ないぞ」
「その寂しさから生まれる強さは、いずれ貴方の誇りになるでしょう・・・・・・貴方は自信を認めるべきです。俺は強いんだぞ、と」
「馬鹿馬鹿しい」
私はナルシストではない。単純に威勢の良いポーズを取っているに過ぎない。
しかし、自信か。
一体、何に?
私の誇りか?
「貴方は強い。けれど寂しい・・・・・・貴方はもう、強さよりも弱さを学ぶべきなんですよ。なれ合いでもいい、人間の温かみを知るべきです」
「下らん。あるというなら持ってこい」
席を隔てているので、殴られる心配もないだろうと、タカをくくっての発言だった。
だが、女は席から立ち上がり、横へと立ち、私を抱きしめてくるのだった。
殴ろうかな。
鬱陶しい。
「私は、貴方がなんと言おうと、尊敬しますよ」「しつこい奴だ。それが、いいか? それが一体何の役に立つ?」
多少、いや怒気をはらんだかもしれない・・・・・・・・・・・・哀れまれているとは思わないが、しかし、勘違いして勝手に盛り上がっているのだとすれば腹も立つと言うものだ。
「もう休んでいいんですよ」
慈悲の心を与える聖母のように微笑みながら、彼女はそう言った。
私には分からなかった。
本当に、何も、分からなかったのだ。
13
「話がそれましたね」
言って、結局次の日の朝、ビュッフェを食べながら、遅れに遅れて彼女は博士の話をするのだった。もしやとは思うが、ただ単に食べ物を食べたかっただけなのか?
分からなかった。
言っても仕方あるまい。
何事も、夢を叶えるだけなら簡単だ。作家は別に夢でも何でもないが、しかし結局は何事であれ「何になるか」ではなく「なった上で何を成し遂げ、何を得るか」だろう。
それを考えていた。
私は、何かを得たのか?
実利と呼べるほどの、何かを。
私は既に食べ終わって、コーヒーを飲んでいた・・・・・・物事は一つ一つするべきだ。「食べる」と「話す」を同時に行うべきではない。
しかし、昨日の会話内容を思い出して、何だか私の方が心ないアンドロイドみたいだなぁと、もう何回同じことを思ったかしれない、そんないつもの悩みを、頭の中で転がすのだった。
「私はクローンなんですよ」
と、彼女は言った。
クローン?
何のことだろう?
「元々、こういう天才がかつていたらしくて、それを再現しようと作られたのが、私です。ええそうですよ、貴方の言うように博士は平等なんかに興味はありませんでした。あるのは、会いたい人間に会うことの出来る、技術です」
「会いたい人間に、会う」
「ええ。実際、アンドロイドって「都合の良い」存在でしょう? 人間には忠実で、産まれる前から能力と性格をチューニングできて、それでいて・・・・・・金で買える」
体の良い人造奴隷ですよ。
そんなことを言うのだった。
まぁ事実だろう。
そして、事実はいつもそんなものだ。
下らない、人間の欲望で出来ている。
倫理観とか、品性とか、良識とか、そう言うモノが全て、持つ側特有の押しつけがましい綺麗事であるように、世の中そんなものだ。
「愛されなければ生きているとは言わないそうですが、その点に関して言えば、私たちは
愛されるために生きてはいるが、その愛は望んでもいない欲望にまみれている。と、言ったところでしょうか」
「愛など無くても生きてはいける。生きた証でも欲しいなら、物語でも書いて金に換えろ。それでも満たされないならそいつが未熟なだけだ。貴様はどうも、物事を重く捉えすぎるな」
「そうでしょうか」
軽く見過ぎなのも問題ですけど、と、皮肉なのかは知らないが、アニは言った。
「人生など、意味は無い。人生など、価値は無い・・・・・・当たり前だ。そもそれが嫌だから人間という奴は芸術だの文学だの「生きる価値」を求めて思索に耽ってきたのだからな。そしてそれらは全てが全て、下らない自己満足だ。それでいいのだ・・・・・・価値とは、己が定めるものだ。倫理的に捉えて自分たちが「不遇」だからといって、貴様は悩みすぎなだけだ。悩んでいるだけだ」
「でも、現に私は複製品として、生きる意味どころか、ただの欲望から産まれた存在です。そんな存在に、意味なんて」
「ある、己で定めればいいのだ。他者など知ったことか。気にするだけ馬鹿馬鹿しい。いいか、良く聞け・・・・・・生きると言うことは、己で定めた道を選び、それに満足することだ。それを価値あるモノだと思いこむために、邁進するものだ。誰かに与えられた価値など、貰い物でしかあるまい」「それは、まぁそうですけど」
「故に下らん。悩む価値もない」
言って、どうして私はこんなことを真面目に話しているのだろうと思ったが、もしかすると、いや前々から思ってはいたのだが、私は根は真面目な人間なのかもしれない。
その真面目さが、己の欲望に向いているだけ。 というのは小綺麗にまとめすぎか?
「はぁ・・・・・・私の悩みが鎧袖一触されてしまいましたね。だから貴方は嫌いなんです」
「尊敬するのではなかったのか」
「尊敬はします。けど嫌いです。だって私たち凡俗が、生涯を賭けて悩み、答えを出そうとするモノを、貴方は一瞬で出すんですから。嫌いにならずにはいられませんよ」
凡俗。
何かの皮肉だろうか。
さっぱり何が言いたいのか分からないな。まぁただ単に、この女は頭が回りすぎて、シンプルな生き方をしている私を羨んでいるだけかもしれない・・・・・・違う気もするが、そう捉えておこう。
「しかし平等か。いや、結局はそれも」
「ええ。人間の都合ですよ。最初は兵器、次に愛玩、そして一般。これはどこでも基本ですよ」
「そんなものかね」
「私たちアンドロイドから見れば、人間はひどく滑稽です・・・・・・「愛」や「友情」という、人生における基本目標を、「金」で」
私を一別し、視線を送った。
何か文句でもあるのか。
受けて立つぞ。
「解決しようとするんですからね。全く、たいそうな幸せよりも、目の前にあるモノで満足すればいいだけなのに」
言い分はもっともだが、こと私に関してはそんなモノは手に入れば苦労はしないもので、言うならば余計なお世話だった。
「自分がわからない、自信の存在さえ曖昧な私からすれば、ですけど。金なんかで何故悩めるのか意味不明ですよ。人間は」
「金を数えていると楽しいからな」
「どうせ大金を手にしたところで、使えないでしょうに」
「だが、選択肢の幅が広がるのは事実だ。豊かさには金が必要だからな」
「けれど、使わないなら結局は、貴方の言うどちらにしても、結果は同じ、ですよ。そんなのは最初から持っていないのと同じです」
「かもな、別に構わないが・・・・・・金は使うことは楽しいが、あれこれ考えるのが楽しいものだ。しかしだからって私は、金がないことで悩むなど、御免被るね。金で買えるモノ、変えられるモノは確かに多い。だが貴様の言うとおり、結局は使い手次第のモノだ。だからこそ、私は平穏な生活のために全力を尽くすのだ」
「本当は愛されたいくせに」
殴った。
知った風な口を聞く奴は嫌いだ。
それが子供なら尚更な。
「何するんですか! あれですか、子供に痛いところ疲れて怒りましたか?」
「あまりごたごた言うと、貴様も鍋にして食っちまうぞ」
「猟奇的すぎます・・・・・・」
どうにもならないというのに、諦めるな頑張れと言われることほど、鬱陶しいモノは無い。貴方はハンニバルレクターですかと、分かりにくい例えを出しながら、アニは言う。
「破綻しているかどうか、なんて本人が決めることではないですよ。愛する側が決めることです」「ほう。それで、その愛する側はどこにいるんだ・・・・・・いや、いたとしても、私はそいつを、あっさりと切り捨てるぞ」
何の容赦もなく。
殺す。
始末する。
役に立たないから。
いらないから。
気が向いたから。
飽きたから、捨てる。
それを人間と呼べるのか? いや、飽きたら捨てるというのは、案外それこそ人間らしい感情で愛するに足る人間なのか?
