見出し画像

大丈夫❗️


処方箋薬局で順番を待っていると杖をついた老婦人とそれより少し若そうなそのひとがやってきた。

若いといっても60代はじめという感じだ。きちんと髪をまとめてすっきりした顔立ちの女性だ。

このふたりとは耳鼻科でもいっしょだった。待合室で、のべつ幕なしに老婦人が喋る話のあれこれにそのひとはふんふんふんと耳を傾けていた。

老婦人はずっとふたりの共通の知り合いである井上さんというひとの悪口を言っていた。

なんでも井上さんがそのお隣さんから大根の煮物をもらったのだが、その家では猫を飼っているから、きっとその大根の上を猫が跨いでいったに違いないんであって、井上さんは「わたしはそんなものは食べられないからあなたにあげる。食べてちょうだい」と言って老婦人にその大根の煮物を押し付けたらしいのだ。

「普通、そんなこと言う?あのひとはほんといつもひとこと多いんだから!」

わたしが耳にしただけでも老婦人はそのいきさつを3回は言った。

また言ってる、などとわたしは思うのだが、そのひとは3回とも「そういえばそうですねえ」と言いながら頷いていた。そのさばき方が実に堂に入ってて感心した。老人を扱いなれているにちがいない。

つれだって現れた薬局でも話は途切れない。こんどはそのひとのほうから話し始める。

「地震がありましたでしょ。どうされてました? わたし、本当に怖くて主人の手を握っておさまるのを待ってましたわ」

「ええ、ええ。ほんと長い地震でしたよ。ほら、わたし、一人暮らしでしょ。こわかったわよ」
「そうでしょう?」

「でも、どうせ死ぬときは死ぬんだからって思って布団かぶってましたよ」
「そうねえ、慌てて転んで怪我でもしたらたいへんですものね」

「わたしなんてもういい年だし、体のどこそこ傷んできてるんだから、いつ死んでもいいんだけどねえ、天命ていうのかしらね。死ぬまでは生かされてるってことだから、なんとかやってきなかなくちゃね。でもさあ、ほんとのところ、長く患って寝付くのだけはいやだわ。まわりに迷惑かけたくないしね」

その言葉にそのひとはにっこりして答えた。

「大丈夫ですよ、きっとぽっくりいけますよ」

読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️