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わが家の伝統食 #おいしいはたのしい

収穫野菜で仕込んだ漬物

 ついこないだまで、実家は農家だった。昔は土間の台所で、母の調理する姿は地下足袋。畑が忙しいので、姉は小学校に上がるとすぐに包丁を持たされた。末っ子の私は家の掃除係。座敷にはオカイコさん(養蚕)の名残の穴があり、春に畳を上げるとそこだけ蓋をした床が出てくる。初夏、収穫した茶葉を広げるのもこの座敷。私はどんくさいので、だだっ広い座敷をはじめ、いくつもある部屋と土間の掃除に半日かかる。結局、しっかり者の姉が毎回手伝う羽目に。わが家はそういう家であった。

 食卓に洒落たものが出てくるわけでも、ほっこりする和食が並ぶわけでもない。畑の野菜や椎茸、山菜、それに少しの肉または魚屋が持ってくる魚、そして量増しの豆腐や練り物を使い、煮たり焼いたり炒めたり。そこへ、アル中一歩手前の祖父と酒好きな父のためにコノシロの酢の物やサバの刺身が並ぶ。だからわが家の味と言えるような料理は思い浮かばない。しかし、漬物だけは別である。

    当時は竈屋(かまや)に自家製味噌を保管する小部屋をしつらえ、そこに梅干し、たくあん、粕漬け、味噌漬けといった漬物も大量に仕込んであった。大根や瓜はもちろん、茄子やにんじん、高菜、白菜、なた豆など、漬ける素材は畑で収穫したものばかり。母は「あれを漬けると美味しい」と聞きつければ、すぐに試す。最初は教わったとおりに。二度目以降は自己流に。

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母のつくる漬物の味

 私は20代の頃、仕事で農家の女性たちと接する機会が多かった。家の漬物を持って会合に行くといつも絶賛された。農家の女性は味に手厳しい。自分たちがつくる米や野菜に誇りがあるから。当時の私にすれば、もっとも信頼できる人たちが「この漬物、許可を取って売ればいいのに」とまで言うのは、よほどそう言わせる何かが母の漬物にあるからだと思った。

 わが家の漬物はどのようにいいのか尋ねたところ、”塩梅”だという。それがよくわかるのが苦瓜の漬物。ほどよく素材の味が残るように漬ける塩梅が、苦瓜は難しいのだと彼女らは口々に言った。風味が残り過ぎても、残らな過ぎてもいけない。普段から当たり前に食べていたので、ちょっと驚いた。そして次第に、「この味は誰が引き継ぐのだろう」と考えるようになった。

 後に実家を離れた私は、たびたび母に漬物の作り方を尋ねた。しかし「あんたに作れるわけがない」と、毎回一笑された。

 「あんた、仕事で家を空けるばっかりなんやろ? そんなんで作れるわけない。梅干しなんか天日干しせんといかんの知っとるの? カビも生えるじゃろ? 毎日見らんといかんのに、あんたに作れるわけない」

 その後もアプローチしてみるが、「人に伝えられる分量なんかない」「私が作らなくなったら、店で買えばいい」と、頑として教えてくれない。「いやいや、店で買えないから聞いてるんですけど」と、私もふてくされて喧嘩になる。この繰り返しである。

 確かに、“塩梅”を数値化するのは難しい。唯一きちんと教えてくれたのは、苦瓜のつくだ煮ぐらいだ。漬物じゃないけど。母は先述の農家の女性たちと同じことを言った。

 「やり過ぎたら(味つけ、煮詰め)苦瓜の味が残らない。跡形もなくなる。いい塩梅にせなね」

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漬物継承問題、解決せず

 今も、ほとんどの漬物の作り方を知らずにいる。相当信用されていない(笑)。どうやら母は、「あんな面倒なことは娘にやらせたくない」と思っているふしがある。そこをなんとか教えてほしいのだが、頑として譲らない。もしかすると多くの伝統の味が消えた理由は、そういう親心なのかもしれない。特に母の世代は、世の中が便利になっていくのを如実に体感して生きてきたのだから。

    仕方ないので、簡単にできそうなものは自分で調べて作ってみる。そこから、今まで食べた漬物と比べてアレンジ。作った感想を母に話し、情報交換。なんてまどろっこしいのだろう。

 一方で、結局わが家の味なるモノには”私”という個がスパイスとして加わるので、無理に引き継ぐ必要はないのでは?とも思う。よその漬物とわが家の味とを比べてしまうことから、すでに私は味を引き継いでいるのかもしれないが、明確な何かがほしい。

    そんなことを考えながら、今日も大根の葉で浅漬けをつくる。昼のおにぎりには、実家の梅干しを添える。晩ごはんには、冷凍しておいた苦瓜のつくだ煮をテーブルに出す。毎日欠かさず、何かしら自家製の漬物やつくだ煮が食卓に並ぶ。知らず知らずに受け継がれた食習慣。私は懲りずに「あの漬物の作り方を教えて」と実家に電話するけれど、あーだこーだとまた喧嘩。きっと母と私、どちらかが死ぬまでこれを繰り返す。いつまで経っても、親は親であり、子は子なのである。

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