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2019年10月の記事一覧

電球を割ったら

 二度とつくことのない電球を片手に、あの濁り切った白い光を思い出して。一人、おののいています。用水路の金波に、青い足を浸しながら。

 足首に絡まる冷たさには底がなく、足裏で感じるざらつきと甘いぬめりが、切れた電球の艶を、濃くしていって。つるりという音が切っていきます。あぜ道のカエルの死骸を、バッタの足を、蛾の羽を。ぼうっと暗色を吐く電球は、玉にもなれず、珠にもなれず。そうして、それを撫でているこ

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 血管の浮かび上がったその赤黒い手は、賛美という金槌を、いつだって振り上げ、振り上げて。絶えず透明を割りながら、けらりけらりと笑っています。その手の汗は、拍手という木槌の柄を、濡らすこともありました。嬉し泣きという、ゴムでできたハンマーの柄を、ぬるりとさせることだって。澄んだものは、それらに砕かれていきます。粉々になって、鈍く乱反射する光。輝きはすっかり、失われてしまいました。残された澄明は、わず

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ビニール傘

 透明な傘が開かれたときの、あの低くて重たい音のように、胸底で叫んで。

 裏返ったビニール傘の、しなった銀の骨みたく、喉を軋ませる。

 ろくにたたまれもせずに立てかけられた、真白なビニール傘みたく、冷や汗を垂らし。

 錆びて茶色く汚れても、無言でそれを受け入れる、すり減った先端と同じように、引きずられて。

 たとえ穴が空こうとも口は閉じ、銀が変に曲がっても、背筋はまっすぐ。

 そうして、

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色彩

 透けている淡い黄緑をぼんやりと見つめながら、そっと手を伸ばす。縁ほど濃いその色は、確かに触れることができる。けれどまばたきをしたその瞬間、色はもうなくなっている。残っているのは、指先のしびれと、甘い感触だけで。

 うつむけば、今度はとろみのある薄黄色。それもやっぱり、輪郭ほど色彩が鮮やかで。背を曲げれば、確かに握ることができる。それでも、ほんの少し目を逸らしただけで、濃淡は消えてしまう。見渡せ

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祈り

 紺碧の暮れへと昇っていく、冷たいガードレールへ右手を載せて、うんと遠くで滴った、ホタルの光の死骸をすくう。

 ひんやりとした葉擦れの音が、かすかに軋んでいる空気と戯れながら、肌に残った蒼白を、押しつぶそうと迫ってきて。

 靴底で、細かくなっていく落ち葉。

 下をゆく穏やかな川波は墨色で、虫の胸部が膨らむたびに、甲高い呼吸が、水に呑まれてやってくる。

 手を離し、親指と人差し指を擦り合わせ

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持病

 明日には死ぬかもしれない肉体を抱いてくるのは、薄くて青い圧力です。

 痛みで軋む関節を掴んでくるのは、とろみのない月と星の影たちです。

 夜が明けたら見えなくなっているかもしれない眼球を口に含んでくるのは、濃淡羽織った緑色です。

 無数の赤い斑点で汚れてしまった肌へと口づけをしてくるのは、冷たさを囚えた透明です。

 真白にえぐれたほおの内側や陰部を舌で舐めてくるのは、鳴いてる虫の喉から垂

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つぶて

 色も違うし、尖っていて危ないからと、敷き詰められた砂利のなかから拾い上げられ、打ち捨てられる運命です。

 抵抗することも、逃れることも、隠れることさえ、すべては所詮、妄想です。

 変色や研磨なんて、不可能なんですから。ただそこにいることしかできない以上、必ず発見されて、つまみ上げられて、放られるんです。

 そうして、硬いアスファルトの上で焼かれるんです。踏まれて蹴られ、傷だらけになって。輪

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夜霧と月

 ベランダの手すりに胸を預け、夜霧に手を伸ばして。戯れました。痩せた月明かりのまねをして。

 あごを上げ、半月を唇でかじったら、味はしなくて。ただ、皮膚と粘膜が、冷たくなって。

 なにも考えず、なにも思わず、ただ、右手の指を動かしていたら、ポケットのなかで、高い音が膨らんで。取り出せば、ぼうっと光る、汚臭の波が。無数の音吐が。下から上へと流れていく、嘔吐物。戻されたものをすすらずにはいられない

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秋生まれ

 開かれた窓の向こうの、薄い青空に垂れ下がった秋風を眼でもげば、夏の死臭が漂って。握れば潰れてしまいそうな、輪郭のぼやけた太陽は、落ちた果実のように腐っていて。なのにこの身は腐敗せず、今もなお、冷たい汗を滴らせています。

 なぜこの青い肉は燃えないんでしょうか。

 視線を戻せば、キーボードの白い文字にくちづけをしていく十の指頭が、色のない響きを蹴って、弾かせて。ファイルのなかの資料が、隣でさら

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アスファルトと三日月と

 濡れたアスファルトを足でかじりながら、夜空を仰げば煙る三日月。

 誰もいない川沿いの遊歩道に響くのは、欲と願いの影法師が落としていく、足音だけで。

 左手で鎖骨を押さえ、荒い真白を撫でたって、溶けない溶けない。胸元の冷たさは。

 淡い星影と月影で瞬く足元の黒は、どうにもならない望みと、それらが羽織った虚しさのように、浅く息をして。

 凍り損なったしずくの子のように、凍てつくことを許されな

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秋夜

 茜色の秋夜の下で、用水路に手を浸し、濡れた両腕を広げ、細い蒼白を銀翼へと変えて。山のそばの旧道を、駆けては駆けていきました。

 走りながら、ちらと足元に目をやれば、制服の真っ赤なリボンが、胸元でたなびいていて。スカートも、荒々しく波打っています。道に沿って並んでいる杉が生んだ影は濃く、仰向けば、暴れる前髪の縁が透明にまたたき、夕空の赤い心音は、群青の息遣いに呑まれて、溶けて。

 視線を前へと

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