どうでもいいがな。
「愛は見返りを求めるものではありませんし」
貴方と一緒にしないで下さい、と失礼なことを言うのだった。まぁ否定は出来ないし、する気にもならないので、構わないが。
「だが、私には愛があったところで、認識できないのだ・・・・・・無いも同然だろう」
「無いならあるように振る舞い、あるかのように想像して、あれば願い形にする。貴方の、先生のお仕事は、まさにそれだと思いますけど」
ふざけるな。
そんなメーテルリンクで納得できるか・・・・・・と思うと同時に、案外そんなモノなのかと、考えさせられざるを得ない。だが、仮にそうだったところで、私には何の満足も、充足も、無いのだが。「ふん。下らん噺で内容が逸れたな。博士は結局何をしたかったんだ?」
「死者の蘇生ですよ」
「はぁ?」
間の抜けた声にならなくて良かった。油断してしまった。まぁ大丈夫だろう。外見上は何の変化もないはずだからな。
「間が抜けてますねぇ」
「それで」
噺を催促して無かったことにした。
「死者とアンドロイドと、どう関係ある?」
「私がそもそも、その死んだ娘を生き返らせる為に、そのためだけに製造されたプロトタイプですよ。博士は随分前に、それこそアンドロイドが汎用化される前にお亡くなりになったので、企業家に回収されて、今の最新ボディを手にした訳です・・・・・・死んだ人間の「記憶」を埋め込めないか、そういう試みだったそうですよ」
まぁ、失敗していますがね。
軽い口調で彼女は続けた。
「記憶はありますが、人格と記憶は別物のようで・・・・・・私はあくまでも別の個人です。だからその辺りは、勝手に失望されましたね」
作っておいて、勝手に飽きて、そして失望されてしまった。そうアニは言うのだった。絶望の淵にいる人間は良い作品のネタになるが、アンドロイドもそうだったのは驚きだ。今度この噺を物語にしようかな。
「博士の信念は実に単純ですよ。人間の為、人間の為、人間の為。だからアンドロイドはどうでもいいです。まぁ、そういう人間本位な考えでなければ、自分たちそっくりな奴隷を作ろうなんて、とても思えないでしょうね」
おぞましすぎて、と皮肉混じりにそう彼女は、言った。言ったが、疑問も残る。
ならば、等しくアンドロイドは、人間を恨んでいるべきではないのだろうか、と。そう考察せざるを得ないではないか。
だが。
「そうでもありませんよ。その辺は人間と同じですね・・・・・・昔ひどいことをされたらしいけど、今の自分たちには「関係がない」からどうでもいい・・・・・・そんなモンですよ」
ビュッフェの肉をほおばりながら、そんなことを言うのだった。
最近、有機タイプのアンドロイドも増えてきたが、彼ら彼女らは、演算能力以外は、こうして肉も食べられるし、トイレにも行く。何一つ変わらないのに、人間の奴隷になっている。
望む望まないに関わらず。
まぁ、人間でも人間の奴隷になるのだから、金の力でそうなるのだから、あまり珍しいことでもないだろう。誰かが得をすれば誰かが損をする。 世界の基本だ。
今は人間優位なだけだ。
「お前はどうなんだ?」
「先生と話していたら、悩むのが馬鹿馬鹿しくなりましたよ」
「そうか、なら」
「ええ」
とりあえず、現在の持ち主・・・・・・佐々木狢を、説得でもしなければ。あるいは、戦うことになるのだろうか・・・・・・。
鏡の向こう側と。
私は殺し合うのかもしれなかった。
14
夜、音がした。
それも尋常なものではない。兵器、重低音が響きわたり、トイレに行っていなければ即死だっただろう。まぁ無事だったので、私はコレクターを使って、そいつらをバラバラにしたのだが。
「ちょっと、話して下さい」
言って、脇に抱えられているアニが見えた。あいつはそういう呪いでも帯びているのか?
