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マーケティングnote(3) SWOTはセカイ系である

◆SWOT問題のラスボス

■ゆるキャラB級グルメ問題

今回は、SWOTそのものが持つ根本的な問題について書いてみたいと思います。

以前に、ひところの地方振興策が、どこにいってもゆるキャラやB級グルメばかりだったことの背景にはSWOT的な考えがあることに触れました。

私は、このようなSWOTによる戦略が没個性化を進めレッドオーシャン(過当競争)市場を作ってしまうことを「ゆるキャラB級グルメ問題」と呼んでいます。
ゆるキャラやB級グルメは典型例であり、この問題は地方自治体に限らずSWOTの抱える問題としてどの組織にも起こりえます

過去2回のSWOTに関する記事でまとめたよくある失敗パターンは、記事中でまとめたポイントに注意すればなんとかなりそうな、言ってみればテクニカルな問題です。

ところが、ゆるキャラB級グルメ問題は、テクニカルには回避できない問題です。SWOT問題のラスボスのようなものです。

この問題を避けるには、まずは、SWOTが持つ本質的な問題を知ることが必要になってきます。

■SWOTの本質的な問題

SWOTの本質的な問題とは、それが作成者の世界観を反映してしまうことです。

SWOTは、内部環境(S・W)と外部環境(O・T)の2つの要素から成り立っていて、それらは、プラス要因(S・O)とマイナス要因(W・T)に分類されています。

SWOTマトリクス

プラスかマイナスかというのは作成者の主観です。外部環境とは世界のことですから、SWOTとは、自分(の商品やサービス)と世界とを作成者がどう見ているかを整理したものに他なりません。

例えば、非常に楽観的な人の場合と悲観的な人の場合では、同じ状況を見ても、強みに見えたり弱みに見えたり、機会に見えたり脅威に見えたりが異なります。

少子高齢化を、衰退の脅威と捉えるか、若者が活躍する好機と捉えるかといったことです。

SWOTを作成する場合には、ある特定の人物のバイアスが反映してしまうのを避けるため、複数の部署からなるチームや外部の知見を入れたりして、なるべく客観分析に近づけようとする努力を誰もがしているかと思います。

問題は、作成者の主観は作成者個人の意識だけで作られるわけではないことです。

作成者の世界観は、もちろん個人の主観ですが、個人の主観を形成するのは、個人の考えだけでなく、属している組織や国、時代の影響も強く出ます。
どこまでが個人の主観と言えるのか、線引きするのは案外に困難です。

特に、トップのカリスマ的な指導のもとに全社が一丸となっている組織や、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)が行き届いている組織、志を同じくする者が集まった若いベンチャー企業、伝統と前例を重んじ統一された行動が身についている組織などでは、複数の人が集まっても一人がSWOTを作成するのとあまり変わらない結果になることもありえます。

逆に言うと、巨大企業が全社戦略にSWOTを使う分には問題ないとも言えます。

さらに言えば、日本という国の雰囲気にどっぷりつかっている我々がSWOTを作るとき、日本という集団の特性がSWOTに現れてしまいます。
これが、問題なのです。

ゆるキャラB級グルメ問題は、そのことが地方案件で典型的な形で出てしまった例なのです。

■比較ぐせが二番煎じを生む

現代の日本に生きる我々は、比較という圧力に常にさらされています。

学生時代の受験戦争がそうですし、就職してからは年功序列は崩れ去り成果評価になりました。日々の生活では、レストランは評点を気にして選び、ネット購買でも価格比較を考慮します。

他との比較になれてしまっている思考では、弱み(W)は、他にはあるのに自分のところには無いものを思い浮かべがちです。これでは、弱みの克服は、二番煎じになってしまいます。

ひところの地方振興策が、どこにいってもゆるキャラやB級グルメばかりだったことの背景にはSWOT的な考えがあったのです。

ここで、SWOT「的」としたのは、そろばんを使っても使わなくても頭の中にソロバンがあれば暗算もソロバン計算なのと同様に、施策立案にあたって実際にSWOTを作成していなかったとしても、弱み(W)の補強=他にあるものを自分のところにもという発想があれば同様だからです。

もちろん、このような弱点補強の戦略が、日本全体として見れば各地に個性的なゆるキャラやB級グルメを生みだし、ゆるキャラ全体、B級グルメ全体を盛り上げたことは事実です。

しかし、SWOTは、本来は自分のところに最適な戦略を見つけるためのフレームワークです。それが、没個性を促進し、少数の勝ち組を除いて全体を盛り上げるだけの結果に終わってしまっては、全体最適個別不適であり、不本意と言えるかと思います。

