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マリリンと僕

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小説『マリリンと僕』をまとめました。
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#短編

マリリンと僕30 〜恋にも演技力は必要か〜

マリリンと僕30 〜恋にも演技力は必要か〜

「よ、よう…たさん、何してるんですか」
自分でもハッキリとした理由はわからないが、自然と体が動き、萱森さんを抱きしめていた。
「わかりません」
「わかりませんって…、あの、この状態でわかりませんって言われてるアタシはどうすれば良いんですか」
「えっと…嫌…ですか」
「んー、悪くはないです。悪くないし、嫌でもないんですよ。むしろ胸キュンシチュエーションですよ。だからこそ、『わからない』は最悪なんです

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マリリンと僕21 〜再会は唐突に〜

マリリンと僕21 〜再会は唐突に〜

台本をもらったその日の夜から、台詞覚えを始めた。まずは全員分の台詞を通して読み、ストーリーの全体像を捉え、それから自分の役の台詞を頭に入れる。その段階では役のイメージを作らずに、一旦声に出して台詞を覚え、スムーズに言うことを心掛ける。台詞をだんだんと体に馴染ませて、それから自分なりに作った役のイメージに変換し、感情も入れて行く。

普段ならト書きを読み、相手役のイメージを膨らませながら役作りをして

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マリリンと僕17 ~新たなる脅威~

マリリンと僕17 ~新たなる脅威~

オーディション当日。

僕はインターホンのチャイムの音で目を覚ました。時計は既に午前10時を回っている。今日のオーディションは11時の予定だ。飛び起きて玄関に向かいドアを開けると、そこにはマネージャーの萱森さんがニコニコしながら立っていた。
「ダメですよー、ちゃんと起きなきゃー」
一応注意をしてくれているが、笑顔だし、言葉にも怒気が全く込められていない。赤茶色のショートカットに童顔な萱森さんを見て

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マリリンと僕16 〜不穏な夢〜

マリリンと僕16 〜不穏な夢〜

東京に帰る電車内で、バタバタと過ぎて行く日々を振り返っていた。

劇団の公演後、芸名をもらった。打ち上げから帰宅して、実家に帰って新しい名前の報告をした。そしてさっきまで、マリリンとその母である城山真里亜と共に昼食をとり、ロールスロイスで実家に送ってもらった。

真里亜さんはデザイナーというよりモデルや女優のような美しさとオーラを持った人で、真里亜さんの母はマリリンとそっくりな人だった。そして、真

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マリリンと僕15 〜2人の母親〜

マリリンと僕15 〜2人の母親〜

その日は朝から空は薄暗く、今にも雨を降らしそうな雲が空を満たしていた。

お昼前にマリリンのいるホテルに向かい、昼食を食べ、一度実家に荷物を取りに戻って東京に戻ろうと考えていた。ホテルは遠くないが、移動を繰り返すから出来れば雨は降らないでほしかった。母に「ちょっと行ってくるね」と伝えて実家を出た。

相手がマリリンだったからお昼の誘いを軽く受けてしまったが、よく考えたら、世界的に有名なデザイナーで

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マリリンと僕14 ~海辺のロリータ少女~

マリリンと僕14 ~海辺のロリータ少女~

僕の実家は、都心から新幹線とバスで2時間程の海沿いの街にある。

それほど遠くない場所に海水浴場があり、温泉があり、新鮮な魚介類を味わうことも出来るから、一年通して旅行客も多いし、富裕層が別荘を持っていたりもする。

父は市役所に勤め、母は友人の美容院をパートのような形で手伝っている。母が仕事でいなくても、近くに母方の祖父母や伯母家族が暮らしていたから、幼少期に寂しい思いをしたこともない。経済的に

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マリリンと僕13 ~君の名は~

マリリンと僕13 ~君の名は~

年始公演の後、小山さんに呼び出された僕は、会場近くの喫茶店にいた。店内の一番奥に位置する4人掛けのテーブルには、僕と小山さんと、見知らぬスーツ姿の男性と僕より歳下であろう女性。

「打ち上げ前に悪いな」
前置き的に、小山さんが言った。
「いえ、僕は今日出演していないので」
「まぁそうだな。それより紹介するよ。こちらはキャッスル・エンターテイメントの松岡さんと萱森さん」
スーツ姿の男性が松岡さんで、