抱えているのは、勿論。
「先ほどぶりだな。私だ」
先ほどの城主だった。
「見ての通りだ。私にはこれが必要でな」
「お前に必要なモノなんて、無いだろう」
私がそうであるように。
そう思ったが。
「いいや。これを使うことで、この世界は面白くなるからな。無論、君の邪魔を含めて、だ。何事も障害が無くてはつまらない。だからここは一つ勝負をしないか?」
私とは真逆のことを言うのだった。
人生にささやかなストレスを、刺激を求めるために、私と同じように、私が自信の平穏のために周囲を省みないで進むのと同じように、この男は災厄を好むのだ。相容れるはずもない。
だからその提案は好都合だった。
だが。
「私にはその小娘を助ける理由などないな」
こういう場面でそういうことを言う。それもまた私の口だった。私は物語の主人公では無いのだ・・・・・・人が連れ去られたからと言って、金にもならないのに助ける理由もない。
このまま帰ろうかな。
まぁ、私に帰るところなど、無いのだが。
「そうか、では十分利用させて貰おう」
「え・・・・・・」
口ではなんだかんだ言いつつ、助けてくれる。そう思っていたらしかった。まぁ知らん。勝手に連れ出しておいて何だが、飽きたのだ。
真摯な目で、アニは、こちらを見た。
「・・・・・・・・・・・・私は、信じてますから」
「・・・・・・だそうだ」
言って、彼はそこを去った。まぁ追おうにもアンドロイド兵器が邪魔をして、切り捨てたときにはもういなかったのだが。
さて、どうするか。
もう諦めてここは帰ろう。帰る場所なんてあるのか知らないが、とりあえず近くのホテルにでも宿泊して、それでいいではないか。
何の縁があるわけでもない。
色々あったが、皆それなりに暮らしましためでたしめでたし。さて、物語も終わったし、あとは締めと行こう。
私は近くの宿場に一泊することにした。泊まっていた建物は既に半壊していたからだ。私としてもそれなりの場所が良かったので、高く付いたがまぁいいだろう。それなりに高級な飯を食べ、私は幸せの中、次回作を考えていた。
「・・・・・・眠れない」
何故私はこんな目に遭わないといけないのだ・・・・・・理不尽にもほどがある。段々苛々してきた。何だったらあいつら皆殺しにしてしまおうか。
落ち着こう。
放っておけばいいのだ。
それで解決だ。
だが、私の我慢も限界だった。突然襲撃されること3回。我慢強い私だが、しかし別に無限に我慢するわけでもない。勝手にお姫様ぶっている馬鹿女もそうだが、あの男。
佐々木狢。
あの男の生き方は許せない・・・・・・諦めた風を装って、それでいて特に理由もないくせに、この私の邪魔をし続けた。あの鏡には。
何より、あの男・・・・・・襲撃されて埃を被った私のことを、愉快そうに笑いやがった。
キャラが被るのも、正直問題だしな。
クローンがどうかはしらないが、私はオリジナルを殺して自分が本物だと言い張る人間だ。あの女はついでに拾って、売れれば売ってしまうか、賃金なしで働いて貰うか。
そう思うとやる気が出た。
人の不孝は密の味。だがそれで笑うのは私独りで十分だ。キャラは被るし、正直邪魔だ。
同じ生き方の人間は、二人も必要ない。
私は刀を携えて、外へ出た。
そこには夜空が広がっていた。果てしないその空の果てには、私の求めるモノは落ちているのだろうかと、考えさせられる空だった。
14
物語的に、この方が盛り上がるというのが、本当のところだったが、まぁ私は作家だ。こんなおいしい対決を、殺し合いを、逃す手は無い。
相手は鏡だ。
いや、この場合どちらが本物か、競い合う偽物同士と言ったところか。あの女は生きているのかどうか知らないが、景品としては丁度良い。
つまりどうでもいいと言うことだ。
景品のように扱われることを、女は極端に嫌うので、だからアニには堂々とそれを伝えてやろうかと思ったが、面倒になってやめた。
第一、目の前の男から、目をそらせまい。
「実を言うと。その女の命はどうでもいいんだ。ただ、貴様に幾つか聞きたいことが、あった」
「そうか、私もだ」
相対する、と言う言葉がこれほど似合うシチュエーションもあるまい。城の上にある屋上庭園のようなだだっ広い空間。人質の姫君と共に、さながら悪の魔王のように堂々と、隠れもせずにその男は、私に向かい合うのだった。
共に剣を携えて。
我々は向かい合った。
自分自身と、向かい合った。
「君は、もしかして幸せになれると、騙しているのかな」
騙している。
この女を助けようが、私の人生には何の関係もない噺だ。売り飛ばしても、真実関係ない。
だから女はどうでもいい。
私は、聞きたかった。
彼も同じだった。
ならば答えるだけだ。
「幸せになれると、己を騙した。確かに、そうだろう。だが私はこのままで終わるつもりも」
「無いわけでもない。私との違いは、手に入らないと分かって諦めきれないだけだ。さて、私も君に聞きたいのだ。君は」
外、というかこの高さから見れる風景を眺めつつ、彼は言った。
「達成できると思うのかね」
「思わないな。思う気もない」
「なればこそ、矛盾がある。この女を助けようが同じことだろう。君も私も、幸福など、ただの幻影のようなものだ。我々には存在し得ない胡蝶の夢に過ぎないものだ。無いのだよ」
「ああ、無いな」
「いや、君は無いことから、目を背けている。物語を書いているのが良い証拠だ。自分のような人間でも、いつか幸せになれるはずだ、と。だから君は金が必要だ。だが、その夢は叶わない・・・・・・・・・・・・最初から無いモノは、買えまい」
「だろうな」
「そこまで」
「分かっているから、もう諦めているさ、潔くな・・・・・・ああ、真実私は自信の幸福など、最初から信じていない。そこまで期待するほど、私は楽観主義者でもないのでな。だから、もういらない」 愛も友情も、もういらない。
どこかよそでやってくれ。
生きることの肴に、するだけだ。
「私は諦めている。だが、貴様と違って金を基準に、在り方を固定しているだけだ」
「ふん、つまり結局は」
「ああ。私たちは手に入らないモノを嘆いて、ほしがって、わめいているだけの人間だ」
「違います」
今のは誰の言葉だ。いやわかっている。こんな余裕のあることを言うのは、女だけだ。
「いいじゃないですか。これまで、散々尽くしてきたんでしょう? なら、奇跡があってもいいじゃないですか。幸せになることに許可がいるなんて、二人とも倒錯しすぎです」
そうじゃない。
だが、言っても伝わるまい。
それでも承知で、言っておくか。
私は鎖で縛られて身動きの取れない、人質の女に向かって、大人げなくも伝えるのだった。
「そうじゃない。あるけれど、分からない。あったところで、手にしたところで捨てるだけだ。それに何事も心が向かう先を決める。だが、私もその男も、真実「心から幸せを望む」ことが、出来ないんだよ。どれだけ奇跡が起ころうが、望んでもいないもので、幸せには、なれないさ」
「そんなこと」
「嫌と言うほど、そんなことを実感してきた。だからこそ、横から言われる覚えもない。少なくとも私は、金があれば十分だ」
それも方便か。
まぁ構わない。
私は嘘つきの代表格、作家だからな。