■無難ぐせが過当競争を生む

強み(S)も同様です。
日本では、自分にしかない強みを見つけて主張するといったことは普段の生活ではしないことが普通です。自己アピールを常に行うのは野暮というものです。

そのような美学の中にあれば、強み(S)を問われると、誰からも文句の出ないような答えの中から強みを探してしまうことになります。これは良い悪いではなく、そういうものです。

例えば、地方の自治体で強みを聞くと、「豊かな自然の恵みと人の暖かさ」といった答が出てきがちです。

これでは、どこの地方かわかりませんので、ここから観光振興や移住促進策を導き出せば、どれも同じようなものとなり、結果として地方の画一化を促してしまいます。

そうなれば、同じ土俵で戦うことになって地方間競争が発生し、競争になれば優勝劣敗が明らかになり、やがては地方の序列化すら招いてしまうことになります。

もちろん、「豊かな自然の恵みと人の暖かさ」が日本の地域の魅力の根幹にあることは間違いありません。ただ、戦略には、根幹の先にある「ならでは」を見つけていくことが必要です。

企業でも同じです。誰からも文句の出ないような答えの中から強みを探してしまえば、突出した強みを持つことはできません。

そして、平凡な回答に業を煮やした経営者が、外部の新奇なアイディアに飛びつき失敗してしまう、そんな極端な事態を招いてしまうこともありえます。
「画一的」の反対は「新奇さ」ではなく「ならでは」に求められるべきなのです。

◆SWOTはセカイ系である

■セカイ系としてのSWOT

SWOTには作成者の世界観を反映してしまうという本質的な問題があり、日本的心性が反映してしまうと「ゆるキャラB級グルメ問題」が発生してしまいます。

さらに、SWOTを用いて戦略を考える場合、留意しないとおかしな戦略を導いてしまう次の3つの注意点があることを以前の記事に書きました。

1.クセの強いフレームワークであること、
2.SWOTの前に必ず調査フェーズを入れること、
3.PEST→3C→SWOT(OT→SW)の順で進めること

問題だらけのように見えるSWOTですが、一方で、SWOTには自己(内部環境)分析と他者(外部環境)分析がひと目で把握できるというコンパクトでわかりやすい魅力があり、そのことが本来は巨大企業の全社戦略向けのツールであったにもかかわらず、中小企業や自治体などにも広く使われる原動力になったのだと思います。

こうしたSWOTの特徴や功罪は、SWOTが他のマーケティング・フレームワークにない構造を持っていることに起因しています。

端的に言えば、SWOTはセカイ系なのです。

セカイ系は、SFアニメやラノベなどの特定のジャンルの創作物を説明するときの概念で、ざっくり言えば、主人公が経験する様々なシチュエーションによって変わっていく内面の世界が、世界の危機などの大きな物語の展開に直結するような作品群を指します。
アニメでは、『ほしのこえ』、『新世紀エヴァンゲリオン』、『涼宮ハルヒの憂鬱』といった作品がセカイ系の代表例として知られています。
最近は、セカイ系という言葉は、あまり聞かれなくなりましたが、これはすたれたのではなく、あたりまえになってしまったからです。

■SWOTの問題とセカイ系

ヒットするSF作品は、世の中の動きを先取りしているところがありますが、社会がSFに追いついてきている現在、ビジネスの現状を説明するのにSF作品を批評する概念が役に立ちます。

SWOTもセカイ系で説明することにより本質に迫ることができます。

セカイ系の特徴は、個人の内面がいきなり世界と直結しているところです。そのため、主人公の内面の世界が世界の危機などの大きな物語の展開に直結するのですが、SWOTは制作者の主観(内面)の反映であり、SWOTと制作者との関係はセカイ系になっています。

しかもSWOTは、自己(内部環境)が世界(外部環境)に直結していますので、二重にセカイ系と言えます(現実の世界では自己と世界との間には地域や組織などの媒介項をはさみますが、それがないのもセカイ系の特徴です)。

SWOTのセカイ系構造


セカイ系は、主人公の心の動きが世界に影響してしまう物語です。
現実の世界では、イーロン・マスク氏のような国家を超える財力を持つ人物や、独裁的な権力を持った大国のトップなど一部の例外をのぞき、個人の気持ちが直接世界を動かしてしまうことはありません。

もちろん個人ひとりひとりの思いが世界を動かす原動力になっていることは間違いないのですが、一般個人の場合は、バタフライ効果のように直接ではなく間接的に世界に影響するのが普通です。

