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文の文 1

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文というハンドルネーム、さわむら蛍というペンネームで書いていた作文をブラッシュアップしてまとめています。
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2022年1月の記事一覧

そんな日がありました。

そんな日がありました。

冬の日、思い出すこと。反省すること。

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物事を最後までやり遂げること 、ちかごろのわたしは、そいつがなかなかむずかしい。

こっちをやるとあっちが気になる。 あっちにいくとこっちの遣りっぱなしがまた気になって 、こっちへ戻ろうとすると 、その途中にあるものに気を引かれてしまって そこでまた何かし始める。

あかんあかん、とこっちに戻ると また、あっちが気になって・・・ 家の中でこ

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憎まれ役

品川区民であったころのこと。

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待合室でおばあさん達の四方山話を聞く。

「○○銀座もさびれちったねえ。不景気なんだねー。風呂屋までつぶれちまったよー」と赤い目をしたおばあさんが言う。

「どこもそうよ。みんなヨカドーみたいなおっきなスーパー行くもんね。風呂だってみんな自分ちにあるんでしょ」と真ん中の眼鏡のおばあさん。

もうひとりのおばあさんは補聴器を外しているのでちょっと聞こえが

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愛でる

愛でる

「mayumiさんのこと」https://note.com/bunbukuro/n/n7f76c0a31974のところで書いた料理屋「田園」のご亭主さんのこと。

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ときどきうかがう料理屋がある。ここのご亭主は今年80歳なのだが、なんとも色気がある。

カウンターに向かうすらりとした立ち姿、とくにその背が美しい。かくしゃくとして、品もある。

この店を紹介してくれた友人によると、なん

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沢木さんの本

沢木耕太郎さん、すきやったな。

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ブックオフで買った
沢木耕太郎さんの「彼らの流儀」を読む。
これは新聞連載をリアルタイムに読んで
そのあとも本を買って読んだのに
ほとんど覚えていない。

わたしの活字の記憶はとてもはかない。

「胡桃のような」まで読み進み、
ラインを引きたくなって立ち止まる。
それは63ページにある一節だ。

「胡桃のように堅牢な人生を送れるのは
そんなふうに生き

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みどりさんの言葉

みどりさんの言葉

友人のみどりさんが長逗留先から帰ってきたおりのこと。

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とても元気そうな声だった。ちょっと安心する。

あちらではだんだんわけのわからなくなってきた
90歳の老婦人が隣人だったという。

「そういう年寄りにどう接すればいいのか、教えてあげる」

とみどりさんはもったいをつける。

「あのね、そのひとにむかって、ひたすら愛を叫べばいいのよ」

90歳の老婦人に必要なのは、まわりに人間に

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大丈夫❗️

大丈夫❗️

処方箋薬局で順番を待っていると杖をついた老婦人とそれより少し若そうなそのひとがやってきた。

若いといっても60代はじめという感じだ。きちんと髪をまとめてすっきりした顔立ちの女性だ。

このふたりとは耳鼻科でもいっしょだった。待合室で、のべつ幕なしに老婦人が喋る話のあれこれにそのひとはふんふんふんと耳を傾けていた。

老婦人はずっとふたりの共通の知り合いである井上さんというひとの悪口を言っていた。

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がらんどう

がらんどう

実は自分はがらんどうで
自分の中には
自分じゃない人の言葉ばかりが満ちている
そんな気がする日がある。

えらそうな台詞も
気の利いたひとことも
くすりと笑えるおかしなたわごとも
みんな誰かの言葉が
自分の中で反響してるだけ。
そんな悪夢にときどき襲われる。

なにを言っても
だれかの受け売りで
端と端をくっつけたり
斜めに縫い合わせてみたりしても
いずれ素材はだれかの持ち物。

でもそれってわた

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物憂げなドイツ文学者

物憂げなドイツ文学者

それはかつて住んだ大井町駅でのこと。

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駅のエスカレーターで、出かけるたびにすれ違う男性がいる。あたしが降りるとき、いつもそのひとはあがっていく。

すれ違うひとの顔をいちいち覚えているわけではないのだが、そのひとはいつもおなじ服を着ていた。

それも、35度を越えようという真夏の盛りに、濃紺のシャツをのど元まできちんと留め、そのうえに裏地の付いた厚手のジャケットを着込んでいた。

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めでたいのは

2005 01/12 にこんなことを思っていた。

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成人の日に街を行けば、振袖姿の娘さんに出くわす。2,3人が連れ立って歩けばそこだけ春の花が咲いたように明るく、道行くひとの視線を集める。

30年前自分もそんなふうに着慣れない振袖を着せられて、白いショールを巻いて出かけたものだった。その帰りに見合い写真を撮ったんだっけなあ。

その振袖姿の2,3人がそろって路上の喫煙所で、いかにも

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猫が好き?

猫が好き?

朝のこと、公園に三々五々たくさんの猫が集まってきていた。おやおや集会ですか。

砂場を越え、その向こうの植え込みの常緑樹の根元に5,6匹の猫が集まった。その中心にビニール袋を提げた中年の女性がいる。主婦だろう。

そのひとは腰を低くして、袋の中身を出す。餌だろう。

それを見て距離を置いていた猫たちが待ちかねたように寄ってくる。

しばらくその食べっぷりを眺めたあと女性は公園入り口に向かい、そこに

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名を変える

名を変える

占いを信じるか、と聞かれたら、都合のいいことだけ、と答えるかもしれない。

もうもう神仏にすがるか、お払いをするしかないな、なんて思うほど、うまくいかないことが重ねて起こるとき、占いに頼るひともいる。

何で自分ばかりがこんな目にあうのか、なんて思う時は、どうにもこころがへこたれているから、占い師の告げる言葉が天から降ってくるように感じるのかもしれない。

わたしの母はそういうひとだった。

それ

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かくひと

かくひと

そのひとは、すらりと長身でスリムで、すこしかなしげに見える大きな眸の持ち主だった。

リタイア前にカルチャーにでも行って文章を書こうなんて志すひとには、才能だとか環境だとかとは違う次元で、きっと何かしら秘められた不幸があるのだとあたしは思っている。

そのひとの眸の奥にもそんな時間が閉じ込められているように思った。

混沌としている自分の思いを紡いで、糸巻きに巻きつけるようにして言葉に変えていく。

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