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#純文学

夏の日

濃くて重たい影を
俯きながら引きずれば
夏を泳ぐ蝉や蜂に
命に近づかれて
ひどく怯える

数字として

今日も呼ばれる
存在としてではなく
数字として

明日も笑いかけられる
心身としてではなく
数の一つとして

滅びの色

あぜ道を行けば揺れている草が
流れている雲が
響き渡る水音が目に留まって
それらがどれも
滅びの色に見えてしまう

吊るす

長方形に願いを閉じ込めようとしましたが
願望もまた呪いだと思い
代わりに空っぽを
こっそり奥に吊るしました

映っていない夏

夏だ夏だと言葉にしながら
夏に人格を与えている
そんな自分に気付いたとき
 
私は夏を言葉にしているのではなく
夏という名の理想を言葉にしている
そのことを改めて痛感しました
 
結局私の目に
夏は映ってなどいなかったのです

乱れた夏

畳の上に並べていく
うちわにラムネ
蚊取り線香に風鈴
線香花火
 
夏っていう文字の刻まれた
いろんなものを
ぺたりと座り込んで見つめてみる
 
でも辺りは乱れ狂ったまま
夏は整然としない
 
外では蝉が鳴いている
赤い空気がねばねば糸引いて
 
ぽたぽた汗が垂れていく
私はますます乱れていく

汚れた水に

月の影に染まっている言葉の海
その渚でしゃがみ込めば
死という白んだ冷たさが押し寄せてきて
すねにお尻にまとわりついてきます
 
その波を飲み切るなんてできるはずもありませんから
砂浜に足跡を残して
山のほうの小さなため池まで引き返し
 
けれどそこでもまた同じように
月光の溶け込んだ水の
痛苦という冷たさを
掬うことはできなくて
 
両手でつくったお椀と共に
家の近くまで戻ってきたら
空き地の隅

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HBもしくはF

中学生の頃に買った
少しヒビの入っている
百円の透明なシャーペンで
 
いつからあるのか分からない
空白だらけの大学ノートに
やせた汚い文字を書く

芯は何度も折れて
カチカチカチカチ
空っぽが鳴る

内側がすっかり真っ黒な
クリーム色のやわらかいふで箱にあったのは
HBとFだけ

もっと大きなBかHがよかったと
ペンをミシミシいわせながら
消しゴムを使わずに書いていく

産み落とされることのなか

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季節の死

人が夏を見ているときに
自分は春を見ています
 
人が秋を見ているときに
自分は夏を見ています
 
人が冬を見ているときに
自分は秋を見ています
 
人が春を見ているときに
自分は冬を見ています

季節の死体を
見ています

ラムネ瓶

汗かく瓶のラムネのビー玉が
畳の上で朝日を浴びて
僕はそのきらきらを
ぼんやりと見ている

持てば冷たく
ころんと透明が鳴る

始めないことの美しさとは
こういうものではないかと
飲み終えた瓶を見ながら
汗を拭う

ナスの頭

切り落とされたナスの頭が
もうそれ以上老いることなく
ゴミ捨て場のすぐ脇で
すうすう眠っておりました
 
起こしちゃいけない
そう街灯が
月の光を力強く遮って
でも虫たちはその濃い色を
気にすることなく話しています
 
淡い夜風に溶け込む寝息はしわしわ鳴って
そのしわしわが私の喉へ
手を突っ込みひゅうひゅうひゅうと
息を引っ張り出すのです

非存在への愛

想像と観念を愛することができてしまう
だから子どもは産まないと
そう空想は言いました

本当に大切なもの
それが遠くにあるのなら
手繰り寄せようとなんてせず
あるがままに遠ざけておくと

存在しないものを愛せるはずがない
なんて言われても空想は微笑む
存在しないものしか愛せないのですと

もし存在するものを愛しているとすれば
それは全て自己愛ですと
空想は絶えず微笑むのです

成れの果て

青くて若い夏の
細くて熱い腕に
後ろから抱きつかれながら
道を歩けばカマキリが
胸で口づけするように押しつぶされている
 
汗のとろりという声は
ほとんど聞こえず蝉の声だけが響いて
淡く揺れる灰色に
黄緑がよく映えている
 
あれは自分の成れの果て
生誕を否定した自分の
 
踏みつぶされた言葉となって
夏の燃える足元で
ぎらぎらと濃く溶けていく

ふらふらとやってきた目玉に
じっと見つめられながら

夕方

太陽がうなだれて
その金色の髪が
やわらかく広がっていく
 
その毛先をくすぐったがる
モザイク窓の黄緑の声が大きい
 
扇風機と戯れつつ
葉擦れの笑声を聞いている
悲しそうに微笑みながら

空想の中の
その人