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マリリンと僕12 ~年始公演と木製バット。その先に~

マリリンと僕12 ~年始公演と木製バット。その先に~

年始公演は盛況の内に幕を閉じた。

毎年正月休み明け、1月4日と5日の恒例公演で、映画や小説、漫画やゲームなど比較的認知度の高い作品を舞台化する為、劇団創立当初からそこそこ人気のある公演だ。今回の演目は『イエスマン』。洋画作品を桜井が日本風にアレンジして、脚本を書いた。

劇団主宰の小山春樹にある程度の知名度があるからそれだけでも一定の集客はあったが、やはり必ずしも毎公演満席とはならない。所属団員

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マリリンと僕11 ~行く年来る年~

マリリンと僕11 ~行く年来る年~

目が覚めた時、既に絵莉の姿は無かった。

身に纏っていた柑橘系の香水の匂いや、抱いた後の体の気怠さだけが、部屋の中に、体に、そして心に残されている。

テーブルの上には絵莉の書いたメモが置いてあり、スマートフォンには桜井から「連絡くれ」というメッセージが届いていた。

状況を整理する為に、僕はとりあえずホットコーヒーを入れることにした。

絵莉は「あなたの幸運にあやかりに来た」と言った。そして、積

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マリリンと僕10 〜 過去との遭遇 ~

マリリンと僕10 〜 過去との遭遇 ~

クリスマスの夜、いつもの公園でマリリンと会った後、自宅アパートに戻ると、1人の女性が僕の部屋の前に立っていた。

顔を見て、すぐに誰なのかが認識出来た。

「絵莉…」
彼女の名前は深谷絵莉。元カノだ。

元カノと言っても、当時の僕は多い時で5人の女性を掛け持ちしていた。専門学校の同級生、バイト先の後輩、友達の友達、バイト先のお客さん(たぶん既婚者だったと思う)…。どれも僕からではなく、アプローチを

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マリリンと僕9 ~クリスマスは終わらない~

マリリンと僕9 ~クリスマスは終わらない~

目が覚めた時、時計は昼の12時を回ったところだった。カーテン越しでも外が晴れていて、陽が差しているのがわかる。体は朝方よりはスッキリしていて、頭痛や吐き気も無い。

マリリンのお父さんから誘われたクリスマスパーティは、想像を超える盛大さだった。それはまるで夢のような出来事だったし、戸惑いや緊張を抑える為に大量にワインを飲んだせいで、本当に夢だったんじゃないかと思うくらい実感を伴っていない。

昼過

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マリリンと僕8 ~Merry? Xmas~

マリリンと僕8 ~Merry? Xmas~

12月24日、クリスマスイブ。

繁華街にはカップルが溢れ、至る所に装飾された、イルミネーションの輝きに魅せられている。ファミリーは特製のケーキやチキンを囲んでホームパーティを楽しみ、子どもたちは明日に控えたサンタクロースの訪れを待ち望んでいた。

そして僕は今、東京は品川にそびえ立つ『城山グランドホテル』のメインタワーにある大宴会場にいた。一張羅の黒のスーツとこの日の為に新調したシルバーのネクタ

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マリリンと僕7 ~黒猫は夢に誘う~

マリリンと僕7 ~黒猫は夢に誘う~

準レギュラーで出演していたテレビドラマがクランクアップを迎えた。初めて体験することばかりで、日々緊張の連続。でも、とても充実していたから、終わってしまうことが実感を伴わず、過去に無いくらいの喪失感を感じていた。そしてある意味では、不安だった。

撮影最終日の夜、出演者や監督を始めとしたスタッフがほぼ全員集まっての打ち上げがあった。当然のことだが、ダブル主演の八雲一朗と木村咲良も参加していた。僕と2

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マリリンと僕 6 ~その桜は秋に咲く~

マリリンと僕 6 ~その桜は秋に咲く~

「俺、役者辞めようかと思ってるんだ」
「え、なんで?」
「もう28歳じゃん?これ以上ズルズルやってると、後戻り出来なくなる気がしてさ。生活もずっとギリギリだし、普通に仕事して、普通の暮らしして、普通に結婚してる同級生見てたら、ちょっと羨ましくなったんだよね。今まではそんなこと思わなかったから、急に冷静になった自分にちょっと引いちゃってさ」

劇団の仲間であり先輩であり、専門学校の同級生であり、そし

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