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Vioxxの薬害から学べること

メルク社の「Vioxx」(非ステロイド性抗炎症薬)は1999年にアメリカで承認されましたが、18ヶ月以上の服用で心血管疾患のリスク増加が認められたため、2004年9月に市場から撤退しました。日本では承認されていなかったのであまり話題にならなかったようですが、この薬害から多くのことが学べます。メルク社は、HPVワクチン「ガーダシル」や「シルガード9」の製造販売元(日本での製造販売元はメルク社の日本法人「MSD株式会社」)です。


臨床試験でわかっていた危険性

今回は、先日の記事で少し触れたVioxxの薬害について取り上げます。

「Vioxx(バイオックス)」は日本では承認されていなかったのでネット上で日本語の資料はあまり見当たりませんが、『子宮頸がんワクチン問題』(みすず書房)に詳しく書かれていました。

以下、一部引用です。

バイオックスは非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)「ロフェコキシブ」の商品名で、関節炎などを原因とする慢性疼痛や急性疼痛の治療薬である。米国食品医薬局(FDA)は1999年5月にバイオックスを承認したが、メルク社は安全上の懸念から、わずか5年後の2004年9月には、自主的に市場からこれを撤退させた。

『子宮頸がんワクチン問題』より

販売されていた期間中、世界中の8000万人がバイオックスを服用し、2003年1年間だけで25億ドルを売り上げた。メルク社が突然、バイオックスを「自主的に」撤退させたのは、FDAによる市場からの排除措置の可能性があったため、それに先んじたものだった。バイオックスには重大だが公表されていない心血管リスクがあった。

『子宮頸がんワクチン問題』より

FDAはバイオックスの承認前には重大な懸念を抱いていたが、承認時には心血管リスクを上昇させるという「完全なる確実性」がないとした。

『子宮頸がんワクチン問題』より

FDAはバイオックスの心血管リスクについて十分に認識していたにもかかわらず、警告表示をさせるまで、さらに2年近くも先延ばししていた。その間、メルク社はバイオックスの販売攻勢を続け、それは2001年2月にFDAがメルク社に対して心血管リスクについて医師に情報提供するように求めた後も続いた。

メルク社はそれどころか、2001年5月、「弊社はバイオックスの心血管に対する良好な安全性を再確認しました」と書いたプレスリリースを出している。さらに、メルク社はバイオックスに関する並外れたマーケティング活動を展開し、総合失調症から7種類のがん、月経前のにきびに至るまで、30以上の疾患に対する効果を謳った。

『子宮頸がんワクチン問題』より

メルク社が承認前に実施した複数の臨床試験は、心臓発作のリスクを示していた。しかし、医師や市民に向けてマーケティングを行うにあたって、彼らはそのリスクを軽視した。議会聴聞会のためにメルク社の資料を検討した医師ガーカーパル・シンハ博士は、メルク社の科学者たちは1997年早々には心臓発作のリスクについて懸念を抱いていたと記している。彼は、メルク社が調査を怠ったのは、心血管系の有害事象を見つける可能性を最小限にするための「マーケティング上の決定」だったとしている。

『子宮頸がんワクチン問題』より

メルク社が実施したバイオックスの臨床試験は小規模で、投与期間は短く、心疾患のリスクが低い人々を対象とし、発生した心血管系の問題を収集し、評価するための手順を備えていなかった。これらすべてのことは、HPVワクチンの試験についても同じだ。

『子宮頸がんワクチン問題』より

FDAがガーダシルを承認したのはバイオックスの市場撤退から2年も経たない2006年6月だったが、メルク社の消費者に向けた直接広告攻勢が始まったのは2005年9月、承認7ヶ月前のことだった。

『子宮頸がんワクチン問題』より

さらに詳しく知りたい方は、ぜひ『子宮頸がんワクチン問題』をご一読ください。

以下は、未来を実装するメディア「WIRED」(2005年07月28日)より、一部引用です。


Vioxxで心臓麻痺や心臓発作などの心臓血管系の障害が起こる割合が、競合する医薬品『Naproxen(ナプロキセン)』を服用していた患者に比べて220%にもなることがわかった。非ステロイド系の抗炎症薬であるNaproxen は、『(Aleve(アリーブ)』、『Anaprox(アナプロックス)』、『Naprosyn(ナプロシン)』などの商品名で、鎮痛剤として販売されている。

VIGOR試験の検証結果に対してメルク社は、Vioxx服用患者の方が心疾患が多いのは、Vioxxがそのリスクを高めているというより、ナプロキセンがアスピリンと同様に心疾患を予防しているためだと主張した。