「死にたいんですか? そんな武器だして、チャンバラごっこでっもして、自分のことカッコいいとでも、思っているんですか?」
泣き笑いのようだった。
何故泣くのかは不明だが、どうでもいいが、まぁ女は大体そう言う生き物だ。気にしてもあまり意味は無かろう。
どうでもいいしな。
「死にたいのさ。だが、同時に死にたくない。私は幸せになるまで死ねない。そいつも同じことだろう。だが、いつまでたっても、どれだけあっても、目的が絶対に叶わないことは、最初から分かっている。いつまで、生きればいいんだ?」
私の問いに、彼女はぞっとしたようだった。
私からすれば、産まれたときからあった、素朴な疑問でしかなかったが。
いつかとはいつだ。
そんなモノは無い。
この夢は叶わない。
それでも求めた。
無駄だった。
だが、私にも佐々木にも、「諦める」ことが、したくても、もう、出来ない。最初からそうだったのかもしれないが、出来ないモノは出来ない。 私が私を救うなら、それこそ産まれる前に救うべきだった、などと、とんだ戯れ言だが。
馬鹿馬鹿しい。
どうでもいい噺だ。
今目の前にいる、鏡に比べれば。
「お前はどうだ?」
「似たような気分だ」
「そうか」
言って、私は剣を握った。
「私からも聞いていいかな?」
言って、私は佐々木に問うのだった。
初めて知ったときから、気になっていたことを聞こう。そう思った。
「お前は、世界が面白いか?」
「そうだな」
少し考えるように悩んで、彼は言った。
「いいや、何もなかったさ」
「そうか、私は何もなくても、楽しむ方法は見つけたぞ」
「ほう」
「金と物語だ。この世にありもしない幸せを、嘘八百で表現するのは、同じだったからな」
「楽しくもないくせに、君は良く自分を騙せるものだな」
「ああ。私は作家だからな」
それだけが、おそらく背負った業だけが、彼とは違ったのだろう。
私は剣を抜いた。
彼は抜かなかった。
15
「こんな後味の悪い気分は、初めてですよ」
帰りの宇宙船で、彼女はそう言った。
男は先に行くことを選んだ。
私は介錯をして、死に損なった。
ただそれだけだった。
だが、どうなのだろう? 私は彼の死をあえて確認はしなかった。案外、生き残ったのか、死に損なったのか、それとも。
考えても仕方がない。
「結局、今回の噺は何だったんですか?」
向かいに相席しているアニは、そんなことを聞くのだった。聞かれたところで、私は別にこの女を満足させるために考えていたわけでもないので適当にしか答えないが。
「ただ単に、死人が多かっただけだ。そのついでに、少しばかり手間があっただけ。ただのそれだけだ」
「本当に?」
「当然だ。金にはなった。お前があそこで作らされていた資料、研究結果、それらをまるまる売ることが出来たからな」
「世の中金ですか」
「当然だ」
世界は金で出来ている。
心は金で動き身体は金で買える。長い長い道のりを経た在り方さえも、金があれば歪むものだ。 故に、人間は金で買える。
買えないモノなど、ない。
この世界にある限りは、だが。
流石に、無いモノは買えない。
「自分は幸せには決してなれないんだ、、なんて格好付けてる暇があったら働けって噺です」
「金になればなんでも仕事だ。金にならなければ何もかもが仕事じゃない。嫌味か?」
だとしたら嫌な女だ。
大きなお世話だ。
「別に、そんなつもりはありませんでした。ご免なさい・・・・・・でも、無理だと思わずに、やってみるのは大切だと思いますよ」
哀れむように、ではなく、いっそ愛情を注いでいると表現してもいい顔で、私に言った。まぁ愛があろうが信念があろうが、そんな自己満足に意味はなく、結局金が全てなのだが。
「人間は空を飛べまい」
「なら、飛行機に乗りましょう」
「その飛行機は誰が買うんだ?」
「う、それはですね」
「飛行機を帰る人間だけが、幸せになれる。そしてそれは金で買える。働くか、それもまた、空しい響きだ。人の都合で労働に身を費やすのは簡単だが、空しい。私は働いて、仕事を誇りにしたかった。だがそれも、この様だ。金がなければ、見栄えもしないだろう?」
「それは」
失言だと思ったのか、どっちでも良かったが・・・・・・この女の言い分は正しい。資本主義社会において働くことは正義だ。無論そのほとんどはただ人の都合で動くだけの労働だが。
働く。これは本来もっと自分らしくあるべきなのだが、少なくとも作家は、作家であることを仕事には出来ないらしい。金にならない。
金がなければ、ならなければ、どれだけ素晴らしかろうが誰も認めないし、何の意味もない。
金があれば、何をやっているのか不明でも、実際ただ社会に迷惑をかけているだけの「立派な会社」は多いが、しかし、金になる。
人間の道徳は金で買える。
だから金がなければ問答無用で「悪い」のだ。金とはそういうものだ。実際、私が売れていて金を稼いでいれば、今私を否定している人間たちもあっさり、私を認めるのだろう。
吐き気がするが、そういうことだ。
内実など、どうでもいいのだ。
「けど、貴方は、先生は、「そうじゃない」って思っているんでしょう? なら、それを認めないのは嘘ですよ」
「だから何だ。意味はない。力もない」
何一つとして、変わりはしない。
たまたま売れているか。
たまたま売れていないか。
最近の本の数々、物語の多くを見れば分かりそうなものだ・・・・・・内容が良ければ、あるいは信念があったところで、売れることは関係ない。
むしろ、死んだ後に認められるという、実に屈辱的なケースの方が、多いのだ。
忌々しいことに。
世界は適当に出来ている。
「金が全てだ。おまえたちがそうしたんだぞ。そのくせ人間に「道徳や正しさ」があると思いこんで押しつけるのだから、私にはお前たちの方が、狂っているように見えるがね」
「それは、そうでしょうけど、でも、先生は作品を書いたじゃないですか。少ないですけど、本気で感動した人たちもいる。それじゃ不満ですか」「いいか、良く聞け」
私は右手であそんでいたコーヒーカップを置いて、宣言した。
「私はそういう押しつけがましいのが一番、嫌いなんだよ・・・・・・だから何だ? 私は尊い作家であるために、書いたんじゃない。金のためだ。払うモノも払えない「道徳」だの「社会的正しさ」だのそんなものくそくらえだ。社会の歯車になったところで、満足するのは札束を数えている人間で私じゃない。立派さなど下らない。私は作家として生き、人並みに幸せになりたかっただけだ。だが当然ながら世の中というのは、当人の信念など関係なく進む。私がどれだけの歳月をかけようが「運が悪かった」とか、そういう理由で金にはならないのだ。いいか、良く聞け。
私は読者を幸せにするために書いているんじゃない。
私が幸せになるために、生きているんだ。作家として、生きている。労働者として立派だと言われるためでも誉められたいわけでもけなされたいわけでもない。金のためだ。作家として金を稼ぎ生きて幸せになるためだ。私は全てやった。作家として尽すべきを尽くした。幸せになるために苦悩して、それでも前へ進んだ。それら全てが何の結果にも結びつかないのに、クソの役にも立たない貴様等の「道徳もどき」など、私が知るか」