子供は全能感があるためセカイ系を生きることを夢想しますが、実際に世界が自分の思いのままに動くわけではありません(それを知ることが大人になるということですもんね)。

SWOTはセカイ系と同様の構造を持っているため、注意しないとセカイ系的な発想で戦略ができてしまう(セカイ系の物語を現実に持ちこんでしまう)という本質的な問題点を持っています。

先ほど再掲した注意点はすべて、セカイ系の構造を持ったSWOTが、セカイ系の物語として機能させないようにするものだと解釈することができます。

の ”クセの強いフレームワークである” という指摘は、SWOTが他のフレームワークには無いセカイ系の構造をしているので当然です。クセの強さを認識していれば、そのクセに飲みこまれるリスクを減らすことができます。

の ”SWOTの前に必ず調査フェーズを入れること” という注意点は、PESTや3Cという自己と世界との間の媒介項を意識するフェーズを必須にすることで、世界はセカイではないことを意識させるものです。

の ”PEST→3C→SWOT(OT→SW)の順で進めること” は、現実のビジネスにセカイ系を持ち込んでしまうことを阻止する役割を発揮します。SWOTをSW→OTの順に行えば、自分(SW)をもとに世界(OT)を認識して戦略を立てる(=セカイ系の物語を現実に持ちこんでしまう)ことになるからです。

■セカイに閉ざされやすい時代

グローバル化の時代が終わり、世界は様々な小世界(セカイ)が重なり合う時代に入りました。
SNSの発展はフィルターバブル(個々人へのレコメンド結果が異なるために、ひとりひとりが別々の情報を受け取っている状態)を生んでいます。人々が自分だけのセカイに閉ざされ、世界観を同じくする人々が血縁や地理的制約を超えてつながり、世界観を異にするセカイを見ずにすむ時代です。

こうしたことに慣れてしまうと、どうしても自己(自社)中心的に発想しがちになります。

また地方では、多様な価値観の火の出るようなぶつかり合いを経験することがあまりないため、世界が多様なセカイの重なり合いでできていることを忘れがちです。

SWOTがセカイ系の構造であることを逆手に取って、自己(自社)がどのようなセカイ認識をしているかを知るためにSWOTを利用してみるという新しい使い方が有効であり、それを知った上で自己(自社)が囚われていたセカイの外に出ることを意識した戦略を立てるならば、SWOTはポストグローバル化の時代にも有効なツールであり続けると思います。

■SWOTの新しい意義

クロスSWOTの問題にしても、それが本来は巨大企業の全社的戦略策定のためのフレームワークであったのが、中小企業やベンチャー、自治体、巨大企業であっても1部署といった小さな組織でも利用されるようになってしまったことにはじまります。

巨大企業では撤退戦略は普通なので問題になりませんが、柱が1,2本の企業や特定の地域に根ざした組織では撤退は死を意味するため、同じフレームワークを用いてもその意味あいが全く違ってきてしまうのです。

巨大企業以外がSWOTを用いる際の問題点は、不適切な戦略を導き出してしまうことです。

であれば、SWOTは、あくまでも「環境分析」のフレームワークであり、戦略策定とは別であると認識することができれば、SWOTをもとに誤った戦略を立ててしまうことはなくなります。

ビジネスでは、デモグラフィック(性別、年齢、年収などの属性)では消費者の姿を捉えられないという状況として現れ、今や自社が相手にすべき市場や競合を認識できないといった事態に突入しています。

例えば、百貨店のそごう・西武は、コンビニを主力とするセブン&アイの傘下から家電量販店のヨドバシの傘下に入ったニュースは旧来の業種区分が意味を無くしていることを象徴しています。
また、出版業から携帯事業、ファンドから半導体事業へと事業の主力を移しているソフトバンクは、オーケストラ的な旧来のコングロマリットとは明らかに事業形態が異なります。

このような状況下で有効な戦略を立てるためには、過去の成功体験や失敗体験から作られた自社認識の外に出て、自社認識を捉え直すリフレーミングが必要です。

そして、自分たちの世界の外に出るためには、最初に自分たちの世界を知っておく必要があります。SWOTは、そのためのフレームワークとして最適であり、今はSWOTの目的と価値を捉え直す絶好機だと考えます。

SWOTは、自社が自分たちのことをどう捉えて、世界をどう認識しているのかを把握するためのプラットフォームとして、戦略立案とは決別することができれば、SWOTの不都合な点はすべて解消されます。クロスSWOTとも完全に決別することができます。

ポストグローバル化社会のビジネスでは、SWOTは自己認識を客観把握するためのフレームワークとして活用してこそ価値があるのです。

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