WIREDより

Vioxx服用患者の方が心疾患が多いのは、Vioxxがそのリスクを高めているというより、「ナプロキセンが心疾患を予防しているためだ」と主張したと書かれています。

けれども、2004年には「ナプロキセンの長期投与によって、心血管疾患や脳血管疾患イベントの発症リスクが増加する可能性がある」という記事が出ています。

そもそも、プラセボ群に薬の成分が入っていないものを使っていれば、このような言い訳もできなかったでしょう。本来は、本当の意味での「偽薬」を使って比較するのがプラセボ群のはずです。

メルク社ではこのようなやり方が当たり前になっていることに、なぜ医師たちは疑問を持たないのでしょうか。HPVワクチン「ガーダシル」や「シルガード9」でも、ほとんどのプラセボ群に生理食塩水を使っていません(下記参照)。


また、下記の論文には、Vioxxの訴訟で公開された内部文書から「種まき試験」の計画や実施も明らかになったことが書かれています。

The ADVANTAGE Seeding Trial: A Review of Internal Documents
19 August 2008

「種まき試験(seeding trial)」とは、新薬が市場に出て芽が出るように種をまくための臨床試験。科学研究を装った営業をすることで、多くの場合、関与させた医師は製薬会社から経済的支援を受けています。

下記の論文には、「種まき試験」について詳しく書かれています。
以下、一部引用です。

Seeding trial の発見と PROBE 試験の危うさ(齊尾 武郎 フジ虎ノ門健康増進センター)

・製薬会社がスポンサーとなって行われる科学的な価値の低い臨床試験であり,真の目的は自社製品の売り上げを伸ばすことである.
・エビデンスとしての価値の低い研究デザインを用いていることが多い.
・研究者としての適格性が不明な多数の医師が,その薬の使用される分野の薬を頻繁に処方する診療現場の医師であるがゆえに,“研究者”として臨床試験に携わり,労力(極めて短い,手間のかからない報告書を書くなど)にそぐわない高い対価(少なからぬ謝金・顧問料を受け取ったり,当該試験の研究論文に名を連ねたりすることなど)を得る.
・試験の費用が製薬会社の研究部門からではなく,宣伝部門から出ていることがある.

http://cont.o.oo7.jp/37_2/p517-22.pdf

下記はVioxxに関する2003年の記事ですが、ここに書かれている「ADVANTAGE」研究が「種まき試験」だったのです。

COX-2阻害薬はNSAIDより消化器系副作用が少ない点が“売り”だが、消化器系副作用が出やすい人でもメリットが示されたのは初めて。研究結果は、Annals of Internal Medicine誌10月7日号に掲載された。

https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/270688.html

下記の論文では、「メルク社の内部文書からADVANTAGE研究 が科学として枠組み化されたマーケティングの一例であることを示している」と結論づけています。

製薬会社がこのような試験を行っていることは以前から知られていたようですが、Vioxxをきっかけにより注目されるようになりました。

和解金を支払っても責任は認めていない

下記の記事には、2007年11月にメルク社のVioxx訴訟は和解の合意に至ったと書かれています。

【2007年11月10日 AFP】
米医薬大手メルク(Merck)は9日、鎮痛剤「バイオックス(Vioxx)」の副作用に関する訴訟で、和解金48億5000万ドル(約5365億円)を支払うことで原告側の大半と和解の合意に至ったと発表した。

 一方で同社は同和解について、責任を認めるものではないとの見解も同時に示している。

 9日付の米大手経済紙ウォールストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)によると、メルクはこれまで、2万7000件以上の訴訟すべてに対し法廷で争う構えを見せていたという。

https://www.afpbb.com/articles/-/2309686

和解していますが、メルク社は責任を認めたわけではないということです。

アメリカの非営利メディア「NPR」の記事では、Vioxxに関するニュースを時系列でまとめています。

Timeline: The Rise and Fall of Vioxx
November 10, 20072:40 PM

2006年のところに、下記のように書かれています。

Research published in the medical journal Lancet estimates that 88,000 Americans had heart attacks from taking Vioxx, and 38,000 of them died.

Timeline: The Rise and Fall of Vioxx

医学雑誌「ランセット」に掲載された研究によると、88,000人のアメリカ人がVioxxにより心臓発作を起こし、そのうち38,000人が死亡したと推定されている。

これほど多くの被害者が出ているのに、責任を認めない製薬会社を信用できますか? しかも、HPVワクチンの臨床試験についてもVioxxと類似点があるのです。

今起きている紅麹サプリメントの問題で、「メーカーの回収が遅かった」などという意見がありますが、メルク社は撤退が遅かっただけでなく、もっと悪質です。リスクがわかっていたのに、それを隠して販売を続けていたのですから。


<参考資料>

COX-2 阻害薬Vioxxの市場撤退をめぐって(1)水谷民雄

COX-2 阻害薬Vioxxの市場撤退をめぐって(2) 水谷民雄


Failing the Public Health — Rofecoxib, Merck, and the FDA