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寂しいと死んでしまう男 (短編少年小説)


「えーと、一列に並んでください、受付を開始しまーす」

今日はぼくは受付当番の日なのでちょっと早めに登校です。

五月晴れの青い空。とても気持ちいいです。

今日は『五月病撲滅記念日』で、何年も前に世の中から仕事が無くなってきて、それで勢いで政府が宣言して決めた日です。だいたい晴れます。

校門前には、もうすでに大人の男性がたくさん並んでいます。ほぼすべてのひとが寂しいと死んでしまう男のかたです。

今週からは事前に整理券の配布も始めました。寂しすぎて徹夜で並んでしまう中年男性がけっこう多いからです。

A Iに仕事を奪われ、家庭には居場所がなく、会社以外では中年男性は肩書きがないとまわりとうまく交流できないため友達もできづらい……。

こういった、おじさんたちが生きづらいという社会構造的な問題が顕在化しつつあったところに新種の『寂しいと死んでしまうウイルス』が中年男性の間だけで蔓延してしまうという事態になってしまいました。

でもそれについてはテレビの女性コメンテーターとかは「男がなよっちいだけでウイルスなんてデマだ」と怒っていました。

でもぼくはウイルスのことは事実だと思います。だってあんなに社会や家庭のために一生懸命頑張ってきた中年男性たちが寂しいくらいで死んでしまいたくなるはずがないからです。

ただこのウイルスは子供は免疫があるため全然平気だということで、それで、そんな孤独セーフティネット完全崩壊の中年男性を助けられるのは、女性たちはみんなボイコットしてしまったので、ぼくら子供たちでなんとかしてくれと国会で法案が通りました。寂しがり族議員の人たちがうまく政治工作したらしいです。

というわけで、寂しくて死んでしまいそうな中年男性は週に2回から3回(どうしても寂しい場合は週5もOK)、全国の学校で受け入れることになったのです。

そのなかでも、ぼくらの小学校はより多くの寂しい中年男性を受け入れていて、優良校指定を受けています。

さあ、受付を済ませてしまいましょう。

「おはようございます!おはようございます!」

担当のぼくらの班はみんな元気よくあいさつします。

でも皆さん暗い顔で諦念のため息をついています。

ひとりひとりに、ぼくらがつけているような名札を渡していきます。そこにはそれぞれの希望に沿った形での肩書きが入っていて、それを受け取るとホッとしたような表情になります。

「やべーどうしよう」と副班の男子が小さい声でぼくらに言いました。

どうやら、今日の人数が予定より多くて、肩書きが足りなくなってしまったようです。

次の番の中年男性がとても不安そうな顔をしています。

仕方ない。ぼくらは頷き合います。

「あのー、“肩書きなし”の肩書きでもいいですか?もうそれしかなくて……」と正直に言いました。

するとその人もその後ろに並んでる人たちもそれでいいからとにかく欲しいと言ってもらってくれました。もしから水や酸素と同じくらい肩書きは大切なものなのかもしれません。

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さあ授業です。

担任のエミ先生は以前から男性にとても厳しいひとなので、受け入れの日はとても機嫌が悪いです。

エミ先生はぼくらに“寂しいと死んでしまう男”たちは話すと長いから注意するように事前に言ったりしました。

ぼくら子供はみんな老害キャンセリングイヤホンをつけているので、どんな場合でもうんざりしたりとかはしないのですが。

それでも“寂しいと死んでしまう中年男性”たちはそれぞれの席について、とてもワクワクした顔つきです。

教科書やノートを見せてあげたり、ディスカッションしたりと、協力して一緒に授業を受けます。不思議なのは中年男性の人たちと普通の話をしてもイヤホンが声を消してしまうことが多いことです。いろいろ真剣に話してくださっているからまさか老害なはずはないのですが……。機械の故障かなぁ。

『この問題できるひと?』のおまけコーナーの時に中年男性たちが手を挙げているのにあまりにもエミ先生が当ててあげないので、ぼくらが当たった時に変わってあげて、それでうれしそうに、前へ出てホワイトボードに解答を書いていました。