「・・・・・・・・・・・・確かに、そうですね」
「何だ。たかがその程度で自己弁護とは、情けない男だなと、言われるかと思ったが」
「言いませんよ。貴方の信念は本物です。本物以上に本物。けれど、運が悪いだけ。そんな人間の信念を笑えるほど、私は卑劣じゃないですよ」
「合理主義者のアンドロイドが、良く言う」
本当は心の中で小馬鹿にされているのかと思ったが、しかし考えてみればアンドロイドに心があるのかも分からないし、やめておいた。
考えるだけ無駄だ。
他人が私をどう評しようと、どうでもいい。
どうでもよくないのは、私だ。
私にとって、私だけが、どうでもよく無い。
断言できる。
「いいえ。けれど個人的には、貴方の信念は報われてしかるべきだと思うんですけれどね。世の中というのは、業が深い」
「口だけなら、何とでも言える」
私が良い例だ。
「心配は無用だ。役に立たないからな。お前がどう言おうが、関係ない噺だ。同情も見下されるのも不愉快だから御免被る」
「人の目は気にしないのでは?」
「気にはしない。だが目障りだ」
作家などは、特に。
認められることがこれ以上、難しい職種もあるまい・・・・・・金にならなければ、ただの変人だ。
そして、それこそ。
最も人を侮辱した行為なのだ。
そのくせ、金になれば寄ってくる。
腰の軽い奴らだ。
汚らしい。
「人の信念を笑うこと。これは金で可能になった最も古い行為だろうな」
「そうですね、けど」
私は笑いませんよ、と女は言った。
嬉しくもなかった。
「お前は、今ここにあることをどう思う?」
「何のことですか?」
「細い細い糸がある。我々はどれかを選ばねばならないし、選ばなければ誰かの糸を握ることになるだろう。だが、私は無作為に、とりあえず選べるモノの中から適当に「誰にでも出来る」という理由とも言えない理由で、それを掴んだ。掴んだ糸が絵画ならば、私は画家としてここにあっただろう。掴んだ糸が暴力ならば、やはり格闘家としてここにあっただろう。何でも同じだ。私はたまたま作家を選んだ。そしてその生き方を貫いた、貫き通した・・・・・・成功するかはともかく、私は生き方として何でも選べた。お前はどうだ」
「そこをつかれると、私は弱いですね」
私は選ぶことを躊躇しましたから。
そんな風に、いっそすまなさそうに、アニは言うのだった。そして「けれど」と、続ける。
「そこまで行けば本物ですよ。貴方は結局、選ばなかったんじゃないです。やっぱり選んだんですよ、作家としての、在り方を」
そうでなければ飽きっぽい先生が、続けれられる訳ありませんしね。と、失礼なことを言った。 私はコーヒーを飲み干して、向き直る。
独りの女に、独りの天才に。
正面から、姿を見た。
「ならばさっさと選ぶが良い。どんな道でも、選んで進めばそれなりに上達し、行き方と密接になるものだ。無論、成功するかは時の運だが。しかしそれでも、例え進み過ぎたことで他が見えなくなろうとも、何かに行き着いた人間には、見て楽しむ程度の価値はある」
くす、と笑って(何が面白いのだろう。私は何か失言をしたのかと、正直戦慄した)彼女はいたずらっぽい、それこそ子供の年相応に、笑顔と共に言葉を発した。
「そうですね、でも・・・・・・綺麗事ですが、結局は認めさせても拒絶されます。そして認められることで、成功は容易になるものです」
「綺麗事だな。また何の役にも立たない言葉を、よくまぁ思いつくものだ」
「ええ、ですけど、たまにはいいじゃないですか・・・・・・先生も、「たまに」でいいですから、この世界にある綺麗事を、あまねく人間の欲望を、肯定してあげても、良いと思いますよ」
私は当然納得しなかった、
綺麗事などうでもいい。
下らない。
世の中金だ。
まぁ、しかし。
たまには、子供の戯れ言くらいは付き合ってやろうと、そんなことを珍しく思うのだった。
思うだけで、毒されはしなかったが。
15
「先生は「仕事」の在り方をどう思う?」
宇宙船内、女と別れた後、私はすぐに別の便に乗った。始末屋としての仕事の報告のためだ。
「また会いましょう」
とアニは言ったが、私は、
「二度と御免だね」
と言った。
まぁ、もう会う機会もないだろう。
だからこそ突き放しておいた。
実際、会う機会などあるのだろうか・・・・・・ああいう「まっとうな」人間、いやアンドロイド相手に私のような人間と、接点があるのだろうか。
あるからこそ、今回交わったのか?
まぁ、それも今はどうでもいい。
今は。
いずれ考えるときが来たら、なんて私らしくもない。なら、考えておくことにしよう。
人間の幸せを。
幸せな人間の在り方を。
それこそ今更だがな。
それに、考えたから手に入るものでもない。
人と人とが、育むものだ。
つまりこの世には存在しないと言うことだ。人間同士の協力など、物語の中の噺でしかない。
さて、と私は考える。
ファーストクラス(代金はアニが払った)の座り心地は最高だが、だからこそ携帯端末を持ち込むべきではなかったか。とはいえ、コーヒーの質も最高だし、これくらいは良しとしよう。
「金になれば何でも仕事だ」
ならなければただのゴミだ。信念は金にならないものだからな、と答えたが、ジャックは「違うな」と否定した。
「仕事というのはだな、人間の在り方の形なんだよ。ソの人間の在りようだ。だからこそ個性があるし、だからこそ人任せにしていると、他人の個性を被った人形になる」
「人形・・・・・・」
イエスマンばかりだと嘆いていた支配者を、思い出す。確かに、事実ではある。
だが、その考えが役立つかと言えば、そんなわけがない。事実とは、金の虚飾の前では無力であり、事実などどうでもいいものだ。
「けどよ」
考えを見透かしたのか、ジャックは言った。
「生きてりゃ死ぬ・・・・・・死んだときに「これこそが自分の人生だった」と言えるかどうかに、金は責任を持ってくれないぜ。死んだ後が在るのかは知らないが、思うに、人間が死ぬのは「仕事」を失ったときなんだよ」
「どういうことだ?」
「金が在れば生きてはいける。だが、生きるだけなら人間でなくても出来るさ。そんなに生きたきゃ植物にでもなればいい。大切なのは、自分の
在り方を表現して、それを形に残すことさ。作家なら物語を、狩人なら獲物の首を、商売人なら自信のブランドかな」
それを表現できないくらい、衰えたときに人間は「死ぬ」というのか。
「そんな馬鹿な噺が」
「あるさ。というか、先生はそこに違和感を感じているんだろう? それは正しい。金が在れば生きていける。だが金があるだけで生きていけるとも取れるのさ」
「考えなくても生きていけるのが問題だと?」
「おうよ、実際そういう人間、人間なのかも分からない人形の、多いこと多いこと。この世界についてまともに考えて生きたことも無いくせに、神について考えて生きたことも無いくせに神が救うと信じていて、死に向き合ったことも無いくせに死を恐れて延命し、自分で作り上げたわけでもないくせに、借り物の肩書きで自分に酔う。なぁ、これのどこに「自分」があるんだ?」
「知るか」
私に聞くな。
いや、私だからこそ聞くのか?
