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黄昏てゆくヒマワリ。

ヒマワリへっていつか手紙を書いてみたかった。

わたしは夏の空の下そんなことを思っていた。

もういちど、差出人の名を確かめると、カタカナで
<ハル>と読めた。

この間までつき合っていた彼が世話になった
<ハル>さんという名のおばあさまが、
つけこんだキンカンと
いっしょに贈り物が届いた。

いままでにも幾度となくそんな品物が届けられ、
ふたりきりの食卓をかざることがしばしばあった。

梅干しだったり、レモンのジュースだったり。

彼はうまいなぁって、必ず言っていた。
その声は、わたしにかけてくれたことのない
とても体温のこもった声だった。

しめった新聞紙とその包みを捨てようとした時。

指にひっかかるものを感じて、摘んでみると。
それは幾粒かの<ひまわりの種>だった。

思いがけない場所で彼と出合い頭してしまったかの
ように、わたしはその種をてのひらの上であそばせて
いた。

そして包みを捨てるのもなぜかためらわれて。

見知らぬ土地に毎日のように届くであろうその地方
新聞をめくっていた。

なじみのない地方の新聞は、どこかよそよそしくて
落ち着かないものだ。

新しい街に、降り立った時の違和感にも似ている。

もう読むのはやめにしようとしたそのとき、
わたしの目にはある文字が飛び込んで来た。

<向日葵>と書かれている。

向日葵

偶然に懐かしい名前に出会い、わたしは
フローリングに中途半端にしゃがみ込んだ。

それは花の育て方などのノウハウが記されているの
ではなくて、どうやら人の名前らしかった。

読者の投稿コーナーのようなちっちゃな欄で。

孫ができたのでそのおんなのこに<向日葵>とつけた。
ただそれだけのことが、やさしい年輩女性の視線で
書かれていた。

<向日葵>とかいて、<ひまり>とルビがふられて
いた。

夏樹ちゃんからの伝言ですと
ゆるぎない芯のしっかりした、4bぐらいの鉛筆の
ハルさんの文字がそこにあった。

ヒマワリの種から育ててみてくださいと。

ハルさんは新聞のなかに<向日葵>の記事が載っている
ことを思いがけずみつけて、うれしくなってその
ページにそっと種を隠してくれていたのかも
しれない。

ほんとうなら夏樹とわたしの子供は
向日葵と書いて「ひまり」と読むそんな
名前を思いついたことがあった。

夏樹は覚えていたんだな。

なんだか温かな謎が舞い降りてきた夏の午後だった。

<ハル>さん。
向日葵の花、そう種から育ててみますね。
心の中でつぶやいた。

グラスの中の炭酸を入れていた氷が解ける音がした。

あんなに誰の手も届かない遠い所に
行ってしまった夏樹。

わたしは床にしゃがんだままの形でくしゃくしゃに
なっていたスカートの裾を直しながら。

この向日葵が咲いたら、あの日からふたりで考えていた
こどもの名前と同じ<ひまり>にしようと思った。

わたしはヒマワリの種を手のひらに
乗っけながら
ゆっくりとゆっくりと
黄昏たまま立ち上がった。



今日もギリギリですみません。
こちらの企画に参加しております。
「ヒマワリへ」から始まる短い物語を書いてみました。
お暑い中お読み頂きありがとうございます。
どうぞみなさまご自愛くださいませ🎐🎐

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