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傷ついていないふりをしていた。恋ってそういうことなのか。

部屋には鞄が多すぎる。
そう思って整理しはじめたけれど、なかなかどれも
ときめくからねとか思いながら進まない。

冷ややかになってみる。
これは嫌いって思えれば、捨てられるのに。
鞄って、季節ごとに素材がいろいろあるから。

夏のレースや、籐のカゴとか。コットンなど。

今わたしの眼の前にあるのは、ちっちゃなボアのバッグで。
わたしは全然おしゃれとかしないから、あれだけど。

それは、高価だとかデザインが特別好きとかでは、なくて。
けれど、肌触りは気に入っている。
そんな他愛もないものが、どうしても捨てられない。

ショルダーのところに、茶系のイミテーションのはねはねが
付いている。
その羽根は、薄い何枚かが重なり合っていたもので、はじめは
ふさふさだった。

それが、いつの間にかなくしたり、ちぎれてしまったのか、
ひっそりと、2枚ぐらいの羽根しか残っていない。

ぶざまなんだけれど。

メルカリでも買ってもらえないと思う。

ずっと昔、そのバッグの中にとある方に頂いたCDが、入っていた。


ジャズ好きの方から頂いた2枚のCDだった。そこに集った人みんなも、
何かしらのCDをプレゼントされていた。

お開きになって、帰らなければいけなくなって。
タクシーをある人と待っていた時。

そのバッグの中に入れてあったハンカチを、取り出そうとした時に、
CDとハンカチがはさまってしまって。
ファスナーが、ハンカチをしっかり咬んでしまっていた。

にっちもさっちもいかず。ゆきつもどりつ。
どんなにしてもファスナーが開かなくて、つまり壊れた。

繁華街のどこか、あまり覚えていないけれど。
信号機の前あたりで。

困っていたら、一緒に駅まで帰ろうとしていたその人が、
助けてくれた。

これ、だめになってもいい?

って聞いてくるから、わたしはてっきりこのかばんのことだと思って、
それは、いやだなっておもって

これが?

って、ボアの黒いバッグを指さして言ったら。

ちがうよ、これこれこれのこと。ってすこし笑いながら

その方は、ハンカチを指さした。

あ、ハンカチのことか。

と思って。バッグよりはいいけれど、そのハンカチも気に入っていた
けれど、しょうがないしいいですよ、って答えた。

その人は、何か解決策を知っているようだったから。

そしたら、オッケーちょっと離れててってその人は言った。

オッケーが口癖の人だった。

意味があまりつかめなかったけれど、わたしはバッグから身を離した。

そこから先は、ぼんやりとしたわたしにとって魔法のような瞬間が
訪れた。

その方はジャケットの内ポケットから、即座にジッポライターを取り
出すと、しゅぼっと炎をマックスにした。

ゆらめく炎を、ファスナーに何度も近づけた。

その時なぜかすこしだけ、人だかりができた。

何が始まるんだろうと思って、見て見ぬふりをしている雑踏の恋人風
の彼らたちが、歩をゆるめて立ち止まり始めて。

ジッポをあしらっている彼の指の一挙手一投足を、みんながみていて。

その何度目かの炎の応急処置がそのバッグのファスナーに施された時。

ハンカチは咬まれていたことをすっかり忘れていたかのように、
するするとファスナーから、解放されていった。

熱のなせるわざだった。

アメリカかどこかだったら、なんか居合わせた人同士が拍手する。

ゆっくり拍手するっていうシーンをみるけれど。あれに近かったかも

しれないって思ったりした。

その時のなんというかカタルシスって、こういうことか。っていう
ぐらいに。

なにかが、するするっと滑り込みながら溶けてゆく。

なにごともなかったかのような、そんな感覚に、くるまれた感じがした。

でもすみれ色のハンカチを見ると、いろいろなところが焦げていた。

無残だったけれど。

バッグの中にちょっと無理して入れたわたしが悪いんだと反省した。

そこで、かばんも相当ひどいことになっているんだろうなって思ったら

ファスナーのところが少し熱をおびているぐらいで、無傷だった。

その後、かばんではなくて、それがきっかけになって心の傷を負うのは、
わたしたちふたりのほうだったけれど。

もちろんその時は知る由もなかった。(ドラマのナレーションか!)

いまなにげなくボアのバッグを見る。

いつだってそのかばんは、ただそこにぶら下がっているだけなのに。

なんだかわたしたちふたりの巡りあわせのようなものにこのかばんを
つき合わせてしまった気がして。

申し訳なくてこりゃ、捨てられないなって気分になっている。

あの時頂いた、CDもときおり無性に聞きたくなる。

痛さ見たさだ。わたしの性格だ。

そしてジッポのあのまっすぐなマックスの炎は、今も健在かな? 

と無性に思う。

むしょうってなんだって、思う。

なにか困難にぶつかった時、誰も傷つかずに解決するなんてことは
ないんだなって。

なかったなって思う。

あの焦げてしまったハンカチみたいに。

そしてふたりは。

たぶんどっちがどれだけとかじゃなくて、それぞれに傷ついたけれど。

今はちゃんと生きているみたいだし。

そして、おもむろにボアのかばんに触れてみる。

あの時のふたりの一部始終を見ていたんだと思ったら、ちょっと切なく
なって、捨てられなくなっていた。

そして。

この嘘っぽい、ふわふわな手触りに、ちょっと救われているような気が、
今はしている。

ぼろぼろの鞄だけが残ってっていうことは、時が経ったんだっていうことだ。

今日のひとり気まま企画

#聞きながら書いてみた

あのCDの中にすてきな曲が入っていました。

Over the Rainbow  です。それと、追加しました。

ボブ・マーリー💛のもありましたので、よろしければどうぞ。

お聞きくださいね♬




からっぽが からっぽのまま はこばれてゆく
秋の風 ふたつおりにして かばんの中へ



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