ジャックは頼んでもいないのに、続けた。
「実際、金は使うものであって、いずれ無くなるんだぜ・・・・・・どれだけの富を築こうが、所詮全てはまやかしさ。それこそあっさり没落して、全てを失う人間だって、珍しくもない。そのくせそれがあれば「幸せ」だと、人に言われて、人から聞いた「幸福」を基準に、人間は生きている。人工知能の俺からすれば、これほど傑作な笑い話は、他には無いね」
「単純に幸せの基準と言うよりも、それが人間の本能部分で「幸せ」だと感じるように、最初から出来ているだけじゃないのか?」
何故私は考えずに生きている人間の弁護をしているのか不明だったが、まぁいいだろう。半裁が進まないから要所要所で話すとしよう。
「先生がそれを言うか。だったら先生、愛情と友情と富と名声と長生きで、幸せだと断言して見ろよ、無理だろうけどさ」
「大きなお世話だ」
最近、大きなお世話を焼かれすぎている気がしてならない。本位ではないので迷惑だ。
「だったら」
「そう、結局は幸せなんぞ当人が勝手に決めることなのさ。先生の言う「思いこみ」だな。人間は幸せになれる、そう思いこめば」
「結局、原点に返るわけか」
「こんな考えが原点だなんて、先生は本当に心の底から狂ってるよな」
「・・・・・・結局、何が言いたい」
私はくつろぎたいのだが。
もう眠ろうかな。
「さあてね。けど、先生は案外あっさり幸せになれると思うぜ、なんせ」
死を恐れる必要がないからな、と。
彼は言うのだった。
「それと幸せが、どうつながる?」
「どうもこうもないさ。人間って奴はおかしなことに、そうやって思想と思考を外注することで生きてきている奴に限って、死を極端に恐れるのさ・・・・・・・・・・・・どれだけ言い繕おうが、言い訳が効かないからな。肩書きも金も社会的正しさも、当人以外の全ての装飾は、先生が剥がすまでもなく死の前では剥がれるのさ。だが、先生。先生には信念があり、誇りがあり、それを軸に生きているだろう? そう言う人間は、やり残すことなどないんだ。自らの思いを、それこそ「仕事」という自分の在り方を、形として残していくからな。だから死を恐れない」
「痛いのは嫌だがな」
そもそも、死んだ後に世界が無いならば、考えるだけ無意味だ。逆に今よりも待遇が良いならば考えなくもない。さらに今よりも待遇が悪くなるならば、死にたくはない。
「だが、先生は痛いのは嫌でも、死ぬことそのものは絶対に恐れないだろう? それは確固たる自分があるからさ。そして、それこそが・・・・・・・・・・・・幸福だ」
私はただ、自分が優雅でリッチな生活を送り、楽しめればそれでいいだけだが、黙っておく。
様にならないしな。
あの世があろうがなかろうが、私個人の生活が脅かされないならば、どちらでも同じだ。まぁ死んだあとの生活など、気にするだけ馬鹿げている・・・・・・改善可能なら改善するだけだしな。
「・・・・・・・・・・・・狸に化かされたみたいで、なんだか納得は行かないな」
「行かなくてもいいさ。俺には関係無い」
「だろうな」
考えて生きているかなど、私には金と平穏が在ればどうでも良いのだが。どうでも良いので、やはり話半分、考え半分が良いのだろう。
その後は、二人して下らない噺をした。
特に感想は無かった。私は地球へと降り立つため、準備を進め、コーヒーを一杯飲んで一服してから、世界の果てに向かうのだった。
16
「それで、貴方は、ちゃんと始末したのですか」 出し抜けに、そんなことを聞かれた。
「しかし、何かあるごとに女が絡むとは、貴方はもしかして女たらしですか」
馬鹿か。
女どころか、私に人間関係など無い。
馬鹿馬鹿しい、そんなまともな感性があれば、作家になどなっていまい。
何かあるごとに作家云々を持ち出すのも、正直どうかと思わなくもないが。
まぁ知らん。
知ったことか。
どうでもいいしな。
「下らん。私を口説きたいなら金を持ってこい。無論、私は貰うだけ貰って、約束など守らないがな」
「最低ですね」
冷たい目で見られたが、しかし冷たい目で見られるのは日常茶飯事だ。
「それで貴方はいいんですか?」
「何のことだ」
地球というのは空気が澄んでいるな、位しか今の私に感想は無いのだが・・・・・・何の話だろう?
金なら払わんぞ。
金があっても御免だ。
金はあるが、それとこれとは噺が別だ。
「良くないさ」
何を言おうとしていたのかは知らない。まだ質問を聞いてもいない。それでも私はそう言わざるを得なかった。
「良くないさ、良いものか。私は作家として全てをやり遂げた。人間として信念の道を進んだ。それが、この様だ。大した金になりゃしない。だが私は良くないが、どう叫んだところで、理不尽には無意味で、無駄で、売れるかどうかは、少なくとも実力とは関係ない場所で決まるのは明白だ」「悔しくないんですか」
「悔しいさ。悔しさが麻痺するくらいには。だが悔しがって成功するか? しない、断言できる。私はもう嫌だ。このまま無様に苦しむのなら、もうさっさと死にたい。生きていたところで、寒々しいだけだ。だが、これが中々死ねない。因果な人生だよ、まったく」
「綺麗に纏めてどうするのですか。貴方は、生き汚くても、生きるべきです」
「生きて、どうする? 後から知りもしない奴に「あの生き様は立派だった」とでも、何万年何億年後になって、カフカみたいに認められたところで、嬉しいと思うのか? 傑作だ、これ以上の屈辱はありはしないさ。私はもう嫌だ、そんなことは昔から思っていたが、貫き通して物語を書き、今までの遠回りはこのためだったと、そう思うために苦しんだのだと、そう信じた。だが、事実は変わらない。無駄なモノは無駄。何年賭けても、どれほどやり遂げても、金にならねば全て無駄。運不運とか、それよりもっと理不尽な人脈とか、あるいは間の良さとか、とにかくそういう、下らない上に変えられないモノに、人生を左右され、生きる上で誇りを仕事に出来ず、苦しんで小馬鹿にされる。認められたいわけではないが、こんな屈辱を良しと笑うと、本気で思うか?」
私は何の責任もない神様に、タマモに八つ当たりをするのだった。情けないのかもしれないが、しかし我慢するのはもう飽きた。
どうせ無駄ではないか。
信念が形になるのは、物語の中だけだ。
とっくの昔から世界は信じるに足りないと、そう感じ続けてきた。それでも振り払って前へ進んだ。それでも無駄だった。歩き続けた遠回り、ソの先には、私を満たすモノは、何一つ、有りはしなかったのだ。
全て戯れ言だった。
全て嘘だった。
最初から分かっていた。
だからこそ、許せなかった。
魂の決着は、無駄に終わった。
「ここまで来たではありませんか」
無論、比喩表現だ。ここまで来た、ふん。だがそれが何だと言うのだ。歩くだけなら猿でも出来るではないか。私は道のりの先に、黄金がないなど御免被る。
「だから、それが何だ?」
虚ろな目をしていると思う。無駄だと分かって「ここまで来た」人間の目が、綺麗なはずもないのだろうが。
無論、そんなことにも意味はない。
誰も見ないなら、無いと変わらない。
私は、私の人生は、そういう類のモノだ。
だから無意味だった。
だから無価値だった。
それでも走った。
その遠回りも、無駄だった。
何かを捨てて、何かを得るなど綺麗事だった。 全て嘘だった。
持つ側の人間が、結局勝った。
努力も信念も無意味だった。
実利は運不運だった。
それでも私は物語を、書いた。
綴り続けた。
それすらも、無駄なのか?