そんな最中に後ろの方の男子からこっそり回覧メモが回ってきました。『一服』をしたがっている方がいるらしいとのことです。

うっかりしていました。きちんと生態を学んでいたのに……。早く安全な場所で一服をさせてあげなくては中年男性はイライラしてしまいます。

ぼくらはみんなで席を寄せたりして死角を作ってその後ろを通ってもらって彼らをさっと教室から出して一服してもらおうとしました。

うまくいくかと思ったら、女子たちが途中でチクってバレてしまいました。

「どうしてあの人たちだけ一服できんですか」とエミ先生に訴えています。

「一服することに慣れてしまっているからよ」と先生はきつい視線を彼らに向けながら言っています。

しゅんとして肩を落として戻ってくる“寂しいと死んでしまう男”(敬省略)たち 

生態なのに……。

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午前中の充実した授業もすべて終わり、さあ、給食です。

中年男性の方たちはお金をいっぱい持っているので、金にものを言わせて、社食みたいに、追加の小鉢をたくさん頼んでいます。「食べたいものしか食べたくなくて……」と頭をかいています。

ぼくらは毎日の給食のメニューは気にするけど、じぶんの好きなものに変えようという発想ってなかったので新鮮だったです。

でもお腹いっぱい食べすぎてしまうので彼らはいつも午後の授業は爆睡してしまいます。

もちろん、エミ先生にぶっ飛ばされますが、それは仕方ないかなとも思います。

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掃除の時間になり、机と椅子を後ろに下げます。

でも中年男性たちはモタモタしています。

流れがわからないのかと思ったら、違うようで、

いつも部下とか後輩にやってもらっていたからできないのだと言って頭をかいています。

「了解でーす、じゃあ、先に校庭に行って昼休みの遊び場所取っといてもらえますか」と男子たちが声をかけたら、女子たちがキレました。

「どうして掃除しないんですかー」と中年男性たちを取り囲んで腕組みしながら責めています。

「できないんだからしょうがないだろ」とぼくら。

「だいたい何でうちらが面倒見なきゃいけないのよ」と溜まったものを吐き出すような女子たち。

「法律で決まったんだから……」ぼくらも強くは言えません。

どうしていいかわからず戸惑う男(敬省略)たち。

そこでひとりの女子が泣き出してしまいました。

「飼育委員と中年男性のと掛け持ちなんて無理よーーー」

確かに理解できます。

なんとかいろいろ折衷案を出し合いその場は収まりました。

その日の最後に、男(敬省略)たちは帰りたくないと言い出したので、ぼくら男子はまだ誰にもバレていない秘密基地に案内してあげて、好きなだけいていいと言ったらとても喜んでくれました。

みんな少年のように目を輝かせています。

よく女の人のプロフィールとかに少年のようなひとが好きとか母性をくすぐるひとが好きとかあるのにこんなに“寂しいと…(略)”な人が多いのはなにかちょっとしたマッチングのあやなのかなと思ったりもするのです。

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ある日のホームルームでぼくら男子が、卒業アルバムに“寂しいと死んでしまう中年男性”の方たちにも一緒に写ってもらってはどうかと提案したのがいけなかった。

過去最大レベルで女子たちがキレました。

「折角これだけ打ち解けたし、写真なんだから大勢な方がよかろうに」とぼくらは思うのですが、

女子たちは「聖域を汚すな」と言わんばかりの剣幕です。

ほんとうに女子たちはよくわからないなりよ。

一時はこの件で女子vs男子の全面戦争が勃発の危機に発展してしまい、やむなく白紙撤回となってしまったのです。

その代わりに、その日の午後の体育の自由球技の時に彼らの希望の野球にしてあげて、とても盛り上がったのです。

みんな若い頃を思い出してプレーしていました。

寂しいと死んでしまう男(敬省略)だとは言われなきゃ気づかないくらいです。

スライダーやナックルの投げ方を教わったり、インフィールドフライの時にトリプルプレーにする裏技を教えて持ったりで男子たちは大興奮しました。

でもハメを外しすぎてしまい何人かの中年男性が腰や肩をやってしまって、そしたらエミ先生がそら見たことかとダッシュしてきて、終了になってしまいました。

みんなで校庭の土を持ち帰りました。

思い出の上手な詰め方は学校では教わらないことです。

そして時は流れました……。

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「ほかにも数えきれないほどたくさんの思い出がありました…

どの思い出も眩しく輝いています。

そして今日、ぼくたち、わたしたちは、

巣立ちます。

人はけっして一人では生きていけません。

そのことを深く心に刻みつけるとともに、在校生への贈る言葉と代えさせていただきます」

卒業証書を手にしたぼくは壇上でマイクに向かってそう言いました。涙がこみ上げてきました。

式が終わり、最後に桜咲く学び舎を返り見て、思いました。

すべての寂しさよ、ありがとう、そして、さようなら

と。




                        終

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