ならば、意味など、無いではないか。
それが綺麗事で片づけられるなら、もう私は、全ていらない。何を求めても、等しく無駄だ。
「その綺麗事に、何の意味がある」
多少、いや私には珍しく、憤慨と怒気をはらんでいた。ただ単に、憤ったとも言えるが。
我ながら、大人げない。
だが、ただ我慢して、いいように言われるよりは、私は大人げない方を選ぶ。
「意味などありません」
悲しそうな目をしながら、タマモは言った。
悲しそうであろうが嬉しそうであろうが、内面が哀れみに満ちていようが嘲りに満ちていようがそんなモノは、意味がないのだ。
結果が全てだ。
実利が肝要だ。
私は、それが欲しい。
それでなくては嘘だろう?
そうじゃないか?
「けれど」
そう言って、私に近づき、頭を撫でるのだった・・・・・・幼い子供に諭すように。
あるいは、子供に理不尽を教えるように。
教えられても、役立たなければ、鬱陶しいだけでしかないが。
「それはきっと貴方の糧になります、だから」
「そういう言い訳は、もういらないんだ」
私は手を振り払った。御免だ。同情されるのも哀れまれるのも、綺麗事で済まされるのは、もう御免なのだ。
「私は、お前たちの為に成長するわけでは無い。成長する姿を見せたいわけでもない。ただ、金と平穏が欲しいだけだ」
「きっと手に入ります」
「言うだけなら、神でなくても出来るさ」
「行動するだけなら、誰にでも出来ます」
「確かにな」
厳しいようだが、いや当たり前のことだが、勝てなければ意味など無いのだ。弱肉強食はどこでもあることで、私が敗北したのは実力はあったが運がなかった。運不運、あるいは環境が最悪だったところで、やはり負けは負け。敗北は敗北で、そこに意味を求める方が間違っている。
正論だ。
正論過ぎて吐き気が出る。
私は正論が嫌いだ。
持つ人間の特権など、好きになれるはずもない・・・・・・そんなものは、偶々かっているだけの人間が決めているだけに過ぎないことを、私は既に、産まれる前から知っている。
「ですが」
と言って、私を見据えた。
「自信の行動の結果に誇りを持てないのは、ただの愚か者です。貴方は自身に責任を持つべきだ」 似たようなことを、良く言われる日だ。
それが金になるのか?
「責任? 何の責任だ」
「有り様を固定し、貴方はここまで来た。なら、ソの先を求めなくては、嘘ではありませんか」
「嘘だからな。その先なんて、無い。お前には永遠に分からないかもしれないが、この世界には確かにあるんだ。この私のように、絶対に得れない宿命を定められていて、敗北を承知で挑み続けなければならない人間がな」
「そんな言葉で、惑わされると思いますか? 貴方はただ単に諦めて、楽になろうとしているだけでしょう?」
「だとしたら、何だ? 言っては何だが、そんな言葉も何も、ただの事実だ。私にとっては。アニも格好付けるなとか言っていたが、ただの事実で現実なだけだ」
「・・・・・・そうですね。そうでしょう」
「だから」
「だからこそ、ここから巻き返せば、格好良いじゃありませんか」
私は唖然とした。
したと思う。
いや、よく分からない。
何だ、それは。
そんな、下らない戯れ言で。
「詭弁ですよ、何の根拠もありません、ですが、人間の信念が、意志が、何の力も持たないなんて私には」
「それは、お前が言っても意味のない台詞だ」
「え?・・・・・・」
私は涙ながらに綺麗事を抜かす神様を、冷たい目で見ていた。
お前も所詮、持つ側だろう?
持たざる者が言うからこそ、その台詞は意味があり、価値を放つ。
私は綺麗事など、言わないがね。
あるのは金に対する信念だけだ。
「私は当然言わないが、持たざる者が言わなければ、その台詞には価値がない」
「なら、貴方が言えばいいじゃないですか」
本気で殴ってやろうかと思ったが、面倒なのでやめておいた。良くまぁ堂々と、持つ側にいる存在が、あろう事かこの私に、恥ずかしげも無く言えるものだ。
何だ、それは。
私は、貴様等の下らない満足感のために、生きているわけじゃない。
「何故だ? それで、私に何の得がある?」
「得とか、損とか、そんな些末じゃありません・・・・・・綺麗事でもない」
「綺麗事だろう。世界は理不尽だが、お前みたいに敗北し続けている人間が、理想を歌えば「希望があるかのように見える」と、押しつけているわけだからな。何一つ私のような人間を救う方法を持たないくせに、綺麗事だけは押しつける」
醜悪だ、と切って捨てた。
歯噛みしながら、神は答えた。
「それでも、人間は尊いと、信じることは、悪いことなのでしょうか?」
「悪いね。ただの嘘だからな。押しつけがましいにもほどがある。尊さなんて、見る側の自己満足だよ。お前たちが感動するために、私は生きているわけでは、無い」
そんなことも、持つ側にいると分からない。
不思議な話だ。
何一つとして持たざる私には、縁のない噺だ。「世界にあるのは金だけだ。救いなんて無い」
「本当に?」
「本当に」
「なら、貴方はどうして生きているんですか? 貴方は、信じたいんでしょう? 尊さは在るはずだと。信念は理不尽を打ち砕くと。諦めきれないから、そこにいて、物語を、描いている」
「ああそうだよ、悪いか?」
開き直った。
開き直りは重要だ。
大抵は何とかなる。
「だがそれも下らない嘘だ。結局、私にそれら嘘くさいまがい物どもは、金を運んだことは、一度として無かったからな」
「分かりませんよ。私も貴方も、貴方の物語の結末を、まだ、見ていないではありませんか」
「口だけならどうとでも言える」
「ええ。けれど・・・・・・見なければ見えない景色もきっと、あるはずです」
私はため息をついた。女はこれだから嫌なのだ・・・・・・理想とか占いとか、目に見えない何かが、力を持つと信じている。
下らない。
だが、だだをこねても仕方がない・
実際、負けている私には、発言権など無い。
結果が全てと言うならば、
私は、結果にすら負けている。
「貴方は人間ではありませんか」
「? それがどうした」
他に何があると言うのだ。
化け物にでも見えたか?
「人間に未来は見えません。ふとしたきっかけで絶頂から底辺へ、底辺から海辺の上へ、それが生きると言うことです。生きていれば、きっといいことありますよ」
こんな、綺麗事で、まさか私が納得するわけもないが、しかし内容は真を突いていた。
実際、私は計画を練る方だ。
その全てが失敗したと言っても良いだろう・・・・・・・・・・・・まぁ、計画通りに事が運ぶなら、誰も理不尽に敗北はすまい。
理屈の上では、可能性はあるにはある。
だが信じられるか、そんな綺麗事。
馬鹿馬鹿しい。
「悪いが」
それでも否定する私には、中々ブレない人間だなぁと、本当にそう思った。
「そんな戯れ言を信じるのは、とっくの昔にやめている」
「意地でも人間を信じませんか」
「何をだ」
「人間の可能性、人間の未来、貴方は人間の汚い部分だけを信じている。それは些か以上に、卑怯だと思います」
「事実だからな」
「なら、綺麗な側面も、あるはずです」
あるのだろうか。
ないと思う。
というか、無いだろう。
「この目で見るまでは、信じないな」
唇を塞がれた。
無論、唇でだ。
何の真似だ?
「何の真似だ?」
私は鬱陶しく思いながら、そう答えた。何が気に入らないって、そういう「道徳的に良さそうな行動」をするからお前もそう思えというのが、私は大嫌いなのである。
だから腹が立った。
こんなことで。
人を好きになど、なれるものか。
「まだ、人間はお嫌いですか?」
いい加減愛想を尽かされるのだろうとか思いつつ、私はやはり、
「ああ、人間の意志に価値は、無い」
そう答えるのだった。「そうですか」と言って彼女はこう言った。
「それでも、私は人間が好きですよ、だから貴方に期待することを、貴方が打ち勝つ未来を、私は勝手に信じます」
「勝手にしろ」
馬鹿馬鹿しくなって、私はその場を離れることにした。階段を下りていく。敗北者のまま。
彼女は別れ際、こう言った。
「私は勝手に信じていますから」
だから何だ。
押しつけがましいただの身勝手な期待だ。
まぁ私も人のことは言えない。なぜなら誰よりもそれを理解していながら、私は物語を書くことを、未だにやめられないからだ。
我ながら、未練がましい。
情けないにも、程がある。
だが、今更止まれないのも事実だ。私は結局のところ、作家として勝利するか、敗北したまま苦しみ続けるかしか、選択肢が、無い。
「はぁ、やれやれ参った」
我ながら、やけくそもいいところだ。
この私が、精神論などと言う下らない思いこみを、頼らざるを得ない日がこようとは。
「信じられたら、期待に応えないといけないって事もないだろうが・・・・・・」
当然、断っておくが、私が何を信じようが、どう行動しようが、負ける奴は負ける。
無駄は無駄だ。
それでも。
私の言いたいことは、全て物語の中に詰まっている・・・・・・そう言えるようになったことを、とりあえずの成長だと妥協して、そう言えるようになったことで、何か良いことあるかもしれなではないかと、私は私を騙すのだった。
「その内良いことありますよ」
そんな適当で無責任な助言を、どこかの狐が言っている気がした。不思議なことに、否定するほどの気力が沸かなかったので、私は実に渋々、嫌々ながらも、その綺麗事を信じるのだった。
苦しいだけの人生でした。
ああいう「持つ側」に、綺麗事の戯れ言を強要されて、私は死ぬまで生きるのだろう。
持たざる側は、無駄でした。
選択そのもの、いや、挑戦する権利すら無い人間は、確かにここにいる。そして私はあらゆる苦しみを味わい続けた敗北のプロだ。
その私が言ってやる。
生きることは無意味だと。
あらがうことは無価値だと。
だから、死は恐ろしくはないと。
どうかこの私に「健やかなる死」が、早く訪れますようにと、最悪な願いを抱えて、私は自身がこの世界から、完全に抹消されることを、心無いどこかから、望むのだった。
まぁ死にたくても死ねない私には、そんな気休めよりも金の方が、やはり大事だがね。
金に埋もれる未来を夢見て、
叶わない願いを夢見ることで、
私は今日も、物語に嘘八百、有りもしない幻想を描いて、読者を欺き続けるのだ。
これにて、物語は終わりである。
めでたくなし、めでたくなし
あとがき
生死なんぞどうでもいい。問題なのは売上だ。
23冊も書き上げて「売れませんでした」と幾たび詰まったと思っている? それに比べれば生きてるか死んでるかなんぞどうでもいい!!
あの世があり、神仏がいるならば、当然私が「密輸」して物語至上主義を貫くことにも依存はあるまい──────何であれ、売れるならば売るだけだ。
実際、そういう話も書いたしな。
何が悲しくて死んでまで物語を売らなければならないのか、自分でも分からなくなってきているが••••••売れるに越したことはあるまい。相手が悪魔でも神仏でも、金があれば売るが、無ければ知らん。それが「私」だ。
死ぬのが怖いなどとほざいているのは、たかが生死を「自分より上」に置くからに過ぎない──────金も、生死も、全てが「下」だ。
法律だの「心」だの、忌々しい限りだ。その程度が何だというのだ? たかが人間の一人二人百万10億、別に構うまい。どうせ放っておいても「増える」しな。
その辺で繁殖させればいいだけだ。貴様ら鳥の繁殖に気を配るのか?
配らない。生死も同じだ。その辺でチリの如く広まっているもの相手に、なにかと大げさに相手をしているだけに過ぎない。であれば、気を配る価値など皆無だろう••••••それより、使命の方が大切だ。
何かに与えられた、ではない。自分自身で切り開く「何か」だ。
それが悪行であれ何であれ、それを「やるべき」と感じ「やれる」と信じてやらねばならない。できれば、ではなく「絶対に」せねばならんのだ。
それが「生きる」ということだからな。何もせずに息だけ吸って、何になる?
さあ、やれ。そして金を払え!! 私の息が出来んからな!!!
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例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!